どうしてあの時、ハルシャの傍を離れてしまったのだろう。
苦い後悔が、まだリュウジの内側を焼いていた。
ラグレン警察はわずかな証拠を盾にとって自白を強要し、起訴まで持ち込むつもりだ。
そこまでして、ハルシャに罪を被せたいのだろうか。
うかつだった。
身を守る術を持たないハルシャを、無防備なまま放置してしまった。
彼を守ろうとあれほど、心に決めていたのに。
焦りが込み上げる。
ハルシャを助けるためには、実行犯を警察に突き出すしかない。
だが。
警察が認めるだけの証拠を揃えられるだろうか。
動かぬ物証で、確実にハルシャを解放させなくてはならない。
中途半端なことでは、ラグレン警察は納得しないだろう。
真実を握りつぶされる前に、ハルシャを助け出さなくてはならない。
焦りを抑えながら、リュウジは工場へ向かう飛行車の中で、ジェイ・ゼルにこれからの流れについて、出来る限り詳細に説明していた。
「出入り口を押さえたら、ジェイ・ゼルは正面玄関から入って、ガルガー工場長を呼び出してください。
工場の人達にあなたの訪問が知られる前に、工場長から事件の全容を聞いて欲しいのです。
その時に、尋ねてほしいことがあります。
工場を最後に出たのは誰なのか、その時間と、今朝最初に工場に誰が何時に来たのか。
それに、犯行が行われた時間です」
リュウジは、犯行は突発的なものだと考えていた。
ジェイ・ゼルが言っていたように、パスワードを十日ごとに変更しているのなら、入手した音声認証の記録が、あと数日で使えなくなる可能性がある。
実行犯は焦っていたはずだ。
そこへ、タイミングよくハルシャが仕事を辞めた。
罪を擦り付ける絶好のチャンスが到来したと、感じたのかもしれない。
けれど。
慌てて決行したことには、どこかにほころびがある。
ハルシャが犯人と目され、自分の犯罪がばれないと安堵している今が、一番の狙い時だった。
「内部事情に詳しい者の犯行だと思ったのは、わざわざハルシャに偽装していることです。ハルシャの特徴的な赤毛を知っていて、彼の犯行に見せかけようとしています」
リュウジの言葉を、ジェイ・ゼルは黙って聞いていた。
「だが、犯人は」
眉を寄せて、ジェイ・ゼルが呟く。
「ハルシャにどうして罪を擦り付けようとしたのだろう。犯行時に、ハルシャが別の場所で目撃されていれば、彼の無実は簡単に証明できたはずだ。その脆弱性を、考えなかったのだろうか」
考え込むジェイ・ゼルの顔を見つめながら、リュウジは呟いていた。
「ハルシャに、偽装している……それが、僕が内部の犯行だと思ったと先ほどお話ししましたが」
リュウジは、整ったジェイ・ゼルの顔へ真っ直ぐな視線を注ぐ。
「恐らく、この犯行は――実際は違うタイミングで行われる予定だったのだと、思います」
ジェイ・ゼルが灰色の瞳を動かし、リュウジへ眼差しを向けた。
彼の疑念が浮かぶ視線を受け止めてから、明瞭な言葉で返す。
「今回の盗難事件は……僕たちがシヴォルトの予想を覆し、早く動いたために決行出来なかった犯行だった可能性があります」
絡んだ紐を解きほぐすように、リュウジは言葉を続けた。
「ハルシャが、ギランジュとシヴォルトの計略にかかり、宇宙に連れされた後で――彼が既に工場にいないことを予定した上での犯行だったはずです。
金庫の中身は盗まれ、ハルシャは姿を消している。警察は防犯カメラの映像を証拠として、ハルシャの犯行であると断定するでしょう」
じっと、ジェイ・ゼルを見つめる。
「その時間を取るために、ギランジュとシヴォルトは――あなたへの再度の連絡を、十時間後に設定したのかもしれないと、僕は考えているのです」
ジェイ・ゼルが息を飲んだ。
一連の出来事が、まさか繋がっているとは考えても見なかったという、顔だった。
自分も最初は解らなかった。
だが。
矛盾点を考え続けて、たどり着いた答えだった。
驚きに微かに見開かれた目を見つめながら、リュウジは言葉を続けた。
「サーシャが誘拐されたとき、このクラハナ地域の工場の金庫には、相当量の現金が保管されていました。
憶えていらっしゃいますか?
