ほしのくさり

第73話  隠された真実-02


 




 リュウジは、報告を続ける吉野ヨシノの言葉を、じっと記憶に刻み続けた。

 ジェイ・ゼルの黒幕、イズル・ザヒルは、『ダイモン』という組織を束ねる頭領ケファルだった。
 表向きは、遊興施設の経営者だが、その実、何でもありの非合法な商売を営む闇組織のトップだ。

 惑星ダナシア近辺に浮かぶ巨大なスペースコロニー『アイギッド』を根城とし、どこの政府の支配も受けずに賭博施設を営んでいる。

 『アイギッド』には刺激を求める富豪たちがひっきりなしに訪れ、スペースコロニーの閉鎖空間で、それぞれの嗜好に適した『遊び』を行っているらしい。
 中でどんなことが行われているかは、銀河帝国にすら察知されていない。
 相当に爛れた、目を覆いたくなるようなことが、宇宙を漂う美しいコロニーで行われているのは容易に想像がついた。
 そうでなければ、遊興に飽きた富豪たちがこぞって立ち寄るはずがない。
 
 イズル・ザヒルは、先代の『ダイモン』の頭領ケファルナダル・ダハットを謀殺して、今の地位に収まっている。
 冷酷無比な男で、目的のためなら手段を択ばない手口で、先代から引き継いだ事業を次々に大きくし、今はスペースコロニーを拠点として、あこぎな商売を続けているようだ。

 ジェイ・ゼルは――
 惑星トルディアにおける『ダイモン』の出先機関を任され、イズル・ザヒルの要望があればそれを満たし、彼の代わりに闇の金融機関を経営しているようだった。
 親組織譲りの容赦ない手口で、惑星トルディアに名を知られている。
 彼が動かす金額は破格で、それがために、ジェイ・ゼルの会社に金の融資を求める者は後を絶たないらしい。
 惑星一個を買い取る金額を、一晩のうちに用意することも出来るようだ。
 そのかわりに、金利は十日で元金プラス十パーセント。
 暴利だった。
 
 吉野ヨシノは、イズル・ザヒルの愛人が、ジェイ・ゼルの双子の妹、エメラーダであることもつきとめていた。
 リンダ・セラストンの情報は正しかった。
 彼の組織の拠点『アイギッド』に伴い、常に身辺から離さないらしい。
 愛人と言っても、妻同然の扱いをしているようだ。
 ただ、公式な場にはほとんど彼女は姿を見せない。

 愛人エメラーダの兄であるジェイ・ゼルに対し、イズル・ザヒルは格別の恩寵を与えているらしい。末端組織なら当然あるノルマも上納金もなく、自由にさせているようだ。
 賢明なジェイ・ゼルは、彼の恩寵を笠に着ず、頭領ケファルであるイズル・ザヒルの期待に応え続け、順当に惑星トルディアで商売の基礎を築いている。

 ジェイ・ゼルは、惑星トルディアの特徴である、鉱物資源を活用した工場をいくつか経営し手広く事業を展開している。
 ハルシャが勤務する宇宙船の部品の工場だけでなく、大型建造物の部品や、工業製品、飛行車の工場も営んでいる。
 おそらく表向きの顔を、作るためだろう。
 その裏で、峻厳な裏金融機関の経営を行っていた。

「ハルシャ・ヴィンドースの父親、ダルシャ・ヴィンドースが一三五万ヴォゼルの融資をジェイ・ゼルから受けたのは、死亡の半年前です」

 静かな声で、黒髪の青年が告げる。
「正式な形式による契約で、契約にはダルシャ・ヴィンドース本人が立ち会っています。返済は、一年後を予定していました。夫妻が死亡した時点では、借金の総額は一四七万ヴォゼルになっています。その契約書ですが」
 吉野は目を上げた。
「奇妙な一文があります。契約者が死亡の時は、即時全額返却する事と。通常にはない文言です」
 リュウジも視線を上げた。
「妙だな」
 彼の言葉に、吉野は深くうなずいた。
「返却を望むのなら、生命を担保とした保険などに無理やり入らせるのが彼らの手法です。その条項はなく、ただ、死亡の時は全額返却。それが添え書きにあるのみです」

 リュウジは、吉野の意図を察知して、静かに肯《うなず》いた。
「その一文は、死亡時に全額返却できないことを見越して、わざわざ添えられたんだな」
「おそらく」
 吉野の言葉に、ゆっくりとリュウジは了承を示す。
「それはつまり――ヴィンドース夫妻が爆発事故に巻き込まれたのは、ジェイ・ゼルたちの組織が一枚かんでいる可能性が濃厚だということだな、吉野ヨシノ

