ほしのくさり

第182話  秘された事実-01





 何を――
 何をリュウジは言っているんだ。

 言葉を放った後激しい眼を向けてくるリュウジを、ジェイ・ゼルは黙したまま見つめていた。

 ハルシャの両親の死に、ラグレン政府とイズル・ザヒル様が関わっていた。
 そう。
 今、彼は言ったのか。


 五年前――
 突然、専用回線ホットラインへの呼び出しが、ジェイ・ゼルの通信装置から響いた。
 音声だけを受けて、ジェイ・ゼルは自室の奥へと急ぐ。
 頭領ケファルからの専用回線ホットラインを使っての連絡はめったにない。
 個人的な要件を伝える必要があると、頭領ケファルが判断したということだ。
 ヘッドセットを繋いで立ち上げた画面に、ゆったりと椅子に座るイズル・ザヒルの姿が映った。
 ジェイ・ゼルが遅滞の詫びを述べる前に、彼が口を開く。

 ニュースは見たかね、ジェイ・ゼル。

 何の前置きもなく問われた言葉に、ジェイ・ゼルは、表情には出さずに頭領ケファルの意図を探る。
 常に銀河系内で起こっている事件については目を配るようにしている。だが、最近のものでは、取り立てて目を引く事柄は無かったように思う。
 考えながらジェイ・ゼルは言葉を返した。

 一通りは目を通しております。
 何かありましたか、頭領ケファル

 画面の向こうのイズル・ザヒルは静かに微笑んだ。

 ダルシャ・ヴィンドース夫妻が殺害された。爆死だ。

 ジェイ・ゼルはすぐに言葉を返せなかった。
 頭領ケファルの指示を受けて、惑星トルディアで高名なダルシャ・ヴィンドースと会ったのは、半年前だった。
 彼は新規の事業を計画していたが、資金集めに苦労していた。
 情報を聞きつけた頭領ケファルが、資金を貸し付ける用意があることを、ジェイ・ゼルを通じて彼に伝えさせたのだ。
 ダルシャ・ヴィンドースが計画していたのは、偽水を飲料水に変える事業だった。惑星トルディアの父と呼ばれる先祖を持つだけあって、彼は崇高な理念を掲げ、それを私心なく遂行しようとしていた。

 安価な水が手に入れば、貧しい人達の暮らしが少しでも楽になるかもしれない。

 ダルシャ・ヴィンドースは静かな眼差しを向けて、ジェイ・ゼルに語った。

 けれども、旧来の考えに縛られている人々は、偽水は飲用にすべきではないと考えている。偽水を奪えば、紫の森が枯死するとね。観光資源にダメージを与えるようなことは避けるべきだ。
 その一点張りだ。

 ダルシャ・ヴィンドースは視線を落として、言葉を続けた。

 政策を決定するのは、富裕層だ。貧困者たちの声は彼らの耳には届かない。水不足のために、声も出せずに死んでいく子がいることを、彼らは知ろうとしない。

 言ってから彼は笑った。

 偉そうな物言いをして、すまないね。だからと言って、私に何が出来るかと尋ねられたら、答えに窮しまう。
 唯一出来そうなことが、偽水を飲料水にすることぐらいだ。
 思惑で政府が事業を阻止しようとしても、正しいことはいつか必ず通ると、私は信じている。
 君が提供してくれる資金を使えば、それが可能になる。申し出はとてもありがたいことだ。

 破格の金利も、彼は気にしないようだった。取り急ぎ、まとまった資金が必要だったのだろう。
 その場でダルシャ・ヴィンドースは、ジェイ・ゼルと契約書を交わした。文言は、頭領ケファルから指示された通りのものだった。
 念のためと持って行っていた現金を、契約書と引き換えに手渡す。嬉しげに受け取りながら、ダルシャ・ヴィンドースは一年後の返済をジェイ・ゼルに確約した。
 公明正大で裏のない人柄だと感じた。
 祖先のファルアス・ヴィンドースも、恐らく相通じる気性を持っていたのだろう。
 名誉のためでも、利益のためでもなく――
 誰かのために、何かのために、私《わたくし》を無くして尽くすことの出来る気高い心。
 自分は、ダルシャ・ヴィンドースに感銘を受けたのかもしれない。
 私財を投げ打ってまでも、貧しい人々の暮らしを楽にしようと、ひたむきに努力を重ねてきたことに。
 その彼が、爆死した。

 殺害されたのですか?

