身を絡めたまま、自分たちは眠りについていたようだ。
長く深く愛し合った後――
疲労の極みの中で、ジェイ・ゼルが身を動かし、辛うじて濡れていないベッドの場所を探し出し、ハルシャを伴って横たわったことは覚えている。
汗と互いの体液に濡れたままで、布団に潜り込み、無防備に眠りについた。
深く抱き合いながら、顔を寄せ合いながら。
ジェイ・ゼルの深い緑の瞳が自分を見守っている。その限りない幸福にハルシャは身を浸していた。
彼の確かな温もりが、揺るぎない力で自分を包んでいる。
たとえ
これが間違ったことであったとしても。
それでも、構わないと、不思議な覚悟が内側に満ちていく。
ジェイ・ゼル。
あなたが、愛しい。
ふんわりと想いを抱きしめながら、ハルシャは眠りに誘われる。
おやすみ、ハルシャ。良い夢を。
優しい言葉と、額に触れる唇を感じながら、すり鉢状の底へ、落ちていく。
心と体を絡ませ合いながら、安らぎに身を委ねた。
目を覚ました時も、同じ姿勢だった。
ハルシャは、ゆっくりと、瞬きをして、意識を手繰り寄せる。
薄闇の中に、ジェイ・ゼルの穏やかな寝顔があった。
息が触れる距離で、彼は無防備に眠っている。
起こさないように、息をつめてハルシャは、ジェイ・ゼルの安らかな顔を見守っていた。
ジェイ・ゼルは、端正な顔をしている。整いすぎるほどだ。
漆黒の髪と、透明感のある肌と、深い陰りのある灰色の瞳と。
閉じられている瞼の先を彩る、睫毛も、黒く優美だった。今も、微かな影を落としている。
細く高い鼻梁も、口角が上がっている形のいい唇も。
彼の顔を形作る全てが、とても美しかった。
今まで、そんなことを、考えたこともなかった。
彼は、とても綺麗な人なのだと、初めてハルシャは思う。
鍛え抜かれた、バランスのいい長身の体躯も、辺りを圧するような雰囲気も、隙のない優美な動きも。
そこに居るだけで、ジェイ・ゼルは存在感を放っていた。
これまで――
自分に恥辱を与える存在としてしか、ジェイ・ゼルを認識してこなかった。
どれほど彼が美しいのかなど、見ようとすらしていなかったのかもしれない。
目を閉じる彼は、とても綺麗だった。
飽かず眺めていたいほどだ。
薄闇がしっとりと辺りを満たす部屋の中で、息を詰めて、ジェイ・ゼルを見つめる。
内側が満たされていく。
体の奥が、彼への想いに染められていく。
開いた瞼の奥は、もう、灰色に戻っているだろうか。
ハルシャは、考えながら、ジェイ・ゼルを見つめる。
愛し合いたいと言った時、彼の瞳の色が、鮮やかな緑に変じた。
その言葉だけで、快楽を覚えてくれたかのように。
彼の瞳の色が変化する瞬間を、ハルシャは初めて目の当たりにしたのだ。
色が抜け落ちて、染め上げられるように、透明感のある緑になっていた。
瞳の色が、語ってくれていた。
君が、愛しい、と。
ジェイ・ゼル。
心の中に、呟く。
彼の名を。
秘めやかに、そっと。
まるで。
呼びかけが聞こえたように、ぴくっと、ジェイ・ゼルの瞼が痙攣した。
はっと息を吞むハルシャの目の前で、彼の睫毛が、優雅に動く。
薄闇の中――
わずかな光をはじいて、輝くジェイ・ゼルの瞳は、深みのある緑だった。
まだ、彼は、瞳の色を、変じてくれている。
ハルシャは、身が震えそうになった。
眠りの中でも冷めないほど深い快楽を、彼は今も感じてくれているのだと、気付く。
ハルシャは、瞳を見つめ続ける。
無言で手を伸ばすと、ジェイ・ゼルがハルシャの頬に触れて、顔を寄せる。
優しく、唇が触れ合う。
顔を離しながら、彼が呟く。
「身体は、大丈夫か、ハルシャ――辛くないか」
あの後、無理をさせたと思っているのだろう。
「大丈夫だ」
