ほしのくさり

第3話  アルデバランの輝く天




※軽いスカ表現入ります。苦手な方は、ご注意ください(医療的な感じです)

 ハルシャは、ゆっくりとベッドから身を起こし、高さのあるベッドの端に腰を下ろす形になる。
 ジェイ・ゼルを見上げてから、立ち上がると、彼の側に近寄った。
 前で膝立ちになると、彼の下ばきに触れてベルトを緩める。
 下ろすと、半立ちになったジェイ・ゼルのものが、服の中から現れた。
 何のためらいもなく、ハルシャは、ジェイ・ゼルを口に含んだ。
 くっと、微かな呻きがジェイ・ゼルの口から漏れる。
 ハルシャは無視した。
 五年間かけて仕込まれたままに、彼のまだ柔らかなものに丁寧に舌を這わせる。
 ぐっと太さが増した。
 ジェイ・ゼルは、手を使わずに、口だけで奉仕されるのが好きだった。
 快楽を与える道具はさまざまにあるのに、彼は原始的な方法にこだわった。
 次第に形を変えるジェイ・ゼルを、丹念にハルシャは舌で舐め上げる。
 ハルシャは職人気質だった。仕事と割り切っているこの作業を、完璧にこなすことに執念を燃やす。たとえ心では忌避していても、為さねばならないことならば、心を込めてする。
 それが、ヴィンドース家の長子として生まれてきた自分の務めだった。

 はっと、ジェイ・ゼルが息を吐く。
 彼の右手が、ハルシャの汗の滲んだ髪に差し入れられる。
 愛撫するように、手がハルシャの赤毛をまさぐっている。
 カリが形を帯びてきた。皮の間に舌を差し入れるようにして、ハルシャは舌を這わせた。
 先端に舌を絡めた時、ぐっと、ジェイ・ゼルの全身が震える。
 様子を見るようにハルシャは視線を上げる。
 上の服をまとい局部だけを出した状態のジェイ・ゼルが、ハルシャを見下ろしていた。
 
 一瞬、視線が出会う。

 冷酷な表情しか浮かべない彼の頬が、かすかに赤みを帯びている。黒い髪に縁どられた彼が、細めた目でハルシャを見る。
 灰色の瞳が、心の底をのぞくように、ひたと自分に据えられていた。

 目を逸らすのは、敗北するような気がした。
 だから、ハルシャは視線を合わせたまま、舌を這わせ続ける。
 十分大きくなってきたものを、今度は口を筒状にして、ゆっくりと、出し入れをする。
 ぐっと、ジェイ・ゼルの眉が寄せられた。

 喉の奥に当たると、食べたばかりのハルシャは、嘔吐感が湧き上がってくるのが拭えない。
 だが、自分の身体の状態を無視して、ハルシャはただ視線を合わせたまま、口淫を続ける。
 ジェイ・ゼルの左の手も動き、ハルシャの頭は、彼の両手に包まれていた。
 出し入れをする口元を見つめながら、ジェイ・ゼルの息が荒くなる。
「ハルシャ……」
 吐息のように、彼がハルシャの名を呼ぶ。
 もう、そろそろ、達するのだろう。
 判断したハルシャは、動きを早める。
 駆り立てるように、口の中を往復させる。手を延ばし、彼の股間にある袋に軽く触れた。
 それだけで、びくっと、ジェイ・ゼルの体が震える。
 口の抽挿を繰り返しながら、ハルシャは会陰へと指を這わせ、そこを刺激する。
「ハルシャ」
 切羽詰まった声で、ジェイ・ゼルが呟く。
 触れていた彼の両手が、不意にきつくハルシャの頭を掴み、耐えきれなくなったように、激しく前後に動かしだした。
 腰がハルシャの口に打ち付けられる。
 歯を立てないようにハルシャは懸命に配慮をし、彼の動きに身を任せる。
 あっ!
 と、紛れもない快楽の叫びを漏らした瞬間、ハルシャの喉に向けて、熱いものが放たれた。
 苦しみに眉を寄せながら、ハルシャはそれを飲み込んだ。
 飲むことを強制され続けた五年の間に、ハルシャは何とか、苦痛が少なく飲む術を覚えていた。
 塊のまま、喉に押し込むのだ。舌の上に乗せてはならない。
 ジェイ・ゼルが身を震わせながら、数度に分けて、熱いものが口中にほとばしる。
 生臭さに辟易しながらも、それをすべて飲み下した。

 手が緩み、荒い息遣いのまま、ジェイ・ゼルがハルシャを見下ろす。
 ずるりと、ハルシャの口から、柔らかくなったものが、引き出される。やっと顎を閉じることが出来る。
 ハルシャは膝立ちになったまま、彼を見上げた。
 頭に触れていた手が、頬に動く。
 両手で頬を掴むと、ゆっくりと、ジェイ・ゼルが膝を緩め、ハルシャに顔を寄せた。
 目を開けたまま、彼はハルシャに唇を近づける。
 触れるか触れないかのギリギリの距離で、ジェイ・ゼルがじっとハルシャを見つめる。
 灰色の瞳の中に、精を飲んだ後の自分の顔が映っていた。
 ふっと目を細めた次の瞬間、口が、覆われていた。
 彼自身の白濁した液を含んだ唾液を、ジェイ・ゼルが吸う。
 ハルシャは、逆らわなかった。

