ほしのくさり

話の小箱
~ラグレン拾遺~

酔っ払いのハルシャ、ジェイ・ゼルを大いに困らせる……の巻

はじめに

※ハルシャたちがラグレンにいた頃の小話集です。
 今回は本編『ほしのくさり』第170話『遠い歌声』の前にあった、出来事をお届けいたします。
 お互いの想いを確認し合い、打ち解けた食事をとったあと、クラヴァッシュ酒を飲み過ぎてしまった(いえ、ジェイ・ゼルに酔い潰された)ハルシャが、どうしてジェイ・ゼルの上に抱き締められたまま目覚めたか、の謎を解く鍵がここに!!
 ……お楽しみいただけたら、とても嬉しいです♪



   

 ※ハルシャが酔い潰されて目が覚めるまでの間に、さて、何があったのでしょう。 ジェイ・ゼルが口を開きたがらなかった秘密が、ここに……




 夕食の片づけをすべて終えた後、ジェイ・ゼルは、水が満たされたグラスを手に、ハルシャの眠るベッドルームへと向かっていた。

 空いている方の手には、二日酔い止めの錠剤があった。
 ハルシャがアルコールに弱いことを承知の上で、ジェイ・ゼルは酩酊まで彼を追い込んでいた。
 目的はただ、一つ。
 リュウジの元へ、ハルシャを帰さないためだった。

 我ながら必死だったと、苦笑いが思わずこぼれる。
 ハルシャの口から、リュウジの名が出た途端、理性が吹き飛びそうになった。
 帰したくなかった、彼の元に。
 今夜だけは。
 素直に、クラヴァッシュ酒を口にしていたハルシャの姿が、視界をよぎる。
 自分の服をまとい、酔いに頬を赤らめていた彼の姿が。
 胸の奥が痺れるようだ。
 いとしさが、湧き上がってくる。
 
 ジェイ・ゼルのベッドの上で、ハルシャは屈託なく眠り続けていた。
「ハルシャ」
 声をかけても、彼はすぐに反応しない。
 まだ酔いが回っているようだ。
 飲ませ過ぎたかもしれない。
 ハルシャは極めてアルコールに弱い。
 宇宙船乗りには、酒豪が多い。
 彼が夢を実現するためには、アルコールに慣れることも必要かもしれない。焦らずに毎日、少しずつ酒量を上げていけば、耐性が付くだろうか。
 ふと、そんなことまで考えて、ジェイ・ゼルは再び、苦笑いをした。
 ハルシャの人生に、この後も関わり続けることが出来る。
 もう彼の身を、契約で縛ることもなく。
 困難を承知の上で下した決断は、予想以上に自分の心を解放していた。
 惑星ガイアで、海の側を一緒に歩く――
 そんな未来を、思わず夢見てしまうほどに。

「ハルシャ」
 顔を寄せて、語り掛ける。
「水を飲まないか」
 言葉に、わずかにハルシャが目を開いた。
 それでもまだ、意識はぼんやりしているようだ。
 焦点の合わない目が、虚空へ向けられている。
「喉が渇いただろう」
 アルコールの分解には水が不可欠だ。
 身体が水を欲しているはずだった。
 問いかけたジェイ・ゼルの声に、無意識のようにハルシャが首を揺らしている。
 虚ろな眼差しのハルシャに向けて、優しく言葉をこぼす。
「なら、飲ませてあげよう。身体を起こすよ」
 声をかけてから、ジェイ・ゼルはベッドの脇に座り、彼の首の下に手を差し入れると、そっと体を上げた。
 触れたハルシャの体はまだ、熱かった。
 起こした腕で頭を支えながら、ジェイ・ゼルは錠剤を自分の口に入れてから、グラスを傾けて、水を含んだ。
 そのまま、ハルシャの唇に押し当てる。
 少しずつ送り込んだ水を、こくんこくんと、ハルシャが飲み下している。
 錠剤も、のどに詰まらせることなく、無事に飲み込んだようだ。
 確認してから、ジェイ・ゼルは語りかける。
「もう少し、欲しいか?」
 言葉に、ハルシャがうなずく。

