※文中の「愛人」という言葉は「愛している大切な人」という意味で、特別な深い関係にある相手のことをさします。現代日本の「愛人」は不倫関係にある相手を言うことが多いですが、少し違うのでご注意下さい。(‘lover’の日本語逐語訳とお考えください)
ハルシャのために証言をするのなら、直接警察本庁へ行った方がいいのではないか。
と、リュウジは思っていた。
だが、どうしてジェイ・ゼルが、事務所へ戻ると言っていたのかを、辿りついてからリュウジは悟った。
直接通信できる装置が、事務所にあるらしい。
この前、借金の受け渡しをした事務室の奥に、ジェイ・ゼル専用の部屋があり、そこから警察署長へ連絡が取れるようだ。
飛行車で乗り付けた事務所で、ジェイ・ゼルは事務室へ入るなり人払いをして、ただ、会計係のマシュー・フェルズを呼び付けた。
「少し、困ったことになってね、マシュー」
机の端に腰を下ろし、ジェイ・ゼルは腕を組んで静かに言った。
「どうやら、ハルシャが警察に無実の罪で引っ張られたらしい」
マシュー・フェルズは瞬間、眉を寄せた。
「彼の身の潔白は、私が証明できる。だが、ラグレン警察から思わぬ抵抗に遭うかもしれない」
考えながら、ジェイ・ゼルが言葉をこぼす。
「その時は、何がしかの用立てが必要になるだろう。すまないが、心づもりをしておいてくれないか」
マシューは無言で、上司の言葉を聞いていた。
リュウジは、会計係が無駄な出費を忌んで沈黙しているのかと思っていた。
だが、眉を寄せたまま呟かれた言葉に、自分の考え違いを悟る。
「大丈夫なのですか、ジェイ・ゼル様。ハルシャ・ヴィンドースは、今頃警察で、自白の強要をされているのではありませんか」
心からの心配の声に、ジェイ・ゼルは表情を引き締めた。
同じことを、ジェイ・ゼルが危惧していたことを、リュウジは思いだす。
無実だと証明することすら許されずに、自白を強要されるのが、ここラグレン警察の常套手段なのだろうか。
「そうならないように、手を打とう」
ジェイ・ゼルは言いながら腕を解き、腰を浮かした。
「今から、警察署長へ直接連絡を入れる。出された条件は飲むつもりだ」
「わかりました、ジェイ・ゼル様。必要な心付けは、早急に用意をしておきます」
「頼んだよ」
一礼をしてから、マシュー・フェルズが足早に事務室を出て行った。
人払いをしていた部屋には、ジェイ・ゼルの他には自分とマイルズ警部しかいない。
マシューの背中を見送ってから、ジェイ・ゼルが自分たちへ視線を向けた。
口角を歪めて彼は笑う。
「贈賄の現場を、汎銀河帝国警察機構の警部殿に、見つかってしまったな」
身を伸ばしてジェイ・ゼルは顔を、部屋の隅に向けた。
そこには、別の場所へと続く扉があった。
「私専用の部屋で、警察署長へ連絡を入れる」
彼は視線を戻した。
微笑みを顔に浮かべたままで
「贈賄の現場を目撃したくないのなら、ここに居てくれ」
と、静かに言った。
マイルズ警部は首を振った。
「お付き合いさせていただきますよ。ジェイ・ゼルさん。ラグレン警察署長がどうこちらに対応するのか、見せて頂きたい」
警部のヘイゼルの眼が底光りした。
「それによって、打つべき手も自《おの》ずと変わってきますのでね」
ジェイ・ゼルはうなずきで警部の言葉に応じた。
「了解した。ただ、録音はご遠慮願いたい」
「もちろんですとも、ジェイ・ゼルさん」
ふふと、マイルズ警部が笑う。
「空気だと思ってください。これから見聞きすることは、決して外にもらしません」
まだ、ジェイ・ゼルは考えていたが、心を決めたようだ。
表情を固めたまま、黙って踵を返して部屋へと向かった。
自分たちが同室することを、背中で許可してくれている。
彼に従って、小ぢんまりとした別室へと歩を進める。
彼専用の部屋は、資料が壁を埋め尽くしている。端正で厳格な雰囲気が漂う室内だった。
リュウジたちに机の向こうに回る様に手で示しながら、机の上にある大きな画面の通信装置をジェイ・ゼルは立ちあげた。
「すまないが、画面に映り込まない――反対側にいてくれるかな」
