ほしのくさり

余話 ~天からこぼれた物語~

コスモス畑でつかまえて Ⅰ 
~『花咲く丘に、君と』その後の物語~


はじめに

※『花咲く丘に、君と。』のその後の物語になります! 実は、コスモス畑を見終えたハルシャとジェイ・ゼルに、とある出来事が勃発しておりました。さてその事件の全容とは。
(二話完結)







 コスモスが揺れるさまを眺めながら、長い間ハルシャはジェイ・ゼルと小高い丘の上で時を過ごした。
 圧倒されるコスモスの海を、並んで見つめる時間がとても貴重に思える。
 けれど。
 風は爽やかだが、日陰のない丘では日の当たりが強い。
 夏の太陽が、容赦なく照り付けてくる。
 風景を堪能したあと、ジェイ・ゼルの肌のことがハルシャはにわかに心配になってきた。

「ジェイ・ゼル」
 サングラスをかけ、彼方へ目を馳せるジェイ・ゼルが、呼びかけに振り向いた。
 彼は注意深く帽子を深くかぶっていたが、日差しがきつそうにみえる。
「暑いだろう。大丈夫か」
 自分は半袖を着ているが、ジェイ・ゼルは袖の長いものを身に着けている。
 薄い生地だが、熱が籠るのではないだろうか。
 表情から心配していることを読み取ったらしい。
 彼は優しく笑った。
「長袖の方が、意外と直射日光が当たらなくて涼しいんだよ。心配してくれて、ありがとう」
 そうだろうか。
 彼の目が、ふと、ハルシャの腕に向けられた。
「それよりも、君の腕の方が心配だよ。少し赤くなってきたね」
 確かに。
 ほんのりと赤くなってきている。
「だ、大丈夫だ。もっと酷い日焼けになったことがある」

 言葉の意味を説明するように、ジェイ・ゼルに話を続ける。
 まだ帝星に来たての頃、夏の真っ盛りに、リュウジに誘われて湖にサーシャと泳ぎに行ったのだ。
 帝星で一番大きなシェイラン湖で、楽しいひと時を過ごした。
 だが。
 日焼けを知らなかった自分たちは、無防備に日に当たり、肌が真っ赤になってしまった。それを病気になったのかと思って、とても慌ててしまった。
 真剣にサーシャと二人で悩んだのだ、と。

 その話に、ジェイ・ゼルが声を上げて笑った。
「そうか。日焼けを知らなかったのだね」
 くすくすと喉の奥に笑いを張りつかせながら、
「それはびっくりしただろう」
 と、優しい声で言う。
 素直にうなずくと、ハルシャは言葉を返す。
「ラグレンの常識は、帝星で通じないと、その時思った」
 その言葉に、ふふと静かな笑いで彼は応えた。
「どうやら、帝星では色んなことを体験したようだね」
「驚くことがたくさんあった。今日も、あんなにたくさんの野菜が、市場で廉価で売っていることにびっくりした。ラグレンでは、生の野菜は超高級品だから、ショーウィンドウに入っている」
「そうだったね」
 くすくすと、優しい笑い声をジェイ・ゼルがあげる。
「すっかり慣れた様子で暮らしているけれど、ここに来るまでにはハルシャは苦労したんだね」
 ジェイ・ゼルの手が伸びて、帽子越しに頭を撫でる。
「頑張ったのだね、ハルシャ」

 どうしてだろう。
 優しい労いの言葉に、鼻の奥がつんと痛くなった。
 ジェイ・ゼルと歩む未来を夢見て、必死に重ねてきた努力を、認めてもらったような気がする。
 ジェイ・ゼルはもう、ラグレンには戻れない。
 彼と人生を共にするのなら、故郷を捨てて、帝星で生きていくしかない。
 覚悟を決め、ハルシャはジェイ・ゼルとの道をひたむきに選び続けて来た。
 故郷よりも、愛する人の方が大切だったからだ。
 何を言わなくても、彼はそれを理解してくれているように思えた。
 照れくさくて、嬉しくて、ハルシャは首をふって口を開いた。

