「お帰りなさい! お兄ちゃん!」
部屋の扉を開けると、サーシャが飛びついてきた。
「すまないサーシャ。思ったよりも、遅くなってしまった」
ふるふると、サーシャが首を振る。
「リュウジが居てくれたから、大丈夫だよ。今日はアルバイト先まで、迎えに来てくれたの」
ハルシャは、視線を妹からリュウジに向けた。
彼はにこにこしながら、机の前に座っていた。
「頂いた食器のお礼も申し上げたかったので、ちょうど良かったです」
穏やかな深い藍色の瞳が、細められて笑みを作る。
「大将がね、夕ご飯を食べて行けって、リュウジと一緒にお店でご馳走になったの」
ね、リュウジ、と笑顔をサーシャが彼に向ける。
「まかない飯というのを、頂きました。とても美味しかったです」
「大将はとても、料理が上手なの」
リュウジに説明をしてから、サーシャが兄を見上げる。
「お兄ちゃんの分も、頂いてきたよ……」
屈託なく見つめるサーシャに、ハルシャは自分が満腹だとは、言えなかった。
「それは嬉しいな」
ぎゅっと、兄を抱きしめてから、サーシャが手を離した。
「すぐに夕食の準備をするね!」
半分の量でいい、とだけハルシャはかろうじて要望を述べて、サーシャが大切に持ち帰ってくれた、まかないのご飯を食べる。
美味しかった。
味のついたご飯を炒めたもので、残りは明日の朝に食べることにする。
ハルシャが戻るまで、リュウジがサーシャの宿題を見てくれていたようだ。
食事をする前で、リュウジが因数分解の方法を説明している。
「足したら七で、掛け算をしたら十になる、二つの数が解りますか?」
サーシャが、眉を寄せる。
「なら、こうしましょう。
七は、一たす六、二たす五、三たす四、この三つの組で表せますね」
「うん。そこは解るよ。リュウジ」
「なら、一組ずつ、掛け算をしてみましょう。サーシャ。一かける六は?」
「六」
「二かける五は?」
「十」
「三かける四は?」
「十二」
はっと、サーシャの顔が輝く。
「そうか、二と五の組み合わせだね。足したら七でかけたら十は」
「そうです。符号に気を付けて、かけてプラスになっていますが、足したときはマイナスです。これは、両方がマイナスということです。
だから因数分解すると(x-2)(x-5)=0となります」
ふんふんと、サーシャが筆記具の後ろを噛みつつ、説明に頭を振る。
食事を口に運びながら、ハルシャはリュウジの説明を聞いていた。
答えを書き終え、サーシャは次の問題は自分ですると、宣言して取り組んでいる。
えーっと、かけてある符号がプラスだから……と口の中でぶつぶつ言いながら、問題と格闘する。
サーシャを見つめる、リュウジの眼が優しかった。
信じられないほどの速度で、駆動機関部の設計図を引いた彼にとって、子どもの宿題など鼻であしらうようなものであるはずなのに、おくびにも出さずに、根気よくサーシャに付き合ってくれている。
「出来たよ! リュウジ」
ちょっと解答を見て
「正解です。サーシャ」
と、笑顔でリュウジが応える。
「やったー!」
両手を広げて、サーシャは喜びを表現する。
とても嬉しそうだ。
「次も、頑張ってみるね」
「サーシャは理解力があるので、基本さえ入れば、きちんと解けるようになりますよ」
ハルシャは食べ終えて、流しで食器の始末をする。
水が貴重なので、汚れを極力拭き取ってから、食器用の濡れ布巾でぬぐって終わりだった。
空気が乾燥しているので、すぐに乾く。
元の席に戻り、ふと視線を上げると、布団が一組増えていた。
見ていることに気付いたのだろう。リュウジが
「ドルディスタ・メリーウェザが、気前よく布団を貸してくださいました」
と、ハルシャに声をかける。
反射的に、ハルシャは振り向く。
「これで」
優しく目を細めて、リュウジが言う。
「サーシャに、布団と布団の間で寝てもらわずに、すみますね」
気にしていたらしい。
くぼんだ場所に身をはめ込むようにして、サーシャは今朝、眠っていた。
床で身が痛くなかったかと、リュウジは起きた時に、彼女に訊ねている。
大丈夫だよ、とサーシャはぎゅっとぬいぐるみ生物を抱きしめたまま、答えていた。
