わかっている。
ハルシャが受け入れるのが、限界だと思ったから、彼は譲るように今日は入れなくていいと、言ってくれている。
わかっていた。
それが、示してくれている、彼の優しさだと。
それでも――
彼を感じたかった。
独りではないよと、身を触れて教えて欲しかった。
渇望のような寂しさを、温もりで埋めて欲しかった。
自分は子どものように、愚かで我儘なことを言っている。
わかっていた、そんなことは――
でも。
想いが口からこぼれ出てしまった。
表情を消して、ジェイ・ゼルがハルシャを見つめ続ける。
長い沈黙に、ハルシャの方が耐えられなかった。
荒い息を吐きながら、震える体を叱責し身を起こす。
とっさにジェイ・ゼルが、空いている方の手でふらつく体を支えてくれた。
腕にすがりながら、ハルシャは呟いた。
「腸を、きれいにしてくる。待っていてくれ、ジェイ・ゼル」
ぐっと、ジェイ・ゼルの手に力が入った。
「手洗いに用意を、してくれているんだろう」
いつもジェイ・ゼルは、腸の洗浄用の器具をあらかじめ手洗いに置いてくれていた。
そのことを問いかける。
彼は何も言わなかった。
不意に、彼に拒まれる恐怖がハルシャの中に湧き上がって来た。
勇気を振り絞った言葉だった。
だが、愚かな言葉でもあった。
ジェイ・ゼルににべもなく拒否されれば、剥き出しの心が引き裂かれるような気がした。
心がひどく敏感になっている。
守るものが一つもない、無防備な状態のように。
彼の拒絶の言葉が、恐かった。
沈黙に眉を寄せてから、立ち上がろうとしたハルシャの身体が、ジェイ・ゼルの腕に包まれていた。
制止するように、彼は黙してハルシャを腕に抱きとめる。
強い力に絡めとられたまま、ベッドの上に身を起こしてハルシャは座り続けていた。
ジェイ・ゼルは何も言わなかった。
身じろぎもせずに、彼はただ沈黙を続けている。
「ジェイ・ゼル」
ハルシャは彼の名を呼んだ。
ぴくっと、ジェイ・ゼルの身が震えた。
「行かせてくれ、ジェイ・ゼル」
はじめて、彼が動いた。
ゆっくりと身を引いてハルシャを見つめる。
痛みを覚えたように彼の眉はひそめられ、唇を引き結んで一筋にハルシャへ視線を向ける。
灰色の瞳の中に、自分が映っていた。
髪を乱し、頬を赤らめ、それでも決意を目に滲ませながら、ハルシャ・ヴィンドースが自分を見返していた。
「あなたを汚したくない。腸を清めさせてほしい」
自分が、こんなことを言うなど思っても見なかった。
ひどく淫猥で、直情的な言葉。
だが何の恥じらいもなく、今、自分は口にしている。
これが、本当の自分の言葉なのだろうか。
自分は今、真実のハルシャ・ヴィンドースとしてジェイ・ゼルに向き合えているのだろうか。
生まれたての赤子のようなひどく無防備な状態で、ハルシャは、懸命に思いを伝えた。
「ジェイ・ゼル……あなたが、欲しい」
瞬間、ハルシャは強い力でジェイ・ゼルに抱きしめられていた。
息が出来ないほどの激しさだった。
力の入らない体に鞭打ち、ハルシャも彼に腕を回して抱きしめ返す。
耳元に、荒いジェイ・ゼルの息遣いが聞こえる。
肋骨が上下するほど彼は強く息を繰り返していた。
「ジェイ・ゼル……」
ぎゅっと、ジェイ・ゼルの腕に力が籠った後、不意にハルシャは彼の腕に抱き上げられていた。
膝の裏と背中に腕を回して、ジェイ・ゼルはベッドから立ち上がる。
ハルシャは首に回した腕に、力を込めて、運ばれていることに耐える。
彼は真っ直ぐに手洗いに行くと、器用に片手で扉をあけた。
体に力が入らないハルシャの身が、丁寧にジェイ・ゼルによって清められる。
身を一人で立てていられないハルシャを腕で支えながら、いつもはハルシャにさせる洗浄作業を優しい手つきで行ってくれた。
彼は、無言だった。
穏やかに慰撫するように身を支えながら、ハルシャが望んだように為してくれる。
両腕を首に回し、ジェイ・ゼルの肩にもたれ、ハルシャは身を任せた。