「ジェ、ジェイ・ゼルの苦労に比べれば、大したことなどない」
 慌てていった言葉に、ジェイ・ゼルは笑いを鎮めて、自分を見つめていた。
「苦労などしていないよ。ハルシャ」
 まだ帽子の上にあった手が、緩やかに動く。
「自分がして来たことに比べれば、軽すぎる償いだ」

 言葉を風がさらっていく。
 沈黙するハルシャの手を、ジェイ・ゼルが静かに取った。
「ハルシャ。この丘の反対側に降りる道があるんだ。そこを下って、休憩していた場所に戻ろうか。違う角度で見ると、また別の味わいがあるかもしれないよ」

 別離に怯えたハルシャのために、手を繋いだままでジェイ・ゼルが歩き出す。
 指を絡めてしっかり握り込まれた手の間が、夏の日差しのように温かかった。
「下りになるので、足元に気を付けるんだよ、ハルシャ」
 注意を与えながら、彼が下りの道を見つけて、歩を進める。
 言葉が途切れる。
 穏やかな沈黙の間に、さわさわと風にコスモスが鳴る。

 宇宙を名に持つ、花。
 そして、自分のハルシャの呼び名もまた、持っている。
 ジェイ・ゼルの――
 好きな、花。
 きゅんと、胸が痺れる。

 視界に広がる、コスモスを見つめる。
 薄い花びらが光に透けている。
 ゆらりゆらりと揺れながらも、しっかりと大地に根を下ろして、天へ向けて咲く大らかな花。
 強く、優しい――ジェイ・ゼルが自由を知った時に、彼の目に映った花。
 コスモスの名を、ハルシャは心の中に深く刻んだ。
 握りしめてくれるジェイ・ゼルの大きな手と。
 彼の揺るぎない背中と一緒に、大切に記憶の中に留める。

 丘を降ると平坦な道になる。
 ジェイ・ゼルは足を止めて、振り返るとハルシャに視線を向けた。
「後ろを見てご覧」
 眼差しを遠くに向けて、彼が呟く。
「さっきまで居た場所が、とてもきれいだよ」

 ハルシャは促されて振り向いた。

 森を背景にして、盛り上がる様にコスモスの丘が広がっている。
 下から見上げると、天まで花が続いているようだ。
 見惚れていると、
「花の間を歩いて、空までたどり着けそうだね」
 と、優しい声が聞こえた。
 ハルシャは視線をジェイ・ゼルへ向ける。
 彼は静かに微笑んでいた。
「晴れた空のせいかな――とても、壮大な眺めだね」

 ふと。
 彼が遠いところへ行ってしまうような気がした。
 微笑みが、ひどく透明で――
 花の海に消えてしまいそうで、心が震えた。
 
 ぎゅっと、握る手に、咄嗟にハルシャは力を込めた。
「ジェイ・ゼル……」
 理由もなく、名を呼ぶ。
 ん? と、ジェイ・ゼルが視線をコスモスの丘からハルシャへと戻した。
「どうした?」
 問いかける言葉の優しさに、どう答えたらいいのか解らなくなった。
 今、手を繋いでいるのに。
 ここに彼が居てくれているのに。
 どうして、不安になどなるのだろう。

「の、喉が渇いてしまった」
 戸惑った挙句、口から、全く関係のないことが滑り出してしまった。
 かあっと顔が赤くなる。
 子どものように渇きを訴えるなど、どうかしている。
 まるでコスモスを見飽きたようではないか。
 顔を赤らめるハルシャに、ジェイ・ゼルが眉を上げて、笑みを深めた。
「そうか。日なたにずっといたからね。なら」
 前を向いて、ジェイ・ゼルが手を握りしめたまま歩き出す。
「お昼を食べた場所に戻ろうか。飲み物をそこに置いてきてしまったからね」
 静かに彼が呟く。
「飲み物だけは、持って上がれば良かったね。次からはそうしようか」

 また、いつか。
 ここへ来ようと約束するように、彼は呟いた。
 ぎゅっと、ハルシャはジェイ・ゼルの手を握りしめる。
「変なことを言ってすまない」
 詫びるハルシャの言葉に、ジェイ・ゼルが笑う。
「素直でとても可愛いよ、ハルシャ」

