夜明け前に、ジェイ・ゼルは目を覚ました。
傍らにある温もりの存在を、天井を見つめたまま感じ取る。
いつの間にか、ハルシャは自分の方を向いて顔を胸に預けてきていた。
眠ると少し幼くなる彼の顔を見守る。
彼の長い睫毛が、顔に影を落としている。きれいな赤毛は睫毛も彩っていた。
無言でただ、彼の寝顔を見つめ続ける。
瞬きを一つすると、ジェイ・ゼルはゆっくりと身を動かした。
自分にもたれて眠るハルシャの頭をそっと手で浮かせて、枕を敷き込む。
一連の動作も、彼の深い眠りを妨げなかったようだ。
上半身をベッドの上に起こし、屈託なく眠る姿をしばらく眺める。
手を伸ばしてそっと、額に張り付いた髪を指で梳いた。
記憶に刻むように、ハルシャを見つめてから、ジェイ・ゼルは身を動かした。
静かにベッドを滑り降り、バスルームへ向かう。
汗を流してから、服をまといその足で朝食の準備に向かった。
自分とハルシャの二人分を作り、一人で食卓で食べる。
ハルシャの分はきれいに並べて覆いをかけ、机の上に置いておく。
彼が目覚めた時のために、メモを残した。
用事で出かけるので、朝食を食べておくように、と。そして、迎えを寄越すのでそれまで、この部屋で過ごすようにと付け加える。
メモを置き、ジェイ・ゼルは寝室へと再び向かった。
寝室の中に備え付けられているウォークインクローゼットへ、足音を忍ばせて向かう。
そこから、一着の服を取り出した。
手にした服を見つめる。
それは、ハルシャが自分に逢うために、自宅に訪れてくれた時に自分が着ていた服だった。
泣きじゃくったハルシャの涙を、その服は吸っている。
涙の痕がある生地を見つめてから、ジェイ・ゼルは小さな鞄に丁寧に折りたたんで入れた。
鞄だけを手に、ジェイ・ゼルはクローゼットから出る。
ベッドの上では、ハルシャが安らかに眠っていた。
視線を落としてから、ふっと目を上げベッドの側へと足音を立てずに動く。
眠るハルシャの側に顔を寄せると、
「愛しているよ、ハルシャ」
と、小さく呟き、優しく髪に唇を触れさせた。
目を閉じ、ジェイ・ゼルはしばらく動かなかった。
引き剥がすように、ゆっくりと身を起こすと、手を伸ばして髪を撫でる。
「幸せに」
一言呟いてから、何かを断ち切る様にジェイ・ゼルは背を向けて、寝室を後にした。
そっと扉を閉め、居間へ向かう。
ネルソンへ連絡を入れると、彼はすぐに応じた。
意外なことにもう、セイラメの自宅の駐車場にいるらしい。
夜明け前なのに、待機してくれていたようだ。
ありがたいことだと告げ、すぐに向かうと言葉をかける。
通話装置を服にしまい、ジェイ・ゼルは歩き出そうとした。
その足が、止まる。
抗いがたい力に引かれるように、振り向いて寝室の扉へ視線を向ける。
その奥に眠る存在を、瞳に映そうとするように、無言で扉を見つめる。
小さく笑うと、彼は顔を戻した。
真っ直ぐに玄関に向かい、駐車場へ繋ぐ。
身が光に包まれた時、
「ハルシャ」
と、小さく名を呼んだ。
未練を自分で笑い、ジェイ・ゼルは視線を伏せる。
覚悟を決めたままに、駐車場へと降り立つと、すぐ前にネルソンが待っていた。
「ありがとう、すまなかったね、ネルソン」
「おはようございます、ジェイ・ゼル様」
扉を開けてくれる中に滑り込み、ネルソンを待って向かう先を指示する。
「事務所に行く前に、少し遠回りになるが、クラハナ地域の工場へ行ってくれるかな」
かすかな驚きをネルソンが見せる。
「はい、ジェイ・ゼル様」
それ以上の疑問をさしはさまずに、彼はふわりと飛行車を浮かせた。
夜明け前の都心ラグレンは、光が弱った銀河のようだ。
静寂に包まれた中を、進む。
ジェイ・ゼルは街並みを見つめる。
十二年間、
そして。
ハルシャに出逢った惑星。
記憶に刻み付けるように静かに見つめ続ける。
