ほしのくさり

第37話  廃材屋にて-02






「あんたたちが、ミアの言っていた、子たちかい?」
 片目が眼帯の長身の女性が、訪れたハルシャ達を迎えた。
 亜麻色の髪を上でキリリと一つに結び、穏やかな気候のオキュラ地域に住むためか、袖なしの服をまとい、彼女はにやっと笑った。
 彼女がメリーウェザ医師の知り合いの、廃材《ジャンク》屋《や》らしい。

 メリーウェザ医師が書いてくれた地図を頼りに、ハルシャたちは、オキュラ地域の北部にある廃材屋の門をくぐった。
 門をくぐる前から、扉のない大きな建物の中に、種々雑多のものが、脈絡なく置いてあるのが、目に飛び込んでくる。
 錆びた機械らしきものから、壊れた壺、ボロボロになった布まで、多彩なものが、倉庫に積み上げられている。
 出迎えてくれた大柄の女性は、普段の肉体労働を語るように、腕がとても太かった。
 どことなく宇宙海賊を思わせる風貌の彼女は、ハルシャたちに、顎をしゃくりながら、倉庫の中を示していた。

「何でも見ていきな。気に入ったのがあったら、声をかけてくれ。私は、あそこにいるから」
 腕を組んで、長身のため、三人を見下ろすようにして、彼女は微笑む。
「まあ、値段は交渉次第だ」
 値段はあってなきがごとし、とメリーウェザ医師は言っていた。気合次第で値切ることが、出来ると。
 だが。
 ハルシャは、値切るのが苦手だった。
 正規の値段で買うことに慣れているため、相手にとって値を下げることが不利になるのではないかと、つい、躊躇してしまう。
 言い値で買ってしまうことが、ほとんどだった。
 こんなところで、ヴィンドース家の家長であることが、出てしまう。父は正規の値段どころか、それに上乗せして、心付けとして支払いをするのが、普通だった。その気前の良さが、幼い頃から、ハルシャは誇らしかった。金額を受け取る相手の笑顔が、とても好きだったのだ。

「それじゃ、幸運を」
 ちゃっと手を振って、廃材屋は背を向けて、いつもいる場所へと戻って行った。
 ほうっと、声が漏れる。
 リュウジだった。
「宝の山のようですね」
 うっとりとした声で、彼が呟いている。
「あそこにあるのは、レンドル・ヴァジョナ型の駆動機関部ですよ、ハルシャ」
 指さす方向に転がる機械に、リュウジは視線を向けている。
「直せば、使えるかもしれません」
 熱を帯びた言葉が、リュウジの口から漏れる。
 ハルシャは、瞬きをした。
 歴史的な名品として名高いレンドル・ヴァジョナ型の駆動機関部だとしても、持ち帰って使うところなどない。
「リュウジ」
 現実に引き戻すように、ハルシャは声をかける。
「駆動機関部を直しても、使う宇宙船はない」
 リュウジの藍色の瞳が、ハルシャへ向けられる。
「ここには、棚の材料を、買いに来ただけだ」
 ハルシャの言葉に、はっと、彼は我に返った。
「そうでした。申し訳ありません、ハルシャ。つい、我を忘れてしまって――でも」
 リュウジは自分で首をひねる。
「どうして、あの駆動機関部が、レンドル・ヴァジョナ型だと、僕は解ったのでしょうか」
「昔、宇宙船に乗っていたんじゃないの? リュウジ」
 サーシャが、彼の疑念を解こうと、懸命に声をかけている。
「そうかもしれませんね。サーシャ」
 くしゃっと、彼女の髪をリュウジが撫でる。
「ついつい、余計なことを見てしまいました。棚の材料に集中します。一緒に探しましょう、サーシャ」
「うん。良いのが見つかると嬉しいね」
 
 そこから三人は、うずたかく積まれている廃材の中から、宝探しのように、棚の材料となるものを、探し始めた。
 結構な重労働だ。
 メリーウェザ医師から、医療用の使い捨て手袋を渡された意味を、思い知る。
 古いものは、多く、汚れていた。
 山をかきわけ、板状のものを探す。
 鉄板では、あまりにも重い。軽くて加工しやすいものを、廃材の中から懸命に三人は探した。