 不思議だ。
 ジェイ・ゼルの口が告げる「可愛い」は少しも恥ずかしくない。
 そこに。
 愛情が込められているからだろうか。
 それとも単に聞き慣れているからだろうか。
 考えに耽っているハルシャの耳に、前を歩くジェイ・ゼルの言葉が、風に乗って流れてきた。
「本当はね、ハルシャ。普段は、お利口さんで我慢強い君が」
 小さな呟きが、耳朶に触れる。
「私に素直な心を伝えてくれるのが、とても嬉しいのだよ。君が……わがままを言うのは――」
 絡む指が深く握り込まれる。
「私だけだと、思うとね」

 優しさに包まれているようだ。
 彼は――
 自分のどんな姿でも、決して軽蔑しないと言ってくれた。
 素の自分を。
 飾らないありのままを、だからジェイ・ゼルにはさらすことが出来る。
 
「ジェイ・ゼルにしか、言えない」
 ハルシャは彼の背を見つめながら、必死に伝えていた。
「醜いものも、間違っていることも、全て受け入れてくれると信じているから」
 彼の歩調に合わせながら、後ろを追い言葉を続ける。
「ジェイ・ゼルには、自分の気持ちを安心して言うことが出来る」
 なぜだろう。
 今、背中を向けているのに――
 ジェイ・ゼルが微笑んでいるのが、解るような気がした。
「あなただけだ。本当の自分を見せられるのは」

 ジェイ・ゼルの背に向けて、真実の心を滴らせる。
 答える言葉の代わりに、指の力が強くなった。
 固く手を結びあわせて、前後になって細い道を歩く。コスモスの海の中を、二人で旅をしているようだ。
 花の宇宙の中を、二人きりで――

 緩やかなカーブを描いて、道は森へと戻る。
 言葉を途切れさせたまま、並んで森の端を歩み、日陰を辿ってお昼を取った敷物の場所まで戻って来た。

 振り返ると、歩いてきた道が見える。
 結構な距離だった。
「随分、歩いてきたね。見た目より距離があるね、あの丘へは」
 同じことを考えていたようだ。ジェイ・ゼルが微笑みながらようやく口を開いた。
「本当に。近く見えるが、意外と遠い。こんな広い大地の上に、コスモスを植え続けて来たんだな、ここを守って来た人たちは」
 ハルシャの言葉に、ジェイ・ゼルがうなずいた。
「種まきは、家族総出で行うそうだよ」
 ふと。
 ジェイ・ゼルはその家族に直接聞いて、この場所を知ったのではないだろうか、と思った。
 本当に、自分たち以外は誰も訪れる人がない。
 個人的な関係で、彼はこの場所を教えてもらったのかもしれない。
 詳細を尋ねようとしたときには、彼は敷物の上に動いていた。
 敷いたシートの上に、座って、
「喉が渇いたのだろう、ハルシャ」
 と、飲み物を入れて来た容器を手に持って話しかける。
 美味しい水にミントの葉とレモンが数滴入っている爽やかな飲み物だ。冷たくしたものを保冷容器に入れて、ジェイ・ゼルは運んできてくれていた。
 ハルシャは笑顔で彼の側に腰を下ろし、容器を受け取ろうとした。
 が。
 ジェイ・ゼルは渡さずに、容器を受け取ろうとしたハルシャの腕を空いている方の手で掴んだ。
 そのまま、彼の側に引き寄せられる。
 あっと言う間もなく、体勢を崩したまま、ジェイ・ゼルの腕の中に包まれていた。
 それだけのことをし終えると、彼は手にした容器を自分の口元に運び、冷たい水を含んでいる。
 顔が、ハルシャへ向く。
 彼の顔が近づいて、腕に包んだまま唇を触れ合わせた。
 冷たい感触が、合わせた場所から伝わる。
 反射的に、招き入れるように開いた唇を割り裂いて、爽やかな飲み物が入って来た。
 水分を欲していた身体が、喜んで受け入れている。
 ごくんと喉を動かして、飲み下す。
 すぐに、新しい冷たい水が、再び合わせたジェイ・ゼルの唇から押し込まれた。
 三度、ジェイ・ゼルはハルシャの口に、水を注いだ。