言ってから、小さく付け加える。
「ジェイ・ゼルは、優しくしてくれた」
瞳を細めて微笑んだジェイ・ゼルが、不意に眉を寄せた。
内側の感情に耐えられなくなったように。
腕で支えて上半身を起こすと、上からハルシャをのぞき込み、眼差しを交わしたまま、唇を覆った。
静かな熱のこもる口づけだった。
片腕で身を支えながら、空いた手でハルシャの髪を撫でる。
愛しげに、慈しむように。
唇を探る、穏やかな動きに、ハルシャは目を閉じて彼を受け入れた。
眠りの芯がまだ、身の内にあるようで、ぼんやりとする。
唇から与えられる愛撫は、とても甘やかだった。
舌を深く絡めた後、ゆっくりとジェイ・ゼルが顔を離した。
赤く唇を染めるハルシャを見つめてから、にこっと笑みをこぼす。
「お腹が空いただろう、ハルシャ。食事にしようか」
ジェイ・ゼルが、ポーターに運んできてもらっていた大きな荷物の中身は、なんと料理だった。
「以前、給仕の者が、部屋に入るのを君は気にしていたからね」
微笑みながら、ジェイ・ゼルが説明する。
「なら、いっそこのと、料理一式を持ち込もうかと思ってね。これなら、気兼ねせずに食事が出来る」
さっとひと風呂浴びた後、備え付けのバスローブ姿になり、二人はジェイ・ゼルの荷物から料理を運び出して、机に並べた。
体は大丈夫だとジェイ・ゼルに言ったものの、動きがひどくぎこちなくなってしまう。そして『エリュシオン』で初めてまとったバスローブがまた、厄介だった。風呂上がりの水分を身から拭うための服だ。機能性が無くて、すぐにはだけ、気を付けないと色々なところが、外に見えてしまう。
動きがままならない自分の身と、バスローブの存在にハルシャは翻弄され続けた。
料理をとろうとしゃがむと、間から見えたらしく、ジェイ・ゼルがくすくすと笑う。
「ハルシャは、大胆だね」
はっと気づいて前を隠して、盛大に顔を赤らめる。
さっきまで、互いに絡み合い、散々目にされていたはずなのに、まとっていた服から見えるだけで羞恥が湧き上がってくる。
「隠さなくても良いよ」
ジェイ・ゼルが楽しそうに言う。
「そんなに顔を赤らめて、可愛い様子をしていると、また私が襲ってしまうよ」
低めた声で、彼が呟く。
ハルシャはもじもじと、前を合わせながら、ボールに入った料理を鞄から取り上げる。
「食事の後にしてくれ、ジェイ・ゼル」
やっと、それだけの言葉を、返す。
ケラケラと、声を上げてジェイ・ゼルが笑う。
「だいぶ、返しが上手になってきたね。その通りだ。まず、君に栄養をつけさせてあげなくてはね」
声を一段低めて、静かに彼は続けた。
「襲うにしても、その後だね、ハルシャ」
ハルシャは、返事をしなかった。
料理は、まるでピクニックに行くときのような、サンドウィッチなど手軽な食事ばかりだった。
表面を焼いたパンに豪華な食材が挟まれている。
それと、サラダと、新鮮な果物、それに白身魚のフライだった。
「発つ前に、無理に頼んだものだから、急ごしらえで済まないと、料理長が言っていたが」
ジェイ・ゼルは微笑む。
「とても美味しいと思うよ」
向かい合った椅子に腰を下ろして、彼は穏やかな表情でハルシャを見ていた。
並べられた、色鮮やかな料理。
旅先で、風景を眺めながら口にするような、料理。
ふと。
毎年家族と行っていた、ピクニックの記憶がよみがえってくる。
紫の森の中、皆で屈託なく時間を過ごした、遠い過去。
そして。
ジェイ・ゼルと一緒に過ごした、紫の木の葉の木漏れ日までが、視界をよぎり、胸を締め付けてくる。
机の上の料理を前に、自分はどうやら黙り込んでいたらしい。
「ハルシャ」
ジェイ・ゼルの声に、はっと意識を前に戻す。