その金額は――ハルシャが作成した駆動機関部の代金として支払われたものです。
支払ったのは、ギランジュ・ロアです」
ぴくっと、ジェイ・ゼルの瞼が震えた。
「突然の工場長の引継ぎで、まだ銀行の手続きが終わっていなかったようですね。
シヴォルトは、しばらく金庫の中に現金が保管されていることを知っていました。
そのことを、ギランジュ・ロアに話したのかもしれません。
聞いたギランジュは、にわかに惜しみがついたのでしょう。自分の支払った代金が、あなたの懐を潤すことが面白くなかったのかもしれません。
そこで、あなたへサーシャの誘拐を知らせ、意識を引き付けて置いた上で、工場から支払った代金を盗み出す。
あなたから、ハルシャと共に、現金も奪う。
そうやって金銭面と精神面の両方から、大打撃を与えるつもりだったのかもしれません」
ジェイ・ゼルは、リュウジが話す言葉の意味を、考えているようだった。
サーシャの誘拐の当初から、リュウジは違和感を覚えていた。
なぜ、十時間後に改めて連絡を寄越すのだろう。
なぜ、すぐに行動に移らないのだろう、と。
その理由が、今回の事件が起こった時に、パズルのピースが合うように、かちりかちりと音を立てて、一つの事実を組み上げた。
最初は、疑問だった。
ハルシャに偽装した犯行。
おそらく、彼の赤毛に似たカツラか何かを身に着けたのだろう。
しかし、どうしてハルシャに偽装する必要があるのだろう?
ジェイ・ゼルと同じことを、リュウジも考えた。
もし、ハルシャのアリバイが証明されれば、簡単に無実が証明される。どうしてそんな、安易なことをしたのだろう。
工場長室にあったのは、重厚な金庫だった。
破るとしたら、相当の準備をしていただろう。
その上で、ハルシャに偽装した。
矛盾している。
慎重さと軽率さが混在しているようだ。
その一点が気にかかった。
まるで――どうあっても、ハルシャを罪に陥れたいようだ。
その時、工場に警察が来ていたことを、リュウジは思い出していた。
サーシャの誘拐事件が一段落した後の、工場――違法な駆動機関部を、警察に告発したのはシヴォルトだった。
なぜ、あのタイミングだったのだろう。
もし、全力で阻止しなければ、ハルシャはギランジュに連れ去られていた。
と、いうことは。
ハルシャはラグレンから去り、工場には戻れない。
そうなると彼は覆せない不名誉な罪状で、警察に告発され、自身を弁護することも出来ない。
その上で――ギランジュが言っていたように、彼が飽きた後ラグレンに戻されても、ハルシャはジェイ・ゼルの元ではなく、警察に逮捕される可能性が高くなる。
シヴォルトの一連の行動から、どんなことをしても、ハルシャをジェイ・ゼルの手元には戻さないという、強い執念のようなものが、感じられた。
ハルシャに偽装し、彼を罪に陥らそうという企みからも、同じような悪意を感じた。
不意に、気付く。
もしかしたら――
十時間後……深夜を過ぎて、再度連絡をしてくるのは、その十時間の間に、何かをする必要があったからでは、ないのだろうか。
ギランジュがジェイ・ゼルに対して恨みを抱いているのなら――
ジェイ・ゼルの懐が、自分が支払った代金で潤うこと自体が我慢できないはずだ。
取り戻したいと、考えたかもしれない。
ハルシャと一緒に、現金も奪う――ギランジュの企みの可能性に気付いた瞬間だった。
それなら、十時間の猶予を必要としたことが納得出来る。
深夜になり、工場の操業が停止してから、金庫を破り手元に現金を持ち出すまでに――十時間が、どうしても必要だったのだ。
