ほしのくさり

第31話  行為の、本当の名前-02





 気付いた事実が、身の内から、甘い痺れを引き出す。
 「ああっ!」
 ハルシャは、叫んでいた。
 口を覆っていたはずの手が浮き、胸元で動くジェイ・ゼルに髪に触れる。
 彼の髪の手触りを感じながら、唇を噛み締める。
 ジェイ・ゼルの手と口が与える刺激が、耐えがたいほどに高まってくる。
 下腹部が、熱い。
 腰が、我知らずに揺れる。
「ハルシャ」
 ジェイ・ゼルが呟きながら、髪に伸ばされたハルシャの手を取り、自分の指先を託してくる。
 次は、どこを触って欲しい? と、無言で語り掛けるように。
 ハルシャは、目を開いて、ジェイ・ゼルを見た。
 彼は、真剣な眼差しで、見つめ返してくれる。
 荒い息を吐きながら、唇を噛み締めると、ハルシャはジェイ・ゼルの手を、自分の下腹部へと持って行った。
「いい子だ」
 ジェイ・ゼルが、視線をそらさないまま、呟く。
「素直な、いい子だ。ハルシャ。ここに欲しいんだね」
 ハルシャの手を離すと、見つめたまま、ジェイ・ゼルが、局部に触れた。
 瞬間、鋭くハルシャは声を放った。
 想像以上に、鋭敏な刺激が、脳を駆け抜ける。
「そっとしてくれ――ジェイ・ゼル。頼む」
 ハルシャは、涙がにじみそうになるのを、懸命にこらえながら、呟いた。
「おかしくなりそうだ」
 そよ風が触れるように、優しい手つきで、昂ぶりが捌かれる。
「恐いか?」
 ジェイ・ゼルの問いかけに、ハルシャはこくんとうなずく。
「そうか」
 手の動きが優しくなる。
「君が怯えないように、時間をかけて、しよう。ハルシャ」
 言葉を呟いてから、彼は、動いた。
 どこにもジェイ・ゼルの手が触れない時間が訪れた。
 すうっと、冷たい風が身の上を駆け抜けたような感覚が広がった。
 あれほど拒み続けていた行為が、彼を受け入れた今、甘美なものへと変じた。
 自分で、自分の変化が恐かった。
 どこに流されていくのか、ハルシャは不安でならなかった。
 未知のことに対して、意外と自分は耐性がないのだと、知る。
 こんなことでは、宇宙飛行士になっても、パニックになってしまうのが、おちだったかもしれない。
 宇宙は常に――未知の領域に満ちている。

 びくっと、ハルシャは、身を震わせた。
 温かなものが、ハルシャの局所を包んでいる。
 眼差しを向けると、ジェイ・ゼルがハルシャの昂ぶりの頂を口に含み、ゆっくりと舌で転がしていた。
 優しい動きだった。
 自分を追い詰める様な性急さが微塵もなく、ゆったりと、舌先が亀頭の形をなぞっていく。
 舌のざらつきが刺激を与えるだけで、痛みも何もなかった。
 ハルシャが、身の緊張を解いたことを感じたのだろう。
 小さくジェイ・ゼルが微笑み、静かに作業を開始した。
 彼は決して、焦っていなかった。
 子どもが、大好きなキャンディーがなくなってしまうのを惜しみ、大切に口の中で転がすように、ジェイ・ゼルは、ハルシャを舐めていく。
 優しい動きの中で、ハルシャは自分がじんわりと押し上げられていくのを感じた。
 息が、荒くなっていく。
 横たわり、頬を赤らめながらハルシャは、ジェイ・ゼルが自分を口に含んでいる姿を見つめる。
 ジェイ・ゼルも自分を見ていた。
 眼差しを触れ合わせたまま、無言で互いを感じる。
 ジェイ・ゼルが一瞬強く、先を吸った。
 びくっと、体が揺れる。
 小さく、彼は笑った。
 笑みを消し、見守りながら、再び舌を這わせる。
 これまで何度も自分もジェイ・ゼルのものを口に含んできた。同じ姿勢で口に含み続けるのは、顎に負担がかかると、ハルシャは知っている。
 だから、ハルシャは、なるべく短時間でジェイ・ゼルを絶頂に持って行こうと、激しい動きで彼を駆り立てた。
 なのに――
 ジェイ・ゼルは、顎のくたびれも気にせずに、ハルシャが望む通りに、柔らかく舌を這わしてくれている。
 彼の姿に、きゅんと、身の内が締まるような感覚が、内に走った。
「大きくなったよ、ハルシャ」
 口を離して、ジェイ・ゼルが呟く。
「素直に反応してくれる。いい子だ、ハルシャ」
 少し、舌の刺激が強くなる。
 ハルシャは、唇を噛み締めて、彼の刺激に耐えた。
 ぞわぞわと、身の内が熱くなっていく。
 彼がいつも大切に扱ってくれる場所が、熱を帯びだした。
 そんな、ばかな。
 と、ハルシャは自分自身の身体の変化に、心がついて行かなかった。
 だが。
 後孔が、求めていた。
 ジェイ・ゼルを。
 彼の形を――

