気付いた事実が、身の内から、甘い痺れを引き出す。
「ああっ!」
ハルシャは、叫んでいた。
口を覆っていたはずの手が浮き、胸元で動くジェイ・ゼルに髪に触れる。
彼の髪の手触りを感じながら、唇を噛み締める。
ジェイ・ゼルの手と口が与える刺激が、耐えがたいほどに高まってくる。
下腹部が、熱い。
腰が、我知らずに揺れる。
「ハルシャ」
ジェイ・ゼルが呟きながら、髪に伸ばされたハルシャの手を取り、自分の指先を託してくる。
次は、どこを触って欲しい? と、無言で語り掛けるように。
ハルシャは、目を開いて、ジェイ・ゼルを見た。
彼は、真剣な眼差しで、見つめ返してくれる。
荒い息を吐きながら、唇を噛み締めると、ハルシャはジェイ・ゼルの手を、自分の下腹部へと持って行った。
「いい子だ」
ジェイ・ゼルが、視線をそらさないまま、呟く。
「素直な、いい子だ。ハルシャ。ここに欲しいんだね」
ハルシャの手を離すと、見つめたまま、ジェイ・ゼルが、局部に触れた。
瞬間、鋭くハルシャは声を放った。
想像以上に、鋭敏な刺激が、脳を駆け抜ける。
「そっとしてくれ――ジェイ・ゼル。頼む」
ハルシャは、涙がにじみそうになるのを、懸命にこらえながら、呟いた。
「おかしくなりそうだ」
そよ風が触れるように、優しい手つきで、昂ぶりが捌かれる。
「恐いか?」
ジェイ・ゼルの問いかけに、ハルシャはこくんとうなずく。
「そうか」
手の動きが優しくなる。
「君が怯えないように、時間をかけて、しよう。ハルシャ」
言葉を呟いてから、彼は、動いた。
どこにもジェイ・ゼルの手が触れない時間が訪れた。
すうっと、冷たい風が身の上を駆け抜けたような感覚が広がった。
あれほど拒み続けていた行為が、彼を受け入れた今、甘美なものへと変じた。
自分で、自分の変化が恐かった。
どこに流されていくのか、ハルシャは不安でならなかった。
未知のことに対して、意外と自分は耐性がないのだと、知る。
こんなことでは、宇宙飛行士になっても、パニックになってしまうのが、おちだったかもしれない。
宇宙は常に――未知の領域に満ちている。
びくっと、ハルシャは、身を震わせた。
温かなものが、ハルシャの局所を包んでいる。
眼差しを向けると、ジェイ・ゼルがハルシャの昂ぶりの頂を口に含み、ゆっくりと舌で転がしていた。
優しい動きだった。
自分を追い詰める様な性急さが微塵もなく、ゆったりと、舌先が亀頭の形をなぞっていく。
舌のざらつきが刺激を与えるだけで、痛みも何もなかった。
ハルシャが、身の緊張を解いたことを感じたのだろう。
小さくジェイ・ゼルが微笑み、静かに作業を開始した。
彼は決して、焦っていなかった。
子どもが、大好きなキャンディーがなくなってしまうのを惜しみ、大切に口の中で転がすように、ジェイ・ゼルは、ハルシャを舐めていく。
優しい動きの中で、ハルシャは自分がじんわりと押し上げられていくのを感じた。
息が、荒くなっていく。
横たわり、頬を赤らめながらハルシャは、ジェイ・ゼルが自分を口に含んでいる姿を見つめる。
ジェイ・ゼルも自分を見ていた。
眼差しを触れ合わせたまま、無言で互いを感じる。
ジェイ・ゼルが一瞬強く、先を吸った。
びくっと、体が揺れる。
小さく、彼は笑った。
笑みを消し、見守りながら、再び舌を這わせる。
これまで何度も自分もジェイ・ゼルのものを口に含んできた。同じ姿勢で口に含み続けるのは、顎に負担がかかると、ハルシャは知っている。
