ほしのくさり

第92話  いつもと違う姿


 





 本当に心からの行為の時――
 ジェイ・ゼルはひどく無口になるのだと、ハルシャは気付いた。

 ふんだんに温かな湯を浴びた後、身を乾かすのもそこそこに、ジェイ・ゼルはハルシャを両腕に抱き上げて、ベッドへと大股に運んでいった。
 そっと優しく、真っ白なシーツに身が横たえられる。
 眼差しを落としてから、彼はぬめりのある液を取りに行き、ハルシャの側を離れた。
 背中を見送る。
 いつもの彼と、どことなく雰囲気が違う。
 内省を傾ける哲学者のような、静謐な空気を、彼はまとっていた。
 静かな眼差しのまま戻ると、彼は上にはあがらず、ベッドの端に腰を下ろした。
 身をひねるようにして、横たわるハルシャへ、視線を向ける。
 黙したまま、見つめる。
 彼は何もせずに、ハルシャを瞳に映し続けている。

 ただ、視線を受けているだけなのに、頬が赤らんできた。
 眼差しに、肌を撫でられているようだ。
 熱いものが、身の内に湧き上がってくる。
 自分の変化を、彼は解ってくれているはずだ。
 それでも、ジェイ・ゼルは動かずに、ハルシャへ視線だけを向けている。

「ジェイ・ゼル……」
 耐えきれずに、ハルシャは小さく名を呼んだ。
 ゆっくりと瞬きをすると、ジェイ・ゼルが視線を合わせてきた。
 暗い炎が、目の奥に揺らめいている。
「どうした、ハルシャ?」
 優しい言葉で問い返す。
 どういえばいいのか解らずに、ハルシャはただ、唇を噛んだ。
 ふっと笑うと、彼は静かに呟く。
「君はきれいだ。しばらく、眺めさせてくれないか」

 かあっと、顔が赤くなる。
 身をシーツの中に隠したいような気がしてきた。
 もぞもぞと動くハルシャの腕に、ジェイ・ゼルが手を伸ばして触れた。
「そのままで、ハルシャ」
 眼差しが、熱い。
 ふと、気付く。
 これが、彼が心から望んでいることなのだ。
 横たわる自分を見つめることが――
 なら、仕方がないと、ハルシャは覚悟を決めて、身の力を抜いて、ジェイ・ゼルの眼差しを受け止め続ける。
 意識するあまり、肌がちりちりと焼ける様な感覚が、広がっていく。
 どこも触れられていないのに、局所に確かな熱が、溜まって来た。
 ジェイ・ゼルが眼差しを動かし、ハルシャの変化を読み取る。
 そうされると、余計に熱が生まれ、昂ぶりがせり上がっていく。
 ハルシャは腕で口元を隠して、羞恥に耐えた。
 ただ、見つめられているだけなのに――どうして。

