「それにしても、いきなりだな」
廃材屋で、鉄材の山の上からリンダ・セラストンは、腰に手を当ててミアを見た。
一つしかない左目を細めてリンダは笑う。
「私にまた、医者に戻れっていうのか?」
今日は肩に流しているリンダの金色の髪が、動きに連れてサラサラと流れた。
ミアは深く頷いて、廃材の山に居るリンダに向けて声を放った。
「リンダにしか頼めないんだよ。いつも病理判断の相談に乗ってくれていただろう。これほど的確な判断が出来る医者は、そういない」
右手に持っていた鉄材を、リンダは放り投げた。
「褒めてくるとは、策士だね。ミア」
ガツンと音がして、うず高く積まれた材の中にリンダの放ったものが落ちる。
彼女は軽い動きで、廃材の山から駆け下りて来た。
床に降りると首を振って髪を払った。
「ま、とりあえず落ち着いた場所で、話を聞かせてもらおうか、ミア」
静かに片頬を歪め、手で招くようなジェスチャーをしながらリンダは歩き始めた。
「サーシャちゃんも、イトウさんも中に入ってくれ」
道中手を握って来たサーシャが、ミアを見上げて
「廃材屋さん、ヨシノさんの名前を間違えているよ」
と、小声で囁く。
「ああ、そうだな」
ミアは顔を上げると、髪をさらっと掻き揚げながら、
「すまんが、リンダ。彼はイトウじゃない。ヨシノだ」
と、リンダの背中に声をかけた。
事務所へ向けて歩きかけていたリンダが足を止めて、振り向いた。
一瞬目が、ヨシノへ向かいミア・メリーウェザへ寄り道をしてから、再びヨシノへ戻った。
リンダ・セラストンに見つめられたヨシノは、わずかに身を折った。
「ヨシノです」
自己申告するように、彼が静かな声で呟く。
にやっとリンダが笑った。
「なるほどね。解ったよ、ヨシノさん、な。今度は間違えないようにするよ」
事務所へ入ると、リンダは手早く椅子を三つ用意して、自分はいつもの机の前にどっかりと座った。
「で」
にこっと笑って指を組んでリンダが笑う。
「なんでまた、帝星に行く気になったんだ?」
「もうそろそろ、動くときだと思ってね」
サーシャを椅子に座らせてから、ゆったりと背もたれの後を回り、ミアは丸椅子を引き寄せて腰を下ろした。
視界の端では、ヨシノが残った椅子に静かに座を占めていた。
「ほう」
机の引き出しを音を立てて開くと、リンダはそこからグラスを四つと、ファグラーダ酒の瓶を取り出した。
手際よくグラスを並べながら、
「そりゃまた、えらい気の変わりようだね」
と口角を上げて呟く。
ミアとリンダがこの惑星にいる理由は似通っていた。
どちらも大切な人が命を散らした宙域に近くて――人が暮らせる場所が惑星トルディアだったのだ。
同じ医者と言うこともあって、治療の相談がてら二人はよく飲んだ。
もちろん、杯に注ぐのはファグラーダ酒だ。
リンダ・セラストンは、ミアがここを離れられない理由を誰よりも知っていた。
叔父の側にいなければ、ミアは生きていけなかった。
随分時は流れたと思うのに、自分はまだ叔父が散華した時から心の時間が動いていない。
きゅっと音をさせて、リンダはファグラーダ酒の栓を抜いた。
瞬間、凄まじい香りとともに、サーシャの眉がみるみる寄せられた。
「ずっと前に、リュウジが飲んでいたお酒だね、先生」
眉を寄せたままサーシャが、ぽつりと呟いた。
慣れていない者には強烈以外の何ものでもない匂いが、瞬間的にリンダの事務所に広がる。
「ああ、リンダ」
その表情の変化に気付いて、ミアは慌てて手を振る。
「子供向けの匂いじゃないな、それは――」
ちょっとリンダは眉を上げた。
「飲みたい気分だったんだが、ダメか?」
さっさと杯を四つ満たしてリンダは、静かに微笑む。
