ほしのくさり

第24話  下された命令




 



 どうして、彼がここに居るんだ。
 ハルシャは信じられない思いで、ゆったりとした服をまとう、惑星サングラの商人を見つめた。

 駆動機関部の検品の時とは違い、随分砕けた格好で彼は入り口に立っている。
 髪も撫でつけられていず、私服らしいふわりとした服を着ている。
 彼の眼は、惑星アグランの巨大肉食獣のように、ぎらついた様子で、ハルシャへ向けられていた。
 ぞわっと、ハルシャは総毛立つ。
 ハルシャは、なぜ、ジェイ・ゼルが彼を招いたのか、意図を掴みあぐねていた。
 
「時間ちょうどだ。入ってくれ、ギランジュ」
 ジェイ・ゼルは、事態を良く把握しているようだ。
 ハルシャの時は椅子から立たなかったのに、仕事の取引先の彼に敬意を表してか、ジェイ・ゼルが椅子を引き、立つ。
 しぶしぶ、ハルシャも彼の動きに従った。
 ギランジュ・ロアは、ジェイ・ゼルの仕事相手だ。
 ジェイ・ゼルに恥をかかせるわけには行かなった。
 彼は、弾む足取りで、二人の元へ来る。

「ハルシャ。彼は知っているね、ギランジュ・ロアだ。惑星サングラで、宇宙船の組み立て販売を行っている」
 まるで仕事の会合であるように、ジェイ・ゼルがハルシャを、ギランジュに紹介する。
「ギランジュ、ハルシャ・ヴィンドースだ。優秀な製作者だよ」
 
 もしかして、この前の駆動機関部のことで、何か話があるのだろうか。
 と、ハルシャが思った途端、嫌な響きを帯びた笑いが、ギランジュの口からあふれた。

「随分、毛並みの良いのを、飼っているんだな。ジェイ・ゼル」
 言い方に、ハルシャは、かっと血が湧き上がりそうになった。
 なんだ、この男は。ほぼ初対面でありながら、無遠慮にもほどがある。
 ハルシャの憤りなど気付かずに、彼はにやにやと笑いながら続けた。

「お前も隅に置けないな、ジェイ・ゼル。ヴィンドース家の直系を飼っているなんてな。囲い込んで、誰にも触らせていないそうじゃないか――手中の珠というわけか?」
 ギランジュが細めた眼で、ハルシャを上から下まで、舐めるように見る。
「――工場長に、こいつを渡せといったら、ジェイ・ゼル様にご許可を頂かなくてはなりませんと、体よく断られかけた。これほどの血統のものだ、誰にも渡したくないのは、当然か」

 かっと、ハルシャの顔が赤く燃える。
 ヴィンドース家の直系であることを知られたことも、借金のかたにジェイ・ゼルに抱かれていることも、彼は知っている。
 その上で、まるで愛玩犬のように、自分を罵る。

 解っている。
 これは、自分が背負っていく刻印《スティグマ》だ。
 深く刻み付けられて、一生消えることのない、屈辱の烙印。

「言葉に気を付けてくれないか、ギランジュ」
 静かなジェイ・ゼルの声が響く。
「君は、ハルシャを侮辱している」

 ハルシャは、横目でジェイ・ゼルを見た。
 今、彼は庇ってくれたのか?
 まさか。

 ハルシャは、これから何が起こるのか、薄々感じながらも、必死に否定しようとしていた。
 まさか。
 そんなはずはない。
 ジェイ・ゼルは最初に、彼以外は相手をしなくても良いと、ハルシャに言ったはずだ。
 乱暴な客も、特殊嗜好の客も――
 ただ、彼に抱かれるだけでいいと。
 彼は約束してくれた。

