たくさん食べろ、と、ジェイ・ゼルはハルシャのために、一人前以上の料理を注文した。
『エリュシオン』で、部屋に運んでもらって食べる料理は、これで二度目だ。
きちんと服を着て、料理が机の上に並べられるのを待つ。
優雅な動きで、給仕の者が向かい合うハルシャとジェイ・ゼルの前に料理を置いていった。
しかし。
少し前まで同じ部屋で、行為を繰り広げている。
部屋の中には、自分とジェイ・ゼルの、濃密な時間が詰まっているようだった。
それが、爽やかに食事を並べる給仕に、気付かれてしまうのではないかと、ハルシャは密かに心臓を躍らせる。
頬が、赤くなってきた。
ジェイ・ゼルは、冷静そのものだった。
料理の説明を受け、礼を述べてから給仕を下がらせる。
必要があれば呼ぶから、それまでは下げる必要もないと、体よく追い出した。
ハルシャは、気が気ではなかった。
しゅっと音がして扉が閉まり、ほっとする。
「どうした」
ジェイ・ゼルの声が前から飛ぶ。
「顔が赤いな」
くすくすと、小さく笑っている。
「そんなに、あの給仕がハンサムだったか?」
そんなことで、顔を赤らめるはずなどない。
解っていて、からかっているのだ。
ますます、顔に熱が帯びてくる。
「教えてくれないか、ハルシャ。赤面する理由を」
穏やかに、ジェイ・ゼルが問いかけていた。
言えるはずがない。
自分とジェイ・ゼルがこの部屋で何をしていたかが、相手にばれるのが恥ずかしいなど。
口が裂けても、言えない。
黙り込むハルシャを、楽しそうにしばらくジェイ・ゼルは見つめていた。
給仕が注いでくれた赤いお酒を手にすると、彼が片目をつぶった。
「なら、当てて上げようか――ハルシャの心の中を」
ぱっと目を上げて、ジェイ・ゼルを見る。
彼は静かに微笑んでいた。
「もし当てられたら、君からご褒美が欲しいな。ハルシャ」
灰色の眼が細められる。
ご褒美が欲しい。
そんな言い方を、ジェイ・ゼルは今までしたことがない。
ジェイ・ゼルが与えてくれても、ハルシャから彼への働きかけは、ほとんどない。
何か、悪い予感がする。
「わ、私に出来ることか?」
慌てて、ハルシャは問いかける。
ジェイ・ゼルの頭が揺れる。
「もちろん。とても簡単なことだ」
本当に?
と、ハルシャは眉を寄せて、ジェイ・ゼルの顔を見守る。
「どんなことだ、ジェイ・ゼル」
くすっと、彼は笑う。
「さあ。それは、当ててからのお楽しみだ」
持って回ったような、言い方をする。
「それでは、フェアではない」
ハルシャは異を唱えた。
ジェイ・ゼルは、もっともというように、頭を再び揺らした。
「そうだね、ハルシャ。フェアではない。私に言い当てられるのが嫌なら、もちろん、ハルシャの口から、顔を赤らめる理由を言ってもらっても、私は構わないんだよ」
ハルシャは、黙り込んだ。
そうだ、彼は百戦錬磨の経営者だった。
上手く手の平の上で転がされているような気がする。
「どうする、ハルシャ?」
食事を前にして、どうして自分たちは、こんなくだらないやり取りをしているのだろう、と、はたとハルシャは思った。
「どちらか、決めかねるかね? じゃあ、こうしよう。十数える内に、心を決めておくれ。君が言うのか、私が当てるのか。あまり長引いても、お腹が空くだけだ。
十数え終えた時に、ハルシャが理由を言ってくれればそれでいい。
もし、言わなければ、私が考えた理由を言う。それが正解なら」
にこっと、ジェイ・ゼルが笑う。
「ハルシャから、私がご褒美をもらう」
いかがかな?