「本当なら、次の連絡までの十時間の間に、シヴォルトが金庫から現金を奪ってくる予定だったのでしょう。
ですが、僕たちが彼の企みを見抜き、ハルシャの奪取を未然に防いだ。
シヴォルトは捕らわれて動けなくなってしまいました。
僕は、シヴォルトは単独ではなく、あらかじめ工場で彼を待ち受ける協力者がいたのではないか、と考えています。
その協力者は、待ち合わせ時間となってもシヴォルトが現れないことに、戸惑ったことでしょう。
協力者だけで、窃盗を決行することを諦め、その時は犯行を見送りました。
けれど、掴みかけた現金が、やはり欲しくなったのかもしれません。
金庫を解錠するためのパスワードの有効期限も、間近に迫っている。
そこへ、ハルシャが工場を辞めたという情報が飛び込んできた。それを絶好の機会と捕え、再び彼に罪を擦り付けることを、思いついたのでしょう。
協力者は、以前にシヴォルトが立てていた計画に基づいて、金庫から現金を盗みます」
リュウジの言葉に、ジェイ・ゼルが沈黙を続ける。
「この犯行は、どこか……ちぐはぐです。それが、僕に疑問を抱かせました。事実をもう一度組み上げ直した結果――裏で糸を引いていたのは、やはりシヴォルトだったと思い至ったのです。
シヴォルトが、共犯者として協力を求めそうな人物。
それが、今回の事件の実行犯です」
リュウジの言葉に、咄嗟にジェイ・ゼルは眉を寄せた。
彼はまだ……シヴォルトが裏で操作していたという自分の考えに、納得していない様子だった。
それだけ、前任の工場長を信頼していたのかもしれない。
だとしたら、彼は現場を把握していなかったと言うことになる。
リュウジは口を開いていた。
「シヴォルトの、ハルシャに対する態度には、目に余るものがありました」
微かな苛《いら》つきを隠すことが出来ず、リュウジは言葉を続ける。
「どうしてあなたが、シヴォルトをそんなに信頼しているのか、僕には理解しかねます」
はっきりとした言葉に、ジェイ・ゼルはさらに眉を寄せた。
ふっと、彼は笑った。
「私の力量不足と言うことだろうな――彼にハルシャを任せたのは」
自身を断罪するような口調で、ジェイ・ゼルが呟く。
ジェイ・ゼルの隣に座っていたマシュー・フェルズが、一瞬顔色を変えて、何かを言おうとした。
「いいんだよ、マシュー」
言葉だけで、ジェイ・ゼルが部下を制する。
「事実は事実だ。シヴォルトは、ハルシャに対して悪意があった。それを見切れなかったのは、私だよ」
まだ腹の中に何かを抱えたまま、ジェイ・ゼルの忠実な部下は制止を受けて黙り込んだ。
リュウジは、眉を寄せるジェイ・ゼルへ視線を向ける。
もしかしたら。
ハルシャがこんな境遇にあることを、ジェイ・ゼルは知らなかったのだろうか。
黙り込むマシューの悔しそうな顔へ、一瞬視線を向けてから、リュウジは考え込む。
借金を返済する時も、マシュー・フェルズはこんな顔をしていた。
利息を、ジェイ・ゼルが黙って支払っていたことを、告げる前に。
自分が思う以上に、ジェイ・ゼルは、ハルシャのために手を尽くしていたのだろうか。間近にいたマシューは、彼の思い遣りを知っていて、自分の言葉に不当なものを感じているのかもしれない。
ジェイ・ゼルは、内側の思いを語らない。
言い訳も何も、自己を庇う言葉を一切口にせずに、潔く非難を受け入れる。
彼の人としての器の大きさを、ふと、リュウジは感じた。
もしかしたら――
ハルシャが置かれていた厳しい環境は、ジェイ・ゼルが望んでいたものではなかったのだろうか。
彼がシヴォルトを信じて、ハルシャを任せていたのだと語調から、感じた。
だとしたら。
