ほしのくさり

第187話  ハッタリの使い方






 盗難があった工場長室は、警察が光の防御壁で封鎖していた。
 入り口に、細い光の線が幾筋も通され、中に人が入ることを拒んでいる。
 一見するとただの光のようだが、物質を通さない特殊な作りになっている。
 警察が封鎖のために使う手段だ。
 光の筋越しに、奥まった場所にある扉が開かれたままの金庫が見える。
 装置を解除しない限り、部屋の中には入れない。
 防御壁は、正直邪魔だった。

 リュウジは、ジェイ・ゼルへ顔を向けて、一言呟いた。
「これを解除します」
 灰色の瞳で見下ろされる。
「出来るのか」
 小さな声で問い返された。
「はい。このタイプなら」
 ジェイ・ゼルが瞬きをする。
「なら、頼む」

 リュウジは動いた。
 防御壁を発生させているのは、扉の右隅に置かれた防御壁発生装置だった。
 警備関係の装置を生産している、マルウリッツ社の製品だ。
 幸運だった。
 リュウジは機械の側に座り、じっくりと装置の種類と型番を確認する。
 発生装置は、本来解除キーがなければ、侵入を阻む光を消すことが出来ない。
 けれど、ことに警察関係で使用する時には、捜査で解除キーを持つ者が不在となることがある。
 そんな折に、急に現場に入らなければならない事態が起こるかもしれない。
 不測の場合を想定して、この防御壁発生装置には、緊急解除のコードが仕込んであった。
 リュウジは、その緊急解除コードを知っていた。
 マルウリッツ社は、カラサワ・コンツェルンの子会社で、リュウジは防御壁発生装置の開発に、一時期関係していたことがあったからだ。
 床に置かれた黒い装置の基部に触れる。
 ロックを外し、解除キーを入れる場所を開く。
 その下に、小さな突起があるが、そこを押すと緊急解除コードを入力出来るモードになる。
 コード受け入れ状態にしてから、リュウジは記憶している十六桁の数字を打ち込んだ。
 ふっと、光が消える。
 ガルガー工場長が息を飲んだ。
 警察との軋轢を恐れているのかもしれない。
 立ち上がりながら、
「解除できました」
 と、ジェイ・ゼルに向けて声をかける。
「僕たちの用事が済んだら、また、元のように防御壁を発生させておきます」
 驚愕を顔に浮かべるガルガー工場長へ、リュウジは笑顔を向けた。
「大丈夫ですよ、工場長。警察にはバレません」

 驚きを消したサリオン・ガルガーが、まじまじとリュウジを見つめてくる。
 もう一度笑顔を浮かべてから、問いを口にした。
「この扉を開いて、最初に金庫が破られているのを発見したのですね、ガルガー工場長」
 その言葉に、はっと我に戻ったようにガルガーがうなずく。
「そうです。この扉を開けて」
 と、ガルガーが今は開かれたままの扉の表面を指さす。
「最初に目に入ったのが、盗難にあった金庫です」
 リュウジは瞬きをしてから、問いを再び口にした。
「どうして盗難されていると解ったのですか?」
 思いもかけないことを聞かれたように、ガルガーは目を見開いた。
「金庫が全開になり、中身が無いのが見えたからです」

 リュウジは目を細めた。
「もし金庫が開いた状態でなければ――あなたは盗難に遭っていたことに、気付きましたか? 工場長」
 見開いたままの目で見つめてから
「いえ」
 と、短く工場長が呟いた。
「もしかしたら――気付かなかったかもしれません」
 リュウジは考えながら、独り言のように呟いていた。
「扉さえ閉めておけば、窃盗に気付かれるのは、もっと遅かった可能性があるのですね」
 ガルガーが頷く。
「と、言うことは――」
 リュウジはマイルズ警部へ視線を向けた。
 彼も同じ結論にたどり着いていた。
「そうだな」
 静かな声で警部が言葉を返す。
「犯人は……金庫の金が盗まれていると、我々に気付いて欲しかったという訳だな」