だから、ハルシャは、なるべく短時間でジェイ・ゼルを絶頂に持って行こうと、激しい動きで彼を駆り立てた。
なのに――
ジェイ・ゼルは、顎のくたびれも気にせずに、ハルシャが望む通りに、柔らかく舌を這わしてくれている。
彼の姿に、きゅんと、身の内が締まるような感覚が、内に走った。
「大きくなったよ、ハルシャ」
口を離して、ジェイ・ゼルが呟く。
「素直に反応してくれる。いい子だ、ハルシャ」
少し、舌の刺激が強くなる。
ハルシャは、唇を噛み締めて、彼の刺激に耐えた。
ぞわぞわと、身の内が熱くなっていく。
彼がいつも大切に扱ってくれる場所が、熱を帯びだした。
そんな、ばかな。
と、ハルシャは自分自身の身体の変化に、心がついて行かなかった。
だが。
後孔が、求めていた。
ジェイ・ゼルを。
彼の形を――
そんな、ばかな。
ハルシャは、心の中に、叱責に近い言葉をもらす。
あさましく、彼を求めるなど、どうかしている。
今まで、感じたことなどなかったというのに。
彼に勝手に蹂躙されていたはずなのに――
どうして、こんなにも甘く切なく、身の内に感覚が湧き上がってくるのだろう。
挿れて欲しい。
微かな囁きが、ハルシャの中に、生まれてくる。
即座に、否定する。
彼は、ハルシャが望まなければ、それ以上の行為はしないと、約束してくれた。
願わなければ、ジェイ・ゼルは、自分に挿れない。
あれほど嫌っていたはずの行為を――ただ、借金返済のためだけの作業を、自分は、ジェイ・ゼルに自ら求めるのか?
そこまで、明け渡しても良いのか。
葛藤が、ハルシャの中で渦巻く。
これまで五年間、自分が貫いてきた生き方とは、あまりに違う欲望に、心が乱れはじめた。
苦悶に眉を寄せるハルシャの額の髪が、さらっと撫でられた。
はっと、目を開けると、そこに、ジェイ・ゼルがいた。
彼は上から、ハルシャをのぞき込んでいた。
「どうした、ハルシャ」
変化に敏感に気付いてくれたらしい。
髪が、撫でられる。
「嫌か?」
問いかける言葉が、震えていた。
不安だ、と呟いた言葉が蘇る。
ああ、そうか。
ジェイ・ゼルも不安なのだ。
自分と同じ――
互いの思いが解らずに、手探りで、進んでいるのだ。
迷いと苦悩を、ジェイ・ゼルがさらしてくれている。
弱さを抱えた、一人の人間として――ハルシャに、向き合ってくれている。
良いのだ、迷っても、不安でも。
完成されていなくても、醜くても。
それが、自分であり、それが、ジェイ・ゼルなのだ。
良いのだ。
これで――
ハルシャは、自分の心だけを見つめた。
全てを捨てる。
ヴィンドースの家名も、借金のかたに行為を行っている屈辱も。
過去も未来も全てを捨てて――
この一瞬、同じ時を過ごす、ジェイ・ゼルのことだけを、思う。
彼は自分を――私のハルシャと、呼んだ。
のぞき込むジェイ・ゼルに、ハルシャは、手を延ばした。
彼の背中に腕を回し、自分に引き寄せる。
ジェイ・ゼルの背は、わずかに汗ばんでいた。
ぎゅっと抱きしめてから、呟く。
「挿れてくれ、ジェイ・ゼル」
彼が身を強張らすのが、わかった。
勇気を、振り絞る。
彼が教えてくれたのだ。
この行為の本当の名前を。
愛し合う、と――言うのだと。
ハルシャは、羞恥に身を赤く染めながら、ただ、自分の中から、言葉を掘り起こして、続ける。
「あんたを、感じさせてくれ」