 ジェイ・ゼルの問いに、イズル・ザヒルが頷いた。

 ラグレン創立の式典の最中、突如爆発が起こって、ダルシャ・ヴィンドース夫妻は巻き込まれたらしい。
 爆破予告はなかったが、ラグレン政府に敵対する外部の勢力の仕業と見た方がいいかもしれないね。

 沈黙するジェイ・ゼルの耳に、静かなイズル・ザヒルの声が響いた。

 大変不幸なことだが、ダルシャ・ヴィンドースが死亡した段階で、借金を全額即金で支払うと言う契約を交わしている。
 ジェイ・ゼル。
 契約書を示して、彼の家族からすぐさま私の資金を回収してくれないか。

 言葉の意味は理解出来た。
 契約書を確認した時に、その一文があるのを自分は目にしている。
 まさか、効力を発するとは思ってもみなかった文言だった。

 解かりました、頭領ケファル

 答えたジェイ・ゼルに、イズル・ザヒルは微笑みと共に言葉を与えた。

 葬儀の席で、ダルシャ・ヴィンドースの遺児たちに、父親の借金のことを告げるのも一案だ。
 葬儀なら、親戚も多く参列しているだろう。捻出先は多いほうがいい。

 事務的にイズル・ザヒルが告げる。
 ふと。
 ジェイ・ゼルの脳裏に、大らかな笑みを浮かべる、ダルシャ・ヴィンドースの姿がよぎった。葬儀で彼の負債を告げ、その死を汚すことが出来ないような気がした。

 おそれながら、頭領ケファル
 ダルシャ・ヴィンドース氏は都心ラグレンの名士です。
 不幸な事故で亡くなった彼の葬儀を乱せば、要らぬ反発を生じるやもしれません。そうなれば、この後ラグレンでの仕事がやりにくくなる可能性があります。

 静かなジェイ・ゼルの言葉に、イズル・ザヒルは笑った。

 なるほどな。
 なら、回収時期は君に任せよう。やりやすいようにしなさい。

 ほっと、ジェイ・ゼルは気付かれぬように息を吐く。
 その一報が入ってから数日間、イズル・ザヒルから幾度も連絡があり、どのようにダルシャ・ヴィンドースの遺児から借金を回収するのかの指示を受ける。
 契約をしたのは、莫大な金額だった。
 頭領ケファルも事態の大きさを慮っているようだった。
 ダルシャ・ヴィンドースは一年後の支払いを確約していたが、現在渡した資金は、ヴィンドース家には存在しないようだった。
 家財道具も所持品もあらゆるものを売り払って、回収するようにと、イズル・ザヒルが命じる。
 それでも足りないだろうと、頭領ケファルは呟く。
 彼は考慮の後、ダルシャ・ヴィンドースの遺児を『アイギッド』へ連れてくるようにと、ジェイ・ゼルに告げた。
 ヴィンドース夫妻には二人の子がいた。
 ハルシャとサーシャ。
 名前を耳にしたのはその時が初めてだった。
 イズル・ザヒルは、二人を『アイギッド』で躾け、長期に渡り身を売らして資金の回収を目論んでいた。
 良くあることだ。
 家財一切を抵当に入れ、身を売り払う。
 遺児たちからの抵抗は予想されたが、これまで、幾度も為してきたことだ。

 ジェイ・ゼルがラグレンですることは、ヴィンドース家の資産を差し押さえ競売に出し、『アイギッド』へ向かう宇宙船に遺児たちと一緒に乗り込むことだけ、だった。
 知恵を授けるように、イズル・ザヒルがジェイ・ゼルに指示を与える。

 父親が借金をした理由を、長子のハルシャに深掘りされるのはいかがなものかな。下手に知恵づいて、ここでの扱いが難しくなるのを、私は好まない。
 そうだね、ジェイ・ゼル。
 彼らには父親が借金をした理由を、こう告げなさい。
 ダルシャ・ヴィンドースは、事業のために新規に宇宙船を作るつもりだった。
 借金の返済期限は十年。
 それなら、彼らも納得するだろう。

 切れ者の頭領ケファルは、深く慮った上で自分に指示を与えることが多い。
 その時も意を汲んで、ジェイ・ゼルは彼の言葉を忠実に守ることを誓う。

 そして。
 猶予をもらった借金の回収を、葬儀の三日後、ダルシャ・ヴィンドース氏の死からいえば五日後に、ジェイ・ゼルは決行した。
 やり慣れた、簡単に済ますことのできる仕事だと、考えていた。
 階段を駆け下りてくるハルシャ・ヴィンドースを、そこで初めて目にするときまでは――

 五年前を回想しながら、ジェイ・ゼルは眉を寄せた。
 連絡を取り合う中でも、頭領ケファルは一言も、ヴィンドース夫妻の死に関わりをほのめかすことはなかった。
 無差別に富裕層を狙った不幸な爆破事故だと、彼は断言に近い言葉を呟いていた。