 小一時間ほど、種々雑多のものが折り重なる山の中から、何とか棚になりそうな、惑星トルディアの木材から加工された板を、三人は引っ張り出した。
 ばらばらの素材だが、工夫して組み合わせれば、棚の形になりそうだ。
 薄汚れて、ところどころが腐ったように欠けている。
 リュウジは、倉庫の床に並べた材料の長さを測り、設計図と照らし合わせながら、必要量があるかを、チェックしている。
「なんとか、足りそうです」
 リュウジは、廃材屋から借りたメジャーで測り終えてから、微笑みを浮かべる。
「ここで、加工までさせてもらえれば、ありがたいですね。木を切ると、木屑が出ますから」
 惑星トルディアの木は、堅かった。厳しい土壌の上に何百年もかけて育った木は、芯が締まっている。だが、軽いのが特徴で、この星の木材を使った家具は、帝星ディストニアでも、人気の商品だった。
「代金を払った後、交渉してみよう」
 ハルシャの言葉に、リュウジがうなずく。
「組み上げるだけにしておけば、持って帰ってすぐに、作ることが出来ますね」
 彼は、手慣れているようだった。
 サーシャが、リュウジを見上げて言う。
「リュウジは、宇宙飛行士だけでなく、家具職人だったの?」
 黒い穏やかなリュウジの眉が、ひゅっと上がった。
「どうしてですか、サーシャ」
「だって、棚を簡単に作ることが出来るもの」
 優しくリュウジが笑い、サーシャに視線を合わせるように、身を屈める。
「僕は以前、本職が宇宙飛行士で、趣味で家具を作っていたのかもしれませんね」
 穏やかな言葉だった。
 サーシャの疑問をすべて包み込んで、相手の心に応える。
「そうかもしれないね、リュウジ」
 サーシャが、笑顔になる。
 リュウジは――不思議に人の心を穏やかにする。
 じゃあ、椅子も作れるの、リュウジ? と問いかけるサーシャに、首をひねりながら、椅子はどうでしょう? 難易度が高いような気がします、と、笑いながら彼が答える。
 尖りのない言葉が、静かな口調で呟かれる。
 彼は、神秘を秘めた、宇宙そのもののようだった。

「廃材屋を呼んでくる」
 ハルシャは、二人のやり取りを見てから、声をかけて、背を向けた。
 屈託なく会話を交わす、二人の声が、遠くなる。
 もし、リュウジが――記憶を取り戻したら。
 ハルシャは、胸の痛みを覚えながら、眉を寄せる。
 身に振りかかった事実に、耐えることが出来るだろうか。
 いっそ、このまま――
 彼は何も思い出さない方が良いのかもしれない。
 ずっと三人で――暮らしていけば。
 彼一人の生活費を、捻出するする方法を、ハルシャは、考える。
 サーシャの笑顔が多くなる生活が、とても大切なもののように、ハルシャは思えた。彼一人がいることで、サーシャの心は随分安定して、豊かになっている。
 家族。
 ふと、言葉が、思い浮かぶ。
 このまま三人で、家族として過ごして行ければいい。
 たとえ辛い記憶と引き換えであっても、元の生活に戻ることが、リュウジにとって幸せであると解りながらも、ハルシャは、儚いことを、思ってしまった。
 永続的な暮らしを願ってしまうほどに、今、自分はこの状況を、幸せだと、感じていた。


 床に並べられた木材をじっと見て、廃材屋はにやっと笑った。
「よく、この中から、こんだけのものを、見つけ出したね」
 手並みを褒めるように言ってから、彼女は一つだけ残った目で、ウインクをした。
「二ヴォゼル」にこっと、彼女が笑う。「それでどうだい?」
 高い。
 ハルシャは、躊躇した。
「高いですね」
 迷うハルシャの耳に、はっきりとした声が響いた。
「暴利すぎます。端も腐った廃材です。それほどの価値はありません」
 リュウジだった。
 ほう、と、廃材屋が片頬を歪めて笑った。
「なら、条件が折り合わなかった、ということだね」
 眼帯をはめた廃材屋は、悪びれなく笑う。
「そうですね」
 にこっと、リュウジも笑う。
「お時間を頂いて、ありがとうございます」
 丁寧に礼をしてから、リュウジがハルシャに顔を向ける。
「無駄足だったようです。帰りましょう、ハルシャ」

 がーん、と、サーシャが口を大きく開いて、リュウジを見ている。
 彼女はもう、家に棚が出来た様子まで、想像していたのだ。
「か、か、帰っちゃうの、リュウジ」
 信じられないというように、サーシャが声を震わせて言う。