 だが。
 彼の約束は、言葉が端折られている。
 先ほどのやり取りのように、ハルシャの勝手な思い込みを、ジェイ・ゼルは利用しているだけかもしれない。

「そう、恐い顔をするなよ、ジェイ・ゼル」
 おどけたように、彼は言う。
「約束通り、大事に扱うから、安心しろ」

 呟かれたギランジュの言葉に、ハルシャは、凍り付いた。
 密約が、ジェイ・ゼルとギランジュの間で、交わされている。

 自分は、ギランジュに抱かれるのだ。

 時間が止まった中で、ハルシャは悟る。
「ハルシャ」
 ジェイ・ゼルの声がする。
 ハルシャは、音がしそうなほどぎこちなく、顔をジェイ・ゼルに向けた。
 彼は優しく笑っていた。
「ギランジュは、君に快楽を与えてくれると約束した」
 ハルシャは、目を大きく見開いて、彼の言葉を浴びる。
「痛みも、与えないと、誓ってくれている」
 ハルシャの横で、ギランジュが大きくうなずいているのが、視界の端に入ってくる。
 やめてくれ。
 ハルシャは、叫びたかった。
 嘘だ、ジェイ・ゼル。
 嘘だと言ってくれ。
 全ての希望を打ち砕くように、ジェイ・ゼルが言う。
「ハルシャ。今日は、ギランジュの相手をしなさい」

 殺せ。

 ハルシャは、瞬間、激しい眼をジェイ・ゼルに向けた。

 殺してくれ、ジェイ・ゼル。
 物のように、他人に受け渡されるぐらいなら――
 俺を殺してくれ。

 ジェイ・ゼルが固まるハルシャを、なだめるように、言葉を続ける。
「どうした、ハルシャ。私が君を捨てるとでも思っているのか?」
 あやすように、ジェイ・ゼルが首を振る。
「そうじゃないよ、ハルシャ。君に快楽を与えたいだけだ――何も心配しなくていい」
 
 私では、君に快楽を、与えられないからね。

 そんなジェイ・ゼルの呟きが、聞こえたような気がした。
 違う。
 俺が、自分で感覚を閉ざしていただけだ。
 快楽を感じたくなかったから――
 今、その愚かな行為のつけを、自分は支払わされている。
 ハルシャは、静かに内に呟いた。
 五年間、彼に与えた苦しみの代償を、自分は今、受け取っているのだ。
 ハルシャが行為に反応しないのは、ジェイ・ゼルが相手だからと、彼は五年をかけて結論を出した。
 そして――
 ハルシャの反応を導き出すために、他の者の手を借りることを、決断した。
 そういうことだ。
 どこかで、自分はジェイ・ゼルに甘えていたのかもしれない。
 彼なら、反応しない自分でも、許してくれると。
 その勘違いを、ハルシャは今、思い知った。
 ジェイ・ゼルに最初に言われたのは、彼の相手をすること。どんな行為も拒まないこと。
 行為を通じて彼が求めていたものを、理解しながらも、自分は決して彼に渡さなかった。
 解っていた。彼が自分に快楽を与えようと、努力をしていたことは――
 それを踏みにじり続けてきたのは、自分だ。
 全ては――自分が蒔いた種だ。
 なら。
 自分で刈り取るしかない。

「これは、ジェイ・ゼルが望んだ行為なんだな」
 ハルシャは覚悟を決めながら、ジェイ・ゼルへ向けて呟いた。
 言葉を受け止めた瞬間、ジェイ・ゼルの顔が、わずかに歪んだ。

 短い沈黙の後
「そうだ」
 と、ジェイ・ゼルが答えた。

 全身から、力が抜けていくようだ。
 自分がギランジュ・ロアに抱かれることを、ジェイ・ゼルが望んでいる。
 なら。

「俺には、拒否権はない」

 ハルシャは、呟くと、ギランジュへ顔を向けた。

 薄青い瞳を細めて、ギランジュ・ロアは二人のやり取りを聞いていた。
 ぎらつく瞳に向けて、ハルシャは問いかけた。
「どうすればいい、ギランジュ」
 何が好みだと、聞いても良かったかもしれない。
 自分は、ジェイ・ゼル以外の者を相手にしたことがない。
「そうだな」
 目を細めて、吟味するようにギランジュがハルシャを見つめる。
 値踏みされているようだ。
 ハルシャは、唇を噛み締めた。
 
「ハルシャの口淫は素晴らしぞ、ギランジュ」
 不意に、背後から、ジェイ・ゼルの声がした。
 二人の秘めやかなことを、白日にさらされたようで、ハルシャは頬が赤らむ。
 彼が近づいてくる気配が、する。