沈黙の間に、ネルソンは飛行車を駆り、十数分で郊外にあるクラハナの工場へとたどり着いた。
夜明け前の工場に人気は無く、灯りは非常灯だけだった。
ネルソンは玄関に静かに飛行車を降ろした。
「ありがとう、ネルソン」
ジェイ・ゼルは言葉を続けた。
「マシューから言付かっているかな? 清掃用品をお願いしてあったのだが」
はっと彼は気付いたようだ。
「お預かりしています」
と、すぐ横の座席から箱に入ったものを取り出した。
ジェイ・ゼルは受け取り、
「少し、ここで待っていてくれるかな」
と、柔らかい声で告げた。
清掃用品の入った箱から手を離しながら、
「お手伝いすることがありましたら……」
と、ネルソンが心配そうに言う。
ジェイ・ゼルは笑った。
「君の手を煩わせるまでもない」
動こうとしたジェイ・ゼルのことを感じ取り、ネルソンが素早く外に出て、扉を開ける。
礼と共に外に出ながら、
「それにこれは、私一人でしたいんだよ」
と、低く呟く。
「すまないが、待っていてくれないか」
「はい、解りました、ジェイ・ゼル様。お待ちしています」
清掃用品を手に、ジェイ・ゼルは工場へ向かった。
ここの鍵は工場長に預けてあるが、ジェイ・ゼルはどの工場でも出入りできる、マスターキーを保有していた。
その鍵を使って、工場を開ける。
セキュリティも切り、エントランスを抜けて、細い廊下で繋がるロッカー室へと向かった。
灯りを探して、スイッチを入れる。
静かに歩を進め、ハルシャが使っていたロッカーの前に立つ。
野卑な落書きを静かに見つめる。
五年間、このロッカーをハルシャは使っていた。
その事実を、胸の奥に受け止める。
ジェイ・ゼルは手にしてた清掃用品を床に置き、その中からマシューに頼んでおいた除去剤を見つけ出す。
マシューは丁寧に使い捨ての手袋も、クロスも入れてくれていた。
準備を整えると、ジェイ・ゼルは除去剤を滲み込ませたクロスで、施された落書きを、一つ、一つ、消していった。
丁寧に、これを目にした時のハルシャの心の痛みを、感じながら。
歯を食いしばり、静かに文字を、消す。
「――ハルシャ」
小さく言葉が口からこぼれる。
「……許してくれ、ハルシャ」
こぶしを握ると、ジェイ・ゼルはロッカーに押し当てて、込み上げるものに、耐えた。
「ハルシャ……」
しばらくそうしてから、大きく息を一つ吐くと、再びジェイ・ゼルは作業に戻った。
半時間ほどかけて、ハルシャへ向けられた悪意のある全ての言葉を消し去る。
ロッカー室の中には除去剤の香りが漂っていた。
ジェイ・ゼルはきれいになったロッカーに、そっと手の平で触れた。
視線を落としてから、思い切る様に背を向ける。
道具を再び箱にしまい、抱えてジェイ・ゼルは歩き出した。
元来た道を辿り、灯りを消し、セキュリティをかけて玄関の鍵をかける。
大股にジェイ・ゼルは飛行車に戻り、車内でネルソンに清掃用品を手渡す。
「お待たせしたね」
「いえ、お早いお帰りでした」
にこっとジェイ・ゼルは笑って指示を出す。
「このまま事務所へ行ってくれるかな、ネルソン」
浮き上がった飛行車から、ジェイ・ゼルはハルシャが働いていた工場を見つめる。
大きく息を吐くと目を閉じ、事務所へ着くまで座席に身を預けて、彼は無言だった。
*
ジェイ・ゼルが姿を見せたことで、宿直をしていた部下が慌てて走って来た。
「おはようございます、ジェイ・ゼル様」
飛行車の扉を開けて、出迎えてくれる。
予想外の登場に戸惑っているようだ。
手を振りながらジェイ・ゼルは、彼の危惧を解いた。
「ちょっと用事があってね。奥で作業をするだけだから、気にしないでくれ」
ネルソンにこのまま前で待つように告げてから、ジェイ・ゼルは宿直の部下をあしらいながら、事務室へ入る。
「仕事が終わり次第出るから、気遣いは無用だからね」