 リュウジは、彼女の前に腰を下ろし、目の高さになって優しく笑った。
「ここまで頑張りましたが、大変高い金額を、廃材屋の方が示されたので、購入を断念しました。
 商売ではよくあることです、サーシャ。
 互いの納得がいく金額でなければ、交渉は、決裂してしまいます」

 説いて聞かせるように、穏やかにリュウジが言う。
「これが、大人の世界です。誰かが得をすれば、誰かが損をする。
 せいぜい三十シェガルほどしか価値のない木材に対して、保有主は、七倍近い二ヴォゼルという値を付けました。
 こちらの見る目が無いと思っているのか、足元を見ているのかは、解りません。ですが、あまりに暴利なので、とても条件を飲むことはできないのです」
 大きな青色のサーシャの目に向けて、雨のように、柔らかなリュウジの言葉が降り注ぐ。
「せっかく楽しみにしていたのに、失望させてしまってすみません、サーシャ。
 また、違う形で、棚を作るように、工夫いたしましょう」

 これが、大人の世界。
 ハルシャは、黙って、二人のやり取りを聞いていた。
 世界は、価値交換で成り立っている。
 条件が折り合わずに、交渉が流れる時もある。
 時には、不当な条件で、折り合いを付けなくてはならない時がある。
 ふと。
 自分とジェイ・ゼルとの契約はどうなのだろう、と、ハルシャは二人の会話から、考える。
 等価交換なのだろうか。
 それとも――

 じっと聞いていたサーシャの目から、不意にぽろぽろと、大粒の涙が流れ落ちた。
 はっと、ハルシャはひるんだ。
「サーシャ」
 思わず声をかけて、側に行こうとする。

「どうして、泣くのですか、サーシャ」
 ハルシャの足を止めさせたのは、リュウジの穏やかな声だった。
「僕の説明で、納得が行きませんでしたか?」
 ふるふると、サーシャが首を振る。
「よく解ったよ、リュウジ。少ないお金の中で買うには、この木材は高すぎるんだよね」
「そうです。価値に見合う価格が、提示されませんでした――ゆえに、購入を見送ったのです。それだけです。あなたが、心を傷つけることはありません」

 再び、サーシャが首を振った。
「どうして涙が出るのか、わからないの。リュウジの言うことはよく解るのに、もう棚が作れないんだと思ったら――涙が出てくるの」
 ふっと、リュウジが優しく微笑んだ。
「サーシャは、棚が家に出来るのを、とても、とても楽しみにしていたんですね」
 こくんと、サーシャがうなずく。
「これで、永遠に、棚が作れなくなるわけではありません」
 手を延ばして、リュウジがサーシャの髪を撫でた。
「またの機会を待ちましょう。今回は無理だった。それだけです――期待をさせてしまって、すみません。サーシャ。もう泣かないでください」
 何か得心が行ったのか、こくんと、サーシャがうなずく。
 ハルシャは、ゆっくりと、妹の側に動いた。
 懸命に立っていたサーシャは、近づく兄を認めると、駆け寄って、服に顔を埋めて、ぎゅっと抱きしめた。
 一時間近くかけて必死に探した木材が、手に入らないことが、サーシャは辛いのだ。
 縋りつくサーシャの頭を、そっと撫でる。
 涙の温もりが、服を通じて、伝わってきた。


 突然、弾けたような笑い声が響いた。
 とっさに顔を向けると、廃材屋が、身を折りながら笑っていた。
「見事に、私を悪役にしてくれたもんだ」
 息を喉の奥でヒューヒューと言わせながら、彼女はしばらく笑っていた。
「世知辛い世間そのものみたいな言い方をするんだね、実に手厳しい」
 片目だけの彼女が、静かに笑う。
「価値の解らない者に――私は物を売りたくないだけだよ。坊や」

 今、彼女は、静かに笑っていた。
 目の奥に、したたかな光がある。
「坊や――あんたは物の価値を見極める目がある。私が最初に提示したのは、確かに七倍近い価格さ」
 微笑みが深まる。
「言い値で買ってくれれば、私としては、大儲けだったんだがね」
 そう言いながら、彼女は嬉しそうだった。
「ミアから聞いていた通りだね」
 そうだ。
 自分はメリーウェザ医師から話が通っていると思っていた。だから、二ヴォゼルの金額は、正当なものだと考えた。
 だが、リュウジは不当性を見抜き、彼女の要求を撥ねつけた。
 そのことが、嬉しくて仕方がないというように、彼女は笑っていた。