 金庫の扉を閉めておく。
 たったその一つの手間だけで、発見を数時間、もしくは数日遅らせることが出来たはずだ。
 なのに、犯人はあえて扉を開け放ち、犯行を誇示してみせた。
 そこには理由があるはずだ。
 金庫を開けるのに使った録音装置をハルシャのロッカーに、わざわざ入れていったことも。
 ロッカー室の窓を侵入口にしたことも。
 犯人は、盗難にあったことを、知らせたかった。
 いち早く、皆に盗難を知ってもらう必要――
 その理由とは、何だろう。

 短い時間の間に、リュウジは必死に考え続ける。

「ガルガーさん」
 マイルズ警部が工場長に声をかけている。
「ここの防犯カメラですが――画像が保存できるのは、何時間ぐらいですか?」

 その言葉に、はっとリュウジは顔を上げた。
 そうか。

「ラグレンの時間で約四日――百時間で過去のものが消えていくようになっていたと、思います。画像の精度が高く台数もありますので……」

 カメラは動き続け、画像を保存し続ける。
 保存の容量は決まっているので、過去の画像を上書きして記録する。
 その期限は、百時間。
 百時間前の映像は、消えてしまう。
 実行犯は、自分たちが残した画像が、消えてしまうことを心配したのだろう。
 だから金庫を開け放しておいたのだ。
 確実にハルシャの犯行だと、画像から判断してもらえるように。
 犯人は画像が消える前に、どうしても盗難に気付いてもらう必要があった。

「なら、いち早く窃盗に気付いたことは、警察にとっては願ってもないことだったでしょうね」
 マイルズ警部が静かに告げている。
「あなたが、防犯カメラの画像の管理をしているのですか?」
 なおも警部が問いかける。
「はい。セキュリティ関係は、私が――暗証コードがないと、防犯カメラの画像は見られないようになっています」
「管理は、工場長室で?」
「そうです――あそこにある画面に、防犯カメラの画像が映るようになっています」
 ガルガー工場長は、身を伸ばすようにして部屋の一点を指さした。
 そこには大きなモニターがある。
「今は、記録媒体を警察が押収しているので、画像が映っているだけですが」

「ということは、今は防犯カメラの映像は、残されていないということですか?」
 思わずリュウジは問いかけていた。
 ガルガーが驚いた顔をした。
「はい。すぐに警察はコピーをして戻してくれるとおっしゃっていたので」
 だめでしたか? と、問いかけるような眼差しを、ガルガーがジェイ・ゼルに向けている。

 別の可能性にリュウジは気付いた。
 今、この瞬間。
 工場内で何が起こっても、記録には残らない。
 まさか、それも犯人が意図したことというのは、あり得るだろうか。
 考え過ぎだろうか。

 眉を寄せてから、リュウジはジェイ・ゼルへ顔を向けた。
「この工場長室で、職員に聞き取りを行いたいと思います。良いですか、ジェイ・ゼル」
 瞬き一つ分の沈黙をしてから、
「もちろんだ」
 と、ジェイ・ゼルが明確な答えを返す。
 リュウジは頷いた。
 ジェイ・ゼルの許可を得て、ガルガー工場長へ顔を向ける。
「すいません、工場長――彼らと」
 と、ジェイ・ゼルが素手の攻撃に優れているといった強健な体躯のスタッドと、ナイフの名手ケイバーの二人を手で示す。
「一緒に行って、職員を二名呼んできて頂けませんか」
 二名、という言葉に、ガルガーが眉を上げる。
 リュウジは真っ直ぐに、工場長を見つめる。
「この工場を昨日最後に去った、カイン・シーヴォウとトーラス・ラゼルです」
 揺るぎない口調で、リュウジは続けた。
「彼らに、話を聞きたいのです。二人を一緒に、この工場長室に連れてきてください。お願いします」


