リュウジは闇を見つめていた。
いつものように、サーシャを真ん中に、左右に分かれてリュウジとハルシャは眠っている。
寝る前に話してあげた、アフロンの大ガエルの話を、サーシャはきゃあきゃあ言いながら楽しんでいた。
興奮させてしまったのかもしれない。
お話は一度で済まず、二度目のカデュロダンダの炎の船の話を話す羽目になる。その途中で、サーシャは寝入っていた。
静かな物語に引き込まれたのか、いつの間にかハルシャも眠りについている。
今――
リュウジは闇の中に、二人の呼吸をただ聞いていた。
今日は、ジェイ・ゼルの呼び出しはなかったようだ。
薄闇に目を凝らし、リュウジは枕を立てながら、ハルシャの様子をうかがう。
媚薬の件が、リュウジには引っかかっていた。
以前、ハルシャは、身から媚薬のにおいを漂わせていた。あの卑劣な媚薬を使われているとしたら、定期的に身に入れないと劣情が抑えられなくなるはずだった。
それを、リュウジは密かに心配していた。
昨夜。
ハルシャは、夢の中で、どこにも行かないでくれと懸命に訴えていた。
彼の言葉の切なさに――想いがあふれて、思わずリュウジはその身を腕に包んでいた。
温もりに、ハルシャが子どものように安堵し始める。
彼は――
十五で両親を不当な手段で奪われたのだ。
その傷は、未だに癒えずに、血を流し続けている。
なのに。
彼は流れ落ちる自身の血にも気付かずに、妹をかばいながらひたむきに走り続けていた。
どこにも、行きませんよ。
リュウジの呟きに安らぎながら、ハルシャは、ジェイ・ゼルの名を呼んだ。
彼と間違えているのだ。
胸の痛みと共に、リュウジは気付く。
身を蹂躙されながらも、彼は心の奥底でジェイ・ゼルを求めている。
失ってしまった保護してくれる存在を、無意識の内に欲しているのだろう。
置いて行かないでくれ、独りにしないでくれと懇願するハルシャを抱きしめて、リュウジは彼の耳元に優しく言葉を返した。
独りにはしません。ハルシャ。ずっと一緒に居ましょう。
彼の身体の力が抜け、全身を委ねてくる。
再び深い眠りに入ったハルシャを、リュウジは黙って腕に包み続けた。
自分を、ジェイ・ゼルと間違えている。
そして――
家族以上の感情を、ハルシャは自分に対して、抱いていない。
それでも、良かった。
彼の側に、ただ、居たかった。
安全な逃げ場として、彼の側に存在し続けたかった。
いつか、彼に触れている手が、ジェイ・ゼルではなく、自分だと気づいてくれればいい。
リュウジは、忍耐強く待つつもりだった。
「んっ」
小さく、喘ぎのような声が、静寂に響く。
リュウジは耳をそばだてて、闇に目を凝らした。
ハルシャだ。
「う、んっ」
熟れた吐息が、耳朶を打つ。
リュウジは静かに半身を起こした。
ハルシャは深い眠りの中で眉を寄せ、虚空に呻きを漏らしていた。
微かに身を捩り、何かを求めるように小さく首を振っている。
声の中に、淫靡な響きがあった。
やはり。
媚薬の影響だろうか。
リュウジはジェイ・ゼルの悪辣なやり方に、嫌悪の情が湧き上がってくるのが抑えられなかった。
下劣な媚薬を使い、ハルシャの肉体を彼は支配しているのだ。
媚薬は理屈抜きに肉体を操る。心が逆らっても、肉体が抵抗できない状態にされる。
今、ハルシャは、眠りの中にありながら、抗い難い劣情に襲われているのかもしれない。
身を慰めなければ、情欲の熱が身体の内側を焼く。
もし、声が大きくなって、サーシャを起こしてしまったら、兄としてハルシャはとても辛い立場になるだろう。
そこまで思い至ると、リュウジはそっと布団を抜け出した。
足音を立てずに、ハルシャの元に動く。
薄闇の中に、かすかに頬を染め、眉を寄せるハルシャの顔が浮かんで見える。
間違いない。
彼の身の中に、情欲の熱が湧き上がっているのだ。
品の良い顔を苦しげに歪め、短い喘ぎを漏らす彼はこの上なく煽情的だった。
無垢な雰囲気を持っているだけに、その落差が人の心を揺さぶる。
恐らく。
ジェイ・ゼルの手で、艶めくように仕込まれてきたのだろう。
だから、ちょっとした仕草にも、人は劣情を煽られる。
工場長のシヴォルトも、その例外ではないようだ。
もし、ジェイ・ゼルの息がかかっていなかったら、彼は遠慮なく、ハルシャに手を出していただろう。そんな顔つきで今日もハルシャの手を握っていた。
ハルシャが小さく呻きを漏らす。
顔を寄せると、熱い吐息を封じるように、リュウジはハルシャの唇を覆った。
なだめるように、口を探る。
ふっと、ハルシャの眉が解けた。
求めるものを与えられて安堵するようにハルシャの表情が和らいだ。
穏やかになったハルシャの表情を見つめながら、リュウジは頬に手を当てて、丁寧に彼を慰めた。
素直に、唇の動きに彼が応える。
もう十分かと、リュウジが判断し始めた時、自分から唇を外すと、微かにハルシャが呟いた。
「胸にも……触ってくれ……ジェイ・ゼル……」
眠りの中で呟かれた、消えそうな声だった。
やはり、自分をジェイ・ゼルと間違えている。
リュウジは無言で彼の懇願に応えた。
唇を合わせながら、布団を静かにめくり、そっと服の上から彼の両方の胸の上をなぞる。
突起に触れた途端、ううっと、甘い息が口にこぼれた。
かなり敏感で、愛らしい反応だった。
呻きを口で封じたまま、リュウジは優しく服の下に存在を示す固い尖りを撫で続けた。
ああっ、と、甘い声がこぼれ落ちる。
サーシャに聞かせないように、リュウジは深く彼の口を覆う。
ああっ、あっ、んあっ。
と、塞がれた口の中に、ハルシャが小さく呻きを漏らしている。
この愛撫に気付いて、彼は起きてしまうだろうか?