 驚きを顔に浮かべていたのだろう。
 言葉を発することも出来ずに黙り込むジェイ・ゼルに、視線の鋭さを消して、リュウジが
「もしかして、あなたは何も知らされていないのですか?」
 と、疑問を含んだ声で問いかける。

 何も、知らされていない?
 眉をひそめたまま、ジェイ・ゼルは逆に問い返した。
「どういう意味だ」

 言いながら、ふと。
 二人をラグレンに留める許可を得た時に、出された条件の一つが何故か今、記憶に蘇る。
 彼ら二人を監視するようにと、きつく頭領ケファルはジェイ・ゼルに釘を刺した。その時に覚えた違和感が、胸をよぎる。
 十五歳と六歳の子どもを、どうしてそこまで警戒する必要があるのだろう、と。
 ハルシャは反抗的な性質《たち》ではなかった。それだけに、なぜと疑念が湧き上がったのだ。
 五年前には見えなかったことに、改めて思い返して気付く。
 あの時。
 どうして――ラグレンに居る自分よりも、頭領ケファルはいち早くヴィンドース夫妻の爆死の事を、知っていたのだろう。


「なるほど」
 内側の疑念を隠せないまま、声の主に視線を向ける。
 それまで沈黙を守っていたマイルズ警部だった。
 彼は、茶色と緑が複雑に混じったヘイゼルの瞳を、自分に向けていた。
「どうやら、『ダイモン』の頭領ケファルは、ハルシャ・ヴィンドースに関する情報が、不必要なものと判断したようだ」
 穏やかに、警部が呟く。
「あなたが、ラグレンで事業を続けていくためには――知らない方が、都合が良かったのでしょうね」
 ジェイ・ゼルの見守る前で、警部は額をカリカリと親指の爪で掻いた。
「さて。そうなると、この情報をお伝えしていいものかどうか、正直迷いますね。なにせあなたは、『ダイモン』の幹部だ。
 いわば、ハルシャくんのご両親を、殺害した側の人間ですから」

 ハルシャの両親を殺した側の、人間?
 発せられた言葉に、ジェイ・ゼルは凍りついた。
 自分は、ハルシャの両親の死に関わりを持っていたと、いうのか。
 まさか。

 動きを止めるジェイ・ゼルの耳に、静かな声が響く。
「なぜ全権を委任し、ラグレンを統括させているあなたに、イズル・ザヒルがラグレン政府との関係を告げなかったのか、非常に気になるところです」
 ジェイ・ゼルの疑念を代弁するように警部は言ってから、静かに微笑んだ。
「ですが――あなたを信じて、やはり、お話しすることにしましょう。ハルシャくんに対するあなたの気持ちは、十分見せてもらっていますから」

 ハルシャの両親の死に、自分が関わっていた。
 告げられたことに、ジェイ・ゼルは動揺し続けていた。
 自分が把握しきれていない何かが、知らないうちに行われていたらしい。
 警部とリュウジはそれを知っている。
 動揺が去らない。

 黙り込むジェイ・ゼルを見つめてから、警部は口を開いた。
「ハルシャくんの身に危険が迫っているので、手短に申し上げます。詳しい経緯などは、落ち着いてからまた、お話しいたしましょう。
 もう一つ。
 今から口にすることは、俺たちが掴んだ情報をつなげて導き出したことで、何一つ確証がないとだけ、覚えておいてください。
 全くの憶測で、間違えているかもしれない――それでも、この考えで行くと全てに説明がつく。
 俺たちがこれを事実だと考えるのはただ、辻褄が合っているというそれだけのことです」

 と、前置きをして、警部は語り始めた。
「全ては、十三年前。長くラグレンに政治家一族として栄えてきたケイマン家の長男、レズリー・ケイマンが誘拐されたことに端を発しています」
 静かな表情のまま、警部が語りかける。
 十三年前。
 ジェイ・ゼルがラグレンの支部を前任者のブラッディ・レインから引き継いだのは、今から十二年前だった。
 誘拐事件があったことすら、ジェイ・ゼルは知らなかった。
 驚いていたのかもしれない、マイルズ警部が微かに笑みを浮かべてから続けた。
「その十三年前の誘拐時に、レズリー・ケイマンは、別人にすり替わっていたのです。容姿をそっくりに整形した男――宇宙海賊崩れのセジェン・メルハトルという男に。
 現在ラグレン政府のトップにいるのは、偽物のレズリー・ケイマンです」