「おやおや、顔をあからめているぞ、ジェイ・ゼル」
 からかうように、ギランジュがい眉を下げて言う。
「ばらされたことが、恥ずかしいようだ」
 すっとジェイ・ゼルが動いて、ハルシャに触れた。
 耳元で、優しい声が響く。
「ハルシャ。何を恥ずかしがることがある。君は日々探求を怠らず、技術を磨いてきた。むしろ誇るべきことだ――」
 穏やかなジェイ・ゼルの声が、ハルシャの耳を打つ。
 ここまでハルシャが技術を磨いてきたのは、ジェイ・ゼルが仔細に指示をしながら、ハルシャへ技術を叩き込んだからだ。
 顎が外れそうになっても、彼は達するまで、決してハルシャの口から、自分自身を抜かなかった。
 早く楽になるために、ハルシャは懸命にジェイ・ゼルを昂める努力を続けた。
 強制され、調教され続けた結果を――ジェイ・ゼルは誇るべきだと言った。

「ギランジュに、みせてあげて、ご覧。ハルシャ」
 心が凍りそうだ。
 ハルシャは、黙って、ギランジュの前に膝立ちになった。
「口で奉仕してくれるのか、ハルシャ」
 弾んだ声で、ギランジュが言う。
 もう、息遣いが荒い。ハルシャは、作業と割り切って、動きを続ける。
「安心しろ、ハルシャ」
 呟きながら、自分の秘部の前にある、ハルシャの髪に、ギランジュが触れた。
 ぞわっと、嫌悪感が広がる。
「君のために、きちんと風呂を浴びてきた。とてつもなく高価な、風呂をな――それぐらいは、ヴィンドース家直系に対する礼儀だろう」
 ハルシャは、無言で下ばきのチェックを外す。これは、ボタンを押すと、必要な場所が解放される、帝星仕様の服だった。かつては、ハルシャもこんな服をまとっていた。
 すでに昂ぶりを持ったものが、解放した場所から、転がり落ちた。
 それだけで、はあっと、甘い息をギランジュが吐く。
 ハルシャは、見慣れない色と形に息を飲む。
 ジェイ・ゼルと違う。
 人によって、局所に差異がこんなにもあるのだと、驚きとともに、知る。
 亀頭の形も、反り方も、見慣れないものだ。
 自分は本当に、ジェイ・ゼルしか知らないのだと、思い知らされる。
 わずかな、ためらいが生じる。
 ジェイ・ゼルなら、何も考えずに口に含めるものが、今、目にしたものに対して、身が口にするのを、拒否をする。
 ジェイ・ゼルは、手でされることを、好まない。
 だから、いつも口だけで行為を行っていたが――
 そっと、ハルシャは、手でギランジュのものを、包むように持った。
 柔らかい絹のような手触りだが、色は赤黒くて、グロテスクだった。
 昨日食べた、大サソリの角煮のような色だ。
 力を込めずに、両手で静かにさする。
 その瞬間
「ハルシャ」
 と、ジェイ・ゼルの声がした。
 手が、止まる。
 ジェイ・ゼルの手が、頭の後ろを撫でる。
「いつもと違うな、ハルシャ。どうした」
 口に含みたくない、とは言えずに、ハルシャは凍り付く。
 すっと、ハルシャの側に、ジェイ・ゼルの顔が寄せられる。
「いつもと同じように、口でするんだ、ハルシャ」
 ハルシャは、目だけを動かして、ジェイ・ゼルを見た。
 灰色の瞳が、ハルシャを見つめている。
「いい子だ。私がここで見ていてあげるから。上手にするんだよ」
 頬に軽く唇を触れてから、ジェイ・ゼルが身を引く。