考えながら、リュウジはなるべく彼の眠りを妨げないように、優しい手つきで尖りの形を撫で続けた。
明らかに反応が変わって来た。
一度達せば、かなり劣情が収まるはずだ。
局部に刺激を与えるのが一番簡単だが、それだと与えられる強い刺激に、ハルシャが目を覚ましてしまうかもしれない。
どうするべきか、リュウジは考えを巡らせながら、ハルシャを見つめる。
出来れば、全てが夢の中での出来事にしておきたかった。
まだ。
彼には、ただの家族の一人だと思っていて欲しい。
ジェイ・ゼルと同列に思われたくなかった。
柔らかく、優しく、リュウジは胸を刺激し続ける。
望んだことだったのだろうか、ハルシャは身を開いて刺激を甘受している。
リュウジは闇の中に目を開いて、彼の様子を見守る。
合わせた口の中に、ハルシャが舌を忍び込ませてきた。
そういう風に、ジェイ・ゼルに仕込まれているのだろう。
無邪気な彼の動きに、リュウジは応える。
甘く舌を触れ合わせながら、絶え間なく与える突起への愛撫が、彼の中に熱として蓄積されてきたのかもしれない。
微かに身を反らして、彼は強く反応し始めた。
頬が赤らむ。
うっと、小さく呻きを漏らしてから、
「下に……」
と、小さくハルシャが、合わせた口の中に、囁く。
触って欲しいのだろう。
彼の懇願を、否むことは出来なかった。
リュウジは目を細めると、右の手を、彼の下穿きの中に、ゆっくりと忍び込ませた。
触れる局部の先が、濡れていた。
服から出さないまま、リュウジはそっと先に指を這わせる。
呻きが大きくなった。
ぐっと、彼の口をふさぐ。
うっ、うっ、うっと、指が動くたびに、ハルシャが声をもらしている。
こんなにも――彼はジェイ・ゼルによって、身体を開発されているのだ。
彼の愛撫に反応するように……。
目を細めたまま、リュウジは少し指に力を込めた。
ハルシャは身を捩るようにして、刺激に反応する。
手を返して、先端から、竿の刺激にリュウジは変えた。
優しく、右手を動かし続ける。
甘い吐息が、絶え間なく口に注がれる。
しばらくすると、がくがくと、ハルシャの身体が震え出した。
もう、達する。
気付いたリュウジは、柔らかく力を加減しながらも、素早く捌き続けた。
細く長く、ハルシャが塞いだ口の中に、呻きを漏らす。
リュウジは、手を止めなかった。
不意に、熱い液体が、ハルシャの先から、ほとばしり出る。
強く唇を合わせて、リュウジは彼の叫びを飲み込む。
ハルシャは身を反らしてから、不意に弛緩するように布団に倒れ込んだ。
気を失ったのかもしれない。
リュウジはまだ唇を覆ったまま、右手を服の中から抜いた。
このまま放置しておけば、夢精をしたと、ハルシャは思うはずだ。
淫猥な夢に、射精をしてしまったと。
そっと、名残を惜しむように、リュウジはハルシャの胸を撫でた。
ぴくっと、微かに反応する。
唇を緩めて、顔を離す。
強く吸ったために、ハルシャの唇が赤くなっている。
深い眠りに入った彼の顔をしばらく見つめてから、リュウジは呟いた。
「身の熱が、収まりましたか?」
穏やかな寝顔に微笑みを浮かべると、彼の唇にそっと手で触れる。
「あなたに快楽を与えたのは、私です。ハルシャ。ジェイ・ゼルでは、ありません」
優しい言葉を滴らせながら、顔を寄せる。
「リュウジです――ハルシャ」
柔らかに唇を触れ合わせてから、彼は身を引いた。
そっとハルシャの身を布団で覆い、髪を一撫でしてから、足音を忍ばせて自分の布団に戻る。
二人の穏やかな寝息に耳を澄ましてから、彼は微笑みと共に呟いた。
「おやすみなさい、ハルシャ。よい夢を」