ジェイ・ゼルの指示に二人は素直に従い、机の向かい側、画面からは見えない場所に位置を占める。
それを確かめてから、椅子に腰を下ろし、ジェイ・ゼルは通信装置に何かコードをらしきものを、打ち込んだ。
恐らく、シークレット・モードでの連絡なのだろう。
どこにも記録が残らないようにする方法を、ジェイ・ゼルは選んでいるようだ。
コードが受理されたのを待ってから、彼の長い指が数字を淀みなく打ち込む。
そこから、リラックスした様子でジェイ・ゼルは椅子に身を預けて、じっと画面を見つめていた。
ぴくっと、彼の眉が動いた。
「突然連絡を入れて、申し訳ないね。ハーベル警察署長」
一回で目的の人物へと繋がったようだ。
微笑みを浮かべて画面に眼を注ぎながら、ジェイ・ゼルが言葉をこぼしている。
『何か、ご用ですか。ジェイ・ゼルさん』
笑いを含んだような声が、画面の向こうに響いた。
意外と若い声だった。
警察署長という言葉から考えていたよりも、実際はそう年齢はいっていない。
なのに、年に似合わぬ老練でしたたかな気配がする。
リュウジは瞬間に判断する。
狡猾で目的のためなら手段を選ばない――侮りがたい人物だとリュウジは声だけで相手の力量を推し量る。
笑みを深めながらジェイ・ゼルが、ひどく寛いだ様子で話しかける。
「いつもお世話になっていることに、感謝しているよ、ハーベル警察署長。この前も騒がして申し訳なかったね。とても助かったよ」
恐らく、違法な駆動機関部での一件を述べているのだろう。
穏やかに言ってから、ジェイ・ゼルが少し首を傾げた。
「今日、連絡を入れたのは……ラグレン警察の捜査にはいつも感服しているのだが」
言葉を切り、彼の眼が細められる。
「少し、気になることがあってね。どうやら、何か手違いがあったらしい」
一瞬の間の後、言葉が返ってくる。
『手違い、ですか?』
「そうだね、ハーベル警察署長」
背中を預けていた椅子から、身を伸ばすとジェイ・ゼルが、画面に顔を近づける。
「ハルシャ・ヴィンドースが家屋侵入と窃盗容疑で、先ほどラグレン警察本庁へお世話になったようだが」
言葉を切ると、彼は視線を強めて静かに言った。
「どうやら誰かと間違えて、彼は逮捕されたらしい。昨夜の内に行われた犯罪の犯人と思われているようだが、昨日の午後から今朝まで、彼は私と行動を共にしている。
彼の身の潔白は私が証明できる」
凄まじい圧をもって、ジェイ・ゼルが言葉を呟く。
「自明のことだ。すぐにハルシャを解放してくれないか。ハーベル警察署長」
緊迫した沈黙が、両者の間に続いた。
口を先に開いたのは、ジェイ・ゼルだった。
「もちろん、恩情に対する礼はさせてもらうよ」
灰色の眼を細めて、柔らかい言葉をジェイ・ゼルが呟く。
「君の尽力に対する、それが礼義というものだからね」
再び、部屋の中に沈黙が横たわった。
次にその静寂を破ったのは、ラグレン警察署長だった。
彼は細く低く、笑った。
『いや。ジェイ・ゼルさん』
通信装置越しの声が、部屋の中に響く。
『あなたは、度量が大きい方ですな』
わずかな嘲笑がこもる声で、彼は告げる。
『ご自分の工場から窃盗されながら、その犯人を庇《かば》いだてするなど――いや。実に素晴らしい』
自分の工場。
という新しい情報に、ジェイ・ゼルは微かに眉を寄せた。
「私の工場と、おっしゃったのかな?」
問いかけに、明瞭な答えが返ってきた。
『ハルシャ・ヴィンドースは昨夜、クラハナ地域にある、あなたの工場から金銭を奪ったのですよ。
犯行の全てが防犯カメラに写っております。あなたは犯罪抑止のために、高画質なカメラを用意して下っていたようですな。手口が全て記録されています。ハルシャ・ヴィンドースの罪状は明確ですな。揺るぎません』
令状を取るだけの物証がある。
と、マイルズ警部が言った言葉が、リュウジの中に響く。
「それは」
ジェイ・ゼルは、眼を細めて呟く。
「本当に、ハルシャ・ヴィンドースなのかな?」
『間違いありません。特徴的な赤毛が画面に収められています』
一瞬、ジェイ・ゼルが視線を、マイルズ警部に向けた。
無言で二人は会話を交わしているようだった。