 工場長が指名した二人を連れに工場へ向かった後、リュウジは警察が封鎖していたことなど気にもせず、工場長室へ足を踏み入れた。
 ジェイ・ゼルとマシュー、そしてマイルズ警部も部屋に入る。
 リュウジはざっと部屋を見渡してジェイ・ゼルへ顔を向けた。

「ジェイ・ゼル」
 声をかけて、振り向いたジェイ・ゼルにリュウジは静かに告げた。
「僕は最後に工場を去った、カイン・シーヴォウとトーラス・ラゼルが怪しいと考えています」

 最初から、トーラス・ラゼルをリュウジは疑っていた。
 彼はシヴォルトの腰巾着だった。そして、ハルシャに対して並々ならぬ悪意がある。ただ一つ気になったのは、彼の体形はがっちりしていてハルシャの振りをするのは難しいと言うことだった。
 その彼が――カイン・シーヴォウと一緒に帰った。
 カイン・シーヴォウは目立つタイプではなかったが、背格好はハルシャによく似ている。もしかしたら、ラゼルが犯罪にシーヴォウを巻き込んだかもしれない。
 二人が組んで犯行に及んだ可能性に、工場長の話を聞いた時に思い至ったのだ。

 ほう、というようにジェイ・ゼルは眉を上げた。
 リュウジは彼に、工場長の机を示して言葉を続ける。
「工場長室の椅子に座って、これから来る二人に、あなたから質問してください」
 マイルズ警部を見てから、リュウジは視線を戻した。
「最初に、マイルズ警部を、帝星からの刑事だと二人に紹介して頂けませんか」
 瞬きをしてから、ジェイ・ゼルが了承の意を示す。
「その後、二人に訊いて欲しいことが、三つあります。
 一つは、昨日三人残されたはずなのに、どうして二人は残り、遅れて帰ったのか。
 二つ目は、最後に彼らが工場を去った、正確な時間です。言葉を濁すようなら、警察に問い合わせをして、防犯カメラの画像を確認すると、脅してください。
 三番目は、犯人についての心当たりはあるか、ということです。当然ハルシャの名前が出ると思いますが、それで良いのです」

 リュウジの言葉に、ジェイ・ゼルは耳を傾けていた。
 彼の表情を見守りながら、リュウジは言葉を続ける。

「この質問の答えは、重要ではありません。
 大切なのは、視線です」
 真っ直ぐにジェイ・ゼルを見つめて、リュウジは言った。
「質問をぶつけたとき、どちらかが、相手を伺うようにちらりと見た時――見た方が従犯、見られた方が主犯です」

 きっぱりと、リュウジは言い切った。

「大事なのはここからです。
 相手をうかがった従犯の者をこの場に残し、主犯の者を廊下で待機させて下さい。
 一人ずつ話を聞きたいから、と理由をつけて、二人を引き離します。
 残した従犯の者から、聞き取りはしますが、無理に事実関係を聞き出さなくてもいいです。
 大事なのは、二人が離されているということです。
 時間を取ってから、二人を交代させます。
 いくつか質問をした後、主犯にこういうのです。
 先ほど、お前の犯行だと従犯の者が、口を割ったと――」

 ジェイ・ゼルがリュウジを見つめる。
「つまり、ハッタリをかませば良いわけだな」
 静かな声で彼は言った。
 ニコッと、笑顔でリュウジは応える。
「時間がありませんから、少々荒い手を使わせてもらいます」
 にわか仕立てのチームなら、瓦解するのも早いだろうと、リュウジは踏んでいた。
 引き離された間に疑いを抱かせ、相手が口を割ったと思わすことが出来れば、こちらの勝ちだ。

 リュウジは顔をマイルズ警部に向けた。
「そのタイミングで、マイルズ警部の通話装置が鳴ります。
 受けた警部は、通話の内容を聞いた後、こうおっしゃってください。
 『ハルシャのロッカーより発見された音声記録装置から、シヴォルトのDNA痕跡が検出された』と。
 何らかのアクションを、相手はすると思います。そこを逃さずに追い込んで行ってください。
 あなたなら出来ます、ジェイ・ゼル」







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