 水分を得て、身体が喜んでいる。
「もう少し、欲しいかい?」
 わずかに離れた場所で、ジェイ・ゼルが問いかける。
 灰色の瞳が自分を見つめていた。
 ぞわっと背筋が総毛立つような、重い眼差しが、自分へ注がれている。
 視線で、愛撫されているようだ。
「あと、少し……」
 辛うじて応えたハルシャに、にこっと笑みを与えてから、彼は身を離して容器から再び水を口に含んでいる。
 容器の口を片手で器用に閉じると、彼はそれを敷物の上に置いた。
 自由になった手が、ハルシャの頬に宛がわれる。
 そのまま顔が近寄り、ゆったりと唇が触れ合った。
 彼の口の中の熱を吸って、わずかな温もりを帯びた水が、合わせた場所から流し込まれる。
 ごくんと飲み込んだ後も、ジェイ・ゼルは唇を離さなかった。
 ゆっくりと、ハルシャの中の水の味を絡めとるように、舌が割入ってくる。
 慣らされた動作に、思考がだんだん鈍っていくようだ。
 彼から与えられる行為が、世界を満たしていく。
 
 傷ついた過去を持つ彼への愛しさと――
 コスモスの咲く丘を、一緒に見て欲しかったという優しさと。
 壮大な風景と。
 心震わせた全てが、ハルシャをジェイ・ゼルに埋没させていく。

 無心に、彼の唇を求め続ける。
 腕をジェイ・ゼルの首に廻して、しっかりと抱き合いながら、互いを貪り合う。
 熱を帯び、汗が浮いた肌が、ジェイ・ゼルに触れ合う。
 目を閉じ、彼の唇を受け入れる。
 優しく、深く、ジェイ・ゼルがハルシャを探る。
 長くそうしながら、彼の手が汗ばむ背中を滑っている。
 ハルシャの形を確かめるように、何度も手が優しく背中を擦るように、往復する。彼の手から与えられる熱が、身の内に、次第に溜まっていくようだ。

「んっ、んんっ。ぅんん」

 あえやかな喘ぎが上がる。教え込まれた身体が、彼の手に反応してしまう。
 もしかしたら。
 誰かが来るかもしれないのに。
 自分は、我を忘れて、ジェイ・ゼルと愛し合っている。
 その背徳感が、背筋を震わせる。
 背中を滑っていたジェイ・ゼルの手が、身を合わす間に割入ってきた。
 はっと気づいた時には、柔らかな動きで、左の胸の尖りがさらりと撫でられていた。
 びくっと、身が震えた。
「んっ!」
 合わせた唇に、快楽の息を吐いていた。
 言葉を封じるように、ジェイ・ゼルの口が、深く自分を覆う。
 そうしてから、淀みない動きで胸が撫であげられる。
 快楽がせり上がってきて、ハルシャはわずかに身を反らした。
 声を出せないままに、身を震わせて得ている刺激の強さを、ジェイ・ゼルに伝えようとした。
 どうして。
 人目があるかもしれない場所で、ジェイ・ゼルはこんなことをするのだろう。
 今まで、こんなことを彼はしたことがなかった。
 どちらかというと、用心深く、ハルシャが乱れるさまを人に見せまいとしていたのに。
 どうして。
 疑問と当惑が、心の内に渦巻く。
 けれど、押し寄せる快楽に飲まれて、思考がまとまらない。

「ジェ……ジェイ・ゼル」
 意志の力を総動員して、ようやくハルシャは離した口に呟いた。
「どうした、ハルシャ」
 冷静なジェイ・ゼルの声が耳元で囁かれる。
 ぞくっと、肌が粟立つ。
「――ひ、人が、来る」
 ふっと笑った息が、寄せたハルシャの耳に触れる。ぞわっと、背中に衝撃が走った。
「そうだね。誰かが来るかもしれないね」
 言葉の間も、ハルシャの胸から手が動かない。爪の先で服の上から、優しく尖りが撫でられている。夏仕様の薄い生地の服の上から、それは淀みなく刺激を与える。小さく、声が漏れてしまう。
 呻きを抑えながら、ハルシャは懸命に訴えた。
「ジェイ・ゼル。人に、見られたら――」
「人が来たら、とても恥ずかしいことになるね」
 耳元で、言葉が滴った。
「あられもない声を、上げているところを、見られたら――どうしようね、ハルシャ」
 羞恥を煽られて、かっとハルシャの頬が燃えた。
「もう、止めた方がいい――人が来るかもしれない。だから……」
「ハルシャは、止められるのかな?」
 胸を撫でていた手が、不意に動いて、下の敏感な部分にさらりと触れた。
 あっと、鋭い声が出る。
「ここが、大きくなっているよ。どうしてかな、ハルシャ」

