ほしのくさり

第49話  求めた真実-02






 
 彼が言葉を尽くしてくれたお陰で、ハルシャはやっと理解することが出来た。
 ジェイ・ゼルには、気付かれていたのだ。
 ハルシャが内に秘める、矛盾を。
 正しくあろうとするあまり、自分の心を殺し続けてきたことを。
 
 それは、ヴィンドース家の長子として、ふさわしくないわね、ハルシャ。

 母はよく眉を上げながら、ハルシャを嗜《たしな》めた。
 初期移民の中でも、帝星ディストニアの貴族出身の母方の一族は、ヴィンドース家と並ぶほどの名家だった。
 そのために、母は家名を重んじ、惑星トルディアの父と呼ばれる祖を持つ誇りと行動を、ハルシャにやんわりと強いた。
 ヴィンドース家の長子として、ゆくゆくは家長となるハルシャは、厳しく育てられてきた。
 下のサーシャはのびのびとしていたが、ハルシャには逐一行動について、注文がつく。
 ヴィンドース家として、正しくあらねばならない。
 人の模範となり、間違ってはならない。
 無言の圧力が、常にハルシャを囲んでいた。
 今日も、ジェイ・ゼルに指摘を受けた。
 新しいことに対して、極端に怯えると。
 それは、これまでの人生で身に着けてきた、防御本能だった。
 慣れたことなら、きちんとわきまえて、対応出来る。
 だが。
 新しいことには、対処が解らずに、戸惑い、間違ってしまう危険性がある。
 誤ることを恐れるあまり、特に突発的な物事に対して、ハルシャは、必要以上に、警戒をしてしまう。
 恐かった。
 両親を失望させるのが。
 両親に、愛想を尽かされるのが。
 両親にとって、常に誇りとなるような子であらねばならない。
 いつも、いつも、その恐怖と、ハルシャは闘い続けて来た。
 間違ってはならない、正しくあらねばならない。
 自分は、ヴィンドース家の長子なのだから。
 そうやって――ハルシャは、自分自身の本当の思いを、隠し続けて来た。
 だから――
 宇宙に、行きたかった。
 そこなら自分は――自由になれるような気がしたのだ。
 ヴィンドースの家名は、ハルシャにとって、生まれた時から背負わされてきた、重い荷物だった。
 為したいことよりも、為さねばならないことを、優先し続け――自分が本当は、何を望んでいるのかすら、時にハルシャは解らなくなる時があった。
 ジェイ・ゼルとの行為に耐えられたのは、為すべきことのために、自分を殺してきた人生を送ってきたからだ。
 だから。
 ジェイ・ゼルは、懇願しているのだ。
 本当のハルシャを見せてくれと。
 自分ですらわからないことを、ジェイ・ゼルは真摯な眼で求めていた。

「私との行為が、嫌か?」
 こみ上げる想いに翻弄され、荒く息を吐くハルシャの耳元に、ジェイ・ゼルが呟く。
 髪を、手が撫でおろす。
「男に抱かれるのは、嫌か?」

 嫌だ、と。
 昨日までの自分なら、即座に答えていた。
 母が生きていたら、抱かれる行為を見て、きっと涙を流してハルシャをなじり、諫めるだろう。男同士で性交に及ぶなど、悪魔の所為だと。
 ジェイ・ゼルに抱かれているのは、ただ、借金のかたのためだ。
 そういう契約で仕方なしに、耐え忍んでいるだけで、行為自体は嫌だと。
 自分は明確な言葉で、ジェイ・ゼルに告げていただろう。

 けれど――
 平静を装いながら、身を微かに震わせて、ジェイ・ゼルが今も、ハルシャの答えを待っている。
 彼はハルシャのために、半日の時間と多額の金額を費やしてくれた。
 恩に着せることもなく、借金に上乗せをすることもなく。
 ハルシャを、ただ喜ばせるために。
 これまで五年間の間、無言でジェイ・ゼルを拒み続けたハルシャを、彼は切り捨てなかった。
 反応を示さないのは、心が拒否をしているからだと、気付きながらも――
 彼は、五年間、待ち続けてくれたのだ。
 私のハルシャと、彼は自分を呼んだ。
 愛し合った行為の後――見つめる彼の眼は、翡翠のような、美しい緑だった。