 自分でも制御不可能な変化に、ハルシャは戸惑いを覚え続ける。
 灰色の瞳には、自分の淫猥な変化が全て映っている。
 そう考えるだけで、脳が痺れてきそうだった。
 
 不意に、ジェイ・ゼルが動いた。
 ベッドに上がり、ハルシャの傍らに片膝をついて座る。
 身を屈めて、優しく唇を触れ合わせる。
「かわいいよ、ハルシャ」
 一言呟いてから、彼は再び動いた。
 首元に口を這わせながら、ゆっくりと下がっていく。
 やがて、右の尖りをそっと口に含んだ。
「あっ」
 声を漏らして、ハルシャは全身を震わせた。
 見つめられ続けたことで、全身の神経が鋭敏になっているようだ。
 思わぬほど敏感に、身が反応した。
 ゆっくりと、ジェイ・ゼルが舌先でハルシャのピンクの頂を、弄んでいる。
 舌が動くたびに、小さい呻きが口から漏れる。
 しばらく右を舐めてから、彼は左に顔を移す。
 左右の乳首を、交代に、味わうように静かに彼が、口に含む。
 指での刺激は、与えられなかった。
 じれったいほど柔らかな、唇と舌先だけの刺激が、淀みなく、絶え間なく、左右に交互にジェイ・ゼルから与えられ続ける。
 じんわりと、内側の感覚を研ぎ澄まされていくようで、ハルシャは身悶えした。
 感覚を揺さぶり起こすような、いつものジェイ・ゼルの愛撫とは違う。
 ハルシャの乳首を味わうことに、彼は集中を傾けていた。
 眼差しを向けても、ジェイ・ゼルの顔は、ハルシャを見ていなかった。
 行為に意識を向け、彼は視線を伏せて、ただ、尖りを口に含み続けている。
 それは――甘美な責め苦に似ていた。
 これが、ジェイ・ゼルの本当に望んでいたことなのだろうか。
 ハルシャは、唇を噛み締めながら、行為に耐え続ける。
 やんわりと、長時間、ハルシャの二つの胸の尖りは、刺激を受け続ける。
 それ以外の場所には全く触れずに、ジェイ・ゼルが無心に行為に没頭している。
 
 ジェイ・ゼルは今、楽しんでいるのだろうか。

 目を閉じると、ハルシャは、眉を寄せ内側にせりあがる熱に耐えながら、意識の底に考える。
 そうだとすれば、良いのだけれど。
 そんな風に考えられていたのも、束の間のことだった。
 段々、与えられる行為の熱で、思考がまとまらなくなる。
 一度乳首で達した時のような、温かな心地良さに身が包まれ始めた。
 息遣いが浅くなっていく。
 また、達しそうだ――
 と、ハルシャがおぼろげに感じ始めた途端、ジェイ・ゼルの口が、胸を離れた。
 あっ、と、ハルシャは内側に、喪失感を伴う寒さを感じた。
 閉じていた目を開けて、ジェイ・ゼルへ視線を向ける。
 彼はぬめりのある液を、ベッドの上から拾い上げているところだった。
 視線に気づき、彼は微笑みを与えてくれる。
 ほっと、心の奥が温かくなる。
 
 もう少しで、達しそうだった。
 けれど、ジェイ・ゼルは違うことをしたいようだ。

 目の前に見せられていた、めくるめく絶頂が遠のき、少し残念さを覚えながらも、ハルシャはジェイ・ゼルの動きを察して、足を開いた。
「ハルシャ」
 ジェイ・ゼルが優しく、膝に触れながら、ハルシャに声をかける。
「こちらを上にして、横向きになってくれるかな?」
 横向き?
 右の脇を上にして、横になってくれと、ジェイ・ゼルが言っている。
 今まで、横になって後孔をほぐされたことはない。けれど、ハルシャは素直に彼の言うことに従い、言われたとおりの態勢になった。
「足を、折り曲げて――そう。いい子だね」
 ちゅっと、上になっている、右の股関節あたりに、ジェイ・ゼルの唇が触れた。
 ハルシャは、膝頭が胸につくぐらい、足を深く折り曲げた姿勢で横たわる。
 ぬめりのある液を指先に乗せて、ジェイ・ゼルがそっと後孔の周りを、撫でてきた。
 するすると、周囲をしばらく漂っていた指が、ゆっくりと会陰の辺りに、ほぐすように触れる。
 びくっと、身が反応する。
 後孔の周りを一回りしてから、また柔らかい場所を、押し込むようにして撫でる。
「あっ」
 ハルシャは身を反らして、その刺激に耐えた。
 決して強くはない力で、局所と後孔の中間地点に、柔らかい刺激が与えられる。
 もどかしいような、じれったいような弱い刺激だった。だが、確実に内側に熱を溜めていく。
 静かに、ゆっくりと、けれど、執拗に。
 ジェイ・ゼルの指が、ハルシャを押し上げていく。
 身が微かに震え出す。
 その変化に、ジェイ・ゼルの手が離れた。
 すっと、冷たいものが吹き抜けたようだ。
 身の震えが収まるのを待ってから、ジェイ・ゼルの指が、静かに後孔に入り込んできた。
 お腹側にある身が震える場所に、彼の指先が触れる。
 びくっと身を反らして、ハルシャは刺激に反応する。
 だが。
 彼が触れたのはその一度だけで、後はわざと外すように、指は出入りするがそこには触れてくれなかった。
 彼は無言で、ハルシャをほぐし続ける。
 ゆったりとした動きで、少しも痛みを与えない
 けれど、彼の愛撫の激しさを覚えた身体には、物足りないような柔らかな動きだった。

