ほしのくさり

第209話  愛された命








「兄のハーラン・メルハトルが、カラサワ夫妻の誘拐事件に関わっていたんだ。俺は兄から、どんな仕事かを聞かされていた」
 ドキン、ドキンとリュウジの心臓が内側で鳴った。
 父と母の誘拐事件――自分以外は生き残らなかった凄惨な事件の全容を、この男は知っている。
「どうだ、聞きたくないか? 兄はあの現場から何を持ち出したのか、誰が誘拐を命じたのか――」
 不意に、その顔をケイマンはリンダへ向けた。
「あんたも聞きたいだろう、リンダ・グランディス。俺は命じられて動いていただけだ。エルドは、兄のハーランからお宝を受け取りながらそれを隠匿していた。
 俺はそいつを正当な持ち主に戻しただけだ。
 聞きたくないか? 本当は誰がエルドを殺したのか」

 緊迫した沈黙の後、
「エルドを殺したのは、あんただよ。セジェン」
 と、厳しい声が空間に響いた。
「よせよ、みっともない。他人に罪を被せて逃げるのはね――相変わらず卑怯な男だ」

 リンダの声に、ケイマンの顔が歪んだ。

「何だと!」
「エルドを殺して、兄のハーランが盗んだものを奪ったのは、お前一人の考えだ。お前はそれを協力者に持ち掛けた。
 協力者は便宜をはかり、お前が整形し逃亡して、このラグレンでレズリー・ケイマンにすり替わる手伝いをした。
 その代償として、お前はハーランが盗んだものを、協力者に渡したんだ。
 お前にとっては、利用価値のない物だったからね。欲しがる相手に渡して、そいつが喜ぶのなら、万々歳だ。
 そして――協力者からバックアップを受けて、都心ラグレンの執政官コンスルにまで昇りつめた。
 さぞ気持ちよかっただろうね。全てが自分の思い通りになるんだから」

 リンダの深い声が執政官室に響いた。

「だが、あんたはやりすぎた」
 リンダの一つしかない目が、レズリー・ケイマンを見据える。
「契約を無視したために、大切な協力者を、激怒させたんだ」

 ぴくっと、ケイマンの頬が痙攣する。

「あんたは昔からそうだ。恩義を感じないんだね。どれだけエルドがあんたを大切にしていたかなんて、関係ない。
 自分の目的のためなら――全てを利用し、不必要になったら始末する。
 信頼し、大切にしていた夫を裏切って、お前は逃げた。私がここに居るのはね、エルドが爆薬を持って一人で宇宙に飛び出して行ったからだよ。
 皆を守るために、エルドは命を賭けたんだ――お陰で、夫の仇に巡り合えた。あんたが殺そうとした私たちを、エルドは自分の命で守ってくれたんだ。
 わかるか。
 だから、正義は行われる。
 誰が何と言っても、私にはわかる。あんたはセジェン・メルハトルだ。
 あんたの罪を白日の元にさらすのが、私が生きている意味だよ」

 目を細めて、リンダは続けた。

「惑星ギデオンで、あんたを整形した医者から話を聞いた」
 レズリー・ケイマンの表情が、リンダの言葉に凍り付いた。
「汎銀河帝国警察機構が、彼から話を聞いている。証拠となったあんたが渡した本物のレズリー・ケイマンの画像と、あんたの元の顔の映像も警察の手に渡った。
 クイリー・ローソン医師はとても警察に協力的だそうだよ」

 ふっと、レズリー・ケイマンが笑った。

「やっぱり、殺しておくべきだったな」
 ぽつりと、彼が呟いた。ひどく遠いところへ向けて、言葉を放つように。
「だが、出来なかったんだろう」
 リンダが静かに言葉を紡ぐ。
「育ててもらった恩義があったからだろう、セジェン」

 リュウジは、レズリー・ケイマンを見つめていた。
 セジェン・メルハトルに整形手術をした医師を、どうして彼は始末しなかったのだろう、とずっと考えていた。
 口封じをした方がはるかに手軽で、後腐れない。
 だが、これほど重要な情報を握る人物を、セジェンは野放しにした。
 その理由を、今日警部からリュウジは聞かされた。リンダの情報を元に、惑星ギデオンで警察に任意同行を求められた医者は、素直に全てを話した。
 セジェン・メルハトルはローソン医師の妹の子で、甥にあたった。
 一家離散していたメルハトル家の末っ子を、ローソン医師は手元において育てたのだ。
 兄のハーランからの仕送りは、セジェンのために全て貯金していたそうだ。
 まっとうに育ってほしいと祈っていたが、セジェンは犯罪へ傾いて行った。
 ハーランが最後に受けた仕事は、ナダル・ダハットからのものだった。
 それは実は、本来セジェンが受ける予定の仕事だったそうだ。
 だが、兄は弟を犯罪に巻き込みたくなくて、自分が受けて、命を失った。
 ローソン医師は違法と解りながらも、甥の懇願に負けた。そのことを、彼は悔いていた。