 二回、水を飲んだ後、彼は満足したらしい。
 もう、いいと、小さく呟く。

 錠剤が上手く効けば、二日酔いの酷い頭痛は免れるはずだ。
 そっと頭を元に戻すと、彼は目を閉じて、再び眠りに引き込まれていく。
 喉の渇きが癒えて安らぐ寝顔を、ジェイ・ゼルはしばらく見つめていた。
 熱を帯びる髪を撫でて手を引き、ベッドサイドの小卓に、水が半分ほど残ったグラスを、置いた。
 ベッドを回り、まとう服をさらりと脱ぎ捨てると、ハルシャが眠る反対側の上掛けを静かにめくりあげる。
 そのままジェイ・ゼルはシーツの間に、身を滑り込ませた。

 反射的に、ハルシャが目を開いた。
 まだ意識が朦朧としたまま、異変の原因を無意識に探るように、頭を動かしている。
「私だよ」
 優しく声をかけて、ジェイ・ゼルは彼の疑念を解く。
「お休み、ハルシャ」

 熱い身体の横に、身を沈めると、ハルシャがわずかに動いた。
 酔いで火照る体が、熱かったのかもしれない。
 冷たさを求めるように、ジェイ・ゼルの身に、体を寄せてくる。
 無邪気な仕草に微笑みながら、ジェイ・ゼルはハルシャの体を腕に包んだ。
「ジェイ・ゼル……」
 触れた場所に、熱い息を吐きながらハルシャが呟いている。

 消えそうな声を、耳を寄せるようにして、拾い上げる。
「どうした、ハルシャ」
 問いかけたジェイ・ゼルの声に、一度閉じていた目を、ぼんやりとハルシャが開く。
 照明を暗くしているので、自分の顔が見えないのかもしれない。ハルシャは、不思議そうに、しばらく自分へ視線を向けていた。

「ジェイ・ゼル?」
 語尾を上げて、ハルシャが問いかける。
 思わず、笑みがこぼれる。
「そうだよ。私だよ」
 瞬きをしながら、ハルシャが酔いに濁る眼で、自分を見つめ続ける。
「すまなかった」
 唐突に、ハルシャが詫びの言葉を呟く。
 ジェイ・ゼルは、片眉をきゅっと上げた。
「何がだい? ハルシャ」
 酩酊したハルシャのうわ言に、それでもジェイ・ゼルはきちんと言葉を返した。
 金色の深い瞳が自分を見つめている。
「ジェイ・ゼルを、傷つけた」

 酔いで解き放たれた言葉なのだろう。
 五年間、反応しないことで傷つけてきたと、彼はひどく気にしていた。
 今、半覚醒の状態で、懸命に詫びを口にしていた。
 ジェイ・ゼルは、笑みを深めると、彼の髪を撫でた。
「大丈夫だよ、ハルシャ。もう、気にしなくても……それ以上のものを、私は君から受け取っているからね」
 髪に、唇を触れる。
「何も気にせずに、ゆっくりお休み」

 呟いた言葉に、とろんとした目をハルシャが向けている。
 こくんと、頷いてから、彼は視線を落として、素直にジェイ・ゼルの腕の中に包まれた。
 そのまま、ジェイ・ゼルも目を閉じて、眠りに入ろうとした。
 が。
 すぐさま、目を見開いた。
 とっさに、ハルシャへ視線を向ける。

 ハルシャは自分の胸元に、顔を寄せていた。
 酔いの助けがあるのか、普段の恥じらいなどどこ吹く風で、そこにあるジェイ・ゼルの胸の尖りを、口に含んでいた。
 無心に、舌先で弄んでいる。

「ハ、ハルシャ……」
 思いもかけない行動に、困惑の混じった声を、思わずジェイ・ゼルは上げてしまう。
 緩慢な動作で、ハルシャが口を離して、顔を向けてくる。

「――嫌、なのか? ジェイ・ゼル」
 酔いの極みにある中で、危惧するように、ハルシャが呟く。
 意識が朦朧としているのに、懸命に自分を気遣う姿に、切ないほどの愛しさが湧き上がって来た。
 どうしても、彼の行動を否定する言葉を吐くことが出来ず、
「いいや、嫌ではないよ」
 と、ジェイ・ゼルは思わず返していた。

