ほしのくさり

第22話  新しい生活の始まり-02






 
 ミア・メリーウェザが連れて行ってくれたのは、オキュラ地域を少し外れたところにある、飲食店だった。
 サーシャがいるために、飲み屋は避けたようで、食事を主にする場所だった。
 ラグレンで一般的な、加工食品を使った料理だが、ボリュームがあり、スパイスの効いた食べると汗の出る様なものだった。
 大皿でいくつか種類を取り、みなで取り分けて食べるスタイルだった。
 四角い机に、サーシャとメリーウェザ医師が並び、向かい合う位置に、ハルシャとリュウジが座る。
 一つ、ハルシャは気付く。
 オオタキ・リュウジの食事の姿は、この上なく優雅だった。
「美味しいですね、ドルディスタ・メリーウェザ」
 にこにこしながら、リュウジが毒々しい赤色の四角い塊を口に運ぶ。
「アングランダルの大サソリ風味の角煮は最高です」
「だろう? めったに流通しない食材も、ここは扱っているんだ」
 サーシャは恐る恐る食べていたが、思ったよりも美味だったらしい。
 頬が落ちそうな顔をして、笑う。
「美味しい!」
「見た目を裏切る、繊細で上品な味だろう?」
「でも、大サソリをさばくのは、大変そうだな……」
 味わいながら、サーシャがぽつりと呟く。
 メリーウェザ医師は、聞き逃さなかった。
「おいおい、サーシャ。まさか、自分で料理をしようとしているんじゃないだろうね」
「ええっと」サーシャは顔を赤らめる。「ちょっと興味があっただけです」
 先ほどの顔つきでは、大サソリの毒針と格闘しても良いという覚悟が、見えた。
 よほど気に入ったらしい。
「大サソリに刺されでもしたら、ハルシャが嘆くぞ。止めておけ」
「そんなに、毒が強いの? 先生」
 メリーウェザ医師が、にやりと笑った。
「聞きたいか? 刺されたら、どうなる、か、を」
 口調に、ぞわっと総毛立ったようで、サーシャは、丁寧に断っていた。
 食事の間に、メリーウェザ医師が注文したスロドン酒が運ばれてきた。
 透明で、それほどアルコール度数は高くない。
 サーシャには、メトカロン果汁のジュースが運ばれてきて、チンとグラスを合わせて、四人は乾杯をした。
「奇跡的な出会いに」
 メリーウェザ医師が言って、片目を閉じる。
 リュウジが
「オキュラ地域の凄腕の医師と、心優しいその助手と――」
 ミア・メリーウェザとサーシャに杯を掲げ、微笑みながら、ハルシャを見る。
「宇宙幽霊好みの駆動機関部を作る、素晴らしい技術者に」
 高々と掲げてから、彼は静かに杯を飲み干した。

 ハルシャは、面食らった。
 メリーウェザ医師も、同じようにしたからだ。
 空になった杯が、たんっと音をさせて、机に置かれる。
 一気飲みだった。

「ああ」
 メリーウェザ医師が手を振って、固まるハルシャに言う。
「気にしないでくれ。宇宙船乗りの流儀なんだ。献辞を言ってから、杯を乾す――宇宙海賊は、これを、ファグラーダ酒でやる」

 ファグラーダ酒。その名は『帝国最低最悪の酒』として高く、ストレスどころか精神まで消し去ってくれる酒だった。飲みすぎは精神および脳を破壊する恐れがありますので、ご注意ください、というただし書きが瓶の表面に、全五十六言語で書かれている。

「すいません。何だか、そうしないといけないような気がして」
 少しも乱れていない顔で、リュウジが言う。
 首をひねる。
「どうして、僕は、宇宙船乗りの流儀を知っているんでしょうか」
「友人に、いたんじゃないか? 呑み助の宇宙飛行士が」
 メリーウェザ医師が至極まっとうなことを言う。
 リュウジの顔が輝いた。
「そうかもしれませんね」
 ハルシャは、あまりアルコールが強くないので、少しずつ、口に運んだ。
 スロドン酒は飲みやすいと言っても、やはり酒だ。
 かあっと、燃えるような感覚で喉を下っていく。昨夜痛めた喉に、沁みた。
 ふと。
 唇をジェイ・ゼルに覆われて、割り込んできた赤い液体のことが蘇る。
 突然の彼の行動に面食らい、味など解らなかった。
 上等な、酒だと、彼は言っていたのに――