 異なる二つの点が、一つになった。

 ハーラン・メルハトルがナダル・ダハットから受けて、命を失った仕事――
 それは自分の両親、唐沢《カラサワ》祥史《ヨシフミ》を誘拐し、殺害した事件だったのだ。
 ドキドキと心臓が躍る。
 どうして、これほど今回の事件に携わりたいと思ったかの理由が、今、はっきりと解った。
 未解決のままの両親の事件の鍵を、この眼の前の男が握っている。
 リュウジの中に、違う覚悟が出て来た。
 レズリー・ケイマンを逃がしてはいけない。
 何としてでも、捕えて――全てを白日の元にさらす。
 それが、両親のために出来る、たった一つのことのような気がした。

 リンダの言葉に、ふっとレズリー・ケイマンは笑った。
「それでも殺しておくべきだった。泣いて命乞いをされても、な」

 リンダとケイマンはしばらく視線を交わし合っていた。

「どうやら、あんたとは交渉の余地はないみたいだが、カラサワ・コンツェルン次期総帥どのは、どうかな」
 リンダから視線を動かさずに、彼は呟いた。
「両親の死の真相を――知りたいんじゃないのか? なら、今しかないぞ。俺が話す気になっている、今しかな」

 両親の死を、交渉の材料に使ってきた。
 それが、リュウジの中に深い怒りを呼び起こした。

 小さく、リュウジは笑い声を上げた。
「先程、あなたは仰っていましたね」
 歪めた口元で、リュウジは言葉を呟く。
「証拠がどこにある、と。同じ言葉をお返しします。あなたの言葉が正しいという証拠がどこにあるのですか。つまらない世迷言に耳を貸す暇はありません。
 両親だけでなく、護衛のものも含め全員惨殺されました。
 誰も生き残っていません――誰が真実を知るというのですか」

 レズリー・ケイマンは静かにリュウジを見ていた。

「全員死んでいたといっていたがな、その内の半分は俺たちの仲間だった」
 ケイマンが静かに言った。
「護衛の中に俺たちの仲間を密かに紛れ込ませていたんだ。それでカラサワ夫妻を拉致する予定だった。
 だが、作戦が失敗して、カラサワ夫妻とあんた、そして数人の護衛を処分して逃げる予定をしていたんだ――
 しかしな、そこで、予定外のことが起こった。
 あんたの母親は、凄まじい格闘技術を持っていた。元、カラサワ・ヨシフミの近侍だったそうだな。
 半分いた仲間を彼女はほとんど一人で、始末した。
 仲間が殺される前に、救援要請を入れてきたらしいんだ。鬼神のようにカラサワ夫人が闘って、仲間は全て殺された、と。すぐに通信が途切れたから、殺られてしまったんだろうな。
 結局。
 あの中で生き残ったのは、俺の兄と――あんただけだよ、カラサワ・リュウジ」

 母が。
 自分を、守ってくれたのか。
 たった一人で、闘って。

 失ったはずの、腕の温もりを、ふと感じたような気がした。
 凄まじい戦闘の跡――血だまりの中に、自分は一人で座っていた。
 側で倒れていたのは……自分に手を差し伸べたまま、絶命していたのは――

 お母さま。

 五歳の時の自分の声が、聞こえたような気がした。
 最後に、見たはずの母の笑顔と共に。

「どうだ? これでも信じられないか? 俺は本当のことを教えてやれる。お前たちが知りたい、真実と共にな」

 心が揺れそうになった。
 だが。
 歯を食いしばる。
 ジェイ・ゼルが、自分の命をかけてもたらしてくれた、イズル・ザヒルとレズリー・ケイマンの会話の全て。
 それを、無駄にしてはならない。
 朝、リュウジはマイルズ警部と一緒に、ジェイ・ゼルが持ってきた交渉が映った画像を見ていた。
 その時の会話と――
 ハーラン・メルハトルが仕事を請け負ったのが、ナダル・ダハットだったというリンダからの情報。
 そして、兄の死から数年後にふらりとエルドのところにやってきたこと。
 イズル・ザヒルがレズリー・ケイマンに対して、破格とも思える協力をしていること。
 さきほどの会話。
 ハーランはその場から何かを持ち去ったと言うこと。
 誘拐現場からハーランが乗って来たのは、宇宙船。
 イズル・ザヒルの本拠地は巨大なスペースコロニー。
 全てを統合して、一つの結論に、リュウジはたどり着いていた。