 にこっと、ハルシャが、花のように笑う。
 その笑みだけで、ジェイ・ゼルは全てを許していた。
 安心したように、ハルシャは先ほどまで行っていた行動に戻り、ジェイ・ゼルを口に含んで無心に舐め始める。
 いとけない、幼子のような姿だった。

 酩酊の中にありながら、ハルシャは自分に快楽を与えようとしているのだろう。
 五年間、傷つけ続けたことの詫びを、言葉でなく態度で告げようとするかのように。
 ハルシャのひたむきな様子を見守りながら、ジェイ・ゼルの胸の奥に、甘い痺れのようなものが広がる。
 誰の行為の中でも、覚えたことのない感覚だった。
 ハルシャから注がれる慈しみに、心が甘く熟れる。
 愛しいと、我知らず心に呟いていた。

 彼は全てを受け入れてくれた。
 自分の本当の名前が、ハルシャの口からこぼれ落ちたとき、魂が震えた。
 彼と身を繋げながら、はっきりと、悟る。
 これは、愛の交歓なのだと。
 身を通じて魂に触れ合うために、この行為はあるのだと。
 生まれたときから身を浸してきた行為の、本当の意味を、自分はハルシャから教えられた。
 皮膚も細胞も魂も――
 全てを溶け合わせて、彼と一つになりたかった。
 抱き締め合った腕の強さに、互いの思いを感じ取る。
 彼は、自分の緑に変わる瞳を、大好きだと言ってくれた。
 私の宝物だと――

 醜い行為を強いられ続け、それでも生き延びて来た自分の生を、柔らかく腕に抱きとめて、ハルシャは許してくれたような気がした。
 生きていてもいいのだと。
 『愛玩人形』として作り出された、自分だとしても――

 酔いが彼の理性のタガを外しているのだろう。快楽を与えようとするハルシャの動きはなかなか止まらなかった。
 思考が乱れてしまうほどに、内側から快感が湧き上がってくる。
 どうやら、ハルシャは酔うと人格が変じてしまうらしい。
 本能のままに、ひたむきに自分の胸を口に含み続けている。

 そろそろ、止めさせないと、自分の忍耐がもたないかもしれない。
 兆し始めてしまいそうだ。

 意識がはっきりしない状態のハルシャに、手を出したくなかった。
 かつて、自分の意思と反して身を弄ばれた過去の忌まわしい記憶が、同じ行為をハルシャに強いることを、嫌悪する。
 目が覚めて、意識がある状態でしか、彼を抱きたくなかった。
 このままだと、無理矢理に彼を抱いてしまうかもしれない。

「ハルシャ」
 髪を撫でながら、やんわりとジェイ・ゼルは言葉をかける。
「もう十分だよ――そろそろ、寝ようか」

 声が、自分へと顔を向けさせた。
 とろんとした金色の瞳が、自分を見上げている。
 彼はしばらく、何かを考えているようだった。
 瞬きをしてから、口を開く。
「ジェイ・ゼルは、気持ちよくないのか?」

 心配げな声だった。
 微かに眉を寄せて、一心に自分を見つめてくる。
 ふと、胸を突かれた。
 彼は以前、自分が上になって、懸命に動いてくれた。彼の思うようにさせてあげたいと、ギリギリまで忍耐したが、あまりに愛らしい姿に、忍耐が焼き切れた。
 最後で動きたくなったジェイ・ゼルの行動に、彼は自分の技術が拙いからだと、誤解をしてしまっている。
 今も――止めたのは、気持ちが良くなかったからだと、思ってしまったのかもしれない。

 ジェイ・ゼルは、一瞬、言葉を飲んだ。
 ハルシャの真剣な顔を見つめてから、
「いや。とても、気持ちがいいよ、ハルシャ」
 と、制止どころか、彼を煽るような言葉を口にしていた。