ぬいぐるみ生物は、今も宿題をするサーシャの膝の上に鎮座し、問題を解くのを眺めているようだ。
太陽に当てねばならないと、サーシャは学校へと今日は持って行っていた。
ハルシャは、校長先生に許可を得るように、とサーシャに言い聞かせ、一筆を持たせている。
ぬいぐるみ生物を持って通学しても良いのかどうか、問い合わせをしたのだ。
「終わった!!」
サーシャが伸びをしながら、嬉しそうにいう。
「ありがとう、リュウジ!」
「どういたしまして。他の宿題はいいのですか」
「うん。放課後に済ましているから、大丈夫」
宿題を仕舞うサーシャにハルシャは問いかけた。
「ぬいぐるみ生物を、学校へ持って行ってもいいかどうか、校長先生は何か仰っていたか?」
答える前に、満面のサーシャの笑みで、大体の予測がついた。
許しを得たらしい。
「色んな生命体がいることの勉強にもなるから、学校へ持ってきても良いって、校長先生が許可して下さったの!」
「良かったですね、サーシャ」
リュウジがにこにこしながら、彼女に言葉をかけている。
「そうか」
ハルシャは、心底嬉しそうなサーシャの様子に、胸が熱くなりながら、静かに呟いた。
「だが、皆の迷惑にならないように、気を付けるんだぞ」
「はい。お兄ちゃん」
昼間は、籠に入れて外に出していると、サーシャが頬を赤らめながら言っていた。ぬいぐるみ生物は、育て方次第では、大人の大きさまでになるらしい。
頑張ると、鼻息も荒くサーシャが宣言する。
喋る膝の上で、ぬいぐるみ生物の茶色の瞳が、静かに輝いている。
この生命体も、嬉しいのかもしれない。
大切にしてくれる、主人を得て。
その後、三人でカードゲームを少しする。
メリーウェザ医師が昔使っていたものだが、と貸してくれたらしい。
宇宙船の中で暇つぶしにしていたようだ。
古い、惑星ガイアのトランプという形式のカードだった。
数字を並べるゲームをしたり、裏向けに伏せたカードをランダムにめくり、二枚の数字を合わせるゲームを行った。
サーシャは、リュウジとハルシャに、どうしても勝つことが出来ずに、悔しがっていた。
「また、明日にしよう」
ハルシャは、もう一勝負! と言うサーシャをなだめる。
「お兄ちゃんたち、記憶力が良すぎるよ!」
ひどい、という口調で言う。
「一回見ただけで、完璧に場所と数字を覚えてしまうんだもの! サーシャは勝てないよ」
「努力が大切ですよ、サーシャ」
髪をよしよしと撫でながら、リュウジが言う。
「ハルシャは、記憶力を高めるために、常に努力をしているのです。サーシャも頑張りましょう」
意外の念で、ハルシャはリュウジを見た。
自分の努力を、彼に見せたことはなかったのに、どうやら見抜かれていたらしい。
「ゲームを続けていたら、きっとサーシャも上達しますよ」
納得させられて、サーシャはぎゅっとぬいぐるみ生物を抱きしめている。
「わかった。頑張るね、リュウジ」
むーっとしながらも、サーシャは再挑戦を誓っている。
妹は意外と負けず嫌いなのだと、ハルシャは初めて知った。この暮らしになってから、カード遊びなどしたことが無かった。
頬を膨らませる様子に、我知らずハルシャは微笑む。
その瞬間。
不意に、左の手首の通話装置が、震えた。
はっと、目を遣る。
「マスター」と、画面に表示が出ている。
かっと、ハルシャの頬が、何の前触れもなく、赤くなった。ジェイ・ゼルが、連絡を寄越した。
そう言っていたから、当たり前だ。
これまでサーシャとの生活の中に、ジェイ・ゼルの存在を入り込ませないようにして来たことが、ふと、ためらいを生む。
だが。
連絡を受けなくてはならない。
ハルシャは、立ち上がり、思わず部屋の外へ出て行きながら、受信を押す。
扉をくぐって、二階の廊下に出たところで、
「私だ」
と、いうジェイ・ゼルの声が聞こえた。
どきんと、妙に胸が鳴った。
「連絡をありがとう、ジェイ・ゼル」
予定を告げてくれると思ったハルシャは、礼を述べた。
一瞬の間の後、
「側に、サーシャはいるか?」
とジェイ・ゼルが言う。
サーシャが?