と、ジェイ・ゼルの眉が上がる。
不承不承、ハルシャはうなずく。
さらにジェイ・ゼルの笑みが深くなった。
「よし。じゃあ、数えるよ。
十……九」
どうして、ジェイ・ゼルはこんなことを楽しげに、しているのだろう。
「八……七……ハルシャ、どんどん、数字が減っていくよ」
くすくすと、笑いを口の端にのぼらせながら、ジェイ・ゼルが言う。
わかっている。
今、考えている。
「ろぉくぅ……ごおぉ」
わざと語尾を伸ばして、ゆっくりと、ジェイ・ゼルが数を唱える。
ハルシャは、段々顔が赤くなってきた。
言ってしまえば、こんな茶番を終わりに出来る。
二人の行為が、給仕の人にばれるのが嫌だった、と。
たった一言で、済む。
「よん……さぁん」
あられもなくジェイ・ゼルを求めた自分の痴態を、知られるのが恥ずかしかったと。
それだけを、伝えればいい。
なのに。
「にぃい。ハルシャ、もうあと一つしか、カウントが残っていないよ。良いのかな?」
彼は、微笑んで言う。
唇を噛み締めて、ハルシャはじっとジェイ・ゼルを見つめた。
どうして、自分の赤面の理由など、彼は知りたいのだろう。
自分にどうして、言わせたいのだろう。
ジェイ・ゼルの笑みが消えて、ハルシャへ視線を向ける。
「最後だ、ハルシャ」
灰色の瞳が、自分を映す。
「一」
短く、彼は言い切った。
瞬間、ハルシャは息を飲んだ。
言おうとした。
だが……
言えなかった。
くすっと、ジェイ・ゼルが笑った。
「君と私がベッドで絡み合っていたことが、給仕の人に知られてしまうのが、恥ずかしかったんだね、ハルシャ」
何の衒《てら》いもなく、あっさりと、ジェイ・ゼルは言葉を口にした。
「濃密な君との情交が、空気の中に満ちていることを、他人に気付かれたくなかったんだろう?
違うかい」
ハルシャは、燃えるように全身が真っ赤になった。
顔から、火が出そうだ。
視線を伏せて、自分の膝の上の手を見つめる。
小さな笑いが聞こえる。
「図星だね、ハルシャ」
潔く認めて、ハルシャは小さく頭を揺らした。
ふっと、ジェイ・ゼルが笑う。
「ハルシャは可愛いな。そんなに真っ赤になって――」
ジェイ・ゼルと自分は違う。
そんなこと、恥ずかしくて、臆面もなく言えるはずもない。
ふと、言葉が途切れた。
不思議な静寂に、ハルシャは伏せていた視線を上げた。
沈黙を保ったまま、ジェイ・ゼルの眼が真っ直ぐに自分を見ている。
机の上の赤い液体を、ゆっくりと彼は揺らしていた。
笑いを消して、彼は静かに呟いた。
「私は、知られても、平気だけれどもね、ハルシャ」
目を細めて、彼は続ける。
「私と君が愛し合ったことは――何も恥ずかしいことではない。むしろ誇らしいことだ。
だから。私はこの部屋で食事をしようと思った。
こそこそと行為を隠すように、別の場所に移ることはせずにね」
ゆったりと、赤い液体が波打つ。
「君が私を求めてくれた――その余韻の残る部屋で、君と食事をしたかった。それだけだよ、ハルシャ」
ジェイ・ゼルは――
いつも堂々と、ハルシャの肩を抱いて、『エリュシオン』の中を歩いた。
なぜなのか、その理由が解らなかった。
今、やっと理解出来た。
彼はハルシャのことを、恥ずかしいと思っていなかったのだ。
彼を見れば、誰もがジェイ・ゼルだと、気付く。
その自分がハルシャを相手として選んでいると、誰にはばかることなく、宣言してくれていたのだ。
驚くハルシャに、優しくジェイ・ゼルが笑みを与えてくれる。
「もちろん、給仕にはここで私たちが行為に及んだことは、悟られただろうね。彼らは場慣れしているからね」