「祝い酒だ。実は今日、宿願が叶ってね――乾杯をしたい気分だったんだ」
彼女は机から一枚の写真を取り出すと、机の上に置いた。
鋭い目つきをした黒髪の男の写真の前に、リンダは四つあるうちの一つの杯を置いた。
「うちの旦那と一緒にね。すまんが、付き合ってくれないか。祝い酒は人数が多い方が賑やかでいい」
サーシャが物問いたげにミアを見上げる。
「あの写真は、リンダの旦那の、エルド・グランディスなんだよ」
と、小声でミアは彼女の疑問に答える。
エルドはすでに亡くなっているのだと、聡いサーシャは気付いたようだ。
四つの杯にサーシャが頭数として入っていなかったことに、ちょっとミアは安心する。
写真に優しい眼差しを向けてから、二つの杯を手に、リンダは立ち上った、
「ミアとヨシノさんへ。サーシャちゃんは、ジュースだな」
杯を手渡した後、サーシャのために保冷庫から冷えたジュースを取り出してくれる。サーシャは嬉しそうに受け取っていた。
「運命の神の配剤に」
椅子に戻らず、机に腰をひっかけたまま、リンダは杯を手に呟いた。
リンダの献辞に、杯を上げてミアは応える。
「凄腕の医師リンダに」
意外なことに、ヨシノは
「新しい生活に」
と献辞を口にしている。
サーシャはよく分からずに首を傾げていた。
「乾杯!」
賑やかな声と共に、杯の端が重なり音を立てる。
そのまま、ミアは一気飲みをした。
もちろんリンダもだ。
「くうっーっと、たまらんな」
リンダが歯の間から絞り出すように言う。
「で、早速教えてくれないか。心変わりの理由をな」
リンダに促されて、ミアはハルシャとサーシャが帝星へ移り住むことを告げる。
「実は、両親と住んでいた家が帝星にあってね、長く人に貸していたんだが、引っ越すそうなんだ。
次の借り手を探すのも面倒だと思っていたところなんだよ。
家はほら、人が住まないとすぐに傷むだろう? どうしたもんかと考えていたんだが、丁度いいタイミングだった。
私が引っ越して住もうかなと、思ったんだよ」
言葉を切ると、手の中のグラスを見つめる。
「まるで、両親が帰ってこい、ミアって言っているような気がしてね。だからかな」
ふうんと、リンダは自分で杯に注ぎながら頭を揺らす。
「そういう意味なら、私にとってもいいタイミングなのかもしれないね。宿願が叶った今、もう、廃材屋を続ける理由がなくなったからね」
しみじみとした口調で、リンダが呟いた。
サーシャは疑問を心の中に持ったようだが、黙って大人の話に耳を傾けている。
「それにしても、思い切った決断だね」
笑いながらリンダが言う。
ミアは頷いた。自分でも、思い切ったと確かに思う。
「そうだね。サーシャたちが一緒に行くというのが、大きいかな」
その言葉に驚いたようにサーシャが青い瞳をミアに向けて来た。
つい笑みが浮かぶ。
柔らかな巻き毛に手を伸べて、そっと撫でる。
「帝星の家にはね」
澄んだ青い瞳を見つめながら、ミアは呟いた。
「玄関の横に、リンゴの木があるんだ。貸家にするときも、それだけは伐らないでくれって頼んでおいた――立派な樹齢百年を超えるリンゴなんだよ」
サーシャが瞬きをする。
「リンゴの木?」
つい、笑みが深まる。
「ラグレンでは考えられないが、帝星では至る所に植物が生えているんだ」
へえと、サーシャが目を大きく見開く。
乾いた人工物しかないラグレンから、帝星へ移り住んだら、サーシャはきっと緑の豊かさに驚くだろう。
「そのリンゴはね、春になると真っ白な花を咲かせるんだよ。枝一面にね」
遠い過去が蘇る。
父親に抱き上げられて、花に触れていた懐かしい日々。
実りの秋には、母がそのリンゴでアップルパイを焼いてくれた。