彼女に聞かせたくない、話題なのだろうか、とハルシャは思いを巡らせながら、応える。
「今、部屋の外に出たから、サーシャは側に居ない」
「そうか」
また、沈黙の後、思いもかけないことを、ジェイ・ゼルは言った。
「今日、食事の予約をキャンセルした店だが――」
ああ、そうだったと、ハルシャは思い出し、なぜか頬が赤くなる。
本当は食事の後、『エリュシオン』に向かう予定をジェイ・ゼルはしていたが、ハルシャの言葉に、彼の忍耐が焼き切れた。
急遽予定を変更し、食事をとるはずの店をキャンセルにしている。
よく、ジェイ・ゼルに、ハルシャは煽ってくると言われるが、全く自分には自覚がない。どこがどう煽っているのか、今度は教えてもらおうと、ハルシャは唇を噛む。
沈黙するハルシャの耳に、通話装置越しのジェイ・ゼルの声が響く。
「明日、良ければその店で、サーシャと一緒に夕食に招待したい」
え。
と、ハルシャは驚きに目を見開いた。
「私と、サーシャを?」
「そうだ」
妙な沈黙があった。
まさか。
あの時何気なく口にした、サーシャにも食べさせてあげたいと言った、ハルシャの言葉を、ジェイ・ゼルは覚えていてくれたのだろうか。
彼の静かな声が、通話装置から響く。
「急なことだが、予定は大丈夫だろうか」
ドキドキと、妙に心臓がなる。
「待ってくれ、ジェイ・ゼル。部屋に戻って、サーシャに訊いてみる」
予定は大丈夫だ。
解っているが、少し答えるまでに、時間が欲しかった。
それに、二人で出かけると、リュウジが一人になる。それも心配だった。
ジェイ・ゼルも言っていたように、オキュラ地域は、一人では危ない場所だ。
扉から入り、鍵をかけると、ハルシャは突然出て行った兄を、心配そうに見上げるサーシャに問いかける。
「サーシャ。私の仕事の上司の、ジェイ・ゼルさんを覚えているか?」
こくんと、サーシャがうなずいた。
「明日、サーシャと兄さんの二人で、食事にお招きを頂いた」
ええっ! と、のけぞるようにして、サーシャが驚く。
「サーシャも!?」
「そうだ。明日は、メリーウェザ医師のところで、アルバイトだったね」
こくんと、サーシャがうなずく。
ちらっと、リュウジに視線を向ける。
リュウジは、意図を察して、自分なら大丈夫だ、と、声を出さずに、口だけを動かして言う。
「七時ぐらいなら、仕事を終わることが出来るだろうか」
また、こくんとサーシャがうなずく。
ハルシャは、通話装置に向き直った。
「ジェイ・ゼル。七時半ぐらいなら大丈夫だと思う。妹も、ありがたく申し出を受けさせて頂いても良いだろうか」
ほっと、息が漏れる音がした。
「それは良かった。
オキュラ地域では少し飛行車が停めにくいから、ロンダルド駅の駐車場で待っていてくれないか。ネルソンを迎えに行かせる。そこで、七時半に」
ロンダルド駅は、オキュラ地域に一番近い、公共交通機関の駅だった。その駐車場で待っていてくれと、ジェイ・ゼルが言う。
「わかった」
「夜にすまなかったね。サーシャにもよろしく伝えておいてくれ。楽しみにしていると」
優しい口調に、ハルシャはふと胸の奥が痛んだ。
「ありがとう、ジェイ・ゼル」
感謝の言葉に、小さく笑いながら、ジェイ・ゼルが通話を切った。
「サ、サ、サーシャも、お招きいただいたの!」
まだ、現実が理解できないように、言葉を震わせて、サーシャが言う。