 表情を変えずに、彼は続けた。
「五年前の、ダルシャ・ヴィンドースと妻のシェリア・ヴィンドースの遺体の情報を入手いたしました」
 吉野はタブレット画面を、リュウジに回す。
「死亡より五年経ったことを理由に、破棄される寸前でした。医療施設の電脳にハッキングし、何とか破棄される前に手に入れることが出来たものです」
 じっと、画面の情報をリュウジは見つめる。
「妻のシェリア・ヴィンドースの方が損傷が激しいな」
「はい。爆発物はそちらに仕掛けられたとみられています。ですが――」
 吉野は静かにリュウジに眼差しを向けた。
竜司リュウジ様。実際に爆発は起こりました。しかし、現場には爆発物の痕跡が全くなかったのです」
 ゆっくりと、彼は視線を吉野に向けた。
「それは、火薬類が検出されなかったということか」
「はい。当時開発されていた、あらゆる種類の爆発物の可能性を探ったようですが、皆無でした。
 それを裏付けるように、夫妻が腰を下ろした椅子の周囲を、ほんの数分前に警備員が調べています。
 その時には、座面の下にも横にも、何も爆発物らしきものは存在しなかったと。ですが爆発は、シェリア・ヴィンドースのすぐ近くで起こりました。
 当日、現場の写真です」

 吉野が、リュウジがのぞき込んでいるタブレットの画面を操作した。
 爆発直後らしい写真が、画面に映し出される。
 すでに遺体は運びされていたが、生々しい血の跡が周囲に飛び散っている。
 リュウジは目を細めた。

 吉野が一点を指さす。
「よく、ご覧ください。一番被害の大きい場所。シェリア・ヴィンドースの座っていた椅子です。
 そして、この破片。これは、シェリア・ヴィンドースが携帯していた鞄のものと思われています。
 事件を目撃していた人の話では、式典が始まり楽団が演奏を始めた時、不意にシェリア・ヴィンドースが膝にのせていた鞄が爆発したというのです」
 青年の目が、リュウジへ向けられている。
「最初は、その目撃証言を元に、シェリア・ヴィンドースが爆発物を鞄に仕込んで持ち込み自殺した可能性も探られたようです。
 ですが、先ほど申し上げた通り、遺体となったシェリア・ヴィンドースの身体からも周囲からも、一切爆発物の痕跡が検出されませんでした。火薬であれば必ずその反応が出ます」

 衝撃で爆発するものも、ある。
 わずかな炎で爆発するものも。
 だが、全く痕跡を残さないということはない。

「目撃者の言は、こうです。
 それまで何事もなかったが、突然、シェリアの鞄が爆発物に変わったようだった、と」

 はっと、リュウジの表情が動いた。
「まさか」
 ゆっくりと、吉野が瞬きをした。
「はい。目撃者の一人が、言ったように、それまで無害であったものが、その瞬間、爆発物に変わった――それが事実だとすれば、考えられる可能性が一つだけあります」
 リュウジは、吉野の黒い瞳を見つめながら、呟いた。
「スクナ人か」
 深く、吉野がうなずいた。
「何者かがスクナ人を使い、当日シェリア・ヴィンドースが鞄に所持していた何かを、遠隔地から反物質に変換し、爆発物に変えたとしたら全ての辻褄が合います」

 示された可能性に、リュウジは沈黙した。

 スクナ人は、意志の力で反物質を作り出すことが出来る。
 わずか一クルムの物体が反物質に変わったとしても、対消滅で作りされるエネルギーは優に人一人を破壊できる。
 かつては、スクナ人が兵器として使われていたこともある。
 何もないところに、巨大な爆発を作り出すことが出来る力を極限まで高めて――離れた場所から、確実に内側を滅ぼす死の使いとして。
 あまりに危険なその力に警鐘を鳴らし、初代銀河帝国皇帝はスクナ人の使用を永遠に禁じた。

「スクナ人を兵器として使う組織に、ハルシャのご両親は殺害された可能性があるということだな」
 深く、吉野はうなずいた。
「恐らくはジェイ・ゼルの組織が一枚嚙んでいるでしょう。ハルシャ・ヴィンドースの父親が経営していた『ヴィンドラダンス貿易会社』の売却先ですが――」

 手を伸ばして、彼はタブレットの画面を動かした。
「惑星シッドラドのパレ・ドラ商会となっていますが、実質はイズル・ザヒルが持つ『ダイモン』の子会社です。
 『ヴィンドラダンス貿易会社』は歴史が古く、長く優良会社として帝星にも聞こえています。
 その名前を告げるだけで人は信頼して契約を結びます」

 吉野は、淡々と考えを述べた。
「イズル・ザヒルは違法な交易の隠れ蓑として、『ヴィンドラダンス交易会社』の名前と経営権が欲しかったのかもしれません。
 今は実質、『ダイモン』の配下の者が、会社を経営しております。表面上は、五年前と変わらぬ経営方針らしいですが、輸送している内容はかなり異なっているようです」


 はめられた、か。


 と小さくリュウジは心の中に呟いた。
 ダルシャ・ヴィンドースは、一年後に借金を返却できる明確な見通しがあった。それで、リスクを承知の上でジェイ・ゼルと契約を結んだのだろう。
 だが。
 ジェイ・ゼルと、彼の黒幕のイズル・ザヒルは、ダルシャが経営する『ヴィンドラダンス交易会社』の名前と経営権をどうしても手に入れたかった。