 そ、それは。
 ジェイ・ゼルが、刺激をするからだ。
 なぜ、彼は解り切ったことを問いかけて、自分に答えさせようとするのだろう。

 顔を真っ赤にして、ジェイ・ゼルを見つめる。
 彼は余裕たっぷりの笑みを浮かべて、ハルシャの耳元に口を寄せて呟いた。
「今、止めたら――ハルシャは家まで我慢できるのかな?」
 思わず、息が荒くなる。
「ここをこんなにして……帰りは運転してくれるのだったね。どうかな、冷静に飛行車を操ることが出来るのかな?」
 ふふと、ジェイ・ゼルが笑う。
「半分ずつ。だから、二時間だね。その間、辛抱して運転できるかな?」
 
 ハルシャは、唇を噛み締めてジェイ・ゼルを見つめ続けた。
 瞳が潤んできそうになる。
 彼の手で刺激されれば、素直に身が反応する。そういう風に慣らされてきた。
 そして。
 ジェイ・ゼルはいつも、与えてくれる愛撫で、極上の快楽へと誘ってくれる。
 それを、心よりも身体が覚え込んでいる。
 ジェイ・ゼルは我慢をさせなかった。
 ハルシャが求めるままに、極上の愉悦を与えてくれる。
 だから、耐性がないのかもしれない。
 全身が熱く熟れて、しきりに頂点を求めている。
 今も、この先にある絶頂へ、早く連れて行ってくれと、きしむ様に求めていた。
 再び動き出したジェイ・ゼルの手が与える刺激に、甘く身が反応する。
 点された熱い炎が身を焼く中――とても冷静に飛行車を運転できそうになかった。

「辛抱できるかな? ハルシャ」
 重く甘い声が、ジェイ・ゼルの口から、滴る。
 ぶるっと身が震えた。
 答えられないハルシャの様子を観察してから、ジェイ・ゼルが不意に手の動きを止めた。
 あっと、声が出そうになる。
 離れていく手に、縋りつきたいような気持になってしまう。
「我慢できるのなら、ハルシャの言うように、もうここで止めようか」
 灰色の瞳が、自分の心の底をのぞき込む。
「どうかな、ハルシャ?」

 荒い息が、口から溢れる。
 中途半端に刺激を受けた場所が、うずいていた。
 ハルシャの様子を見つめてから、彼は微笑んだ。
「確かに――人が、来るかもしれないね」

 妥協を示すように、柔らかな言葉で彼が呟く。
「ハルシャは、恥ずかしがり屋さんだから、こんなところを人に見られたら、耐えられないだろうね。愛撫されて、乱れているところなど――」
 呟いた後、彼の手が動いた。
 それは、期待していた場所でなく、髪へと向かった。
 さらさらと、髪が撫でられる。
「私が悪かったよ、ハルシャ。君の羞恥心を無視するようなことをしてしまって」
 心から悪かったというように、ジェイ・ゼルが呟いた。
 髪を一撫でした後、すっと手が引かれた。
「苦しいのなら、私が帰りも全部運転しよう。大丈夫だよ」
 優しい微笑みが、ジェイ・ゼルの顔に浮かぶ。
 はっと、ハルシャは我に返り、
「そ、それはいけない。帰りは私も運転させてくれ。ジェイ・ゼルだけに負担をかけては申し訳ない」
 と、必死に訴える。
「だが」
 ジェイ・ゼルは困ったように微笑んだ。
「その状態では、とてもまともに運転できないだろう、ハルシャ。君は、耐える訓練を積んでいないから、相当苦しいだろうね。無理しなくてもいいよ」

 ハルシャの窮状を、深く理解している口調で言う。
 正直、平静を保てないほど、身の内が熱い。
 だが。
 こんなところで、ジェイ・ゼルに精を吐かせてもらうなど、到底出来ない。
 そんな恥知らずのことなど、どう考えても無理だ。