ジェイ・ゼルはこの五年間、ハルシャが工場で平和に仕事をしていると、信じ込まされていたのだろうか。
――シヴォルトの、悪意によって。
リュウジは眉を寄せた。
ジェイ・ゼルに対する見方が、変化していく。
彼は――ハルシャの両親を殺害した一連の事件に、イズル・ザヒルが一枚噛んでいたことを知らされていなかった。
紛れもない驚愕を浮かべて、ジェイ・ゼルはマイルズ警部の顔を見ていた。
真実の表情だった。
ハルシャの両親の死に関わりがあったと理解した時に、ジェイ・ゼルの顔に浮かんだ深い罪悪感を、リュウジは見逃さなかった。
ジェイ・ゼルは、ハルシャの両親の死に、関与していなかった。
単に、イズル・ザヒルに使われていただけなのだ。
彼に対する非難を、必死に否定していたハルシャの姿を、リュウジは思い出す。
ジェイ・ゼルはそんな人ではないと――懸命に擁護していた。
ハルシャは、正しかったのだ。
妙な感慨を覚えながら、リュウジは整いすぎるジェイ・ゼルの顔を見守った。
自分の内側が、変化していく。
認める、という言い方が、一番近いのかもしれない。
リュウジはもう、目の前の男を、単純に嫌悪することが出来なくなっていた。
彼が少年のハルシャにしたことは、帝国法違反の所業であるのは確かだ。
けれど。
逃れられない運命の中で、彼なりの最善を尽くそうとしていたのかもしれない。
その想いを、ハルシャは受け取っていたから、これほどまでにジェイ・ゼルを慕うのだろうか。
唐突に、ドルディスタ・メリーウェザの言葉が耳に蘇る。
ジェイ・ゼルは、とてもハルシャを大切にしていると、彼女は確信に満ちた言葉を、自分に告げた。
あの時は納得できなかったことが、内側に沁み込んでいく。
そうだ。
貸付側が借金の利子を払うなど、通常では考えられないことだ。
それを、ジェイ・ゼルは黙って為していた。
五年もの間、ハルシャに気取らせもせずに。
それが、彼の愛情の在り方だったのかもしれない。
警察署長に、手ひどい言葉を投げつけられても、決して怯まぬほどに――ジェイ・ゼルのハルシャに対する思いは、深く揺るぎない。
だから。
同じ目的の元に、心を合わせて、協力をする気になったのかもしれない。
今、シヴォルトに関することを、これ以上追及するのは避けようと、リュウジは判断する。
ジェイ・ゼルは、自分が思う以上に、人に対して真っ直ぐな心を持っているのかもしれない。そこを、刺激することはない。
リュウジは、実務に移る。
「ガルガー工場長に、事件の詳細を聞くことから、全てが始まります。
その尋問は、ジェイ・ゼルにお願いしたいと思います」
リュウジの言葉に、彼は静かにうなずいた。
「最善を尽くすよ。気になることがあったら、その場で君の意見を聞かせてくれるかな、リュウジ」
「もちろんです」
ジェイ・ゼルは、マシューと相談し、裏口にジェンとダレッサ、正面にアイゼンとウィレムを配した。
レグルと、スタッド、ケイバーが自分たちと行動を共にすることになる。
スタッドは素手の攻撃に優れ、ケイバーはナイフ使いの名手だと、静かにジェイ・ゼルが教えてくれる。
笑って彼は付け加える。
もちろん、戦争はするつもりではないよ、と。
マシューは、ジェイ・ゼルと決めた事項を、離れて従う二台の飛行車に伝えていた。
それまで黙って成り行きを見守っていたマイルズ警部が、口を開いた。
リュウジとジェイ・ゼルが話をしている間、彼は部下と何か通話装置で連絡を取り合っていた。
その結果を伝えようとしているようだった。
前の座席から、身を乗り出すようにして後ろを向いて、語り掛ける。