言葉に、邪魔をしないようにという心を嗅ぎ取ったようだ。
「解りました。何かありましたらお呼びください」
と、素直に引き下がる。
彼と別れてジェイ・ゼルは事務室へまっすぐ向かった。
鍵のかかっていない扉を開き、歩を緩めずに奥に行く。自室に入り、振り向いて鍵を降ろすとそのまま、
椅子に座り、ヘッドセットを手にする。
数度のコールで、
『どうした、ジェイ・ゼル』
という声がした。
「申し訳ありません、
ジェイ・ゼルの言葉に、すぐにイズル・ザヒルは返事をしなかった。
『こちらからかけるまで、待っていてくれるか、ジェイ・ゼル』
何かややこしい状況なのかもしれない。
「ありがとうございます。お待ちしております」
丁寧に礼を述べると、
椅子に座り、ジェイ・ゼルは視線を落として連絡を待った。
無言で待機していると、昨夜のハルシャの姿がふわりと意識の底から漂い出してきた。
傍らで身を寄せながら映画を観ていた様子。
初めて自分に対して見せた独占欲。
痙攣しながら自分を締めつけていた熱い、内側。
甘やかに熟れる、金色の眼差し。
優しい唇からあふれる、自分の本当の名前。
愛しい、と。
心に呟く。
この後の話し合い次第では、自分はこの場で死を命じられるかもしれない。
自分が為そうとしていることは『ダイモン』への裏切りに他ならない。
許されるとは思っていない。
ただ。
無駄だと解っていても、あがくだけはあがいてみようと、心に決めたのだ。
死を命じられた時は、マシューに手持ちの資料だけはマイルズ警部に渡すように伝えてある。
効果は少ないかもしれないが、無いよりましだろう。
ジェイ・ゼルは考えながら、待ち続ける。
私の……ジェイド。
ふと。
ハルシャの声が耳に蘇る。
彼への想いだけを抱き締めて、ジェイ・ゼルは目を閉じた。
この命は、ハルシャのものだ。
彼のために自分が出来ることを、ただ、為そう。
愚かだと、人はいうかもしれない。
だが。
自分はこんな生き方しかできない。
なぜなら――
この身は作られた存在。
『
愛する者のために殉じることができるなら、それを無上の幸福と感じてしまうのかもしれない。
『何かな、ジェイ・ゼル』
不意に前に声が聞こえ、ジェイ・ゼルは目を開いた。
画面には、椅子を引き寄せて腰を下ろそうとするイズル・ザヒルの姿があった。
彼は夜着をまとっていた。就寝中だったのかもしれない。
「お休みのところ、申し訳ありません」
詫びる言葉に、イズル・ザヒルが小さく笑った。
『火急の用なのだろう? どうした。レズリー・ケイマンと戦争をするのか?』
椅子に座を占めてから、ふふっと、彼は微笑んだ。
『ライサム・ゾーンが行くと言っていたよ。他にも手練れの者を数人そちらへ遣ろう。
レズリー・ケイマンの始末は、数分で済む話だ。
あとは、執政館を爆破しておけばいいだろう。
五年前に、ラグレンの名士ヴィンドース夫妻を殺害した同じ犯人だと言っておけば、マスコミは納得するだろう』
滔滔と述べ立ててから、ゆっくりとイズル・ザヒルが足を組んだ。
『私との契約を先に破ったのは、レズリー・ケイマンだ。
ハルシャ・ヴィンドースの借金があるうちは手を出すなと、あれほど言っておいたはずなのに、五年経つと忘れてしまったらしい。
私の許可も得ずに、姑息な手段を使ってハルシャ・ヴィンドースを罠にかけようとした。
もし、有罪が立証されていたら私は損害を受けていた。
ライサムは思い上がったレズリー・ケイマンに対して、激怒していてね。
遺伝子が判別できないまでに、身を擂《す》りつぶすつもりらしい』
一瞬無言で、二人は見つめ合った。
『どうした。ジェイ・ゼル。それでは気に入らないか』
静かな声で、イズル・ザヒルが問いかける。
「恐れながら、
ジェイ・ゼルは、真っ直ぐにイズル・ザヒルを見つめながら言葉を続けた。