視線が行きあう。
『そこまでされながら、愛人を庇《かば》うなど、実にお心が広い』
間違いのない嘲りが言葉に滲んでいる。
ジェイ・ゼルは無言で、視線を画面に戻した。
灰色の瞳が、画面の向こうの警察署長を見つめ続ける。
長い静寂の後、再びしたたかな声が響いた。
『その上、ジェイ・ゼルさん。残念ながら、あなたの証言は有効ではありません』
ぴくっと、ジェイ・ゼルの眉が動く。
『もちろん、ご存じだと思いますが……家族や身内の証言は、被疑者を擁護している可能性が高いために、証言として採用されません』
さらりと事実を述べるように、警察署長が言葉を呟く。
『愛人関係にある者の証言も、同じです。ジェイ・ゼルさん』
明白なことを述べたてる口調で、ハーベル警察署長がジェイ・ゼルに告げる。
ジェイ・ゼルがいくらハルシャの無実を証明しようとしても、恋愛関係にある者からの言は切り捨てると、ラグレン警察本庁のトップが告げている。
意図を感じる。
ラグレン警察は、何としてもハルシャを有罪に持っていきたいらしい。
ジェイ・ゼルは、表情を動かさなかった。
何かを考える視線で、警察署長を見つめる。
「それは、困ったな」
ジェイ・ゼルは静かに口を開いた。
「今後とも、ラグレン警察とは良好な関係を築いていきたいと、思っていたのだがね」
穏やかに彼は言葉を続ける。
「私の言葉を信じて頂けないのなら――」
瞬きを一つ、優美にしてからジェイ・ゼルは微笑んだ。
「その関係性を考え直す必要が、あるかもしれないね」
ジェイ・ゼルは、静かな眼差しを注ぎ続けている。
相手からの返事は、長く聞こえなかった。
『ご冗談を、ジェイ・ゼルさん』
深く思慮深い声が応えた。
『たかだか、愛人一人のために、築き上げてきた関係を壊すとおっしゃるのですか』
ジェイ・ゼルは、ラグレン警察署長の言葉に笑みを深めた。
「ハルシャは関係ない」
底力のある声が、やんわりと空間に響く。
「私の言葉を信じられないと言った発言が、問題だと思うのだよ。ハーベル警察署長」
眼を細めてジェイ・ゼルが呟く。
「お互いの関係を培うために、相応の礼は尽くしているつもりだがね……私の言葉を否定すると言うのなら、それは、一方的に信頼されていないということに他ならない。信義を疑われるのは、屈辱に感じるね。
とても、不名誉なことだ」
静かな言葉が空間に響き続ける。
「我々は、不名誉を喜ばない。それは、覚えておいてもらおうか。ハーベル警察署長」
脅しに、再び静寂が訪れた。
『あなたの工場から、金銭が盗まれたのですよ、ジェイ・ゼルさん』
取り成すように画面から、言葉がこぼれる。
「それは、忌々しきことだね。誰であれ、私の持ち物に手を付けるなど、許されないことだ」
『我々ラグレン警察は、その被害の原因を突き止めようと、尽力しているのです。あなたのための努力です。お分かりですか、ジェイ・ゼルさん』
にこっと、ジェイ・ゼルが魅力的な笑みを浮かべた。
「それはとてもありがたいことだ。だが」
笑みを消してジェイ・ゼルが呟く。
「その犯人は、ハルシャ・ヴィンドースではあり得ない。彼は昨日の昼から今日の朝まで、私と一緒に居た。ハルシャの身の潔白は、私が証明する」
言い放ってから、彼は眼を細める。
「必要があれば、証言するべき場所へいくらでも私は赴こう」
睨みあっているような時間が過ぎた。
『解かりました』
ジェイ・ゼルが譲らないと見たのか、不意に警察署長が妥協を示した。
『あなたの証言は聞いておきましょう。捜査員へ伝えておきます』
ずるい言い方だ。
明言を避けている。
「私が欲しいのは、そのような言葉ではないよ。署長」
柔らかな言葉で、ジェイ・ゼルが指摘する。
「ハルシャを即刻、解放すると言う一言だ」
食い下がるジェイ・ゼルに、少し苛立った声が応えた。
『その件については、現在調査中としか、お答えできませんね。ジェイ・ゼルさん。私は警察署長です。何が正しいかは、捜査の上で確かめることしか出来ません』
「ハルシャの無実については、私が証言すると言っている」
短い沈黙の後、
