彼の灰色の瞳が、ハルシャを中に映す。
口に出せない想いが、胸を焼く。
ひきつったような呼吸を、ハルシャは繰り返す。
ぴくっと、ジェイ・ゼルの眉が動いた。
「これなんだがね」
上機嫌で、紫色の球体を手に、ギランジュが戻ってくる。
「惑星アマンダで、今一番人気のものだ」
弾んだ声を聞いても、ハルシャは顔をジェイ・ゼルから動かさなかった。ハルシャを気にしながら、彼は視線を横の男に向ける。
「惑星アマンダで?」
彼が口にした場所は、快楽惑星として名高い星だった。惑星中が快楽を追求する産業を営み、銀河帝国に名高い、性産業の一大拠点。日夜巨額の金が、欲望を満たそうとする人々によって、惑星アマンダに振り落とされる。
惑星の名を冠する最高位の娼婦『アマンダの美女』は、一年間分の給料の値段で一晩の相手をする。
そこでの性技は、もはや芸術とまで言われていた。
その惑星アマンダで作られたものを、ギランジュは手にしていた。
笑いを含んだ声で、ギランジュが答える。
「ああ、天国へ連れて行ってくれる、惑星アマンダの秘薬だよ」
ギランジュが目を細めて、呟く。
「媚薬だ」
笑みをたたえた目のまま、ギランジュは言葉を続ける。
「君の忍耐には敬服するがね、ジェイ・ゼル。躾のなっていない犬には、然るべき手を打たなくてはならないよ。
一度快楽を覚えさせれば、すぐにこちらの思い通りになる」
ハルシャは横たわったまま、ゆっくりと、視線をギランジュへ向ける。
気づいたように、ギランジュがハルシャを見る。
その眼が弓なりになった。
「ハルシャが驚いているところを見ると、まだ、使ったことはないのかな、ジェイ・ゼル」
ふふと、口元を歪めながら、ハルシャに見せつけるように、彼は紫の球体から、透明な液を絞り出し、手に乗せ始めた。
鼻歌交じりに、彼が言う。
「実利的な君らしくないね――わざわざ、遠回りすることはない。安心しろ。こいつには、習慣性はない。粘膜を通じて吸収されて、数時間だけ、天国へ連れて行ってくれるだけだ」
ギランジュが、ジェイ・ゼルへ視線を向ける。
「あんたも、後で効果を自分で試してみるがいい。俺は毎回、楽しませてもらっている。両方とも、天国に行ける。この硬い体も、きっと抱きやすくなるぞ」
ギランジュが微笑みながら言う。
「まさに天国だよ、ジェイ・ゼル」
ああ。
自分はそうやって、強制的に高められるのだ。
心など、置き去りにして。
これが、彼の望んだことなのだ。
今まで、一度もジェイ・ゼルは自分に薬品的なものを使ったことがなかった。
借金のかたに抱くには、不必要だと考えていたのかもしれない。
その彼に、ギランジュが方策を授けようとしている。
ハルシャは、諦念が身の内に広がるのを感じた。
言葉を、心に呟く。
大丈夫だ。永遠には続かない。いつかは終わる。
これは作業だ。借金返済のための、必要不可欠な、作業。
仕方がない。
ジェイ・ゼルが、それを望んだ。
内に言い聞かせながらも、ハルシャは屈辱に歯を食い縛る。
自分は、ジェイ・ゼルの、性欲処理のための、ただの道具だ。
彼の望み通りにする選択肢しか、ない。
どんなに大切に扱ってくれているように見えても――ジェイ・ゼルの中では、自分は所詮、道具にすぎなかったのだ。ハルシャの心など無いに等しい。必要なのは、この身体だけだ。
彼の求める快楽を与えるだけの、道具。
身の程を、思い知らされる。
「ハルシャ・ヴィンドース」
ギランジュの静かな声が聞こえる。
まるで愛玩犬を呼ぶように、彼は自分の名前を口にした。
「きちんと覚えるんだ――これからすることを。今後、ご主人様を、喜ばせることが、出来るようにな」
熱でねっとりと湿りを帯びた声が、ハルシャの耳に響く。
ハルシャは、視線をジェイ・ゼルへ向けた。
彼は、ギランジュを見ていた。
ギランジュが企みを含んだ笑みを、ジェイ・ゼルへ向ける。
「こいつを使えば、手に合わない犬でもすぐに躾が出来る。安心しろ。俺は躾が上手いんだ、ジェイ・ゼル。すぐに快楽に鳴かせてみせる」
手の平に乗せたどろりとした液体を示して、ギランジュが動く。
ハルシャは、目を閉じた。
快楽に反応する体――それが、ジェイ・ゼルの望みなのだ。
ハルシャは身を強張らせたまま、液体が自分に塗られる時を、待つ。
内側に、心臓の音が聞こえる。
いっそ。
止まってくれ、この心臓など。
ハルシャは瞬間考えた。
玩具のように、ただ身を弄ばれるのなら――命など、ないほうがいい。
だが。
そんなことは出来ない。自分が死ねば――この屈辱が、サーシャの肩に、移し替えられる。
サーシャが、ジェイ・ゼルによって行為を強制させられる未来に、ハルシャは血が流れるほど、きつく唇を食い縛った。
出来ない。
サーシャを傷つけることなど、出来ない。
それなら、自分が――
どんな屈辱にも、耐えるしかない。
苦い思いに身を焼きながら、ハルシャは待った。
だが、いくら経っても、液体は身に落ちてこない。
どうしてだろう。
静寂の中、疑問を抱きながら、ハルシャは目をそっと開いた。
横たわった低い視界に、向き合うギランジュとジェイ・ゼルの姿が映った。
ギランジュが、驚いたように、ジェイ・ゼルを見ている。
ジェイ・ゼルは――ギランジュの手首を固くつかんで、ゆっくりとハルシャから引き離していた。
驚きに固まったギランジュに向けて、ジェイ・ゼルの静かな声が響いた。
「――止めろ、ギランジュ」