「が、我慢する」
 
 精一杯の虚勢を張って、ハルシャは必死に言葉を発した。

「だ、大丈夫だ。その内、収まるかもしれない。運転も出来るから、安心してくれ」

 と、儚い、一縷の望みに縋るように呟く。
 ジェイ・ゼルは眉を寄せた。
「そうかな。私にはそううは見えないのだけれどね」
 心を言い当てられて、ハルシャは顔が真っ赤になる。
 さらりとジェイ・ゼルが言葉を続ける。
「もとはと言えば、私が不用意にハルシャを刺激してしまったことが、原因だ。そんな状態で運転して意識が散漫になっては、とても危険だよ。ここは私が責任を取って、家まで運転しよう」
「そ、それは、ダメだ。ジェイ・ゼル。往復で八時間も運転しては、疲れてしまう」

 うろたえながら、ハルシャは必死に訴えた。
 ジェイ・ゼルの灰色の瞳が、じっと自分を見つめていた。

「本当は、身の内がうずいて、耐えられないほど辛いのだろう? 素直に言ってごらん」
 笑いを少しも含まない口調で、彼が言う。
「君が苦しんでいるのは、例えようもなく辛い。教えてくれないか、ハルシャ。今の君の状態を」

 そんなに真摯な目で見つめられたら、本音がつい、口からこぼれ落ちてしまう。
 熱く熱を持って昂ぶり始めた場所に意識を向けると、どうしようもなく恥ずかしい。けれど、彼の問いに誠実でありたいとの思いが、ハルシャを突き動かした。
「――本当は、辛い。ジェイ・ゼル。とても。このままでは、家までもたないかもしれない」
 と、消えそうな声で、ハルシャは窮状を訴えた。

 ジェイ・ゼルは眉を寄せた。

「私のせいだね。すまない、ハルシャ」
 と、心から詫びるように、彼が呟く。
「その責任を取らせてくれないか」
 
 ハルシャは、落ちていた視線を上げて、ジェイ・ゼルを見た。
 一片のからかいもない顔で、自分を真剣に見つめながら、ジェイ・ゼルが言う。
「私に任せてくれないか、ハルシャ。君が苦しんでいるのを放置などできない」
 うっかり、解ったと言いかけて、ハルシャははっと、現実に立ち戻る。

 ジェイ・ゼルの手に任せて――そこへ、人が来たら。
 その時の自分の状態を想像したら、赤くなるより、青くなってしまった。

「だ、だが、ジェイ・ゼル」
 身を震わせながら、ハルシャは懸命に想いを伝える。
「ひ、人が来たら、これ以上恥ずかしいことはない。それに――」
 あまりにダイレクトな言い方に、自分で気絶しそうになりながら、何とかハルシャは続きを口にした。
「辺りを、よ、汚してしまっては、あまりにも申し訳ない」
 青くなった顔が、盛大に赤くなる。
 精を吐いたらとは、さすがに言えなかった。
 意図を理解して、ジェイ・ゼルがふむと頭を揺らす。
「なるほど。ハルシャは真面目だね」
 
 真面目ではなく、普通のことだと思うと、抗議したいほどだった。

「安心して欲しい、ハルシャ。君なら『汚す』ことなく、今の苦境を脱することが出来るよ」
 不意に、鮮やかな笑みを浮かべて彼は言い切った。
「ど、どうやって?」
 思わず問い返したハルシャに、笑みを浮かべたまま、ジェイ・ゼルが低い声で呟いた。
「ハルシャの乳首は優秀だからね。そこだけで達することが出来れば、大丈夫だよ」

 はっと、思い出す。
 紫の森に行った後、彼に愛撫を受け、自分は初めて胸だけで頂点を迎えた。
 確かに。
 その時には、精を吐かなかった。

「思い出したかな?」
 自分の合点した顔に、笑みを深めながらジェイ・ゼルが言う。
「その方法なら、ハルシャの心配は九割がた無くなってしまうね。ほら、服の上からだけでいいし、精を吐かなくてもいい。
 それなら、安心だろう。人が来たら、私が手を離せば良いだけだ。挨拶をしても大丈夫なほどだよ」






Page Top