もう、二度と戻らない――愛しい人々。
それを思い知るのが恐くて、故郷の星に足を踏み入れることが出来なかった。
「花が散る頃になると、風に乗って花びらが辺り一面に飛ぶんだ。まるで雪みたいにね――」
過去から視線をサーシャに戻すと、ミアは静かに微笑んだ。
「それを、サーシャたちと一緒に見たいと、思ったんだよ」
花びらの向こうに、微笑む両親の姿が見える。
思い出の中では、いつも両親は笑顔だった。
「やっと帰る勇気が出来た。急なことで本当に迷惑をかけるが、後を頼めるかな、リンダ」
一つしかないリンダの目が、自分の心の中を見つめるように、静かに据えられていた。
「逃げるんじゃないんだね」
リンダがぽつりと呟く。
「立ち向かうってことだな、ミア」
そうかもしれない。
両親が爆死させられた記憶が、ふとした瞬間に蘇る。
だから叔父をひたむきに頼った。
両親への思慕と残された孤独を、キルドン・ランジャイルは、たった一人で全て受け止めてくれていた。
ミア、大丈夫だよ。
独りじゃないよ。
優しい声が聞こえる。
一方的な想いを傾け続けて、叔父を追いつめた。
その愚かさごと、自分に向き合おうと心を決めたのだ。
「私にとっては、ラグレンに居る方が逃げていることなんだ。そうだね、リンダ。私はやっと立ち向かうことにしたらしい。
自分自身に――だから。協力してくれないか」
ふっと、リンダは笑った。
「いいよ」
あっさりと彼女は言った。
「同じ宇宙に見捨てられた同士、助け合わなくてはね」
サーシャが今度は好奇心旺盛な顔で、
「宇宙に見捨てられたって?」
と小声でミアに尋ねてくる。
片眉を上げると
「リンダは、宇宙海賊だったんだよ」
と潜めた声で耳元に呟く。
えええええっ!とサーシャが椅子を倒さんばかりに驚いた。
「元、だ。元。今は引退している」
と、カラカラ笑ってリンダは手を振った。
「そう天使ちゃんをビビらせないでくれないか、ミア」
そこから、リンダは楽しそうに宇宙海賊時代の話をサーシャに語った。
意外と地味な仕事なんだよ、と彼女は言う。
情報収集が肝要でね、そこを間違えたら空振りになる。大変だよ、と。
サーシャは目をキラキラさせて聞いていた。
興味を持ちすぎて、宇宙海賊になると言い出さないかと、密かにミアは危惧してしまった。
会話の間に、これからの段取りも二人で進めていく。
医療院は全て、そっくりそのままリンダに譲ることにしようと心に決めていた。
こちらが無理を言うのだから、当然のことだ。
リンダは廃材屋を継ぎたいという子がいるから、その子に後を譲り、ミアの業務を引き継ぐことを約束する。
暫くはリンダが医療院に通ってくれることになるようだ。
「リンダは元々、オキュラ地域の子たちの栄養状態を心配していただろう」
ミアの言葉に、リンダは小さく頷いた。
リンダは子どもが好きだ。
廃材屋でよく、子どもたちが遊んでいるのを見かけることがある。
彼らの未来をリンダは心配していた。学校にすらいけない子たちを、遊ばせながら彼女は計算の基礎を、廃材を使って教えていることがよくあった。
計算の基礎知識もない子もいるのだ。
教育の有無が将来の収入を確実に変える。
豪快に見えるリンダの繊細な優しさを、ミアはとても信頼していた。
だから――彼女に託したいと思ったのだ。
「医者になってここにいてくれたら、私が安心できる」
ミアの言葉にリンダは静かに笑った。
「医者は元々、好きで進んだ道だ。誰かの役に立つというのなら、それはそれで、嬉しいことだね。
前は荒くれ者しか相手に出来なかったからね。ちょっとミアよりは荒っぽいかもしれないよ」
「そのぐらいで良い。なあ、サーシャ」
