ほしのくさり

話の小箱
~ラグレン拾遺~

マシュー・フェルズの会計日記 Ⅱ

はじめに

※ハルシャたちがラグレンにいた頃の小話集です。パロディ要素が強いです。軽い読み物としてお楽しみください。
 今回も、勤勉なジェイ・ゼルの会計士、マシュー・フェルズの物語です。
 ハルシャが借金を全額返済する前の、ある一日の物語です。
 ジェイ・ゼルはいつも、服をフルオーダーで作るのですが、そこへマシュー・フェルズもお供をしたようです。さて、どんなことが起こるのでしょうか。……お楽しみいただけたら、とても嬉しいです♪



 

※ジェイ・ゼルの勤勉な会計係、マシュー・フェルズが日記をつけていたようですよ。ちょっと覗いてみませんか。
『マシュー・フェルズの会計日記 その② ジェイ・ゼル様のオーダー服編』




 ☆月△日

 今日、ジェイ・ゼル様は新しい服をオーダーされるために、行きつけのテイラーへ赴かれた。
 たまたま急ぎの用がないことをご存じだったのか、珍しくジェイ・ゼル様が、私に一緒に来ないかとお誘い下さる。
 会計係として、見聞を広めるのも大切だろうと、おっしゃる言葉を受けて、ご同道させて頂いた。

 ラグレン中心街にある、オーダー専門の高級服店『フィンガル・デヴァル』を、ジェイ・ゼル様は御愛用されている。
 いつも、フルオーダーでジェイ・ゼル様は服をお作りになる。身体に合わない服だと、ご不快になるようだ。
 細かい採寸をお受けになり、以前の型紙を少し、訂正されたようだ。
 生地も帝星から取り寄せた物の中から、吟味されている。ジェイ・ゼル様は決断が早いので、お買い物もほとんど時間がかからない。
 この時も、ジェッシュ・コバンの上質な黒の生地を選ばれて、注文を終えられた。
 離れた席でお待ちしていた私は、終了を感じ取り、ジェイ・ゼル様が立ち上がられるのを待っていた。
 だが、その後も、テイラーと色々とお話を続けられる。
 黒以外の生地の見本帳を、ジェイ・ゼル様は手元に運ばせていらっしゃる。
 いぶかしい気持ちが、湧き上がってくる。
 ジェイ・ゼル様は、黒以外をプライベートでもお召しにならない。
 何のために生地を見ていらっしゃるのだろう。
 と。
 思っていると、決断を終えられたのだろう。
 マシューと、呼ぶ声がした。
 返事と共に近づくと、椅子に優雅に腰を下ろしたまま、ジェイ・ゼル様が、

 今度『アイギッド』へ、一緒に会計報告に行ってもらわなくてはならない。
 新しい服を、贈らせてくれないか。それを着て、一緒に頭領にお目にかかろう。

 と、にこやかな笑顔でおっしゃられる。

 そ、それは過分なことです。
 と、ご辞退申し上げようとしたが、ジェイ・ゼル様は引かれなかった。

 いつも宇宙船が苦手なのに、付き合ってもらっているからね。
 せめてこのぐらいはさせてくれないか。

 と、優しい声でおっしゃる。
 どうして急に自分がお供を申し付けられたのか、その理由を、今更ながら悟る。
 ジェイ・ゼル様は、自分に服をプレゼントして下さろうという、腹積もりだったのだ。
 言葉を尽くして、そのようなことは申し訳ないと言っても、にこにこと笑うだけで、ジェイ・ゼル様はお考えを変えられない。

 部下の生活に、気を配るのも上司の役目だからね――私も頭領からは、過分すぎるご配慮をいただいたからね。その恩返しだよ。

 と、穏やかな声でおっしゃるのを聞くと、それ以上お断りするのは、失礼にあたるかと思い、御礼と共に、お心を受けることにする。
 こちらの遠慮を感じ取ってか、フルオーダーではなく、もっと簡易なパターンオーダーで服を注文されている。
 生地は上質なダークグレイのピンストライプのものを、選んで下さったようだ。
 上品な色だよ、君にきっと似合うと、笑みをこぼして仰るお姿に、ただ、頭を下げるしかない。
 ただでさえ、個人資産をハルシャ・ヴィンドースのために消費されているのに、その中でも、揺るがぬ温情をお示し下さるのに、感謝が湧き上がってくる。
 一層、ジェイ・ゼル様のために誠心誠意お仕えしようと、心も新たに決意する。

 ゲージ服という、既定のパターンにそって作られた服を、いくつか試着し、ジェイ・ゼル様が納得する型を決める。そこから、細かく袖や肩のラインを、テイラーと一緒に調整されていく。
 自分は立ったままで、ジェイ・ゼル様の鑑識眼に、全てをお任せしていた。
 『アイギッド』での会計報告に間に合うように、と、少し作業を急かされる。馴染みのテイラーは、快くジェイ・ゼル様のお言葉を受諾していた。
 全てが終わった後も、ジェイ・ゼル様はしばらく、生地見本をご覧になっていた。
 何か、気になることでもあるのだろうか、と、お側でお待ちしていると、一つの生地に目を止められて、じっと見つめていらっしゃる。
 深い紺色の地色に、細い大柄な明るい色の格子が入っている、いわゆるウィンドペン柄と呼ばれる生地だった。
 黒に近いがその中に華やかな青が混じったような生地に見入ってから、ジェイ・ゼル様がそっと、指先で手触りを確かめていらっしゃる。
 あまりに熱心なご様子に、新しく注文されるのだろうか、と考えながらお待ちしていると、ふっと、視線を上げ、私をご覧になった。
 途端に、はにかんだような笑みを浮かべて、そっと、生地の見本帳を閉じられる。

 いや。

 言い訳のように呟きながら、早口にジェイ・ゼル様が仰る。

 ハルシャに、似合いそうだと、思ってしまってね。

 そのまま、ジェイ・ゼル様は席を立たれた。
 御自身の服の仮縫いの日にちを確認してから、よろしく頼むよと大らかに声をかけ、店を後にする。
 ジェイ・ゼル様は――常にハルシャ・ヴィンドースのことを考えていらっしゃる。
 この五年間、片時も心から離さずに、一人の少年を愛でて来られた。
 今も、どの生地が彼に似合うのかと、深く考え込まれたようだ。

 決して言葉には出されないが、行動の折々に、ジェイ・ゼル様はハルシャ・ヴィンドースに対する思い遣りをお見せになる。
 いつの日か、彼の服をフルオーダーで作る日を、ジェイ・ゼル様はもしかしたら、お考えになっているのかもしれない。
 ジェイ・ゼル様の会計係としては、その出費はとても痛いが……
 だが。
 晴れやかなジェイ・ゼル様の笑顔のためならば、それほど高い買い物ではないかもとも、思ってしまう。
 私はどうやら、相当甘い、会計係かもしれない。





(了)


Page Top