「――ですね、ハルシャ」
 リュウジが、話しかけていたらしい。途中からしか、聞き取れなかった。
「え?」
 驚いた顔をしていたのかもしれない、リュウジが小さく笑った。
「宇宙幽霊の話を、サーシャにしていたんです。宇宙には、そんな小話がよくありますよね、と言っただけです。そんなに驚かないでください」
「君は、意外と不意打ちに弱いと、自分で知っていたか、ハルシャ」
 にやりと、メリーウェザ医師が笑いながら、会話に入って来た。
「普段、常に起こるべきことを緻密に想定し、思慮深く生きているから、想定を超えることが起こると、動揺してしまうんだ。
 冷静そうに見えるが、意外とあわてんぼうだよ、君は。ハルシャ」
「何となく解ります」
 リュウジがうなずきながら、相槌を打つ。
 二人が、はす向かいになって、会話を交わしている。
「その点」
 メリーウェザ医師が、隣のサーシャの頭にポンと手を乗せた。
「サーシャは意外と根性が座っている。この前、怪我をした患者を手当てしていたんだが、あまりに呻くもので、サーシャが叱責して、黙らしていた。
 唸っても、痛みは消えません! 先生の治療の邪魔です! ってな」

 意外な妹の一面を知り、ハルシャは微かに目を開いた。

「先生。酔っていますね」
 頭に手を置かれたままのサーシャは、呟いた。
「あ。解るか?」
「解ります。体温が高いです。あんまり飲み過ぎないでくださいね」
「大丈夫だ、サーシャ。そう簡単に、酔いつぶれないよ」

 和やかに食事が進む。
 サーシャは、興味津々で、あらゆる料理に挑戦していた。
 お兄ちゃんはどれが好き? と聞いてくる。好みのものがあれば、作ろうと考えているのだろう。
 食材的に入手が厳しいものが多い。
 ハルシャは、一番簡単に手に入りそうな材料で作られている料理を、気に入ったとサーシャに告げた。
 サーシャは、懸命に口に運び、味を覚えようとしている。
 そんな妹の様子に、ハルシャは目を細めた。


 二時間ほど料理店で食事をし、満腹と、楽しい時間を過ごせたことに満足しながら、四人は席を立った。
 店の前で別れて、ハルシャ達は、そのまま自宅へ向かう。
 おう、またな!
 と、メリーウェザ医師が素面のような顔で、去っていく。
 相当の酒量を飲んでいたか大丈夫だろうか、とハルシャ危惧したが、彼女は大丈夫だといって、引かない。
 ごちそうさまでしたー! と、サーシャが叫ぶ声に、彼女は背を向けて歩きながら、両手を振って見せた。
「気持ちの良い方ですね」
 リュウジが見送りながら言う。
「落ち着いたら、医療院を手伝ってくれと、ドルディスタ・メリーウェザが言っていました。サーシャが来ない日に、伺おうと思っています」
 彼も、自分なりに、身の振り方を考えているようだ。
「いいことだ。体調が悪ければ、診てもらえる」
 ハルシャの言葉に、リュウジが笑う。
「僕は元気ですよ、ハルシャ」
 
