ほしのくさり

第66話  与える行為ー02







 ただ、服を脱がせただけだ。
 可愛くもなんともないと、ハルシャは抗議をしたくなった。
 結局。
 受け身でいると、ジェイ・ゼルには、ハルシャの行為の粗《あら》が目についてしまうのだろう。
 仕方がない。
 いつもジェイ・ゼルに任せっきりで、自分で動いてこなかったのだから。
 でも、いざ自分が主体になると、色々新しい発見がある。
 結構神経を使うものだと、実感する。
 いつも、ジェイ・ゼルが自分を見つめていたことを、思い出す。
 今の行為をしながら、次に何をするのか、計画を立てなくてはならない。
 受け身の時は、ただ与えられることを、待っていればいい。
 だが、与える方は、心を尽くして、相手に施しをしなくてはならない。
 いい勉強になる。
 思いながら、ハルシャは服を脱ぎ去る。
「相変わらず、潔い脱ぎっぷりだね、ハルシャ」
 ジェイ・ゼルがハルシャに視線を向けながら、呟く。
「そこは、赤面しないんだね」
 服を床に落としてから、ハルシャは、ジェイ・ゼルの横たわる側に座った。
「そんなことを、いつも見ていたのか」
 呆れたように、ハルシャは言葉をこぼしていた。
 ふっと、ジェイ・ゼルが微笑む。
「見ているよ。いつも――君のことは」
 そうだ。
 彼は自分を常に、観察している。細かな変化も見逃さないように。
 ハルシャは、上から彼を見下ろす。
 灰色の瞳を見つめる。
 彼の問いに、静かに答える。
「赤面しないのは……慣れたのと」
 顔を寄せる。
「ジェイ・ゼルの、前だからだ」
 そっと、唇に触れる。
 彼がいつもしてくれるように、ちゅっと音を立てて軽くついばむ。
 にこっと笑ってから、位置を動く。

 自分が感じるように、ジェイ・ゼルも胸の尖りが敏感だと、ハルシャは知っていた。
 触れ方も教えられたが、彼に命じられない限り、ハルシャは気付かないふりを続け、触るのを拒んできた。
 たった一度――
 名前を呼ばれて感じそうになった時、彼を早く絶頂に向かわせるために、手管として、使った。
 その時、彼はかつてないほど、感じていた。
 思い出しながら、ハルシャは舌でそっと、尖りに触れた。
 ぴくっと、ジェイ・ゼルの身が震えた。
 視線を送ると、枕に頭を預けたジェイ・ゼルが、自分を見つめていた。
 その視線を受け止めながら、ハルシャはゆっくりと、舌を這わす。
 右の手を伸ばして、優しく頂きにも触れる。さわさわと指先で撫でると、ジェイ・ゼルの皮膚から、堅い尖りが持ち上がってくる。
 摘み、柔らかく指先で転がす。
 ふわっと、ジェイ・ゼルの頬に微かな赤みが浮いた。
 ハルシャの中に、ぞわりと、今までと違う快楽が湧き起る。
 自分の愛撫に、ジェイ・ゼルが反応している。それが、言いようのない喜びをもたらしてくる。
 ジェイ・ゼルの顔を見つめながら、ハルシャは、彼の乳首を口に含んだ。
 ぴくっと、再びジェイ・ゼルが反応する。
 じわっと、喜びが身に湧き起る。
 ふと気づく。
 もし、ジェイ・ゼルが何も反応しなければ、自分はどんな気持ちになるだろう、と。
 それは――
 五年間、自分がしてきたことだ。
 
 想いが、中に渦巻く。
 眉を寄せながら、ハルシャは、彼に快楽を与えたいと、静かに刺激を与え続ける。
 自分が与えられて喜びに震えた行為を、静かにジェイ・ゼルに返す。
 舌先を左右に振るようにして、尖りを刺激する。
 急に強く吸ってみる。
 ハルシャの耳に、微かに荒くなるジェイ・ゼルの息遣いが聞こえる。
 胸の上下が大きくなってきた。
 彼の息が深い。
 感じてくれているのだろうか――
 ハルシャは、ジェイ・ゼルを上目遣いに見守る。
 視線が絡み合う。
 数日前までは、忌避していた行為を、今、自分は望んで行っている。
 不意に、羞恥が身の奥に湧き起りそうになる。
 懸命に頭から振り払う。
 集中しよう。
 ジェイ・ゼルが与えてくれたように、自分の身で、快楽をジェイ・ゼルに受け取って欲しかった。
 一心に、ハルシャはジェイ・ゼルの胸から快楽を引き出そうと、心を込めて、乳首を刺激し続ける。
 ゆっくりと、ジェイ・ゼルの身が揺れ出した。