 もっと、欲しい。
 いつものような、ジェイ・ゼルの指の刺激が。

 心の中に、熱い想いが滴り始める。
 ハルシャは身を捩り、背後に座ってハルシャをほぐすジェイ・ゼルへ、視線を向けた。
 彼は――ハルシャの顔を見ていなかった。
 自分の出入りする指の動きに、集中しているようだった。
 そうしてくれと、ハルシャが望んだことだ。なのに、ジェイ・ゼルの眼差しが自分を包んでいないことが、妙に、寂しかった。

 かつては、行為の最中、見つめないで欲しいと思っていた。
 刺激を与えながら、じっと反応をうかがうような、ジェイ・ゼルの灰色の冷徹な眼差しを、厭わしいとすら思っていたのに――。
 無理な姿勢でジェイ・ゼルを見ることを諦め、ハルシャは首を元に戻すと、目を閉じた。
 そうすると、中にジェイ・ゼルの指の存在を、強く感じる。
 与えられない強い刺激を補うように、わずかなジェイ・ゼルの動きに意識を凝らし、そこから快楽を拾い上げようとしている。
 自分のあさましさに眉を寄せながらも、ハルシャは目を閉じて、行き来するジェイ・ゼルの指の動きを、必死に身に感じようとする。
 わずかな刺激に反応して、後孔が、きゅっと、彼の指を締め付ける。
 いつもなら、締め付けてくれているよ、と、ジェイ・ゼルは言ってくれるのに、少し動きを止めただけで、彼は無言だった。
 ハルシャが身を緩めるのを待ってから、再びジェイ・ゼルの指が動く。
 圧が高まり、指が二本になったことを、悟る。
 静寂の中で、自分の後ろを行き来するジェイ・ゼルの指が立てる、水音だけが響く。
 
 この行為が、ジェイ・ゼルの望んでいるものなのだろうか。
 静寂の中で、黙々と交わされる行為が――

 いつもの彼と、あまりにも違うことに、ハルシャは戸惑いを覚え始めていた。
 不機嫌なのだろうかと、考えてしまうほどに、彼は無口だった。
 目を開いて、もう一度ハルシャはジェイ・ゼルへ視線を向ける。
 彼は、不機嫌ではなかった。
 ただ、恐ろしく集中している。
 ふと、ハルシャは気付く。
 自分も作業に集中しているときは、話すことが出来なくなる。
 父と母は仲が良かったが、父も自分と同じで、運転など作業に集中しているときは、無口になってしまう。そんな折、母はよく、父が自分を無視していると、ふくれていた。
 父は母をなだめるように、説明をする。
 女性は喋りながらでも、色々なことをこなすことが出来る。
 だが、男は、何かをするときには、一点に集中して、他のことが出来なくなるものだ。無視しているのではない、運転しているときは、会話が出来なくなるだけだ、と。

 ハルシャは、目を伏せるジェイ・ゼルの顔を、見つめる。
 ジェイ・ゼルも、そうなのだろうか。
 本当に集中すると、彼は、話すことが出来なくなるのだろうか――
 だとしたら。
 今、見ている彼の姿が、本当のジェイ・ゼルなのかもしれない。
 全てを受け入れると言ったハルシャの言葉を信じて、彼はむき出しの自分自身を、見せてくれている。