 不意に、笑みを消すと、廃材屋は材木をじっと見つめた。
「二十六シェガル」
 短く言ってから、笑顔を、リュウジに向けると目を細めた。
「その値段なら、文句はないだろう。坊や」
 にこっと、リュウジが笑った。
「まだ少し、上乗せしていますね」
 ひゅっと、廃材屋の彼女は、両眉を上げた。
「あんたが口にした、三十シェガルより、随分値引きしたんだよ」
「ええ。ですが、この板は、半分使えません」
 床に座り、リュウジが切って横板にしようと言っていたものを、示す。
「でも――そうですね、代金として、二十六シェガルをお支払いします」
 立ち上がると、彼はにこにこと笑う。
「その代わり」
 彼の目線が真っ直ぐに、廃材屋に向かう。
「そこにある、ぬいぐるみ生物を、おまけにつけて下さい」

 はっと、サーシャの表情が動いた。
 惑星ハルロンのウサギ型ぬいぐるみ生物――さきほど、棚の材料を一緒に探している中で、サーシャが見つけ出したものだった。
 ぬいぐるみのような柔らかい形状で、生物と言ってもほとんど生命反応はない。だが、植物のように、太陽光で少しずつ成長するという、珍しい生命体だった。
 元は手のひらサイズだが、サーシャが見つけ出したのは、抱えるほどの大きさになっている。誰かがここまで育てて、捨てたものなのだろう。
 幼い頃、サーシャはウサギのぬいぐるみが好きだった。けれど、借金のために、全てを家の中に置いてこざるを得なかった。中には、帝星で作られたヴィンテージものの、ぬいぐるみもあった。
 その記憶がよみがえったのかもしれない。
 見つけたサーシャは、しばらく無言で、ぬいぐるみ生物を手にしていた。
 だが、きゅっと唇を噛み締めると、それを、そっと傍らに置いて、作業に戻った。
 欲しい、と――
 言うことが出来なかったのだろう。
 ここまで成長したぬいぐるみ生物なら、恐らく高額だと、判断したのかもしれない。
 ハルシャは、その様子を見ていた。
 諦めたサーシャの唇を噛み締める様子を。
 その時――同じように、リュウジも見ていたのだ。
 甘えることを口に出来ない、サーシャの生き様を。

 にこにこと笑ったまま、リュウジは言う。
「ぬいぐるみ生物は、手をかけないと、枯れてしまいます。このままだと、その生命体は死んでしまいますよ」
 静かな眼で、リュウジが廃材屋を見つめる。
「あなたは、僕たちを試しましたね。価値が正当かどうかを、見抜けるのかを――それが、あなたの楽しみなのでしょうね。相手がどれほどの力量か見極めて、手玉にとるのが。
 レンドル・ヴァジョナ型の駆動機関部を、これ見よがしに目立つところに置いてあるのも、そのためですね。
 名品中の名品の駆動機関部に気付くものがいるかどうか、それを、試して楽しんでいる――これほど放置されながら、完全な状態で置いてあるのは、あなたが大切に手入れをしているからですね」

 廃材屋の笑みが消えた。
 リュウジの、藍色の瞳が、真っ直ぐに彼女を見据える。
「僕は、あなたの楽しみに、乗りました。ですが――試されるのは、あまり好きではありません」
 笑みが消え、彼の目が底光りする。
「この木材の値段として、あなたがつけた二十六シェガルをお支払いします。ただし、このぬいぐるみ生物を、つけて下さい。その条件が折り合わないのなら、僕たちはここから、去ります」
 深みのあるリュウジの瞳が、ゆっくりと笑みの形に細められる。
「ビジネスをしましょう。もう、お芝居は止めて下さい」

 底力のある言葉に、誰もが無言だった。
 不意に、廃材屋の口元に、艶やかな笑みが浮かんだ。
「坊や」
 優しい声で言う。
「か弱い女性を、そんなに脅すものじゃないよ」
 にこっと、リュウジが笑う。
「そうですね。ですが、サーシャが泣いてしまいました。とても棚が出来るのを楽しみにしていたのです。
 僕たちで遊ぶのは良いですが、サーシャを泣かさないでください」