 命じられたら、従うしかない。
 拒否権は、自分にはない。

 ごくっとつばを飲み込み、ハルシャは覚悟を決める。
 支えていた手で真っ直ぐにし、口を開いて、ギランジュを受け入れた。

 瞬間。

 凄まじい嘔吐感が襲った。

 気持ちが悪い。
 吐きそうだ。

 それは、生理的な不快感だった。
 理屈ではない。
 だだ、体が受け入れるのを、拒否していた。

 だが、やるしかない。
 意を決すると、舌で、亀頭の先をそっと舐める。
 うっと、低い声が聞こえた。ギランジュが呻いている。
 支えるように、ジェイ・ゼルの手が、ハルシャの後頭部に触れている。
 彼の見ている前で――自分は、口淫をしなくてはならない。
 側に居ないでくれ。
 せめて――
 ジェイ・ゼルに、他人のものを咥える自分の姿を、見られたくなかった。

 だが、拒むことは出来ず、ハルシャは、教えられたとおりに、静かに舌を亀頭に這わせ続ける。
 裏を責め、周りをぐるりと舐め上げ、亀頭とその皮の間に舌を這わせる。
 風呂に入って来たと言っていたが、えぐい味がする。
 ジェイ・ゼルは、そんなことはなかった。匂いも何もない、きれいな状態だった。
 はっと、ハルシャは気付く。
 いつも、彼は最初にハルシャに舐めさせた。
 そのために、身を清潔にしてくれていたのかもしれない。
 小さなことに、ハルシャは気付く。
「口が、止まっているよ、ハルシャ」
 穏やかに髪を撫でながら、ジェイ・ゼルが呟く。
 思索にふけっていたようだ。慌てて、ハルシャは動き始める。
 舌で、ひたすら、ギランジュの形をなぞる。
 上から下、下から上。彼の形が舌の上で再生できるほどに、執拗に舐め続ける。
 時折、強く先を吸う。
 ひっと、短い声がそのたびに、ギランジュの口から漏れる。
 作業だと、割り切っていつも行っていた。
 たった一つ、ハルシャがジェイ・ゼルに快楽を与えることが出来る行為。
 だから、ハルシャは心を込めて行っていた。
 けれど。
 それは、ジェイ・ゼルだったからだと、五年目にして、ハルシャは気付いた。
 彼だから、出来た。
 それ以外の人のものを口に含まされることが、こんなにも不快だと、思ってもみなかった。
 眉を寄せ、苦痛に顔を歪めながら、ハルシャは懸命に口中のものを、しごく。
 ギランジュが今、どんな状態なのか、ちらりとハルシャは上目遣いで見た。
 彼は、目を閉じ、天を仰いでいた。
 ハルシャの与える快楽に没頭するように、瞼をとじて、あえいでいる。
 細やかな違いに、ハルシャは気付いた。
 ジェイ・ゼルは――
 いつも、自分を見ていた。
 ハルシャが行っている姿を。
 視線を転じれば、常に、彼と目が合った。
 慈しむように髪に指を這わしながら、口に含み、懸命に奉仕するハルシャへ、視線を与えてくれていた。
 彼は行為の最中でも、快楽におぼれることなく、じっと見つめていたのだ――ハルシャのことを。
 灰色の瞳で、姿を心に刻むように。
 なぜ。
 こんなことに気付かなくてはならないんだ。
 ハルシャは、視線を戻して、自分の行為に没頭する。
 早く、達して欲しい。
 指を、ギランジュの会陰に這わす。
 快感を与える場所も刺激しながら、口を筒状にして、前後させる。
 ぐ、ぐっと、ギランジュが、口中で、大きくなる。
 喉がつまり、息が出来ない。
 苦しい。
 形も何も違い、勝手が掴めない。
 息が出来ない――
 身が、細かく震えてきた。
 耐えきれずに、ハルシャは一端、ギランジュのものを、口から外した。
 軽くえづきながら、夢中で空気をすいこむ。
 作業を中断させたことで、ジェイ・ゼルに咎められるかと、ハルシャは危惧した。
 だが。
 彼は無言だった。
 顔の横から、すっと手が伸びた。
 後ろに立つジェイ・ゼルが、腕を伸ばしてきたのだ。
 驚きに目を瞠るハルシャの前で、ジェイ・ゼルは片手でギランジュのものをつかみ、微妙な力加減で捌き出した。ハルシャの代わりに、ジェイ・ゼルがギランジュを昂めている。
 なぜ。
 膝立ちのまま、ハルシャは首をひねって、ジェイ・ゼルを見上げた。
 彼は、ハルシャへ視線を向けた。
 灰色の瞳が、穏やかにハルシャを見つめていた。わずかに目を細めて、ハルシャの視線を受け止めている。その間も、柔らかにジェイ・ゼルの手が、ギランジュのものを捌き続ける。
 瞬きをすると、彼は、視線をギランジュへ向ける。
 当のギランジュは目を閉じているので、自分の股間で何が起こっているのか、把握していないようだった。今も、ハルシャが口で奉仕をしていると、思っているのかもしれない。
 ジェイ・ゼルの手淫に、ギランジュの息が荒くなる。
 ハルシャは、彼の手業に見とれていた。
 手首を返しながら、繊細な動きで、ジェイ・ゼルがギランジュを駆り立てていく。
 ハルシャなど足元にも及ばないほど、彼の手業は素晴らしかった。彼は、ハルシャの竿を擦ることはあまりしなかった。手で責める時は、専ら亀頭だ。だから、知らなかった――これほどの技術を、彼が持っているなど。
 しゅっと擦ると、ジェイ・ゼルが手を離した。ハルシャの後頭部に置いていた手が、頭を押す。
 口に含めと言っているようだ。
 ハルシャは、促されるままに、口に含み、責めを開始した。
 びくびくと、脈動が感じられる。
 もう、達する。
 ジェイ・ゼルの手のお陰で、頂点へと近づいている。
 ハルシャは気付き、口に含んだまま、激しく前後に動かし始めた。
 動きに、柔らかくジェイ・ゼルの手が沿ってくれる。
「あっ、あっ、あっ」
 と、ハルシャの動きにつれて、ギランジュの声が、激しく口から漏れる。
 ハルシャは、口を緩めなかった。
 もう少しの辛抱だ――もう、彼は達する
 心に唱えて、顎のだるさと、口から漏れるよだれの不快感に耐える。
 上あごに擦りつけるようにして、激しく動かす。