沈黙する通話装置から、ハルシャは顔を動かして、頬を紅潮させるサーシャへ視線を向けた。
「美味しい料理店らしい。サーシャによろしくと、ジェイ・ゼルさんが言っていた。楽しみにしているそうだ」
ぬいぐるみ生物が宙を舞った。
サーシャが喜びを全身で表現する。
「リュウジ。急なことですまないが、明日は少し妹と出かけてくる。リュウジの食事は準備をしておく」
「気にしないでください。僕なら、自分で何とでもしますから」
はっと、サーシャが興奮を冷まし、リュウジが置かれている現実に意識を戻した。
「ちゃんと、準備をするから、安心してね。リュウジ! ごめんなさい、置いてけぼりにして!」
「大丈夫ですよ、サーシャ。いざとなったら、ドルディスタ・メリーウェザが下さったパウチもありますから。今日もお昼に頂きました」
サーシャが顔を強張らせた。
「え。食べたの? リュウジ」
「はい」
にこにことリュウジが笑う。
「『惑星ファングーラの泡立つ海風味』を」
えええええええっ! と、サーシャが身を反らして叫ぶ。
「だ、大丈夫だった! お腹が痛くならなかった?」
「平気でしたよ、サーシャ」
のほほんと、リュウジが笑顔で答える。
まだサーシャは、ええええええっ、と叫んでいる。
ハルシャは、眉を上げた。
どうやら、オオタキ・リュウジも、ハルシャと同じで、味には拘《こだわ》らないタイプらしい。
*
そこから気分を切り替えて、三人は眠る準備を始めた。
三枚布団を敷くと、確かに窮屈ではなく、とても寝心地が良い。
サーシャは、ころんと布団に横になると、ワクワクしながら、リュウジの話を待っている。
薄暗くした部屋の中に、お待ちかねのリュウジの話が始まる。
「今日は、ビレンドルナの不思議な鳥のお話にしましょうか。ビレンドルナには、百年に一度孵化する不思議な鳥が住んでいるのです。その鳥の羽根はとても高値で取引されて、みな、何とか手に入れようとするのですが、とても高い絶壁の上に住んでいるので、容易に近づけません。
そんなある日、一人の少年が、鳥を捕獲しようと、無謀に単独で山に登り始めたのです――」
ビレンドルナの不思議な鳥と、少年との掛け合いのところで、サーシャは眠りについてしまったらしい。
「そこで、鳥が言いました。もし、私の願いを叶えてくれるのなら……」
リュウジが言葉を切る。
薄闇の中に、すーっ、すーっという、穏やかなサーシャの寝息が響いている。
小さく笑うと、リュウジは出ていたサーシャの肩を、布団で覆った。
「今日は早く眠りにつきましたね」
優しい声で、リュウジが言う。
ハルシャは、目を細めて呟いた。
「飲食店のアルバイトは、肉体的にきついのだと思う」
手を伸ばして、柔らかな金色の巻き毛を撫でる。
「そこで働いたときは、すぐに眠りにつくんだ――。サーシャは気が付いて優しいので、老夫婦の代わりに、色々肉体労働をこなしているのだろう。平気だと言っているが、サーシャはまだ、十一歳だから……」
胸の痛みが、こぼれ落ちたような言葉だった。
しばらく、リュウジは黙って、眠るサーシャの姿を見つめていた。
「孫のように、お店のオーナー夫妻は彼女を可愛がってく下さっていましたよ。サーシャちゃんと言って。常連さんも丁寧に接してくれているようでした」
静かな声が響く。
「彼女の人柄なのでしょうね」
闇の中に、柔らかく光るリュウジの瞳が見えた。
「明日は、勝手をしてすまない。まだ落ち着いてもいないのに、一人で部屋に残してしまう」