さらに、ハルシャは驚く。がーんという音が、頭の中に響いた。
くすっと、ジェイ・ゼルが笑う。
「だが、安心してくれ、ハルシャ。『エリュシオン』の従業員はとても躾が行き届いている。客のプライバシーを他に話すことはない。たとえ裸で絡み合っているときに呼びつけても、眉一つ動かさずに、きちんと料理を運んでくれる。もちろん、秘密は話さない」
ハルシャの呆気にとられた顔に、ジェイ・ゼルは笑い声を上げた。
「可愛いな、ハルシャ。そんなにびっくりして」
くすくすと、笑う。
「試しに、今度呼んでみようか?」
衝撃を受けた後、必死でハルシャは顔を振った。
「止めてくれ、ジェイ・ゼル!」
「冗談だよ」
くすくすと、ジェイ・ゼルが笑う。
「そんな状態のハルシャを、他人に見せたくはないからね」
本気か冗談か、掴みかねる口調で、彼は言う。
でも。
ちらっと、ハルシャはベッドへ視線を向ける。
一応懸命に整えていたが、空気の中にこもる匂いは誤魔化しようがない。
顔が、ますます赤くなる。
そうか、知られていたのか。
でも、ジェイ・ゼルがそれで良いというのなら、良いのだろうか。
耳まで赤く染めながら、ハルシャは唇を噛み締めて、ジェイ・ゼルを見る。
椅子にゆったりと腰をかけ、ジェイ・ゼルがふふと笑みをこぼした。
「さて、ハルシャ」
企みが顔に浮かぶ。
「見事正解を言い当てた私に、君からのご褒美をくれないか」
ぎゅっと、ハルシャは唇を噛み締める。
沈黙してから、口を開く。
「どんな……ご、ご褒美が、良いんだ。ジェイ・ゼル」
本当に楽しげに、ジェイ・ゼルが笑う。
「そうだね」
時間をわざと取っているが、もうジェイ・ゼルの中では、何をハルシャにさせるのかが、決まっている。
困るハルシャを見て、楽しんでいるだけだ。
ぎゅっと下唇を、ハルシャは噛み締め続ける。
ふと笑みを消すと、じっと自分の顔を見つめる。
手元で、赤い液体が揺れていた。
ぴた、っと、グラスの動きが止まる。
「このクラヴァッシュ酒を、私に飲ませてくれないか、ハルシャ」
ハルシャは、数度軽く瞬きをした。
グラスの酒を、ジェイ・ゼルに飲ませる。
なんだ、簡単だ。
グラスを手にもって、口元に運べばいいだけだ。気を付ければ、こなせそうだ。
ほっと、ハルシャは息を吐く。
もっとすごいことを要求されるかと思って身構えていたが、肩透かしを食らったようだ。
「わかった、ジェイ・ゼル」
明るい声で言いながら、ハルシャは立ち上がろうとした。
「ただし」
笑いを含んだ声で、ジェイ・ゼルは続けた。
「君の、口で、だ」
言う意味が、理解できない。
「口、で?」
馬鹿みたいに、ハルシャは問いかけた。
満面の笑みで、ジェイ・ゼルがうなずく。
「以前、ハルシャに飲まして上げただろう? あれと同じことを、私にしてほしいんだよ。それが君からの、ご褒美だ……ハルシャ」
不意に重い口調になって、彼が言う。
以前……はたと、記憶が蘇る。
ぼっと、再び、ハルシャの顔が燃えた。
「く、口移しで、ということか、ジェイ・ゼル!」
思わずハルシャは叫んでいた。
ジェイ・ゼルの首が揺れる。
「さすが、賢いね。よく理解してくれた」
どうして――
突然言いたくないことを言わそうとし、言えなかったからと言って、言い当てて、その上ハルシャにご褒美と称して、酒の口移しを、ジェイ・ゼルは求めるのだろう。
妙に理不尽だ。
ハルシャは唇を噛み締めて、じっとジェイ・ゼルを見つめる。
「ほら、ハルシャ」
ジェイ・ゼルが止めていた手を、くるくると回して液体を揺らす。
「飲ませて欲しいクラヴァッシュ酒は、ここにあるよ」
理不尽だ。