笑いながらミアはサーシャを見る。
「サーシャが押さえつけている間に、私が治療することもあるんだ。少々荒っぽくやったほうが、患者にとってはいいかもしれない」
楽しいひと時を過ごし、ファグラーダ酒の瓶も空く頃、ミアたちはリンダの廃材屋を辞去することにした。
別れの前、リンダはサーシャの前にしゃがむと、
「ぬいぐるみ生物は元気か?」
と話しかけている。
「は、はい。毛艶も良くなって、元気にしています」
「名前をつけたんだって?」
「はい、アルフォンソ二世です」
「二世?」
「昔、アルフォンソというウサギのぬいぐるみを持っていて……だから二世です」
「へえ、洒落ているね」
楽しそうに交わす会話の間、リンダは優しい目でサーシャを見ていた。
彼女は、戦闘でエルドとの子を失っている。一度だけ、それをぽつりと呟いていた。詳細は知らないが、子どもたちに向けるまなざしは、とても深く労りに満ちていた。
「お兄ちゃんと、リュウジにもよろしくな」
言いながらリンダは立ち上り、サーシャの髪を撫でた。
「また遊びにおいで」
一つしかない薄青の瞳が、ミアへ向けられた。
「ま、帝星に戻って遅ればせながら親孝行してくるんだな、ミア」
優しく微笑みながらリンダが言う。
「そうだな」
ラグレンの空へ眼差しを向けると、ミアは呟いた。
「父と母の墓参りに行ってくるよ」
医療院への道すがら、どうやら足元が覚束ない。
「もう、先生は飲み過ぎです!」
サーシャが腕を支えてくれながら、ぶりぶりと怒っていた。
「まあそう言うな。祝い酒なんだから。気持ちよく飲まないと、リンダに悪いだろう?」
「それでも、限度があります」
叱るサーシャの声に、笑みがこぼれる。
叔父を失い、宇宙船を降り、全てを失くした空っぽの自分は――
どうやらラグレンで、大切なものに巡り合っていたようだ。
容赦なく言葉を叩きつけるサーシャの頭を、ミアは撫でた。
「次から気を付けるよ。ありがとな、サーシャ」
「その言葉を、何回も聞いているんですけど、先生」
ふふっと笑った拍子に、身体が傾いた。サーシャが慌てるが、支えきれない。
瞬間、思わぬ強い手が、腕を捕らえていた。
「すまんな、ヨシノ」
手の主へ、ミアは笑いながら言った。
無表情に彼は腕を持って、支えてくれていた。
身を立てると、手が離れる。
「昔なら、ファグラーダ酒一瓶は大丈夫だったのだがな。なまくらになっているらしい」
笑って歩き出す。
よろめきながらもなんとか医療院にたどり着いた。
どっかと自分の医療室の椅子に座ると、ファグラーダ酒の混じる息を天に向けて吐いた。
「お茶を入れてきますね、先生」
サーシャがその様子に、盛大に眉を寄せながら言う。
「ちょっとは酔いが醒めるかもしれません」
「ああ、ありがたいね、サーシャ」
笑顔で付けくわえる。
「ヨシノも入れて三人分、そうしたら入れてきてくれるか」
もう、まったく! とまだ怒りながら、サーシャが足早に給湯室に向かった。
机の上の書類に目を落とす。
明日から――忙しい日々になる。患者たちに移動の説明をしなくてはならない。
先のことは考えないことだ。
考えたらきっと、迷ってしまう。自分の決断をミアは信じることに決めたのだ。
それを、叔父が一番喜んでくれるような気がした。
帝星に戻り、そこから新しい一歩を踏み出すことを――
虚空へ視線を向ける。
叔父はあの宇宙には居ない。
彼はこの心の中に居るのだ。
懐かしい微笑みと、温かな声と――
あの人は、私の心の中に居る。
歩き出すときだと解っていた。
ただ、その勇気が出なかっただけだ。
ハルシャの一言が、背中を押してくれた。
真っ直ぐな瞳で、彼は心の真実を教えてくれた。