「それでは、レズリー・ケイマンが為した悪事を、公《おおやけ》にすることが出来ません」
にやっと、イズル・ザヒルが片頬を歪めた。
『罪の告発は、煉獄の門の前ですればいい』
薄青い瞳がジェイ・ゼルを見つめる。
『この世界では、力が正義だ。目をかけてやったのに分を弁えない飼い犬は、私は必要ない。
一度裏切った者は、必ず再び裏切る。
レズリー・ケイマンは、性悪の犬だ。世間の迷惑になる前に、始末しておくのも飼い主の責任だからね。レズリー・ケイマンには、自分の罪は自分の舌で語ってもらおう。地獄でな』
目をかけてやったのに、分を弁えない飼い犬。
それに今から自分はなろうとしている。
「お願いがあります、
何の技巧も使わずに、ジェイ・ゼルは真っ直ぐに思いを伝えた。
「
イズル・ザヒルの顔から笑みが消えた。
「決して、
はっきりと言い切る。
「共謀したのは、ラグレンで支部を預かる私です。イズル・ザヒル様は何もご存じではありません。私が勝手に最大の利益を得ようとして、名士であるヴィンドース夫妻を殺害することに手を貸したのです。
全ては、私の一存です」
切なる思いが伝わる様に、懸命に言葉を絞る。
「
どうか、その記録を私にお与えください。
イズル・ザヒル様の会話はすべてこちらで消去しておきます。私がヴィンドース氏と契約したときの音声記録は、残してあります。
それと、レズリー・ケイマンの会話を総合すれば、私が裏で手を回したと判断されるでしょう。
決してイズル・ザヒル様の名は出しません。
お願いです。
レズリー・ケイマンがヴィンドース夫妻を殺害した証拠を、私にお与えください」
言い切った後、ジェイ・ゼルは頭を下げた。
ただひたすら、懇願を示し続ける。
長い沈黙の間、ジェイ・ゼルは顔を上げなかった。
『それで』
イズル・ザヒルの声が、静かに響いた。
『お前はどうするつもりだ、ジェイ・ゼル』
息を一つ吸ってから、
「殺人罪、もしくは共謀罪で、起訴されると思います」
と、静かに告げた。
再び長い沈黙が続いた。
『それで、誰が得をするんだ』
イズル・ザヒルの問いに、顔を上げないままジェイ・ゼルは答えた。
「ダルシャ・ヴィンドース氏の名誉が回復します」
ふっと小さな笑いが聞こえた。
『違うだろう、ジェイ・ゼル』
笑いを含んだまま、イズル・ザヒルが呟く。
『ハルシャ・ヴィンドースの、だろう』
ジェイ・ゼルは顔を上げなかった。
伏せたままのジェイ・ゼルの耳に、静かなイズル・ザヒルの声が響く。
『恋人のために、命を捨てるのか。
解っているのか。刑務所へ行く前に、我々がお前を殺す。たとえお前でも、裏切りを許すことは出来ない。それが『ダイモン』だ』
解っていた。
「私が死んでも、証拠が警察機構に渡れば、裁きは行われます」
ジェイ・ゼルは静かに続けた。
「ご処分は当然です。相応の裏切りを私は行います。ですが、その前に」
ようやくジェイ・ゼルは顔を上げて、
「どうか、レズリー・ケイマンが
その後、警察に情報を売った男として私をご処分下さい」
薄青い瞳がじっと、ジェイ・ゼルを見つめていた。
「ただ」
自分が愚かなことを上書きしているのが解りながら、ジェイ・ゼルは続けた。
「――部下たちは」
一人一人の顔が浮かび、一瞬ジェイ・ゼルは言葉を詰まらせた。
「これは私の一存でしたことです。どうか、部下たちにはご温情をたまわりますように、伏してお願い申し上げます」
再び頭を下げたジェイ・ゼルに、
『お前の部下は、誰も止めなかったのか』
と、静かな声が聞こえる。
「私の独断です。
この場で殺されてもおかしくないほどのことを、自分は言っている。
『恋に血迷った挙句、私だけでなく、お前を信じて付いてきた部下たちも裏切ることになると、きちんと理解しているんだな、ジェイ・ゼル』
冷たい声が画面から聞こえた。
その通りだ。