 唇を重ねながら、視線で彼を探る。
 行為はハルシャにとって、作業と同じだった。作製の手順と出来栄えを推し量る目で、ジェイ・ゼルを見つめる。
 彼は、満足しているようだった。
 床に膝をつき、ジェイ・ゼルは長くハルシャと唇を合わせていた。
 彼の目が閉じられる。
 ハルシャは閉じなかった。次にどう彼が出るのかを、考え続ける。
 恐らく彼は、命ずるだろう。ハルシャが取るべき行動を。
 ゆっくりと、口が離れた。
 まだ両手でハルシャの顔を包んだまま、彼はわずかに離した唇で呟く。
「服を脱げ、ハルシャ」

 ハルシャはするっと、彼の手を抜け出して、立ち上がった。
 そのまま、何のためらいもなく、服を脱ぐ。

 今年二十歳になるハルシャの体は、無駄な贅肉が一片もない、引き締まった労働者のものだった。
 脱ぎ捨てた服が、足元に積み重なる。
 それを見つめながら、ジェイ・ゼルがゆっくりと立ち上がった。
 裸体をさらして、ハルシャは真っ直ぐにジェイ・ゼルに向き合った。

 無言で彼を見る。
 ご要望通り、脱いだぞ、という視線を、送る。

 わずかに、ジェイ・ゼルは表情を緩めた。
「美しいな――ハルシャ」
 賞賛を隠しもせずに呟き、ジェイ・ゼルがハルシャの頬に、再び触れる。
「炎の獅子のようだ」
 顔を寄せて、再び唇を覆う。
 赤い髪を、片方の手で梳く。
 少し身長差があるために、ハルシャは上を向かされて、深く唇を合わせていた。
 舌が、ハルシャの口中に忍び込んでくる。
 ハルシャは同じように舌を絡ませながら、耐えた。
 髪に触れていた手が、背中をかすめながら滑り落ちていく。ハルシャの背面、二つのふくらみを、ゆっくりと撫でる。
 指が、後孔に触れる。
 ハルシャは、身を動かさなかった。
 与えられる刺激に、決して反応しないこと。それが、この五年間ハルシャが自分に課してきたことだった。
 どんな痛みにも、屈辱的な行為にも、反応してはならない。
 言われたことを、淡々とこなすこと。
 これは、単なる作業だった。
 唇が、ハルシャから離れた。
「汗の匂いがするな」
 耳元で、ジェイ・ゼルが呟く。
「君の汗は、麦藁のような香りだ」


 頬を手が離れ、後頭部に滑っていく。
 包まれるように、身を合わす。
 身を、ぴたりと自分に引き寄せて、ジェイ・ゼルが、ハルシャの後部を探る。
 ハルシャの顔が、ジェイ・ゼルの左の肩に寄せられる。頬が再び髪に触れる。
 両腕をだらりと脇に垂らしたまま、ハルシャはジェイ・ゼルの好きなようにさせていた。
「急な呼び出しだから、何の準備もしていないんだね、ハルシャ」
 慰撫するように後頭部を撫でながら、ジェイ・ゼルが呟く。
「私を受け入れる準備も、何も」
 屈辱を表に表さないように、ハルシャは
「そうだ」 
 と、短く答えた。
 鼻先で笑われる。
「なら」
 身を離しながら、ジェイ・ゼルが呟く。
「準備をしなくてはならないな、ハルシャ」


 *


 ハルシャの行動を想定してか、ジェイ・ゼルは、原始的な腸内の洗浄道具を部屋に用意をさせていた。
 極めて原始的で、粗野な方法。
 体温と同じ温度の洗浄液が、幾度もハルシャの腸内に針のない注射器のようなもので、押し込まれた。
 バスルームで排泄する様子まで、ジェイ・ゼルは、楽しげに見守っている。
 排泄物を丹念に、彼はチェックをする。
 それが透明になるまで、彼は執拗にハルシャの体内に液を入れ続けた。
 シンガロン星製の、腸内の不要物を食する寄生生物を、体内に飼うことを、ハルシャは真剣に考え始めた。長期の航海をする宇宙飛行士の中には、わざわざ寄生させていると聞いたことがある。排泄物を一切出さなくてよくなるのだ。
 だが、腸内の内容物が減ると、今度は腸壁を喰い散らかすようになるため、コントロールが難しいらしい。それでも、ジェイ・ゼルの前で、幾度も排泄させられることに比べれば、どうということもないような気がした。

「きれいになったな」
 満足げに、彼が呟く。
「これで、私を受け入れる準備が出来た訳だ」

 ハルシャは、ジェイ・ゼルのものが排泄物まみれになろうが、どうしようが、どうでも良かったが、彼はそうはいなかないらしい。
 ハルシャは感情の一切を封印して、彼の要望をただ、受け入れ続けた。