どう考えても、理不尽だ。
動きを止めるハルシャに、ジェイ・ゼルが
「以前、ハルシャは私が約束を守らなかったと言って、随分、ご機嫌斜めで拗ねていたね」
と、穏やかな声で言う。
「私も約束を破られると、ご機嫌が斜めになってしまうかもしれないよ」
脅しだ。
明らかな脅しだ。
約束違反と言われると、ハルシャはついムキになってしまう。
人として、信頼が大切ですよと、教えられてきたからだった。
「わかった、ジェイ・ゼル」
覚悟を決める。
「約束は、約束だ」
すっぱりと立ち上がり、ハルシャはジェイ・ゼルの側に行く。
グラスを手に取ろうとしたら、やんわりとジェイ・ゼルに制された。
「私が座っているのに、ハルシャが立ったままというのは、いかがなものかな」
つまらないことに、いちいち注文を付けてくる。
ジェイ・ゼルは、意外と細かい。
「どうしたらいい?」
問いかけるハルシャに、にこっと、ジェイ・ゼルが笑う。
少し椅子を後ろに下げて机から距離を取ると、ぽんぽんと、自分の膝の上を叩いた。
「ここへおいで。ハルシャ」
ひ。
膝の上で。
口移しで、酒を飲ませろと。
ハルシャは、叫びそうになったが、辛うじて踏みとどまった。
ぐっと喉を詰まらせてから
「わかった」
と、一言呟き、顔を真っ赤にしながら、ジェイ・ゼルの膝の上に、ゆっくりと腰を下ろした。
何をやっているんだ、と、つい、自分に問いかける。
「いいね」
ハルシャを膝に乗せて、ジェイ・ゼルが褒めるように言う。
背中に腕を回し、ハルシャの身を支えてくれる。
顔が、やたらと近い。
ジェイ・ゼルの灰色の眼が、細められる。
「飲ませてくれないか、ハルシャ」
ぐらぐらと疑問が腹の中から湧き上がってくる。
「ジェイ・ゼルは、楽しいのか?」
思わず問いかけた。
彼の形のいい両眉が、ひゅっと上がった。
「楽しいよ」
言わずもがなという顔で、彼は微笑む。
「ハルシャが膝の上にいる。その上、上等なクラヴァッシュ酒を口から飲ましてくれる。最高だね。この上なく幸福だよ」
その言い方に、ふと、沸き立っていた疑問が収まっていく。
そうか。
不思議に納得する。
なら、いいかと思えてしまう自分が不思議だった。
ジェイ・ゼルが幸せなら、仕方がない。
怒りを消すと、ハルシャはジェイ・ゼルが揺らしていたグラスを手に取った。
自分はお酒に弱かった。
だが、別に飲むわけではない。ジェイ・ゼルの口の中に入れるだけだ。
よし。
覚悟を決めると、一口、量を加減しながら口に含む。
くらっと、香りに酔いそうになる。
グラスを置くと、近くで待つジェイ・ゼルの唇に自分の口を押し当てる。
瞬間、悟る。
あ。
意外と難しい。
タイミングが合わずに、少しジェイ・ゼルの唇からこぼれてしまった。
ハルシャは焦った。
無理やりにクラヴァッシュ酒をジェイ・ゼルの口に押し込むと、慌てて離し、袖でジェイ・ゼルの口元を拭う。
「すまない、ジェイ・ゼル!」
少し、ジェイ・ゼルの服にまでこぼれてしまった。
動揺するハルシャの耳に、くすくすと笑うジェイ・ゼルの声が響く。
「口移しで飲ます方法は、まだ教えていなかったからね。ハルシャは初めてのことに、とても緊張するから――大丈夫だよ。想定内だ」
頬にジェイ・ゼルの手が触れる。
「そんなに焦らなくても、いいよ。ハルシャ」
「だが」
ハルシャは服を気にする。
「これでは、ジェイ・ゼルのご褒美にならない」
ふっと、ジェイ・ゼルが笑う。
「本当に、君は律儀で真面目な子だ」
近くでジェイ・ゼルの瞳が自分を見つめる。
「ハルシャ――口移しは、こうやってするんだよ」