視線を向けた彼は、机に両肘をついて、ハルシャを見つめていた。
「食事にしようか」
にこっと彼が微笑む。
「お腹が空いただろう。待たせてすまなかったね」
夜明けまで、あと二時間だとジェイ・ゼルが教えてくれる。
この部屋には窓が無くて、外の様子が解らない。
食事をしても、夜明け前に家に戻ることが出来る。ハルシャはありがとう、とジェイ・ゼルに伝える。
料理は、本当に美味しかった。
ピクニックの時のように、手づかみでホット・サンドウィッチを頬張る。
クラヴァッシュ酒は、次回に飲むことになった。
もう夜明けが近いので、今飲めばハルシャの仕事に差し支えると、ジェイ・ゼルは判断したらしい。
その代わり、美味しい水がグラスに満たされる。
正直喉が渇いていた。
恐らく、嬉しそうに飲み食いをしていたのだろう。ジェイ・ゼルが小さく笑った。
「おいしいかい、ハルシャ?」
彼は、きちんとサンドウィッチを、ナイフとフォークを使って食べていた。豪快に手掴みで食べていたことに、ちょっとハルシャは顔を赤らめる。
「とても。これほど美味しいサンドウィッチは初めてだ。ありがとう、ジェイ・ゼル」
感謝の言葉に、彼は静かに笑う。
「それは、良かった」
そこで、会話は終わりではなかった。
微笑みを深めたまま、ナイフを動かしつつ、ジェイ・ゼルが静かに続けた。
「それほど、君がおいしいと感じるのなら」
ナイフが止まり、視線がハルシャへ向かう。
「私にも、それを食べさせてくれないか、ハルシャ」
ハルシャは、一瞬黙り込んだ。
何を言おうとしているのか、今一つ解らない。
同じホット・サンドウィッチを食べているはずだ。詰められている箱から、ジェイ・ゼルがお皿に盛っていた。
だが、もしかしたら、ジェイ・ゼルと自分のは、食材の違いがあるのかもしれない。
そういうことか、とハルシャは納得する。
「もちろんだ。ジェイ・ゼル」
ハルシャは、残していた一切れを、お皿ごとジェイ・ゼルに差し出す。
盛る時に、ジェイ・ゼルはハルシャに多めに乗せていた。
量も少なかったのかもしれない。
「取ってくれないか、私はもう、十分だ。たくさん乗せてくれてありがとう」
ハルシャの眼差しを受け止めてから、ジェイ・ゼルはにこっと笑みを深めた。
「どうやら、私の言葉が足りなかったようだね。
ハルシャ。それは君の分だよ、きちんとお上がり。今日も働かなくてはならないからね、栄養をつけなくてはならない。本当は足らないぐらいだろう」
静かなジェイ・ゼルの言葉に、ハルシャはお皿の去就に迷った。
ジェイ・ゼルは、手を差し伸ばして、ハルシャの手から皿を受け取ると、そっと元の場所に戻した。
「私の言いたかったのは」
今はもう、灰色に戻っているジェイ・ゼルの瞳が真っ直ぐに、ハルシャを見つめる。
「君がおいしいと思っているものを、私にも食べさせてくれと、言うことだよ」
同じことを、また、ジェイ・ゼルが言う。
眉を寄せるハルシャに、微笑みを深めながら、彼は付け加えた。
「君の、口から、ね」
ジェイ・ゼルの言葉の意味が、ハルシャは、すぐに入ってこなかった。
君がおいしいと思っているものを、私にも食べさせてくれないか。
君の、口から、ね。
ハルシャは、目を見開いた。
瞬間的に、悟る。
く。
口移しで、サンドウィッチを食べさせろと、ジェイ・ゼルは言っている。
衝撃が走る。
やっと意味が理解出来たハルシャの驚愕を前に、優しくジェイ・ゼルが微笑んでいた。
「賢いね。きちんと意味を理解してくれたようだね。嬉しいよ、ハルシャ」
待ってくれ。
百歩譲って、クラヴァッシュ酒は、仕方ないとしよう。
だが。
なぜ、サンドウィッチを口移しで食べさせないといけないのか、ハルシャにはどうしても、理解出来なかった。