 ふっと、廃材屋が笑った。
「お嬢ちゃん」
 思わぬ優しい声で、彼女が言葉をかける。
「びっくりさせて、泣かせてしまってすまなかったね。ミアが面白い子たちが買い物に行くと言っていたから、少し遊びたかっただけなんだよ」
 大股に歩いてくると、彼女はサーシャがそっと床に置いた、ぬいぐるみ生物を拾い上げた。
 ぽんぽんと、埃を払うと、手にしたままサーシャの側に歩いてくる。
 腰を落とすと、ハルシャに縋りつくサーシャの前にぬいぐるみ生物を差し出した。
「こいつは、手入れが厄介な生命体でね。太陽に当てて、大切に扱ってやらないと、成長しない。
 それで良かったら、持って帰るといい。
 ここで枯れさせるのも、可哀そうだからね」
 優しい笑みが、彼女の顔に浮かんだ。

 その笑みに後押しされるように、サーシャはハルシャから手を離して、ふかふかのぬいぐるみ生物を受け取った。
 ぎゅっと、抱きしめる様子に、廃材屋は、小さく笑った。
「ぬいぐるみ生物が、嬉しそうにしている――良かったな」
 それは、自分が管理する物に対する、言葉のようだった。
 廃材屋の彼女が手を延ばし、サーシャの髪を撫でた。
「大切にしてあげてくれ、お嬢ちゃん」
 こくんと、サーシャはうなずいた。
 ぎゅっと、さらに抱きしめる。
 ぬいぐるみ生物の茶色の瞳が、サーシャを見つめていた。
 くしゃっと最後に一撫でしてから、廃材屋が立ち上がった。
「代金を支払って、とっとと持って帰るといい。棚を作るんだろう?」
 彼女の言葉に、リュウジが笑顔で言う。
「交渉が成立した記念、と言っては何ですが」
 穏やかに、彼は言葉を続ける。
「あなたがお持ちの木材加工の器具を、ほんの数十分だけ、お借りしても良いですか?」


 *


「思ったより、良い人でしたね。あの廃材屋の方は」
 加工済みの木材を抱えて帰途につきながら、リュウジが笑顔でハルシャに言う。
「恐らく、暇で退屈していたのでしょうね。僕たちをからかって、遊びたかったようですが」
 不意に笑顔が消えた。
「サーシャを泣かせるのは、行き過ぎた言動でした」
「でも、ぬいぐるみ生物を頂いたから」
 サーシャが必死に、庇うように言う。
 にこっと、リュウジが微笑む。
「良かったですね。それが欲しかったのでしょう、サーシャ」
 みるみる顔を赤らめて、サーシャが、こくんとうなずいた。
 二人と並んで歩きながら、ぎゅっとぬいぐるみ生物を抱きしめている。
「黙っていたのに、どうして解ったの? リュウジ」

 かさばるが、それほど重くない木材を抱えて歩きながら、リュウジが前を向いた。
「ハルシャが、あなたを見ていました」
 言葉が、静かに、夜のオキュラ地域に響く。
「何も言えずに、ぬいぐるみ生物を手離すあなたを――辛そうに、切なそうに。だから、気付いたのです。
 あなたが、本当はそのぬいぐるみ生物が欲しいのだと。
 ハルシャは、サーシャの気持ちが、手に取るように解るのですね」
 ふっと、彼は空に息を吐く。
「彼女と遊んであげたのです。そのぐらいの代償は頂いてもいいでしょう」
 ひどく大人びた口調で、彼は言った。
「それに、ぬいぐるみ生物も嬉しそうです。あんな倉庫で寝かしていたら、昨今枯れてしまったでしょう。双方にとって良いことでした」

 リュウジは、不思議な底力があるような気がする。
 幾度も修羅場をくぐってきたような、胆力めいたものが――
 ふわっとした彼の外見に、つい惑わされてしまうが、彼は二ヴォゼルと提示された木材を見事に七分の一の価格に値切り、その上、貴重なぬいぐるみ生物をおまけにつけさせた。あまつさえ、木材の加工までしてのけたのだ。
 交渉の手腕は、並大抵ではなかった。
「でも」
 にこっと、リュウジが笑う。
「これで、棚が出来ますよ、サーシャ」
 ぬいぐるみ生物を抱きしめて、喜びのあまり、サーシャがぴょんぴょんと跳ねだした。
 ハルシャは――その喜びを見つめながら、今度はサーシャに注意を与えなかった。






※廃材屋での金額について、補足です。
 1ヴォゼル=100シェガルです。
なので、日本円に直すと……
・廃材屋が提示した 2ヴォゼルは約6530円になります。
・交渉後の26シェガルは約849円です。

 ……リュウジは、交渉が上手ですね。(でも、サーシャを泣かせたのは、リュウジのような……。いえ、げふん、げふん。なんでもありません)




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