腸内に洗浄の液が入り込むとき、いつもとは違う感覚をハルシャは抱く。心と同じように、かつてない快楽を与えられたためか、身体も鋭敏になっているようだ。液を体内に留めてから、排出するときに、何とも言えない愉悦が湧き上がる。
頬を赤らめながら、ハルシャはひどく動物的な行為に耐えた。
一度、ジェイ・ゼルは腸内をきれいにしておかないと、ハルシャの腸壁が傷ついたときに、炎症を起こす可能性が高くなると教えてくれたことがあった。
これは双方にとって、とても大切なことだと。
軽い殺菌作用があるものを、いつも腸内の洗浄液として、使ってくれているらしい。だが菌を殺し過ぎると、今度は必要な腸内フローラも撲滅してしまう。
後孔をほぐすときに使うぬめりのある液には、傷を得た時のための治癒薬と腸内の細菌を適切に保つための機能も備わっているとも話していた。
恐らく。
わざわざ選んで使ってくれていたのだろう。
ハルシャの知らないところで、慮りの細やかな網が、身を守るために、張り巡らされている。
自分はそれに包まれていた。
これまでジェイ・ゼルは一度の性交で、一回しかハルシャの中で達さなかった。
そして必ず数日を開けた。
必要以上にハルシャの腸壁を傷めないようにと、配慮してくれていたのかもしれない。
ハルシャが出したものを確認してから、ジェイ・ゼルが静かに言った。
「きれいになったよ、ハルシャ」
沈黙の後、はじめて彼が口にした言葉だった。
与えられた激しい絶頂の余韻から、まだ身が立ち直らないハルシャに、ジェイ・ゼルが優しい眼差しを向けている。
小さく笑うと彼はハルシャの身を拭い、再び腕に抱き上げた。
ハルシャの髪に頬を押し当てて、ゆっくりとベッドへと戻る。
そっと身を横たえると、ハルシャがまとっていた上着を静かに脱がせた。
髪を一撫でしてから、彼も自分の服を脱ぎ去る。
ハルシャに快楽を与えるのが目的だったかのように、彼はこれまで服をずっと着たままだったのだ。
身を守る服を脱ぎ去り、一切の虚飾を取り去って自分自身をさらし、相手を受け止める。
とても親密で極めて勇気の必要な行為だと、ジェイ・ゼルは教えてくれた。
ジェイ・ゼルを求めるハルシャに、彼は身を持って向き合ってくれようとしている。
裸体のままで彼は動き、ぬめりのある液体を手に戻ってきた。
ベッドの端に腰を下ろし、彼は自分自身にぬめりを与えると、静かに昂ぶりを手で捌き出した。
ハルシャは驚きに、目を瞠る。
これまで、ジェイ・ゼルが自分自身の手で、行為を行うところを見たことがなかった。
ハルシャに背を向けて、彼は静かに自分を高め続けていた。
大きな背中を見つめる。
はっと、ジェイ・ゼルが息を吐いた。
ごくっと、彼の喉が動く。
微かに息が荒くなってきている。
くっと、喉の奥で音がした。
黙々と、ジェイ・ゼルが自慰を為している。
しばらくして、静かに息を吐き、彼は立ち上がった。
弾ける直前まで、ジェイ・ゼルは自分で自分を追い込んでいる。
痛みに顔を歪めるようにしながら、彼はベッドに上がると、横たわるハルシャの足の間に動く。
動きを見ていたハルシャは、膝を立てて、彼に足を開いた。
意図を察したことで、ジェイ・ゼルが静かに微笑む。
「いい子だ」
呟いてから、ジェイ・ゼルはぬめりを手に取ると、手の平の上で、そっと温もりを与え始める。
以前は、この間《ま》が苦手だった。
ぬめりを手に、静寂を保つジェイ・ゼルを、待つことが――
これから液が自分の身に施され、行為に及ぶと、予告されているようだった。
恥辱に頬を染めながら、足を開いて待ち続けることが、苦痛で仕方なかった。
けれど。
敏感な場所を刺激しないように、彼が思い遣ってくれていたのだと気づいてから、姿を見つめ続けることで胸が高鳴るようになってきた。
彼の温もりが、身の内を満たしてくれる。
今も、ハルシャの心臓が、それとわかるぐらいに身の内に脈打っている。
頃はよしと見たのか、ジェイ・ゼルが動いた。
温かな液体が、ハルシャの局部と後孔に静かに塗られる。
ジェイ・ゼルの右の手が、ハルシャの後孔をほぐしていく。
視線が、触れ合う。
射精をしないまま、達したせいだろうか。