何かを言おうとして、口を開いたが、何も言えずに、口を閉じる。
それを、二回ほどハルシャは、繰り返した。
「む……」
呻くように、ハルシャはやっと言葉を口にした。
「無理だ、ジェイ・ゼル」
どう考えても、無理だ。
口で噛んだものを、相手に食べさせるなど、倫理にもとる。
不可能だ。
状況を想像しただけで、ハルシャは全身が真っ赤になって来た。
「それは、無理だ、ジェイ・ゼル」
どうしてと、理由を訊かれても困る。
ただ、無理としか、言いようがなかった。
顔を赤らめて、お皿に残ったサンドウィッチをじっと、ハルシャは見つめ続ける。こんがりと色づいたこれを、ジェイ・ゼルの口に運ぶことなら、何の抵抗もなく出来る。
「サ、サンドウィッチを、ジェイ・ゼルの口に持って行くことなら、出来る。それでは、だめか?」
意を決し、ハルシャはジェイ・ゼルへ視線を向けて言った。
「その切ったサンドウィッチでもいい。それで、許してはもらえないか、ジェイ・ゼル」
懸命なハルシャの訴えを、ジェイ・ゼルは静かに聞いていた。
瞬きを一つすると、
「そうか」
と、静かに呟いた。
「ハルシャは、恥ずかしがり屋さんだからね、少し難易度が高かったかな」
難易度の問題ではないと思う。
ふうむと、ジェイ・ゼルが首をかしげる。
「どうということもないことだがね。惑星ガイアの犬族のジャッカルなどは、仲間同士なら口移しで食糧を分け与える。
極自然なことだと思うのだが、厳しいかな?」
こくこくと、ハルシャは顔を赤らめたまま、うなずいた。
自分はジャッカルではない。
その様子に目を止めてから、優しくジェイ・ゼルが微笑んだ。
「わかったよ。無理強いはしない。そうだね――そしたら、この切ったサンドウィッチを、ハルシャの手で、食べさせてくれるかな?」
ジェイ・ゼルが譲ってくれたことに安堵しながら、ハルシャは
「もちろんだ、ジェイ・ゼル」
と明るい顔で、立ち上がった。
笑みを浮かべたまま、ジェイ・ゼルはハルシャを迎えるように、椅子を引き机から距離をとる。
その動きには、見覚えがあった。
立ち上がったまま凍り付くハルシャを見上げて、ジェイ・ゼルが自分の膝の上を、ぽんぽんと叩いて、極上の笑顔を、向けてくる。
「さあ、私の膝の上においで、ハルシャ」
ジェイ・ゼルの膝の上に、結局ハルシャは座ることになった。
そこで、彼の口にサンドウィッチを、運ぶ。
フォークで刺そうとすると、やんわりとジェイ・ゼルが制止する。
「さきほど、君は手で食べていたね。私にも手で食べさせてくれないか」
見られていたのだ。そう言われると、仕方がない。
身をひねって、きれいに切り取られた小さな三角形を、中の具材が落ちないように気を付けて、ジェイ・ゼルの口元に運ぶ。
ジェイ・ゼルの手が、背中を支えてくれている。
彼の温もりのある膝の上に座って、子どもにするように、口元に運ぶ。
ハルシャの動きに応えるように、ジェイ・ゼルが口を開けて、サンドウィッチを、迎え入れる。
何をしているんだ、私は。
と、思いながら、ハルシャは具材がこぼれないように、懸命にジェイ・ゼルの口の中にサンドウィッチを入れる。
取った一切れは、一回で食べ切るには、少し大きかったようだ。
途中でジェイ・ゼルが嚙み切った。
残った形を見つめる。
ジェイ・ゼルの歯形がついている。
妙な感じだ。
「食べても良いよ」
ジェイ・ゼルがハルシャの顔を見守りながら、静かに呟く。
彼はごくっと、飲み下してから微笑んでいる。
「君の食べたものと、私のとは、味が違うかもしれない」
そうだろうか。
具材も何もかもが、同じに見える。
「食べてみて、同じかどうか、意見を聞かせてくれ」