この宇宙を見上げなくても、叔父を信じて、歩き出せる。
だから、もう大丈夫。
歩いて行ける。今度こそ自分の足で、きちんと真っ直ぐに。
「竜司様は」
不意に声が響いた。
ヨシノだった。
あまりに彼は気配を上手に消すので、部屋に居るのに存在を忘れていた。
ぱちっと、瞬きをしてから、ミアは
「リュウジがどうした?」
と問いかけた。
一瞬の間の後
「ドルディスタ・メリーウェザのご実家のお近くに、ハルシャ様とサーシャ様とお住まいになる家を探すようにと、ご指示をなさいました」
と彼は呟き、言葉を切った。
それ以上ヨシノは口を開かない。
待ってみたが、どうやらそれが彼の伝えたいことの全てだと了承して、
「それはありがたいね。サーシャたちが近くに居てくれれば、賑やかでいい」
と、口角を上げながら、想いを伝えた。
ヨシノは黙って聞いていた。
沈黙が続き、そこで会話は終わったのかとミアが思った時に、
「帝星でお過ごしになるとき、お食事などご一緒できればと、竜司様はお考えのようです」
と、突然、途切れた言葉の後を、ヨシノが呟いた。
ミアは瞬きをした。
笑顔がこぼれる。
「それはありがたいね。私は料理がからっきしだからね。パウチで暮らす未来しか予想できなかったよ」
今朝のことを思い出す。
「今日はサーシャのお陰で、朝からまともな食事にありつけた。ありがたいことだ」
ヨシノは黙っている。
ミアは笑みを浮かべた。
「帝星では、うちの子たちがこれからヨシノにもお世話になるようだね。よろしく頼むよ」
笑顔で言ったミアに、静かな眼差しを向けてから
「ドルディスタ・メリーウェザが、帝星へ向かうご決断をしていただいたことに、感謝いたします」
と、穏やかな声で彼は言った。
「ラグレンで、竜司様は変わられました。ハルシャ様とサーシャ様と、そしてドルディスタ・メリーウェザが竜司様に寄り添って下さったお陰です」
謝意を示すように、彼は腰から身を折って、頭を下げた。
静かに頭を下げるヨシノに
「私は何もしていないよ」
とミアは笑って言う。
「変わったとしたら、それはリュウジ自身の努力の成果だ。元々彼が持っていた資質が花開いただけだ。私は何もしていない。眺めていただけだ」
遠いところへ眼差しを向けて、ミアは呟いた。
「リュウジを褒めてあげておくれ。あの子は本当によく頑張った。辛く苦しい中を、たった一人歯を食いしばって、正義を貫き通した。
さすが」
優しい笑みがこぼれ落ちる。
「次期総帥だ」
ヨシノは身を起こすと、黙ってミアを見つめている。
髪をかき上げて、ミアは言葉を続けた。
「本当のところは、私の方が感謝しているんだよ、ヨシノ。うちの子たちを、良く守ってくれたとね。リュウジは本当に、優しくて強くていい子だ」
口角を上げて付け加える。
「帝星で一緒に過ごせることが、今から楽しみだよ」
沈黙の後、
「私も」
微かな声が医療室に響いた。
「楽しみです。ドルディスタ・メリーウェザ」
空耳かと思うほど、小さな声でヨシノが呟いていた。
「おまたせしました!」
医療室の扉を開けて、サーシャが入って来た。
その途端、彼女は盛大に顔をしかめる。
「うわっ! すごいお酒の匂い!」
ミアは視線をサーシャに向ける。
「そうかい?」
「先生は気にならないんですか! うわぁ。明日の患者さんが倒れてしまいますよ!」
すっとヨシノが動いて、窓を開けて換気をしてくれている。
その背中を見つめる。
いま、ヨシノの口から、物凄い私見を聞いたような気がする。
「はい、お茶です、先生」
渡された茶碗に視線を戻す。
ま、いいか。
一口すすって、
「あちっ」
と、ミアは口の中で小さく呟いた。
(了)