いつものジェイ・ゼルの指の動きに、内側が敏感すぎるほど反応する。
指を入れられただけなのに、ビクンと身体が跳ねた。
「くっ……あっ」
小さく声が漏れる。
身の震えが、止められない。
ジェイ・ゼルが動きを止めた。
ハルシャを見つめながら、動きを緩める。
気付いてくれたのだ。
いつもよりも激しい感覚が、ハルシャの中に沸き起こっていることに。
眉を寄せて、そっとジェイ・ゼルが指の本数を増やす。
あまり出入りをさせずに、じわっとハルシャを広げてくれる。
その行為にすら、ハルシャは息が荒くなってきた。
半開きの口から、喘ぎが漏れる。
どうしたというのだ。
全身の感覚が敏感になりすぎて、苦しいぐらいだ。
ジェイ・ゼルは、この状態を知っているのだろうか。
極力身を刺激しないように、静かに振る舞ってくれている。
いつもなら行為の前に触れ合わせる唇も、何もせずに真っ直ぐに後孔に向かった。
ハルシャの身に苦しみを与えないように、穏やかにジェイ・ゼルが後孔をくつろげる。
するっと、三本の指が入り込んだ。
「あっ」
刺激に、身をハルシャは反らす。
脇に垂らした手が、シーツを掴む。
「もう少しだ、ハルシャ」
ジェイ・ゼルの声が、静かに響く。
「もう少しで、君の中に入ることが出来る」
ハルシャは、息をしながら、ジェイ・ゼルへ視線を向ける。
彼は、右手でハルシャを広げながら、左の手で自分自身を捌いていた。
瞬間、ハルシャは気付く。
一緒に、達したい。
そう願ったハルシャの思いを、彼は実現させようとしてくれている。
鋭敏になっている自分は、もしかしたら、ジェイ・ゼルを身に収めた瞬間、達してしまうかもしれない。
同時に達するために、彼は極限まで自分を追い込み、ハルシャの中に入ってくれようとしている。
負担を、ハルシャにかけないために。
悟った事実に、胸の奥が甘く痺れてきた。
「ジェイ・ゼル……」
熟れた言葉が、自分の口からこぼれ落ちた。
彼の目が細められる。
くっと、息をすると手を離し、彼はハルシャに向かい合った。
後孔から指を抜き、代わりに脈打つ自分自身を押し当てる。
瞬間、見つめ合う。
「挿れるよ、ハルシャ」
押し殺した激情を秘めた声で、ジェイ・ゼルが呟いた。
こくんとハルシャはうなずく。
細めた眼のまま、視線を絡め合わせながら、ジェイ・ゼルがハルシャの中に、ゆっくりと入ってくる。
ハルシャは、内側に湧き起る感覚に思わず身を反らした。
鋭敏過ぎて、ジェイ・ゼルが擦る動きにがくがくと震える。
「あ――っ!」
細く、長く、叫びが口から漏れる。
中を圧して押し入るジェイ・ゼルの熱さに、信じられないほど反応してしまう。
先を収めただけで、彼は動きを止めた。
「力を、抜いてくれないか、ハルシャ」
自分は身を、硬く強張らせていたようだ。
苦しげなジェイ・ゼルの言葉に、必死に浅い呼吸を繰り返し身の力を抜く。
ふっと、息を吐いて、ジェイ・ゼルがハルシャに覆いかぶさるように、脇の横に腕を立てた。
ハルシャの瞳を見つめながら、ゆっくりと腰を進める。
浅い場所を、彼の亀頭が擦る。
びくんと、ハルシャは身を反らした。
「あ――っ、ああっ!」
捩るようにして、与えられる刺激に耐える。指先で見つけられたひどく敏感な場所に、そっと優しくジェイ・ゼルの先が触れている。
無言で彼は身を引き、また、ゆっくりと擦りあげる。
叫びながら、ハルシャは首を左右に振る。
先ほどジェイ・ゼルが与えた快楽が、これほどまでに自分の中を変えていたのだと、ハルシャは衝撃の中で悟った。
かつてないほど、身体の中が反応する。
内側が脈打つようだ。
「ハルシャ……」
ジェイ・ゼルの、低い声が自分の名を呼ぶ。
頬を紅潮させながら、ハルシャは必死に目を開いて、上から見つめるジェイ・ゼルへ、視線を向けた。
静かにジェイ・ゼルの腰が前後する。
「ああぁぁっ! んあぁっ!」
彼が動くたびに、獣じみた声が自分の喉から絞り出すようにあふれる。
少しも性急でない、柔らかい動きで、ジェイ・ゼルが中を刺激する。
「ハルシャ」