「あなたに教えて頂くまでもありません」
 リュウジは静かに言葉を呟いた。
「僕たちは全てを知っています」
 真っ直ぐにレズリー・ケイマンを見つめる。
「二十一年前に行われた犯罪の全てを」

 ジェイ・ゼルだけでなく、リュウジもまた――ハッタリの使い方をよく心得ていた。


 怯んだレズリー・ケイマンに向けて、リュウジは滔々と喋り出した。
「誘拐事件を計画し、命令したのはナダル・ダハット」
 さっと、レズリー・ケイマンの表情が変わる。
「目的は、カラサワ・ヨシフミが汎銀河帝国警察機構から、密かに受けていた依頼――違法な動力源を持つ宇宙船を帝星まで移送し、処理に回すこと。
 父のカラサワ・ヨシフミは犯罪撲滅のために、警察機構に協力をしていました。
 仕事の関係でよく外遊をしていた父に、とある惑星で発見された違法な宇宙船を撤収するように警察は依頼したようですね」
 全て憶測だ。
 どこまで通じるか、リュウジは賭けに出た。
「スクナ人を使った、違法な宇宙船です。しかも――三種類のスクナ人を備えた、完璧なシステムを持つものです」

 スクナ人には、実は三種類ある。
 一つは一般に知られている、自由意志で反物質を作り、正物質と強制的に反応させることで、核爆発以上のエネルギーを生む、エネルギー型《タイプ》と呼ばれるスクナ人。
 もう一つは、凄まじい制御能力を持ち、暴走しがちなエネルギー精製を、完璧に制御出来る、コントロール型《タイプ》のスクナ人。
 そして、あと一つ。
 ブースト型《タイプ》と呼ばれるスクナ人だった。
 実は彼ら自体は、ほとんど力が無く、発見された当初は役立たずだと思われていた。
 だが。
 彼らが側にいるとエネルギー型《タイプ》のスクナ人の数値が、最大一万倍を叩き出すことがあった。
 彼らは「触媒」のように働き、他のスクナ人の側にいるだけで凄まじい上乗せ効果を生む。
 この三種類のスクナ人が揃えば、惑星一個を破壊することが可能だった。
 実際、皇帝の所有する巨大な戦闘艦『アシュラ』は、たった三人のスクナ人がコントロールしている。
 その能力の凄まじさ故に、三百年前にはブースト型《タイプ》のスクナ人が大量に作られた。
 だが、彼らはスクナ人の中で最弱の性質を持ち、とても体が弱かった。
 そのため長生きが出来ず、次第に使用が廃れていったという。
 ナダル・ダハットがここまで欲しがったとなると、その三種類のスクナ人だとリュウジは推理したのだった。

「両親たちは、移し替えられた宇宙船の中で絶命していました。
 あなたの兄のハーランは、宇宙船ごとスクナ人を奪い去った。なぜなら――」
 リュウジは真っ直ぐにレズリー・ケイマンを見据える。
「犯罪組織である『ダイモン』のナダル・ダハットに、スクナ人が渡れば、彼がそれを悪用し醜悪な破壊兵器を作り出して、全銀河を恐怖に陥れるのが解っていたからです」

 リンダが、目を開いて自分を見ている。
 レズリー・ケイマンの表情が動かない。
 どうやら、正解らしい。

「奪い去ったスクナ人が使用された宇宙船をもって、ハーラン・メルハトルは親友のエルド・グランディスを頼りました。
 命が尽きてしまう未来が解っていたから、一番信頼できる、良識のある人に人類の未来を託したのです。
 エルドは親友の思いを受け取り、決して悪用せずに宇宙船を隠しました。
 スクナ人は、長命です。おそらく宇宙船の中で休眠させた状態で保管していたのでしょう。
 エルドは誰にも秘密を言わずに、墓場まで沈黙を通すつもりだったと思います。そのまま放置しておけば、いつかスクナ人の寿命も尽きる。
 それが銀河の平和のために必要だと考えたのだと思います」