「ハルシャ……」
 無心に行為を続けていたハルシャの髪に、さらっとジェイ・ゼルの手が触れた。
 はっと、顔を上げると、明らかに頬が赤らんだ彼が、自分を見つめていた。
 眉を寄せて、かすれた声で呟く。
「下にも……触れてくれないか」
 髪を、大きな手が滑る。
 彼の懇願に、きゅんと、胸が痛くなった。
「わかった、ジェイ・ゼル」
 胸から顔を上げて、ハルシャは、彼に顔を寄せた。
 横たわり、自分を見上げるジェイ・ゼルと視線を絡めてから、まるで、磁石が引き合うように、彼の唇に触れていた。
「下だね」
 唇を離して呟くと、ハルシャは、動いた。
 察して開いてくれたジェイ・ゼルの足の間に入り、透明な汁を滴らせる、ジェイ・ゼルの昂ぶりに、そっと指で触れる。
 視線を、ジェイ・ゼルに向ける。
 彼は、腕を片方敷くようにして枕を高くし、ハルシャへ真っ直ぐな視線を向けている。
 昂ぶりを指先で捕えてから、ハルシャは視線を向けたまま、彼の頂を口に含んだ。
 教えられてきたとおりに――これまで修練を積んできたように。
 舌先を、彼の亀頭に絡める。
 ぐっと、ジェイ・ゼルの表情が動いた。
 無防備な状態で、不意に打撃を受けたように、これまでの口淫の時とは、全く違う表情がジェイ・ゼルの顔に浮かぶ。
 切なげに、眉が寄せられる。
 
 ジェイ・ゼル。

 ハルシャは心の中で、彼の名を呼んだ。
 胸が痺れるような痛みが、奥に走る。
 今ほど、口に含んだ彼のものが、大切に思えたことがなかった。
 息が苦しかった。
 それでも、ハルシャは視線を外さずに、彼に舌を這わせ続ける。
 先の形を探り、先端の割れ目に、すっと舌先を忍び込ませ、丹念に口で彼を味わう。
 一度口から出し、舌の広い面で、彼の長さを丁寧になぞる。
 聞き間違えようのない喘ぎが、ジェイ・ゼルの口から上がり出した。
「あっ……ハルシャ……んっ……ん」
 甘い声と、重い響きを持つ自分の名前が、ジェイ・ゼルの口からこぼれるたびに、ハルシャの内側が痺れる。
 目を閉じると、ハルシャは彼の声と彼の形に意識を集中した。
 舐め上げる。
 次第に速度を上げる。
 その度に、ジェイ・ゼルの低い呻きが聞こえる。
 びくびくと、彼の脈動が感じられる。
 もう、達するのか。
 いつもなら、速度をあげるところを、ハルシャは時間を引き延ばすように、逆に緩めた。
 口全体を使っていたのを止め、静かに先端を舐める。
 くっと、ジェイ・ゼルが、喉の中で息をする。
「ハルシャ……」
 彼が、上ずった声で、自分を呼ぶ。
 呼びかけだ。
 気付いたハルシャは口を離し、
「どうした、ジェイ・ゼル」
 と、顔を上げて問いかけた。
 彼が息を弾ませながら、
「達するなら……君の中で、達したい」
 と、言葉を滴らす。
 ハルシャは身を起こした。
 切れ切れな言葉を聞こうと、またぐようにして身をせり上げて、彼の側に顔を寄せる。
 ジェイ・ゼルの灰色の瞳が、ハルシャを見つめる。
「もう、それ以上口淫をしなくても、いい……」
 苦しい息の下で、彼が告げる。
 ハルシャは、眉を寄せながら、ジェイ・ゼルに問いかける。
「だが、ジェイ・ゼルは、好きだろう? 遠慮をしなくてもいい」
 精を飲むのが苦手なことを、気にしているのかもしれないと、ハルシャは気を回す。
「別に精を飲むのは、嫌じゃない。大丈夫だ、ジェイ・ゼル」

 ふっと、ジェイ・ゼルが笑った。
 不意に、腕が自分に絡み、ジェイ・ゼルの胸の上で、ハルシャは抱きしめられていた。
 しばらく、自分自身を鎮めるように、彼は沈黙していた。
 押し当てられている胸の動きが、次第にゆるやかになり、随分彼が落ち着いてきたのを感じた。