「――嫌じゃ、ない」
 ハルシャは押し付けた場所に向けて、呟く。
 ひどく、たどたどしく、少しも洗練されていない言葉で。
 だが。
 それでいいと、ジェイ・ゼルが言ってくれた。それがハルシャなのだと。
 ぎゅっと、彼の身を強く抱きしめる。
 思いを込めて、言葉を続ける。
「嫌じゃない、ジェイ・ゼル」
 
 認めた途端、ハルシャの中で、何かが解ける音がした。
 心の奥、縛り付けていた何かが――
 嫌じゃない。ジェイ・ゼル。
 あなたが、欲しい。
 あなた以外、欲しくない。
 緑に瞳の色を変えるあなたを――いつまでも見つめていたい。

 抱きしめた腕から、ジェイ・ゼルが身の強張りを解くのが解った。
「ハルシャ……」
 呼んで欲しかった自分の名が、彼の口からこぼれ落ちる。
 そのたびに、自分自身に戻って行けるような気がする。
 ヴィンドース家の長子ではなく、名家の誇りを体現するためでなく。
 ただ一人の人間として――
 彼に向き合える気がする。

「……ジェイ・ゼル」
 呼びかけに、ハルシャは小さく応えた。
 ハルシャの言葉に、さっきまで収まっていた、ジェイ・ゼルの身が微かに震え出す。
 身を離すと、ジェイ・ゼルが正面からハルシャを見つめた。
 黒く豊かな睫毛に縁どられた、潤んだような灰色の瞳が、ハルシャを映す。
「君に快楽を与えたい――ハルシャ。私を信じて身を任せてくれないか」

 契約という言葉で、塗り込められた、ジェイ・ゼルの本当の心を、ハルシャは今、確かに聞いた。
 どんな行為も拒んではならない――と、彼は最初に言った。
 それは、どんな私でも、受け入れてくれという、隠された意味があったのだ。
 
 懇願を目に滲ませながら、ジェイ・ゼルがハルシャを見ていた。
 ハルシャは、彼の瞳を見つめながら呟く。
「信じている。ジェイ・ゼル」

 苦しげに顔を歪めて、微笑んでから、ジェイ・ゼルはハルシャの唇をそっと覆った。
 そのまま、穏やかな動きで、身がシーツの海に横たえられる。
 身を伸ばすハルシャの、下腹部が苦しいまでに張りつめていた。

 高まりを、服の上からそっとジェイ・ゼルが揉み始める。
 うっと、小さく、ハルシャは呻いた。
 服の上からの刺激は、もどかしくて、じらされるようだ。
 指が繊細なタッチで、触れてくる。
 うっとりとしている間に、ハルシャの下穿きが、取り去られていた。
 ジェイ・ゼルの手が、上手く誘導して、下着まで脱がしていく。
 開放感に、はっと息を吐く。
 だが、まだ、上の服は着たままだった。

 ジェイ・ゼルが口を離して、上から見つめる。
「乳首で達する君が見たい――」
 熟れた様な言葉が呟かれる。
「大丈夫だ、ハルシャ。五年間をかけて、君の乳首を大切に育ててきた。きちんと達することが出来るよ――私を信じて、受け取っておくれ」
 快楽を与えることしか出来ないと、彼は自分をおとしめるように言った。
 それを彼が望むのなら、受け取ろうと、ハルシャは覚悟を決める。
「わかった――信じている、ジェイ・ゼル」

 花がほころぶように、瞳を細めて、ジェイ・ゼルが微笑んだ。
 ハルシャは腕を伸ばすと、彼の首に絡めて、自分から唇を寄せた。
 ジェイ・ゼルが応える。
 そっと服の上から、再び彼が胸の尖りを刺激し始める。
 ハルシャはあえやかな吐息を、合わせた唇にもらし続けた。







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