 レズリー・ケイマンは目を細めて、リュウジを見つめる。
 ここまでは間違っていないようだ。
 心に呟きながら、話を続ける。

「だが、そこへあなたが現れた」
 リュウジは静かに呟く。
「ここからは、リンダ・セラストンの方が詳しいでしょうね。
 あなたは親友の弟という立場を利用して、兄が盗み出した宇宙船の在り処を必死に探った。
 そして、口を割らないエルド・グランディスに業を煮やし、最終手段に出た。
 そこまで強引な手段に出たのは――あなたをバックアップする、協力者がいたからです。
 ナダル・ダハットの跡を継ぎ、犯罪組織『ダイモン』を束ねる、イズル・ザヒルが――先代のナダル・ダハットがカラサワ・コンツェルンの後継者を殺してでも欲しがった、完璧なスクナ人のシステムを、イズル・ザヒルもまた、欲しがった。
 そして、エルド・グランディスから引き出した情報を元に、スクナ人の使われている宇宙船を運び出し、あなたはイズル・ザヒルに引き渡した。
 その見返りとして手に入れたのは、ここラグレンでの最高の地位です。
 あなたとイズル・ザヒルは共存関係にあった。
 違いますか」

 イズル・ザヒルは惑星ダナシアの上空に巨大なスペースコロニー『アイギッド』を浮かべている。
 実は、現在のものは二代目だ。以前は現在のものよりも、はるかに小規模なものだった。
 それが巨大なものに作り替えられたのは、十三年前。着工自体は、さらに三年前に遡る。
 あれほど容量の大きなもの動力源は何だろうと、リュウジは宇宙船の開発に携わる関係上、興味を抱いていた。
 噂を去らない情報だが、スクナ人が使われていると囁かれていた。
 全ての事実がぴたりと、一つに組みあがる。
 イズル・ザヒルは、殺戮兵器ではなく、自分の事業基盤のコロニーの動力として、スクナ人を欲していた。
 ナダル・ダハットが手に入れられなかった、三種類揃ったスクナ人を、ハーランの弟を使って探させた。
 そして、『アイギッド』はスクナ人を動力源として迎え、ブースト型のスクナ人の助けを得て、快適な環境を人々に提供している。

 それが、リュウジの考えた事件の全容だった。

「あなたに言われずとも、私たちは全てを知っています。
 その情報は取引としては、利用価値がありません。残念ですが、レズリー・ケイマン」

 真っ直ぐに彼を見たまま、リュウジは言葉を続ける。

「手札はそれだけですか? なら、こちらから札を出させていただきます。
 それだけ恩義のあるイズル・ザヒルを、あなたは裏切った。
 ハルシャ・ヴィンドースを計略にかけ、犯罪者として社会的に抹殺しようとして。
 あなたは、イズル・ザヒルと契約していたようですね。借金とはつまり、イズル・ザヒルの私有財産に他ならない。回収しなくては、彼の懐を傷めます。
 だから、ハルシャ・ヴィンドースに借金がある限り、手を出すなと申し渡しがあったようですね。なのにあなたは――父親が見抜いたように、息子も自分の正体を知っているかもしないという疑心に取りつかれ、息子のハルシャ・ヴィンドースを陥れようとした。
 スクナ人を使った違法な駆動機関部を作らせることで」

 レズリー・ケイマンの表情が変わった。
 どうして、そこまで知っているのだという顔だ。
 リュウジは静かに微笑んだ。

「失礼。私にはマサキ・ウィルソンの他にも、いくつか別の名前を使うことがあるのです。
 その一つが、オオタキ・リュウジです。ご存知ですか?
 オオタキは、母方の姓なのですよ」

 オオタキ・リュウジという名に、かすかにケイマンの目が見開かれる。
 やはり、ヴィルダイン・ハーベルから聞かされていたようだ。ハルシャの友人のオオタキ・リュウジ。今、ケイマンは違う表情で自分を見ている。

「残念ながら、私はあなたの所業を全て見させてもらいました。これらのことは、ハルシャ・ヴィンドースから直接聞いたことです。
 ここへ本日伺ったのは、できればご自分で罪を認め、潔く出頭して頂きたいと思ったからです。
 私も人の上にたつ立場上、責任というものを知っています。
 ご自分で名乗り出ることは、大変潔く、立派なことです。出来れば執政官コンスルにも、その勇気を持っていただきたい」