 三人で、連れ立って、部屋に向けて歩き出す。
 先生にお祝いをしてもらって、嬉しいね、と、サーシャが満面の笑みを湛えて、兄を見上げる。
 サーシャを中心に、右と左の手をハルシャとリュウジが持ち、三人で並んで夜のオキュラ地域を歩いていく。
 ハルシャの提案を、素直にリュウジは飲んでくれたが、これからどうやって暮らしていくのか、正直言って、見通しは全く立っていなかった。
 けれど、何とかなりそうな気がしてくるから、不思議だ。
 夜のオキュラ地域には、人があふれている。
 誰とも目を合わせてはいけないと、事前にハルシャはリュウジに言っておいた。
 恐怖もにじませてはならない。標的になってしまう。
 ごく自然に空気に溶け込み、流れていく。
 それが、オキュラ地域で歩く方法だった。リュウジは上手くコツを掴んで歩いている。
 当初危惧したようなトラブルもなく、すんなりと自宅へとたどり着く。
 ハルシャは、手にしていた鍵で、扉を開ける。
「鍵が、もう一ついるな」
 ハルシャは扉を開きながら言う。
「リュウジにも必要だろう」
 今、二個しか鍵は用意していなかった。
「急がなくて大丈夫です」リュウジが言う。「サーシャと行動を共にしてもいいですから」
 まあ、後から考えるか、という結論になり、部屋に入る。

 玄関からすぐ、部屋になる。申し訳程度に調理台が設えられた、一間だけの狭い部屋。
 五年間の生活が詰まった場所だった。
「手洗いはこっちだ」
 とりあえず、手洗いが部屋にあるのは、ありがたいと、最初にここに来た時に思った。真空吸引式の、旧式なものだが、手入れを怠らなければ、臭気を発することはなかった。
 当然のように、風呂などない。
 惑星トルディアで風呂が部屋にあるのは、よほど高級な住宅だ。
 ハルシャの家には、当たり前のように、風呂があり、水を湛えた風呂桶があった。それが、ごく一握りの人間のものだと知ったのは、オキュラ地域に来てからだった。
 風呂に入る代わりに、一般人は、それ用に開発された布で、身を拭っただけですませる。
 慣れないことに戸惑ったのか、サーシャは最初の頃、風呂に入りたがって泣いた。だが、人は馴染んでいくのだ。今では何の違和感も持たずに、暮らしている。
 
 部屋を見たリュウジが、開口一番
「きれいなお住まいですね」
 と、ほれぼれとしたように言った。
 笑顔を、ハルシャに向ける。
「とても、丁寧にお暮しなのですね。嬉しいです、ここで一緒に生活させていただけるのが」

 ふと。
 宇宙が自分を見ていてくれたような気がした。
 リュウジの、濃い藍色の瞳を見つめながら。
 彼は、気付いてくれた。
 どんなに生活が苦しくても、ヴィンドース家の末裔として、恥ずかしくないように生きて行こう。自分たちを律して、誇り高く、身ぎれいにしていよう。
 そうやって、掃除や整理整頓を怠らず、ハルシャとサーシャは暮らしてきた。
 父と母の名を汚さぬように――
 誰に認められるためでもなく、家名に恥ずかしくないように、唇を噛み締めながら積み重ねてきた努力を――オオタキ・リュウジは、解ってくれた。

 それが。
 無性に、嬉しかった。

「きれいにしないと、お兄ちゃんに怒られるからね、リュウジ」
 サーシャの忠告に
「はい、わかりました、サーシャ。気を付けます」
 と、笑顔でリュウジが言う。

 ハルシャは、部屋に上がるサーシャとリュウジの背中を見ながら、五年間の時が、自分の中に渦巻くのを感じた。
 誰にも理解してもらえなかったこと。
 サーシャも、きれいにしないと兄が怒るとただ、考えている。
 どうして、自分が生活の質を高く保とうとしているのかまでは、彼女には理解できない。
 落ちぶれていても、自分たちは惑星トルディアの父と呼ばれた、偉大な先祖を持つ、ヴィンドース家の直系だ。
 生活を荒らすことは、運命に負けることに他ならない。
 最後まで諦めなかった祖のように、強く気高くありたいと、思い続けことを、リュウジが理解してくれた。
 自分の選んだ生き方は、間違っていなかったと、認めてもらえたような気がした。