 だから――
 なりふり構わない、手に出た。

 借金の契約の半年後に、ダルシャ夫妻を、同時に爆発事故を装い、殺害した。
 残されたのは、幼い子どもたちだけだ。
 法的な契約書を押し付ければ、無知な子どもたちは自分たちの思うままに、全てを抵当に入れて売却することを了承するだろうと踏んだのだろう。
 その時に、一四七万ヴォゼルの現金が屋敷の中には無いと、彼らは明確に掴んでいたのだ。

 リュウジは目を細めた。

 そして、計画は実行され、残された子どもたちは、全てを手離さざるを得ず、ジェイ・ゼルたちの思うままに、人生をコントロールされることになった。
 彼らはジェイ・ゼルの支配下に置かれ、生活をぎりぎりで営ませることで、余計なことに、関心を抱かせないように慎重に、監視されている。
 とてつもない金額の借金を背負わせ、死ぬまで彼らは管理される。
 両親の死の秘密に――気付かせないために。

吉野ヨシノ
 リュウジは小さく呟いた。
「帝星に連絡を入れて、汎銀河帝国警察機構のディー・マイルズ警部を至急この星に呼んでくれないか」

 警察機構は各星に固有のものがある。
 彼らは非常に縄張り意識が強く、他の星の警察は入れない。
 その枠組みをすべて取り払い、広範に警察活動を行う権利を保有しているのが、汎銀河帝国警察機構だった。

 リュウジは、ハルシャの父親が経営していた会社の名前を見つめながら呟いた。
「出来るだけ、急いできてもらってくれ。僕が呼んでいると言ってくれればいい」

 吉野は、静かにうなずいた。
「了解いたしました、竜司リュウジ様。費用はわたくし共持ちで、来ていただきます」
「そうしてくれ。彼が信頼できる部下を、連れてくるようにも言っておいてくれ」
「はい、竜司リュウジ様」

 一四七万ヴォゼル。
 全ては、そこが始まりだった。

 ふっと、リュウジは息を吐いた。
「今、ハルシャの借金の残高はいくらになっている」
「四九万三五七二ヴォゼル、です」
 微かに、驚きの目を、リュウジは吉野に向けた。
「少ないな。もっと多いはずだ。彼らの金利からすると、五四万ヴォゼルはあるはずだ」
 吉野は、静かに瞬きをした。
「彼らの会社の電脳に入り、入手できたのはその金額でした」

 告げられた事実に、しばらくリュウジは考え込んでいた。
 沈黙の後、彼は口を開いた。
「五四万ヴォゼル相当の現金を、すぐに支払えるように、手元に用意しておいてくれ、吉野ヨシノ
「了解いたしました」
「ただし、慎重に事を運んでくれ。ラグレンの銀行の金を動かせば、ジェイ・ゼルたちに気付かれる。どこか、彼らの息のかかっていない場所から運んでくるように、手配を頼む」
「かしこまりました。心して」

 彼の言葉に、リュウジはうなずいた。
「情報をありがとう。とても助かった。色々頼んでしまったが、よろしく頼む」
 立ち去ろうとしたリュウジに
竜司リュウジ様」
 と、必死さをにじませた、吉野の声が響いた。
「御手の治療をさせて下さい」
 顔を合わせた時から、彼はそのことを切り出したくて仕方がないような顔をしていた。
「傷口が開いてらっしゃいます。その止血剤は簡易のものです。どうか――」

 リュウジは、にこっと笑った。
「自分のことは、自分で始末をつける」
 そっと、右手を吉野の目から隠す。
「お祖父さまから、そう教えられて僕は育ってきた――大丈夫だ、吉野ヨシノ。出血多量で死にはしないさ」
竜司リュウジ様は、ファグラーダ酒を一本ほど空けていらっしゃいます。ファグラーダ酒には、傷口の結合を極めて困難にする物質が、含まれております。あの酒のアルコールを解毒しないと、御手の傷は癒えません」
 ふふっと、リュウジは笑った。
「大げさだな、吉野ヨシノ
 リュウジは歩き出した。
「もう、血は止まっている。大丈夫だ。怪我をしたのは、僕のミスだ。始末は自分でつけるよ」
竜司リュウジ様!」
 去りかけて、リュウジは足を止めた。
「ディー・マイルズ警部に、連絡を頼む」
 一言言い残すと、彼は歩き出した。

 恐らく、このラグレンの警察も、ジェイ・ゼルたちと結託しているのだろう。
 犯人不明のまま未解決とされ、事件は闇から闇へと葬り去られた。
 ジェイ・ゼルたちの、計画を邪魔しないように。
 リュウジは、歯を食い縛った。
 仕組まれた罠にかかり、ハルシャとサーシャは誰にも助けを求めることも出来ずに、地獄のような日々に耐えざるを得なかった。
 たった十五と六歳で、醜い世間の荒波を身に浴び続けて来たのだ。

 リュウジは、傷を得た手を、そっと左の手で包んだ。
「これぐらいの痛みなど、大したことはないよ、吉野ヨシノ
 彼らの、苦しみに、比べたら――
 呟きが聞こえないとは知りながら、リュウジは言葉をこぼしていた。
 服から、ハルシャに託された鍵を取り出す。
 リュウジは階段を上がり、サーシャが眠る部屋へと静かに戻って行った。







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