 そんな、ばかな。

 ハルシャは、心の中に、叱責に近い言葉をもらす。
 あさましく、彼を求めるなど、どうかしている。
 今まで、感じたことなどなかったというのに。
 彼に勝手に蹂躙されていたはずなのに――
 どうして、こんなにも甘く切なく、身の内に感覚が湧き上がってくるのだろう。
 
 挿れて欲しい。

 微かな囁きが、ハルシャの中に、生まれてくる。
 即座に、否定する。
 彼は、ハルシャが望まなければ、それ以上の行為はしないと、約束してくれた。
 願わなければ、ジェイ・ゼルは、自分に挿れない。
 あれほど嫌っていたはずの行為を――ただ、借金返済のためだけの作業を、自分は、ジェイ・ゼルに自ら求めるのか?
 そこまで、明け渡しても良いのか。
 葛藤が、ハルシャの中で渦巻く。
 これまで五年間、自分が貫いてきた生き方とは、あまりに違う欲望に、心が乱れはじめた。
 苦悶に眉を寄せるハルシャの額の髪が、さらっと撫でられた。
 はっと、目を開けると、そこに、ジェイ・ゼルがいた。
 彼は上から、ハルシャをのぞき込んでいた。
「どうした、ハルシャ」
 変化に敏感に気付いてくれたらしい。
 髪が、撫でられる。
「嫌か?」

 問いかける言葉が、震えていた。
 不安だ、と呟いた言葉が蘇る。
 ああ、そうか。
 ジェイ・ゼルも不安なのだ。
 自分と同じ――
 互いの思いが解らずに、手探りで、進んでいるのだ。
 迷いと苦悩を、ジェイ・ゼルがさらしてくれている。
 弱さを抱えた、一人の人間として――ハルシャに、向き合ってくれている。
 良いのだ、迷っても、不安でも。
 完成されていなくても、醜くても。
 それが、自分であり、それが、ジェイ・ゼルなのだ。
 良いのだ。
 これで――
 ハルシャは、自分の心だけを見つめた。
 全てを捨てる。
 ヴィンドースの家名も、借金のかたに行為を行っている屈辱も。
 過去も未来も全てを捨てて――
 この一瞬、同じ時を過ごす、ジェイ・ゼルのことだけを、思う。

 彼は自分を――私のハルシャと、呼んだ。



 のぞき込むジェイ・ゼルに、ハルシャは、手を延ばした。
 彼の背中に腕を回し、自分に引き寄せる。
 ジェイ・ゼルの背は、わずかに汗ばんでいた。
 ぎゅっと抱きしめてから、呟く。

「挿れてくれ、ジェイ・ゼル」

 彼が身を強張らすのが、わかった。
 勇気を、振り絞る。
 彼が教えてくれたのだ。
 この行為の本当の名前を。
 愛し合う、と――言うのだと。

 ハルシャは、羞恥に身を赤く染めながら、ただ、自分の中から、言葉を掘り起こして、続ける。

「あんたを、感じさせてくれ」








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