「ああーっ!」
 ひと際激しく叫ぶと同時に、ギランジュの精が、ハルシャの喉の奥に、迸った。
 青臭い匂いが口中に広がる。
 強烈な不快感に、ハルシャは胸が悪くなった。
 だが、五年間叩き込まれてきた習慣で、なんとか飲み下す。
 だが。
 吐き気が収まらない。

「よくやった、ハルシャ」
 優しく、ジェイ・ゼルが髪を撫でる。

 ずるりと、口から、ギランジュが抜かれた。

 まだ彼のは、堅さを持ったままだった。
 ぎらついた目が、上からハルシャを見ていた。
 頬を紅潮させて、彼は満足げにハルシャを見る。

「良く仕込んであるじゃないか」
 ふう、ふうと、荒い息の下から、ギランジュがいう。

 仕込む、という言い方に、ハルシャは恥辱が身に広がった。

「ハルシャが研究熱心なだけだよ」
 くすくすと、ジェイ・ゼルが笑う。
 彼は今、ハルシャが褒められて嬉しそうにしている。

 よく解らない。
 どうして、ハルシャが口淫をする側に居るのか――
 何が彼の目的なのか。

 本当に、彼は自分を、ギランジュに抱かせるつもりなんだろうか。
 嘘であって欲しいと、ハルシャは願う。
 
 膝立ちのハルシャの頭を撫でてから、ジェイ・ゼルが顔を寄せて耳元に呟く。

「服を脱げ。ハルシャ」

 楔を身に打ち込まれたような気がした。
 ジェイ・ゼルの監督する中、自分はギランジュ・ロアに抱かれるのだ。
 彼の目が、ハルシャの心を見抜くように見つめる中、快楽をハルシャが覚えるまで、ギランジュを受け入れなくてはならないのだ。