 じわじわと追い詰めていく。
 こちらに注意を引き付けている間に、吉野は静かに動いていく。
 次に、レズリー・ケイマンがどう動くか、もうすでに予測は出来ていた。
 その行動を起こさせるために、リュウジはひたすら言葉を続ける。

「残念ながら、もし、その勇気をお見せいただけない時は、私とリンダ・セラストンがこの足で、警察に告発に参ります。
 ですから、最後通告と思って頂いたら結構です。
 あなたが為したこと――
 ラグレン警察と手を組んで、不当な捜査を横行させていたことも、本物のレズリー・ケイマンとすり替わって十三年間欺き続けていたことも、エルド・グランディスに対して裏切り行為を行ったことも。違法な献金を受けていたことも。そして」
 瞳の力を強めて、リュウジは言い切った。
「あなたの正体を見抜いた清廉の士、ダルシャ・ヴィンドース氏をその妻と共に爆破し死に至らしめたことも、その遺児たちに不当な扱いをしたことも、全て、洗いざらい白日の元に曝します。
 そして、正当な裁きを受けて頂きます――殺人罪、身分詐称罪、贈賄罪、罪状は一体いくつになるのでしょうか」
 リュウジは真っ直ぐに彼を見る。
「先程素晴らしい言葉を教えて頂きました。因果応報。
 善には善で。悪には、悪で報いが来る――
 レズリー・ケイマン。いえ、セジェン・メルハトル。
 今が、報いの来る時です。覚悟してください」

 ふっと彼が笑う。

「どれだけあんたらが言っても、証拠はどこにもない。つまり――」
 鋭い眼が、自分たちを見た。
「この場であんたらを始末すれば、済む話だな」

 言い終わる前に、素早くレズリー・ケイマンは服から銃を取り出して、リュウジに真っ直ぐ狙いを定めた。
 引き金が引かれた瞬間、吉野が後ろから彼の腕を取り捩じり上げていた。
 床を撃った音が、響き渡る。

「警部!」
 叫んだ瞬間、執政官室の扉が凄まじい音と共に蹴破られ、マイルズ警部を先頭に、汎銀河帝国警察機構の刑事たちが雪崩れ込んできた。

 吉野が押さえるケイマンの身体に屈強な刑事がとりつき、すぐさま光る拘束具で手が後ろ手に縛られた。
「レズリー・ケイマン」
 暴れるレズリー・ケイマンの前に、マイルズ警部が立った。
「殺人未遂の容疑で現行犯逮捕する」

 令状を必要としない逮捕が、実際に犯罪が行われた現場での、逮捕――現行犯逮捕だった。
 有無を言わさず彼を確保するために、リュウジはケイマンを追いつめ、銃を抜かせた。

「どこに証拠がある! 俺は銃を抜いて、その男に見せていただけだ! たまたま暴発して――」
 まだ言い逃れをするレズリー・ケイマンに、
「すまんな」
 と警部が静かに言う。
「捜査の危険性を考えて、カラサワ・リュウジ氏に、我々と無線で繋がっている収音装置を身に着けていてもらっていた。
 君の話は全て外で聞かせてもらったよ。もちろん、録音もしている。証拠として使わせてもらうつもりだ、君の罪状を確定するために、な」
「ただの言葉の遣り取りだけだ!」
 まだ暴れるケイマンに、警部は服から逮捕状を取り出して、広げた。
「殺人未遂の他にも、君には殺人罪の逮捕状が出ている」
 内容を見た瞬間、レズリー・ケイマンの顔が凍り付いた。
「ま、まさか」
「ジェイ・ゼルと共謀して、ダルシャ・ヴィンドース夫妻を殺害した殺人罪で逮捕する。
 これから話すことは一切証拠として使われる。アンディ。逮捕者の権利を」

 アンディが逮捕者の権利を暴れるレズリー・ケイマンに告げている。
 これで今後の発言は、証拠として採用される。
 レズリー・ケイマンは銀河帝国法に乗っ取って、正式に逮捕された。

 まだ暴れるレズリー・ケイマンを屈強な刑事たちが三人がかりで連れて行く。
 現場は騒然としていた。
 有能な帝星からの刑事たちが、執務官室の机から全ての資料を手早くコンテナに詰めている。
 自宅も、全て調べられている。そして、今、ナロウと共に、帝星の刑事たちが十三年前にレズリー・ケイマンが誘拐されていた家を、捜索に向かっていた。