ハルシャの言葉に、リュウジは明るい声で答える。
「本当に気にしないでください。せっかく上司の方がお招き下さったのなら、ぜひ楽しんできてください」
何の悪意もない言葉に、ハルシャは、ほっと心がゆるむ。
「ありがとう、リュウジ」
言葉が、途切れた。
ハルシャは、目を細めてサーシャを見つめながら、髪を撫でる。
食事の招きに、サーシャは感激して、とても喜んでいた。
小さな自分の呟きを、ジェイ・ゼルは聞き流さなかった。
そのことが、これほどまでに胸を打つ。
「ジェイ・ゼルと、言うのですね」
不意に、リュウジの声が響いた。
「あなたの上司は」
ハルシャは、視線を上げて、リュウジを見た。
「ああ。工場の経営者だ」
「そうですか」
そこで、リュウジの質問は終わったようだ。
「明日だが――」
ハルシャは、考えながら言葉を続ける。
「少し時間帯は早いが、工場へ向かうバスが出ている。それに乗って、一緒に行こう」
ハルシャ一人ならボードで身軽に動けるが、リュウジは乗れそうにない。
考えた結果、定期行路バスに二人で乗って行くことに、ハルシャは決めていたのだ。
まだボードを手に入れる前は、ハルシャは自力でバスに乗り、工場へと出勤していた。金額がかさむのと、時間的に縛られるので、何とかやりくりをしてボードを手に入れたのだ。その時は一ヶ月間、昼食を抜いた。
「はい。また、色々教えてください」
優しい笑顔が、闇の中に見える。
「よろしくお願いします、ハルシャ」
ふっと、心が穏やかになる、笑みだった。
「私の方が、教えてもらうことが多いかもしれない――こちらこそ、よろしくお願いする。リュウジ。工場では色々あるかもしれないが、気にしないでくれ」
嫌味を言われるのは覚悟していた。
リュウジがそういう目に遭うのが、申し訳ない気持ちで一杯になる。
「大丈夫ですよ、ハルシャ。意外と僕はタフなんです」
笑いながら、リュウジがいう。
そうかもしれない。
廃材屋との一幕が、ふと目に浮かぶ。
リュウジが枕に頭をきちんと乗せて、上を向く。
眠りに入るようだ。
静かに目を閉じた。
ハルシャもサーシャの髪から手を離し、自分の布団に潜り込んだ。
「ハルシャは」
不意に声が聞こえる。
声に、ハルシャは振り向いた。
天井を向き、目を閉じたまま、リュウジが呟いている。
「今日は自分のことを、『私』と、呼ぶのですね」
気付かなかった。
ジェイ・ゼルが解き放ってくれたままに、自分は今、本音で言う時のように、私と言っていたようだ。
返事が出来ないハルシャの耳に、静かなリュウジの声が響いた。
「そちらのほうが、ハルシャらしくて、僕は好きです」
優しい声が耳朶を打つ。
「おやすみなさい、ハルシャ。明日からよろしくお願いいたします」
しばらくして、穏やかな寝息がリュウジの口から漏れだした。
すーっ、すーっ、と。
サーシャとリュウジの静かな息の音を聞きながら、しばらくハルシャは動きを止め続けていた。
俺、という時。
随分自分は無理をしているように、聞こえるのだ。
ふっと息を吐くと、ハルシャは布団を巻き付ける。
「おやすみ、リュウジ」
小さく彼に呟いてから、目を閉じた。
※物語中、三人がしていたトランプ遊びは、「七並べ」と「神経衰弱」です。
半端ない記憶力の保持者であるリュウジとハルシャに、サーシャが勝てる日はあるのでしょうか……。