「最悪の事態を考えていたのだがね、ジェイ・ゼルさん」
言葉に、ジェイ・ゼルが静かにマイルズ警部に顔を向ける。
「最悪の事態、とは?」
問いかける彼に、警部は静かに微笑みを与えた。
「真犯人を突き出しても、ラグレン警察がハルシャくんを主犯だと言い張って、譲らない事態です」
しんと、飛行車の中が静かになった。
「部下とも相談していたのですが――その時は、汎銀河帝国警察機構名で、ハルシャ・ヴィンドースに逮捕状を出します」
さっと、ジェイ・ゼルの表情が変化した。
「君たちが……ハルシャを、犯罪者として逮捕すると言うことか」
怒りを何とか抑えこんだような口調で、ジェイ・ゼルが呟く。
警部は目じりを下げて、穏やかに言葉を返す。
「はい。逮捕し、そのままラグレン警察から連れ出して、帝星へ護送します」
警部のヘイゼルの瞳を、ジェイ・ゼルが見つめている。
笑みを浮かべたまま、
「ご存じのように、汎銀河帝国警察機構の令状は、銀河帝国皇帝名で出ます。惑星警察のものよりも、強制力がある。
皇帝名の令状を出せば、どんなにラグレン政府が阻止しようとしても、ハルシャ・ヴィンドースをこちらの手に取り戻すことが出来ます」
と、明瞭な言葉で、警部が意図を述べる。
ふっと、ジェイ・ゼルの強張った表情が、和らいだ。
「なるほど。逮捕は便宜上のもので、ハルシャの身を保護するのが目的ということだね」
了解を示して、ジェイ・ゼルが呟く。彼の言葉から怒りが消えていた。
マイルズ警部が、静かにうなずいた。
「これなら、不当にハルシャくんの身を拘束されずにすみます。罪状は、ハルシャくんが作らされかけた、スクナ人を動力源とした駆動機関部で十分です。
それを理由に、令状を発行できるか、部下が現在帝星に打診中です。
いざとなったらその方法があると、お知りおき下さい。ジェイ・ゼルさん」
ラグレン警察の留置場からハルシャを引っ張り出すために、令状を発行してくれると警部は言っているのだ。
その手があったか、とリュウジは心の中で呟いていた。
さすが、歴戦のマイルズ警部だ。権力の遣い方を良く知っている。
ジェイ・ゼルはしばらくマイルズ警部を見つめてから、穏やかに微笑んだ。
「警部の深いご配慮に感謝する――そこまでご迷惑をかけないように、こちらとしても最善を尽くさせてもらうよ」
言葉に、目を細めると、ディー・マイルズ警部が深い声で言う。
「ジェイ・ゼルさん。どんなに抵抗を受けても、決して、警察官たちに手を出さないことです。公務執行妨害で、あなたが引っ張られます。
真犯人を突き出して、それでもラグレン警察が聞かない時は、一旦引いてください。人命がかかっていることです。我々としても、最善を尽くします」
警察内部で、暴行事件を起こすなと警部が忠告している。
ジェイ・ゼルは黙って聞いていた。
短い沈黙の後、彼は口角を上げると、静かに言った。
「そうだね、意識はするが――私にも、忍耐の限界というのがあるからね」
穏やかな声で、彼が呟く。
「それでも、出来る限り自制するようにしよう。ありがたいご忠告、痛み入るよ、警部」
言った後、ジェイ・ゼルはふっと視線を窓の向こうに向けた。
もう、工場が近い。
ジェイ・ゼルのお抱え運転手は技術が優れているので、ほとんど車体が揺れない。どれだけの距離を進んでいるのか意識をしていなかったが、工場へ間もなくたどり着きそうだ。
「警察車両の姿がないね」
ジェイ・ゼルが呟く。
「これは、幸先がいいということだろうね、リュウジ。揉め事を起こさずにすむ」
穏やかな口調の中に、押し殺した怒りがあるのを、リュウジはなぜか感じ取った。