「体内がきれいになったら、外側もきれいにしよう。この最上階のバスにはね、ハルシャ。本物のお湯が入った湯船を用意させてあるんだ」
 とっておきのプレゼントをさらすように、彼は言った。
 ハルシャには、どうでも良かった。
 最後、腹に力を入れて全てを出し尽くすと、静かに立ち上がり、奥の風呂場へと向かう。嬉しそうに、ジェイ・ゼルが案内する。

 風呂場は、部屋のように広かった。
 高級な水がふんだんに入っている浴槽の前で、ジェイ・ゼルは手ずからハルシャの身体を洗った。
 いつも宝物のように、ジェイ・ゼルは自分の手でハルシャを洗うのが常だった。
 身を流し、ジェイ・ゼルと風呂に入る
 ジェイ・ゼルはハルシャの背を後ろから抱きかかえるようにして、湯船に浸かっていた。
 この水があれば――どれだけの下層の者たちの喉の渇きが凌げるのだろう、と、ハルシャは虚ろな目で考えていた。
 わずかの水を求める者たちのことを、ジェイ・ゼルは考えたことがあるのだろうか。
 ふっと、ハルシャは笑った。
 いや。
 五年前の自分も、やはり、こんな風だった。
 下層の者たちのことなど、何も考えていなかった。自分が選ばれた裕福な一握りの人間であることすら、気付いても居なかった。

「どうした」
 湯の中でハルシャの身を腕で包みながら、ジェイ・ゼルが呟いた。
「何がおかしいんだ、ハルシャ」
 ハルシャは、答えなかった。
 湛えていた笑みを消す。
 準備の段階で、随分時間が取られていた。焦りに近い気持ちが湧き上がってくる。早く次の作業に取り掛からないと、夜明けになってしまう。
 ハルシャは、身を離すと、風呂から立ち上がった。
 湯が、音を立てて揺らぐ。
「もう、準備は出来た」
 湯船から上がりながら、ハルシャは呟く。
「始めよう」
 ハルシャの動きを感知して、すぐさま温風が吹き付け、身を乾かす。
 ごおっという音の中に
「そうだな」
 と、静かなジェイ・ゼルの声が響いた。

 彼が、湯から上がる音がする。
 ハルシャは振り向かなかった。
 水音をさせながら、彼が背後から近づく。
 彼の動きに合わせて、温風が吹き付ける。音が迫り、濡れた腕が、後ろからハルシャを抱きしめた。
 乾いたはずの背中が、寄せられたジェイ・ゼルの体で再び濡れる。
 無言で彼が、ハルシャの耳元に頬を寄せてきた。
 温かな風の圧が、裸体の二人をやんわりと覆う。
 ジェイ・ゼルの腕が動き、ハルシャの頬に触れた。
 ゆっくりと押され、傾けた顔に、ジェイ・ゼルの口が迫る。
 振り向く形で固められた首の形のまま、彼がハルシャの唇を覆った。
 目は閉じられていなかった。
 灰色の瞳が、ハルシャを見つめる。
 短い時間で、唇が離された。
 距離が遠くなりながら、呟きが漏れる。
「始めようか、ハルシャ」

 腕を解くと、不意に手首をつかみ、ジェイ・ゼルが荒々しく動く。
 そのままベッドへと引きずられ、来た時と同じように、強い力で、その上に身を投げ出された。
 背中で受け身を取り、ハルシャは身を庇った。
 息を吐く暇もなく、横たわるハルシャに、ジェイ・ゼルが覆いかぶさり、手首を抑えつけたまま、唇を合わせる。
 しばらく口の中を探っていたジェイ・ゼルはゆっくりと身を起こすようにして、唇を離した。
 上から、ハルシャをのぞき込む。
 何の感慨も籠らない目で、ハルシャは彼を見返す。
 かすかに、目を細めてから、彼は動いた。
 両手をベッドに押し付けられているため、無防備に開かれている胸の上に、彼は唇を寄せる。
 尖った頂に、唇が触れた。
 ハルシャは、天井へ目を向けた。
 彼の舌先が右の乳首の形をなぞる。
 その感覚にわずかに眉を寄せただけで、ハルシャは透明な天井の向こうに広がる、星々を見つめた。
 見知った星の輝きを見つけ、ハルシャは表情をわずかに動かした。

 アルデバランだ。
 雄牛の目。
 美しい、燃える巨大な赤の星。

 一心にハルシャの体を貪るジェイ・ゼルから意識を遊離させながら、ハルシャは美しい星を見つめる。

 星の間を旅することを、ひたむきに夢を見ていた。
 誰も知らない星を発見し、名前を付ける。そして、そこへ新しい都市を作る。
 少年が夢見ることを、ハルシャも将来の夢にしていた。
 それが、砕け散ったのは、五年前。

 両親の事故死と共に、この男が、自分の前に立ってからだった――。





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