視線を合わせたままで、ジェイ・ゼルの手が机に伸び、グラスを掴んでいた。
静かに引き寄せ、透明なグラスの縁に唇を触れさせる。
傾けて、静かにジェイ・ゼルが、クラヴァッシュ酒を口に含んだ。
視線が、ハルシャから動かない。
すっと、グラスを元に戻す。
その手が、ハルシャの首筋に触れた。
上を向かされる。
彼の唇が触れる。
ぴたりと吸い付くように触れ合った間から、熱い液体が中を割り込むように、入り込んできた。
ハルシャは思わず、ごくりと飲み込む。
瞬間、かっと身体が熱くなった。
飲み終えた後も、ジェイ・ゼルは唇を離さなかった。
ゆっくりとハルシャの中を探る。
ぐっと、喉が鳴る。
眉をしかめたハルシャの様子に、ジェイ・ゼルがゆっくりと口を離した。
「私は、ハルシャが求めてくれて、とても嬉しかった」
笑みを消し、唇が触れ合う距離で、ジェイ・ゼルが呟く。
「何一つ恥じることはないと思っていたのに――君は恥ずかしそうだった」
瞳が、ハルシャの心の底を見つめる。
「きっと、私は少し、傷ついたのだろうね」
灰色の瞳の中に、頬を赤らめる自分の姿が映っていた。
「だから、ちょっぴり、意地悪をしてしまったのだよ、ハルシャ」
不意に彼は優しく微笑んだ。
「無茶を言って、驚かせてしまったね、ハルシャ」
よしよしと、ジェイ・ゼルが髪を撫でる。
「でも、膝の上にハルシャが居てくれることは、嬉しいんだよ」
ハルシャは、ジェイ・ゼルを見つめ続けた。
恥ずかしくないと、ジェイ・ゼルは思ってくれている。
他人に自分との関係が知られても、構わないと――
ふと。
間違えていたのは、自分だったような気がした。
「ジェイ・ゼル」
ハルシャは彼の眼を見つめながら言った。
「もう一度、させてくれ」
え、と妙にジェイ・ゼルが動揺した。
珍しい。
「ハルシャ。食事がまだだよ」
取りなすように、彼が言う。
ジェイ・ゼルの言葉に、ハルシャは瞬きをする。
「その後、食事にすればいいだろう、ジェイ・ゼル」
「それでは、遅くなるかもしれない。お腹が空いていないのかい」
「空いているが……そんなに時間がかかるだろうか」
「かかるだろう。君と私なら」
背中がゆっくりと、撫でられる。
ん。
と、ハルシャは眉を寄せた。
「ジェイ・ゼル。私は、先ほどのクラヴァッシュ酒のことを、言っているのだが」
しん、と、ジェイ・ゼルが沈黙した。
不意に彼は笑い始めた。
「そうか。私の勘違いだ――すまない、ハルシャ」
何をどう勘違いしたのかは、ハルシャはあえて触れないことにした。
もう一度チャンスを貰い、ハルシャは、クラヴァッシュ酒を口に含んだ。
先ほどのジェイ・ゼルの動きで、随分とハルシャは学んだ。
口を覆う時、ためらってはならない。
しっかりと相手に密着し、口を開いてくれたタイミングで流し込む。
ジェイ・ゼルの顔を両手で包み、少し身を浮かせて、上からハルシャは唇を合わせた。
間が空かないように、密着させる。
よし、上手くいった。
優しく招き入れるように、ジェイ・ゼルが口を開く。
そっとハルシャは口中に含んでいた液体を、ジェイ・ゼルの中に、流し入れた。
ジェイ・ゼルの喉が動き、クラヴァッシュ酒が彼の中を下っていく。
無事に成功した。
ほっとして口を離そうとしたハルシャを、ジェイ・ゼルが腕で包んでいた。
強い力で引き戻され、優しく唇が触れ合う。
くらっと、クラヴァッシュ酒の香りに酔いそうになる。
しばらくしてから、ジェイ・ゼルが口を離した。
「君は上達が早いね」
にっこりと笑う。
「もう少し、飲ませてくれるかな、ハルシャ」
本気か冗談か、掴みかねる口調で、やはり彼は言った。