 ハルシャは、立ち上がると、震える手で、服を脱ぎ始めた。

「ほう、躾が行き届いているじゃないか」
 嬉しそうに、ギランジュが言う。
「命令には、文句を言わずに、従うんだな――」
 声に、感心したような響きがある。
 恥辱と怒りで、ハルシャはどうにかなってしまいそうだった。
 支配力を見せつけるように、ジェイ・ゼルがハルシャに命じている。
 自分は――従うしかない。
 拒否権はない。
 そういう、契約だった。
 何も知識がないままに結んだ、契約。
 これほどの落とし穴が待っているとは、気付かなかった。
 もし、今回で、ハルシャが快楽を覚えなかったら、別の人間に自分は抱かれるのだろうか。
 ジェイ・ゼルが、満足するまで、何人でも。
 自分は足を、開かされるのだろうか――

 誇りを手離してしまうことを、ハルシャは考える。
 ギランジュによって快楽を覚えれば、解放されるだろうか。
 それとも――

 考え込んでいるうちに、自分の手が、身から服を外し終えていた。

 ハルシャの裸体に、ギランジュが息を飲んだ。
 感嘆の声が、薄い唇から漏れる。
「美しいな――」

 ハルシャは、顔を伏せて、床を見つめていた。
 ジェイ・ゼルには、平気でさらせる一糸まとわぬ姿が、ギランジュだと、限りない羞恥を伴う。
 耐えられない。
 まるで、競り市の商品になったようだ。
 ギランジュの手が伸びて来て、ハルシャの皮膚に触れる。
 肉厚の手だった。
 それが胸の筋肉をさわさわとなぞりながら、胸の尖った頂にたどり着く。
 右と左の手で、同時に乳首がつままれた。
 ぴくっと、ハルシャは身を震わせる。
「ほう。乳首も開発されているんだね」
 ギランジュの言葉に、
「敏感な場所だから、手荒く扱わないでくれよ、ギランジュ」
 と、たしなめるように、ジェイ・ゼルがいう。

 まるで、物扱いだ。
 ハルシャの個人の尊厳などどこにもない。
 どうして――
 こんな恥辱に耐えなくてはならないんだろう。

「どうした、顔が赤いな」
 伏せた顔を、ギランジュがのぞき込む。
 ハルシャは、反対側に、顔を振って、視線から逃れようとした。
「恥ずかしいんだ――ハルシャは、私以外を知らないからね。
 他人に見られていることに、羞恥を覚えているんだよ」
 説明を与えるように、淡々とジェイ・ゼルが言う。
 なぜ、彼は自分の心の内側を、的確に言い当てるのだろう。
 もう、止めてくれ。
 叫びたい言葉を、ハルシャは懸命に押し殺した。

「ふむ。新鮮だな」
 呟きながら、ギランジュの指が、ハルシャの胸に、優しく触れる。
 両方の乳輪の形を、ゆっくりと、ゆっくりとなぞる。
 顔を寄せて、ギランジュがふっと、乳首に息を吹きかけた。
 身が、揺れる。
「頂きに触れずに、周囲ばかり責められると、たまらないだろう、ハルシャ」
 重く湿った声で、ギランジュが呟く。
「欲しかったら、おねだりしてみろ。ハルシャ。どこに触って欲しい?」
 ハルシャは、唇を噛み締めた。
 口が裂けても、言うつもりはなかった。
 人差し指と中指を開いた形で、すうっと、胸の周りがなぞられていく。
 ギランジュの指は、決して胸の頂点には、触れなかった。
 やんわりと周りを責められ、ぞわぞわと、感覚が呼び覚まされていく。快楽を覚えるように仕込まれた乳首が、刺激を求めだした。
 唇を噛み締めて、ハルシャは、感覚に耐える。
 ハルシャが、口に出すのを楽しみにするように、ギランジュが間近で顔を観察する。
「中々、強情だな」
 指先の力が強くなる。時折、爪で引っかかれるようになる。
 それでも、ハルシャは口をつぐんで、何も言わなかった。

 ギランジュはしばらく乳輪の周りに指を這わしていたが、ふっと息を吐くと、指を引いた。
「なるほど、ジェイ・ゼルが夢中になるはずだな――中々手強い子だ」
 ハルシャの顔を見る。
「ここよりも、違うところを、責めて欲しいのか?」
 挑むような口調になりながら、彼が呟く。
 底光りする、薄青い眼で、ギランジュが命じた。
「ベッドに横になれ、ハルシャ」

 

 






Page Top