ハルシャのために動く自分をどんな目で部下が見ているか、推測するにもあまりある。
それでも。
自分は止められない。
「申し訳ありません」
『愚か者がっ!』
椅子を後ろに蹴倒して立ち上がり、イズル・ザヒルが吼えた。
『お前がこの場に居たら、即刻喉首を掻き切ってやる! もう二度と御託が言えないようにな!』
これほど
彼は深く静かに怒る。
微笑みながら始末をするのが殆どだ。
彼が声を荒げたのは、二度目だ。
いつも、自分のために彼は怒りを向けてくる。
『その前に、ハルシャ・ヴィンドースを始末せねば、収まらないな』
はっと、ジェイ・ゼルは顔を上げた。
怒りの極にある顔で、イズル・ザヒルがジェイ・ゼルを見返す。
『お前を惑わした、張本人だ。
然るべき処分をしなくてはならない。ライサムなら、上手くやるだろう。大丈夫だジェイ・ゼル。彼の腕は確かだ。ハルシャ・ヴィンドースは痛みも感じずに命を失っている』
「イズル・ザヒル様!」
叫んでいた。
「ハルシャは、彼だけは、どうか――」
恐怖で身が震える。
必要と判断すれば、ハルシャを始末するだろう。
『なら、音声記録は諦めるか』
静かな声に戻って、イズル・ザヒルが呟いた。
『レズリー・ケイマンを始末するのなら、こちらとしても協力させてもらおう。もちろん、君は何もしなくていい。私が直接指揮する。
君はハルシャと仲良くラグレンで過ごしているといい。ただ、ニュースで執政館ごと、レズリー・ケイマンが吹き飛んだのを聞くだけだ。
君が殺人罪で警察に行くことはない』
証拠は出さない代わりに、レズリー・ケイマンを始末すると
どちらでも同じことだろう、と。
怒鳴ったことで心が落ち着いたのか、イズル・ザヒルは蹴倒した椅子を元に戻し、静かに腰を下ろした。
『次の執政官に誰を推すのか、少し考える必要はあるが、些細なことだ。
君が手を汚すことはない。元々、ラグレンに君を長く置いておくつもりはなかった。丁度良かったではないか。
借金の返済も終えたなら、ハルシャ・ヴィンドースと二人で『アイギッド』に移ってくればいい。君が伴侶として選んだ子だ。こちらでも大切にさせてもらうよ。彼なら、エメラーダとの交流を許可してもいい』
最大限の譲歩を示すように、笑顔を浮かべてイズル・ザヒルが言う。
『もちろん、遊戯に出すような無粋なことはしないから、安心しなさい。彼に手を出すものがあれば、私が始末をしよう。
ハルシャ・ヴィンドースは宇宙が好きなのだろう? なら私のコロニーを気に入ってくれるのではないかな』
ふっと、その未来が見えるような気がした。
エメラーダとハルシャはきっと話が合うだろう。
そうだ。
ハルシャは宇宙が好きだ。
『アイギッド』からなら、気軽に他星へ出かけていくことが出来る。宇宙船の免許を取れば、彼は自由に宇宙を翔けることも可能なのだ。
そこまで考えてから、ジェイ・ゼルはイズル・ザヒルへ視線を戻した。
あらゆる手を尽くして、自分を守ろうとしてくれているのだと、気付く。
『ダイモン』の幹部であるのに、自分の手を汚させるまいと、
ライサム・ゾーンなら、一言殺せと、命じることを――
彼は自分に、命を奪わせたことが無かった。
もしかしたらラグレンを赴任地として選んだのも、ここが平和な土地だったからだろうか。
見えなかったものが今、突然見え始めた。
厳しさの向こうにあるもの。
今も昔も、同じ眼差しで、彼は自分を見つめていた。
「イズル・ザヒル様」
真っ直ぐに姿勢を正すと、ジェイ・ゼルは目の前の人を見つめた。
「お時間を頂戴し、大変申し訳ありません。これから、私の想いをお伝えすることをお許し下さい。
『ダイモン』の幹部のジェイ・ゼルではなく――」
一瞬言葉を飲んでから、目の前に座る眼差しを信じて、言葉を続けた。
「惑星アマンダで生まれた、あなたの養子であるジェイドとしての想いを――どうか」