 そう思うと、何か安心できた。
 
 無理な姿勢を解き、ハルシャは身の力を抜いて、ジェイ・ゼルの指の動きに身を委ねる。
 信じよう。
 ジェイ・ゼルを――
 彼が与えたいものを、自分は受け取ろう。

 そう思った途端、柔らかな指の刺激にすら、身の内が痺れたようになってきた。
 ゆっくりとした動きに、小さく声が漏れる。
 この刺激を与えてくれているのが、ジェイ・ゼルだというだけで、身の内が甘く反応を示す。
「んっ」
 ぴくっと、身が揺れる。
 ハルシャが反応するたびに、わずかにジェイ・ゼルが指の動きを止める。
 長く――ゆっくりと。
 まるで、時の流れが緩慢になったように、ジェイ・ゼルがハルシャの後孔をほぐしていく。
 触れ合う場所だけが、会話を交わしているようだった。
 指が行き来しているだけなのに、肌が彼の愛撫を求めて、ざわめき出す。
 熱が、内側に溜まっていく。
 ジェイ・ゼルによって高められ、精を吐き出すときの快楽を、ハルシャは思い描いた。
 あの瞬間が、欲しくて仕方がない。
 一緒に達した時の、内側の充足感が、恋しかった。

 顔を見ないままに、ハルシャの内側がほぐされていく。
 作業に没頭している、ジェイ・ゼルの手の動きは、とても柔らかくて優しかった。いつも、穏やかな動きだが、ことさらに、それを感じる。
 まるで指先に神経が全て集中しているように、ハルシャの中を、丹念に探っている。
 指が、三本になった。
 もうすぐ、彼が挿ってくる。
 予感だけが、胸を打ち付ける。
 
 挿れてほしい。

 かつて、快楽に痺れる身で願ったことを、今も再びハルシャは強く思う。
 彼の熱を、内側に感じたかった。
 彼の質量で自分の身を埋めて欲しかった。

 無言でいると、記憶の中の言葉が、さざめき出す。
 告げられた声が、耳に響いてくる。

――あなたが借金の存在を告げられた時、何かおかしなことはありませんでしたか。

 何も、なかった。
 リュウジ。
 おかしなことなど、何も――
 父は借金をして、それを私たちに告げる前に、事故で亡くなっただけだ。
 恐らく、事業拡張の資金として、借り入れた金額を、使い果たしてしまったのだろう。だから、手元に何も残されていなかった。それだけだ。

「ああっ!」
 ジェイ・ゼルの指の動きに、ハルシャは鋭く声を上げた。
 目を閉じ、眉を寄せて彼の緩やかな指の動きに耐える。

――借金の負債額が、あまりに多すぎる。そんなことはなかったですか。

 きっと。
 一四七万ヴォゼルは、事業の中では普通の金額なのだ。
 あまり日常では目にしないだけだけで。
 父は、新たな用地を購入したのかもしれない。
 もしくは、新しい宇宙船を――
 私たちが、それを知らなかっただけで。
 それだけだ。
 リュウジ。
 何も、おかしいところなどない。

 呻きが口からもれる。
 ハルシャの後孔を広げるように、指が静かに動き続ける。
 いつもの倍ほどの時間と手間をかけて、ジェイ・ゼルがハルシャの後をくつろげていく。
 自分でも、彼の指をとろとろと飲み込んでいるのが解る。
「よくほぐれたよ」
 優しい声が響き、ハルシャは、身をひねってジェイ・ゼルへ、顔を向けた。
 彼の灰色の瞳が、笑みに細められながら、自分を見つめている。
「ジェイ・ゼル――」
 彼は笑みを深めた。
「とても、辛抱強かったね」
 こぼれる、ジェイ・ゼルの言葉に、身の内が震える。
 彼はゆっくりと、三本の指を抜いた。
 瞬きを一つしてから、彼は静かに呟いた。

「これから、君の中に這入はいるよ――ハルシャ」
 







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