「もう、寝床を敷いていいよね、お兄ちゃん」
 と、サーシャが、弾んだ声で言った。
 彼女は、リュウジを生徒のように扱い、どうやってここで暮らしていくのかを、教えようとしている。
 今は、机を上げて、布団を敷くまでを示そうとしているらしい。
 もう、時刻は結構遅くなっている。
 楽しい食事に、時を忘れた結果だった。
「そうだな。敷いてくれるか、サーシャ」
「わかった、お兄ちゃん!」
 元気よく答えてから、机を動かす位置をリュウジに教えている。
 ハルシャは、様子に微笑んでから、扉の鍵をかけて、二人の元へ行く。
 部屋を汚したくないので、ハルシャたちは入り口で靴を脱ぐことにしていた。
 昔の暮らしでは、そのまま靴で部屋を出入りしていたが、汚れを拭うクリーナーの値段もばかにならない。
 なるべく汚さないように、丁寧に二人は暮らしていた。
 リュウジはにこにこしながら、一緒に床を延べている。
「やっぱり二枚しか敷けないね」
 吐息と一緒にサーシャが言う。
「ここで、三人でごろんって、寝るの」

 寝る位置は、ハルシャが決めた。
 ハルシャが真ん中で、サーシャが彼の、右。
 リュウジがその左に場所を決める。
 サーシャは二人の真ん中に挟まって眠りたがっていたが、ハルシャもさすがに妹を他人の側で、無防備に眠らせることは出来なかった。
 間に自分が入っていれば、何とかなるだろうと、考える。
 横になり、いつものように、サーシャが自分に身を寄せてくる。
「楽しいね、お兄ちゃん」
 小さく、胸元でサーシャが呟く。
「今までで、一番楽しいかもしれない――たくさんおしゃべりして、たくさん食べて」
 ハルシャは、妹が眠れるように、髪をゆっくりと撫でる。
「そうか、良かったな」
「うん」
 声が、眠そうになってくる。
「お兄ちゃんが、一杯笑っていて、嬉しかった」
 手が止まる。
「良かったね、お兄ちゃん――リュウジが、来てくれて」

 最後の言葉は、ほとんどささやきのようだった。
 ハルシャの服を握りしめたまま、サーシャが眠りにつく。
 横を向くハルシャは、彼女の眠りが深まるまで、頭を撫で続けていた。

「サーシャは、眠ったのですか?」
 ハルシャの背中に向けて、リュウジの声が響く。
「ああ。よほど楽しかったようだ」
 眠りの深さを確かめてから、ハルシャは静かに彼女の手を、服から外す。
「寝ていてくれ」
 言いながら、ハルシャは身を起こして、部屋の隅に置いてある鞄に向かった。
 職場から持ってきた電脳を開き、今日していた仕事の続きを始める。
 眠るために、落とした照明の中、画面を睨むハルシャの側の空気が揺れた。
 壁に背中を預けて、画面を見るハルシャの横に、リュウジが立っている。
「お仕事ですか」
「ああ」
 ハルシャはリュウジへ視線を向けてから、画面へ戻る。
「今日中にしておきたいチェックが、まだ終わっていない」
「駆動機関部ですか」
「まあな」
 眉を寄せて画面を見るハルシャの横に、リュウジが座った。
 同じように壁に背中を預けて、ハルシャの仕事を見守っている。
 別に機密書類でもないので、黙って彼の好きなようにさせながら、ハルシャはシミュレーターで、駆動機関部に再度点火し、ブーストさせる。
 やはり、数値が不安定だ。
「それが、今度、あなたが作ろうとしている、駆動機関部ですか」
 横から、リュウジが問いかけてくる。
「ああ」
 半ば無意識に、ハルシャは応えていた。
「それを作ったら、ハルシャ。あなたは犯罪に巻き込まれますよ」
「ああ――え?」
 
 機械的に打っていた相槌を引っ込めて、ハルシャは、リュウジを見た。
 リュウジは、画面に浮かぶ駆動機関部を見つめている。
「あなたのお仕事場は、どうやら、かなりきな臭い仕事も請け負うみたいですね」
 電脳の緑の光が、リュウジの目の中に踊っている。
 彼はゆっくりと、ハルシャへ視線を向けた。
「それは、銀河帝国法違反の、動力源をベースとすることを前提としています。だから、単体では、出力が上がらないんです」
 ハルシャは、彼の言う意味に、はっと気づく。
「まさか」
「そのまさかです」
 リュウジは真剣な眼で、ハルシャを見る。
「その駆動機関部は――スクナ人を動力源として想定しています」