名を呼びながら、彼が動く。
唇を噛み締めると、ハルシャは、自分の横にある身を支えるジェイ・ゼルの腕を両手でつかんだ。
揺るぎないものに、すがるように。
一瞬、ジェイ・ゼルは目を細めた。
熟れた視線をハルシャに送りながら、低く、彼はハルシャの名を呼び続ける。
内側を傷つけないように配慮しながら、彼が静かに動く。
柔らかで絶え間ない刺激に、内側がざわめく。
背骨から下腹部に向けて、甘い痺れが起こる。
再び温かな感覚が下腹部に溜まり出した。
先程、精を吐かずに達した昂ぶりが、痛いほどだった。
刺激が、奥まった場所に移る。
ハルシャは身を反らした。
どうしようもない快楽が、脳を痺れさせる。
まただ。
温もりのあるものが、下腹部から上がってくる。
ジェイ・ゼルの動きに、押し上げられるように射精感が高まってくる。
達する。
予感めいたものに、唇を噛み締めながら、ハルシャはジェイ・ゼルを掴む手に、力を込めた。
身が震え出す。
指先から、伝わったのだろう、ジェイ・ゼルが眉を寄せた。
抗い難い熱が、上がってくる。
こらえきれずに、ハルシャは呻くように言葉を絞る。
「ジェイ・ゼル……もう、達しそうだ……」
声が震える。
「一緒に、いきたい。ジェイ・ゼル……一緒に、いきたい」
子どもが駄々をこねるように、ハルシャは、喉をさらして、言っていた。
「ハルシャ」
静かな呼びかけに、虚ろな中からハルシャは、視線を向ける。
ジェイ・ゼルが汗を額に浮かべながら、微笑んでいた。
「一緒に達そう。ハルシャ」
笑みを消すと、彼は視線を合わせたまま、強い力で身をハルシャの中に押し込んできた。
先ほどまでの穏やかさが嘘であったように、嵐のような激しさで、ジェイ・ゼルがハルシャを穿っていく。
手の平の内側にある、ジェイ・ゼルの腕を強く握りしめて、魂から絞るように、ハルシャは快楽に叫んでいた。
強烈な感覚に、翻弄される。
数度激しくジェイ・ゼルが行き来した途端、ハルシャの中に快感が弾けた。
目を固く閉じ、腰をそらして、悦楽に震える。
凄まじい快楽が、局所から全身へと走り抜けた。
感じたことがないほどの、質量をもった愉悦が身を駆け巡る。
叫びを発したまま、ハルシャは精を吐いていた。
局所に一度も触れられずに、中を刺激されただけでハルシャは達した。
同時に、身の奥に、熱いものがほとばしる。
どうしようもないほどの、充足感が、ハルシャの中を駆け巡った。
彼の熱さを感じながら達した時、身の内が満たされたように思えた。
「ジェイ・ゼル……」
虚空に向けて、必死にハルシャは彼の名を呼ぶ。
快楽の余韻に、身ががくがくと震える。
触れていた腕が動き、覆いかぶさるように、ジェイ・ゼルがハルシャを抱きしめていた。
「ハルシャ」
耳元で、彼が名を呼ぶ。
震えるハルシャの身体を、温もりでジェイ・ゼルが包んでくれる。
むき出しでひどく鋭敏になった心を、慰撫するように。
ハルシャは、目を開いた。
ジェイ・ゼルが、自分を見つめていた。
鮮やかな彼の緑の瞳に、ハルシャの中が甘く痺れる。
「ジェイ・ゼル」
呟きが、彼の唇に飲み込まれる。
合わせた唇に、彼の名を呼びながら、ハルシャは汗がにじむジェイ・ゼルの背を抱きしめた。
深く、深く、足をジェイ・ゼルに絡めて、彼を身に引き寄せる。
独りに、しないで。
置いて行かないで。
十五の時に、言葉に出来なかった悲しみを、ハルシャは合わせた唇に、言葉にならない言葉で訴える。
命を与えるように、ジェイ・ゼルは静かに、ハルシャの唇を覆ったまま、想いを受け止めてくれていた。
なだめるように口を動かしながら、ジェイ・ゼルの手が、ハルシャの髪を滑る。
穏やかで、静かな時間だった。
心が慰められたのか、行為の後のけだるい身の疲れと相まって、不意に、睡魔が襲ってくる。
優しく髪を撫でるジェイ・ゼルの手の動きに、ハルシャは、抗い難い波にさらわれるように、いつしか眠りに引き込まれていた。
意識が闇になるまで、ジェイ・ゼルの腕が自分を包んでくれているのを、ハルシャは感じ続けていた。