 長い静寂の後、髪を撫でながら、ジェイ・ゼルが呟く。
「ハルシャに、最初に口淫をさせていたのは、そうでもしないと、私の我慢が出来なかったからだ。
 君は、射精は一度だと思い込んでいたからね。一回で君の中で終わるためには、最初に冷静になる必要があった。
 わざと、身を冷まして――君に負担をかけないように、していただけだ」
 絞り出すような言葉が、耳にこぼれ落ちる。
「吐精をすると、どうしても、気持ちが冷める。本当は、最初から君の中に入りたかった――」
 抱きしめられた腕の強さが、ハルシャの身を震わせた。
「許してくれるなら、このまま君の中に、沈めさせてくれ。頼む、ハルシャ」

 押し当てられた場所が、とくん、とくんと動いている。
 彼の心臓が、動きながら、想いを伝えている。
 早く、君が、欲しい、と。
「わかった、ジェイ・ゼル」
 ハルシャは、抱きしめられたまま、呟く。
「今日は聞かされていたから、準備をしてきた」
 ハルシャの言葉に、ジェイ・ゼルがぐっと身を強張らせる。
「そうか」
 すっと髪が撫でられる。
「そうしたら」
 ジェイ・ゼルがハルシャをのぞき込みながら言う。
 腕の力が緩んで、ハルシャも顔を上げる。
 視線が触れ合う。
 先ほどの切羽詰った感など、どこかに消えたように、静かにジェイ・ゼルが微笑む。
「後孔をほぐしてあげよう」
 優しい笑みを浮かべて、彼は続けた。
「ハルシャ、お尻をこちらに向けて、私にまたがってくれ」

 え?
 ハルシャは、彼の言葉に、凍り付いた。
 ジェイ・ゼルの笑みが深まる。
「ハルシャ。今日は、私は横になっていれば良いのだろう?」
 確かにそう言った。
 こくんと、ハルシャは頭を揺らす。
 なら、と、ジェイ・ゼルの眉が上がる。
「私は起き上がれない。だから、ハルシャに動いてもらうしかない」
 自明の理を解くように、彼は爽やかに言う。
「私の前に、君の後孔が来るように、またがってお尻を向けてくれないか、ハルシャ」

 な。
 なんという、卑猥な。
 横たわるジェイ・ゼルの上に、お尻を向けて乗れと、彼は言っている。
 そんな恥ずかしい姿勢が、取れるはずがない。
 考えただけで、ハルシャは全身が真っ赤になった。
 そんなハルシャを、ジェイ・ゼルは楽しそうに見つめている。

 しばらく固まってから、
「い、いい。ジェイ・ゼル。自分でほぐす」
 と、ハルシャは、懸命に顔を背けて言う。
「いつも、ジェイ・ゼルがしてくれている通りにすればいいのだろう。大丈夫だ。ゆ、指を、入れればいいのだろう」
 自分でしたことはないが、きっと大丈夫なはずだ。
「いつもの液を、貸してくれ、ジェイ・ゼル。自分でするから」
 声を上ずらせながら、ハルシャは言った。

 ジェイ・ゼルの手が頬に触れて、ハルシャを彼の方へ向かせた。
「ハルシャ」
 説得する口調で、彼は言う。
「後孔をきちんとほぐさないと、君が怪我をしてしまう。ほぐし方を私は君に教えていない。それに、爪をきちんと切っていないだろう? 腸の粘膜は弱いので、爪でも簡単に傷がつく。伸びていては危険だ」
 灰色の瞳が、自分を見つめる。
 そう言えば、いつもジェイ・ゼルは指先からほとんど出ないほど、短く爪を切り、先を丁寧にやすりで滑らかにしている。
 それは、身だしなみのためではなく、自分との行為のためだったのだと、初めてハルシャは知った。
 驚く彼に、ジェイ・ゼルの言葉が続く。
「私は、君が傷つくことも、痛みを得ることも望まない」
 真剣な眼差しが、自分を捉える。
「お願いだ、ハルシャ。意地を張らずに、私にほぐさせてくれ」

 彼の熱のこもった言葉に、ハルシャは押し切られるようにして、思わずこくんとうなずいていた。
 はっとした時は遅かった。
 ジェイ・ゼルが穏やかな笑みを浮かべて
「私の鞄に、液が入っているから、取ってきてくれるかな。私はここから動けないからね」
 と朗らかに言った。
「戻ってきたら、こちらにお尻を向けて、私にまたがるんだよ。良いね、ハルシャ」

 そして――数分後。全身を真っ赤に染めながら、ハルシャは、ジェイ・ゼルの言う通りの姿勢になっていた。






※追記です。

ここにも、ジェイ・ゼルのこだわりが、一つ。
彼は爪の手入れを欠かさず行っています。やすりで丁寧に磨き上げております。
理由はただ一つ。ハルシャの中を傷つけないためです。
そんな思い遣りに、ハルシャは全く気付いておりませんでした。



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