そう言われると、ハルシャは何となく確かめたくなって、手元に残った欠片を口に含んだ。
やはり同じ味だ。
「同じ味か? ハルシャ」
ジェイ・ゼルの問いかけに、もぐもぐと口を動かしながら、ハルシャは黙ってうなずいた。
口に物を入れたまま、喋ってはいけませんと、母親から厳しく躾けられていたからだった。
「そうか」
笑みが深まる。
「それは良かった――なら、今君が食べているものが、おいしいと思っていた味なんだね」
ごくんと飲み込んでから、ハルシャは頭を揺らす。
「それは嬉しいな。もう一つ、食べさせてくれないか」
「ちょっと待ってくれ、ジェイ・ゼル。もう少し小さく切る。一口で、食べにくいだろう」
身をひねって、ハルシャはお皿の上のサンドウィッチを、さらに細かく切り分ける。
具材とパンがバラバラになっていくが、気にしないことにした。
「これなら、一口で食べられる」
手でつまみ上げて、ハルシャは体を返す。
微笑んで、ジェイ・ゼルは作業を見守っていたようだ。
「ありがとう、ハルシャ」
言ってから、彼は静かに口を開けて、ハルシャの手を迎え入れる。
何だろう。
無防備に口を開くジェイ・ゼルの姿に、何だかドキドキとする。
口にサンドウィッチを入れて、指を抜こうとしたその瞬間、素早くジェイ・ゼルが口を閉じて、ハルシャの指を唇で捕えた。
眼差しをハルシャに向けたまま、舌先を捕えた指に絡めてくる。
どきっと、心臓が躍る。
足の指を舐められたことが、羞恥と共に蘇って来た。
「ジェイ・ゼル」
恥ずかしさにこぼした言葉で、やっとジェイ・ゼルは口を開いてハルシャの指を解放した。
口にあるサンドウィッチを、飲み下してから
「美味しいと思ったら、ハルシャの指だったのだね。つい、間違えてしまったよ」
と、悪びれなく、彼が言う。
わざとだ。
一体、何を自分はしているのだろう。彼の膝の上で、口を開けるヒナドリに食餌をするように、ジェイ・ゼルの口にサンドウィッチを運ぶなど。
ジェイ・ゼルの好みは、やはり、今一つ、掴み切れない。
自分は、向かい合って食事をするだけで、十分だと思うのだが。
「喉が渇いてきたな。すまないが、ハルシャ。水を飲ませてくれないか」
ジェイ・ゼルはにこにこしながら言う。
素直にグラスを引き寄せて、彼に渡そうとしたら、
「ハルシャ。私は君の心を慮って、行為を無理強いせずに譲って上げたのだよ。この水をどうやって私に飲ませてくれるのか、もう少し想像力を働かせてくれても、良いと思うけれどね」
と、顔は笑いながらも、低めた声で呟く。
グラスを手にしたまま、ハルシャは、固まった。
クラヴァッシュ酒と同じように、口移しで飲ませろと、言っているのだ。
にこにこと、無邪気にジェイ・ゼルが笑っている。
「わかった」
覚悟を決めると、ハルシャは水を口に含んでグラスを置くと、少し腰を浮かせた。
そのままジェイ・ゼルの頬を手で包み、彼の唇を覆う。
口中に溜めていた水を、彼の中に注ぎ込む。
ゆっくりと口を引く。
「まだ、飲みたいか、ジェイ・ゼル」
呟くハルシャの言葉に、彼は静かに笑った。
「ああ、飲みたいね、ハルシャ。君から飲む水は、最高の味だ」
ハルシャは、グラスを手に取り、再び口に含んで、彼に注ぐ。
段々、手慣れていく自分自身が恐かった。
三杯飲んで満足したジェイ・ゼルは、再び、サンドウィッチを所望した。
結局――
ハルシャは彼の膝の上で、ジェイ・ゼルが望むものを、口に運び続けた。
最後の果物を運ぶ時には、なんとなく楽しくなってきたのが、不思議だった。
※『クラヴァッシュ酒を飲む方法』の姉妹編、『サンドウィッチを食べる方法』をお届けさせていただきました。
……楽しそうで、何よりです。