 まさか。
 思わず言葉が出そうになった。
 七年前に執政官コンスルになる前から、頭領ケファルの指示でジェイ・ゼルはレズリー・ケイマンに寄付を行ってきた。
 当時は理由が解らなかったが、彼が見事に政治のトップになったときには、頭領ケファルの先を見る力を賞賛したものだった。
 ケイマンが執政官コンスルとなってから、より太いパイプを持ち、ジェイ・ゼルたちの事業に対しても格別の配慮を施してくれている。
 ラグレンにいくつも工場を建てることが出来たのも、現執政官の尽力あってのことだった。
 実際工場経営を隠れ蓑にして、税金関係を有利に進めることが出来ている。

「疑いを持つ者はいたかもしれないが、レズリー・ケイマンに成りすましたセジェン・メルハトルは、上手く物事を捌いてきたのでしょう。
 順調に出世し、ついには執政官コンスルの地位まで昇りつめました」
 言葉を切ると、彼は微かに目を細めた。
「地位も安定してきた頃、彼に思わぬ危機が訪れます。
 彼の正体を見破った人物が現れたのです――それが、ハルシャくんの父親、ダルシャ・ヴィンドースでした。
 彼は大学時代、レズリー・ケイマンの友人だったそうです。事件が起こり疎遠になったようですが――それまでは、かなり親しい仲でした」
 瞬きを一つすると、警部は言葉を続けた。
「ジェイ・ゼルさんもご存知の通り、ダルシャ・ヴィンドース氏は惑星トルディアの偽水を飲料水にするという、高邁な目的がありました。
 その事業を進めるに当たって、政府に打診をし――大学時代の旧友を頼ったと考えても不自然ではないでしょう。
 そこで、直接顔を合わせたレズリー・ケイマンが、自分の記憶にある人物と違うと、ダルシャ氏が結論付けたとしたら」
 言葉を切ると、不意に強い眼差しで警部が自分を見つめた。
「レズリー・ケイマンを装う男にとっては、これほど恐ろしいことはないでしょう。
 相手は、ラグレンでも一、二を争う名家の人物だ。発言権も強い。自分の正体をバラされれば、すぐに地位を追われるだろう。
 口封じに始末をしようとしても、相手が大物過ぎる。たかり屋を闇で抹殺するような、安直なことは出来ないと判断したのでしょう。
 やり損い、マスコミに疑問を抱かれて追及されれば、それこそ身から出た錆となる。
 困ったレズリー・ケイマンは、あなたの上司、『ダイモン』のイズル・ザヒルに事態の収拾を依頼します。
 イズル・ザヒルは実に頭の切れる男です。そして非常に効率よく物事を進める手腕に優れている。
 話を聞いたイズル・ザヒルは、計画を練り、ラグレンにいるあなたを使って、作戦を実行に移します。
 第一段階は、ダルシャ・ヴィンドース氏に借金をさせることです。
 しかも莫大な金額の――とても一度で返せないほどの額の借金です。
 イズル・ザヒルは、素晴らしい情報網を使って、ダルシャ・ヴィンドース氏が現在早急に現金を必要としていることを察知したのでしょう。
 指示を受けてあなたは、一三五万ヴォゼルをダルシャ・ヴィンドース氏に手渡し、契約を結ぶ。
 仕込みは終わりました。
 作戦は次に移ります。
 ダルシャ・ヴィンドース氏の手から現金が離れ、現在ヴィンドース家のどこにもまとまった金額が保管されていないことを確認してから、爆破事件が起こります。
 ラグレン政府に対するテロ行為だと印象付けるために、ラグレン創立の記念日が選ばれました。
 使われたのはスクナ人です。
 彼らは遠隔地から何の変哲もない物を、反物質に変化させて強力な爆発を起こすことが可能です。
 政府が指示した椅子に腰を下ろし――彼らが計画した通りに、ダルシャ・ヴィンドース夫妻は、爆発の犠牲者となりました。
 レズリー・ケイマンは見事に口封じに成功したのです」

 ズキリと、ジェイ・ゼルの心臓が痛んだ。
 なぜ。
 あれほど早く、頭領ケファルはダルシャ・ヴィンドースの爆死のニュースを知ったのだろう。
 と。
 疑念を抱いたことが、心臓を突きさす。
 まさか。
 ハルシャの両親の死は――頭領ケファルとラグレン政府が、手を組み仕組んだことだというのか。

 驚愕を飲み込むジェイ・ゼルの耳に、静かな警部の声が響く。

「作戦は第二段階に移りました。
 恐らく、レズリー・ケイマンは、ハルシャ・ヴィンドースが父親から自分の正体について聞かされているかもしれないという、疑念を抱いていたのでしょう。
 彼が今後脅威とならないために、ヴィンドース家の一切の財産を奪うことを目論んだのです。
 借金はその布石です。
 計画を立てたイズル・ザヒルの手足として、動いたのはあなたです、ジェイ・ゼルさん」
 







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