 再び彼は、この上なく嬉しそうに、屈託なく笑った。
「――良かった」
 安堵の言葉をこぼしてから、彼は再び自分の胸元に顔を戻した。
 熱心に舐め上げ、舌で尖りを転がしている。

 まずい。
 熱い昂ぶりが、持ち上がってきそうだ。

 解っていたが、ハルシャの心を傷つけることが、どうしても出来なかった。
 彼は、片側だけに刺激を与えては不公平になると、酔っぱらいながらも考えたのかもしれない。
 自分の身を押すようにして横たわらせると、反対側も、丁寧に口に含んで慈しみだした。
 熱心に胸に取りつくハルシャの頭が、小刻みに揺れている。

 思いもかけない、苦行を強いられているような、気がする。
 自分の胸に口を寄せて、一生懸命に高めようとするハルシャの姿を、横たわったまま、ジェイ・ゼルは見つめていた。
 彼が起きていたら、この上なく嬉しい状況なのだが、酔いで意識が朦朧とする体を、無理に押し開くことがジェイ・ゼルには出来なかった。
 無心に揺れるハルシャの髪に指をからめ、ゆっくりと撫でる。

 どうしたら、彼を止めることができるだろう。
 これ以上刺激されたら、自分の理性が飛んでしまいそうになる。

 酔っぱらったハルシャが、これほど積極的だとは、思ってもみないことだった。
 自分が側に居る時以外、彼を酩酊させてはいけないと、ジェイ・ゼルは心につけとめる。
 ことに。
 ――リュウジの側では。

 忍耐の甲斐あってか、ハルシャの動きが、次第に鈍り始めた。
 眠気が襲ってきているのだろう。
 尖りを舌先で動かしていた口が止まり、そのまま眠り込むかと思うと、はっと意識を取り戻したように再び刺激を与えてくる。
 油断を突かれるようで、余計に高められてしまう。

 五年間、彼に教え込んだ成果なのか、舌遣いが思った以上にハルシャは巧みだった。
 不覚にも、翻弄される。

 髪を撫で続けている動きに、ハルシャはゆっくりと、眠りに引き込まれていきそうになる。
 それでも、ジェイ・ゼルに快楽を与えたいと、彼なりに一途に思っているのだろう。
 口の動きが止まらない。

 もう、さすがにジェイ・ゼルも、限界に近かった。
 髪を一撫ですると、ジェイ・ゼルは行動に移った。
 身を横にして、まだ火照るハルシャの身体を、強い力で抱きしめると、そのまま腕に包んで、正面を向く。
 自分の体の上にハルシャをうつ伏せの状態に乗せて、横たわった。

 ハルシャは、さっきまで行っていた行動を中断され、微かな抗議の声を上げた。
 身を引き上げて、自分の肩口にハルシャの顔を持ってくると、ジェイ・ゼルは強制的に、身を布団で包み込んだ。
 布団の上から、自分の上に横たえたハルシャの背を、ゆっくりとしたリズムで叩きながら、ジェイ・ゼルは、惑星ガイアに伝わる古い子守唄を口ずさみ始める。
 最初は抵抗を見せたハルシャは、耳元に響く、低く穏やかな歌声に、意識を攫われたように、抵抗を止めた。

 様子を見ながら、ジェイ・ゼルはゆったりと、背を叩く。
 幼い子どもにするように、静かに穏やかに、眠りに誘う子守唄を歌う。

 不意に、体の上のハルシャの身から、力が抜けた。
 しばらくしてから、穏やかな寝息が、ジェイ・ゼルの耳へと聞こえだした。
 ジェイ・ゼルの口元に、小さな笑みが浮かぶ。
 歌に誘われ眠りに着いたハルシャの顔を一瞬見つめてから、ジェイ・ゼルも目を閉じた。
 身の上で、安らいで眠る愛しい命の存在をただ、感じながら、ジェイ・ゼルは歌を口ずさむ。

 ジェイ・ゼル自身が眠りに引き込まれるまで、歌は、穏やかに部屋の中に、響き続けていた。






 (了)





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