「ご苦労だったな、坊」
 立ち尽くすリュウジの前にマイルズ警部が立っていた。
 彼は、全ての話を自分たちと一緒に聞いてくれていた。
 見つめるリュウジの頭に、優しく警部の手が触れた。
「ご両親のことは、しっかり俺たちが調べ上げる。よくやった、坊」

 血だまりの中で、座っていた。
 それは。
 母親が命懸けで自分を守るために、闘ってくれたからだった。
 たった一人で。
 命尽きるまで――

「僕は」
 小さくリュウジは呟いた。
「両親のことを忘れてしまいました。でも」
 唇を噛んでから、呟く。
「僕は、愛されていました。命をかけて」

 警部の手が静かに頭を撫でる。
「坊を、血だまりから抱き上げた時、息子を頼むと、ご両親の声が聞こえたような気がした。命を失っても、想いは残る。俺はな、坊」
 静かに身が引き寄せられる。
「坊が生きていてくれて、とても嬉しかった」

 そっと、一瞬だけ抱きしめられてから、身が離れた。
「外の飛行車に、ジェイ・ゼルさんがいる。このまま宙港へ行く予定だが、彼にも事の顛末を知って欲しくてな。停めてある飛行車で同じ音声を聞いていた」
 言いながら、警部はつけてくれた収音装置を外した。
「宙港からは、帝星へ真っ直ぐだ。逢うなら今だぞ、坊」

 リュウジは走っていた。
 五階からチューブではなく階段を駆け下り、外にひしめき合う警察の飛行車の中に、ジェイ・ゼルの姿を探す。
 彼は警察官たちに守られるようにして、後部座席に乗っていた。
 走り寄ったリュウジを見て、窓が開かれた。
 開いた窓から、リュウジはジェイ・ゼルを見た。
 緑の光で手首を拘束されて、彼は静かに微笑んでいた。
「見事だったな、リュウジ」
「あ、あなたのお陰です。あなたが情報を与えて下さったから、追い詰めることが出来ました。逮捕は確実です――ヴィルダイン・ハーベルも、共謀罪で逮捕状が出ました。
 もう、ハルシャを脅かす者は、いません」

 その言葉に、心からの笑みをジェイ・ゼルが浮かべた。

「それは何よりだ」

 言いたい言葉の前に、唇が震える。

「ジェイ・ゼル――」
 言葉を切る様に、静かにジェイ・ゼルが言う。
「私のことは、報道通りに伝えてくれ。他のことは言わなくていい」
 笑みが深まる。
「ハルシャは今、私の自宅で待っている。もう安全になったからね。すまないが、迎えに行ってあげてくれないか。自宅の解除番号を伝える」
 短い数字を口にしてから、彼は一瞬言葉を詰まらせた。
「マシュー・フェルズに後のことは全て頼んである。落ち着いたら、ハルシャに彼に会うように伝えてくれないか」
「ジェイ・ゼル……」

 眼差しを交わしたまま、リュウジは言葉が出ずに荒い息を吐く。

「リュウジ」
 灰色の瞳が、静かに見つめる。
「ハルシャを――頼む」

「どうして!」
 叫んだリュウジに、ジェイ・ゼルが首を振る。
「さあ、どうしてかな」

 そして、警察に向かって
「お引止めして申し訳なかった。もうやってもらっていいよ」
 と、静かに言葉を告げた。

「ジェイ・ゼル――」
「君にしか頼めない」
 前を向いたまま、ジェイ・ゼルが呟いた。
「ハルシャを……」
 唇を急に噛み締めて、ジェイ・ゼルが言葉を切る。
 短い沈黙の後、絞り出すような呟きが口から漏れた。
「ハルシャを幸せにしてやってくれ」

 窓が閉じられた。
 リュウジは叫んでいた。
「あなた以外の誰が、ハルシャを幸せに出来るのですか! ジェイ・ゼル!」
 ジェイ・ゼルは振り向かなかった。
「どうして、こんな選択肢しかなかったのですか!! ジェイ・ゼル! 答えて下さい!」

 叫ぶ言葉を断ち切る様に、飛行車が浮いてラグレンの街を滑っていく。
 見送って立ち尽くすリュウジの側に、静かに吉野が佇んだ。

「吉野」
 リュウジは飛行車を見送った空を見上げながら、呟いた。
「ハルシャを迎えに行く」
「はい。お車を回してきます」

 すっと吉野が動く。
 リュウジは手を握りしめた。
「――ハルシャ」
 呟いて視線を落とす。
 訪れた時よりも長く伸びた影を、リュウジは無言で見つめていた。









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