 意外すぎる言葉に、ハルシャは凍り付いた。
 まさか。
 スクナ人を動力源にすることは、違法だ。
ハルシャの声が聞こえたように、リュウジが言葉を続けた。
「そうです。スクナ人を動力源にすることは、一五〇年前に、銀河帝国法で禁止されています。ですが、あまりに優秀な動力源のために、違法に製作され、闇で取引されているのは、事実です。
 今、あなたが取り掛かろうとしている駆動機関部は、スクナ人を想定している。違法です。このまま作成にかかれば、何も知らないあなたが、犯罪に巻き込まれる可能性があります」

 スクナ人は、惑星スクナで発見された人型の生命体だった。
 彼らは恐ろしい力を持っていた。
 自由意志で、反物質を作り出すことができるのだ。
 反物質と物質を衝突させると、全ての質量がエネルギーとなる。それは、核融合よりも、はるかに強力な力を作り出した。
 人々はこぞってスクナ人の能力に群がり、彼らは意志を奪われ、一生を宇宙船の中に閉じ込められた。そして、反物質を生み出しそれを動力源として宇宙船を動かすだけの人生しか、与えられなくなった。
 それを禁じ、スクナ人に正当な権利を保障した銀河帝国法が成立し、今後一切、スクナ人を動力源とした宇宙船は、使用を禁じられた。

 だが。
 闇では、まだ、極めて優秀な動力として、彼らが不当に搾取されているという噂は、ハルシャも聞いたことがあった。

 まさか。
 だが、ありうることだ。
 ジェイ・ゼルの仕事は、闇の世界に深く関わっている。
 その関係で、違法な宇宙船の駆動機関部の製作依頼を請け負ったのかもしれない。
 ハルシャは、唇を噛み締めた。
 仕事をしなくてはならない。
 だが、銀河帝国法に違反することは出来ない。
 ヴィンドース家の誇りが許さなかった。
 どうすればいい。

 ハルシャはリュウジの眼を見ていた。
 
 彼は――
 どうして、これが、スクナ人を動力源とする、駆動機関部だと、解ったのだろう。

「ハルシャは、知らずに、仕事を請け負ったのですね」
 自分の動揺を見て、リュウジが呟いた。
「ひどい職場ですね――あなたが何も知らないのをいいことに、犯罪の片棒を担がせようとするなんて」

 思わぬ激しい口調で彼が言った。
 二人は、無言でしばらく視線を交わし合っていた。
「だが、これを作らなければ、ペナルティが与えられる」
 ハルシャは、声が震えそうになるのを、懸命に抑える。
 怒りのためだった。
 腹の底から湧き上がる、嫌悪と激情が、声を揺らす。
「やらなければ、ならない」

 リュウジが、ハルシャを見つめていた。
 瞬きを一つしてから
「設計図を書き換えましょう」
 と、言った。
 ハルシャは、目を見開いた。
「今、何と」
「スクナ人を使わずに、長期航路の使用に耐え得るだけの出力を持つ、駆動機関部に――作り変えてしまいましょう」
 いとも簡単に、彼は言う。
「そうなると、設計を根本から、変えなくてはならない」
 にこっと、リュウジは笑った。
「大丈夫です。外観を変えずに、中身だけ、変えてしまいましょう――少し時間を下さい。
 その電脳をお借りできれば、明日、部屋でやっておきます」

 繕い物をしておく、といった、軽い調子で彼は言った。
 駆動機関部の設計は、緻密で高度な計算を必要とする。
 下手をすれば、一年以上かかる仕事を、たった一日で彼はこなすと言っている。
「明日は一日、部屋で大人しくしておくようにと、ドルディスタ・メリーウェザに言われています」
 にこっと、リュウジが笑う。
「ちょうど良かったです。僕に出来る仕事があって。
 ぜひ、あなたに協力させてください、ハルシャ。
 あなたが犯罪に巻き込まれるなんて、僕は我慢できません」

 やはり。
 思いもかけない激しい口調で、リュウジは言った。








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