『申し訳ありませんが、ジェイ・ゼルさん。あなたとハルシャ・ヴィンドースが愛人関係にある以上、公平な発言とは取れないと言うのが、警察の見解です』
言い切ってから、語気を和らげて警察署長が告げる。
『良いですか。あなたを疑っているわけではありません。そこは、お間違えのないように。
ただ、捜査上の慣例を申しているだけです』
言葉に、笑いを含んで彼は続けた。
『例えば――ハルシャ・ヴィンドースがあなたの弱みに付け込んで、証言をせがんだという可能性が、否定し切れません。彼の犯行を裏付ける証拠がある以上、簡単に捜査上から外すことが出来ないのです』
ジェイ・ゼルは無言で、画面の向こうにいる、したたかな男の顔を注視し続けていた。
なおも、言葉が画面の向こうから続く。
『もちろん、あなたの発言はきちんと捜査員に伝えます。厳格な捜査の上で、やはりあなたの言が正しかった、という結果になる可能性は十分あり得ます。ジェイ・ゼルさん、我々ラグレン警察のやり方に、任せて頂けませんか』
可能性と言う言葉を、この警察署長は多用する。まるで、煙に巻こうとするかのようだ。
ジェイ・ゼルは、しばらく無言だった。
彼は瞬きをすると、静かに微笑んだ。
「つまり、この場でハルシャの解放を確約することはできないと、そう、通告してくれているのだね、ハーベル警察署長」
小さく笑い声が画面の向こうから聞こえた。
また、嘲りの滲んだ笑いだった。
年若い恋人のために奔走するジェイ・ゼルのことを、侮るような響きがこもっている。側で聞いているリュウジでも、気分を害するような色がある。
激昂するかと思ったジェイ・ゼルは、意外と冷静に嘲笑を受けとめていた。
『ご理解いただけて、幸いです』
笑いの後、警察署長が呟いた。
『あなた方との関係を良好に保ちたいのはやまやまですが、残念ながら、我々警察にも踏むべき手続きというものがあります。
逮捕後五十標準時間が経ち、罪状を証明できなければ、自動的にハルシャ・ヴィンドースは釈放されます。それまで、お待ちになってはいかがですか』
さらさらと、淀みなく説明をしてから、警察署長は一言付け加えた。
『それにしても、愛人は選ぶべきですな。ジェイ・ゼルさん。あなたに被害を及ぼすような人物を、わざわざ囲うことはないと思いますがね』
ぴくっと、ジェイ・ゼルの眉が震えた。
「ハルシャは、罪を犯すような人間ではない。彼の人品には信頼を置いている」
低く、言葉が呟かれる。
短い笑いが応えた。
『あなたは、ハルシャ・ヴィンドースに籠絡されているのかもしれませんよ、ジェイ・ゼルさん。人は見かけによらないと言いますからね』
不意に穏やかな語調になって、警察署長が告げる。
『ご心配は理解できます。どうか、ジェイ・ゼルさん。全てが明らかになる時を、我々の捜査力を信じてお待ちください』
短い挨拶を述べてから、一方的に警察署長が通信を切った。
それ以上の会話は、無駄だと宣告されたようだった。
ジェイ・ゼルは消えた画面を、黙したまま見つめ続けていた。
「くそっ」
低く毒づくと、彼は席を蹴って立ち上がり、背後にあった窓へと歩み寄った。
壁を一つ拳で叩いてから、
「ハルシャは、はめられた」
と、低めた声のまま呟いた。
「誰かが悪意をもって、ハルシャに偽装し金を盗んだ。それを丸ごと無実の彼に押し付けようとしている。
防犯カメラの映像だけで、ハルシャの犯行と断定するなど、どうかしている」
再び、壁が叩かれた。
「ろくに調査もしていないのだろう」
短い沈黙の後、ジェイ・ゼルが窓からこちらへ顔を向けた。
鋭い視線が、警部を射る。
「私の証言では役に立たないと、最初から警部は御存じだったのか」
マイルズ警部は、眼差しを受けとめてから、少し被っていた帽子の位置を直した。
「可能性は考えていました。特に」
穏やかな口調で、彼は言葉を続けた。
「肉体関係があると……相手を庇う可能性が高いと、判断されます」
リュウジの心臓がどきんと、あからさまな警部の言葉に躍る。
ジェイ・ゼルは眉を寄せた。
「自分の工場から盗まれているのに、ハルシャを庇う理由がない」
「それでも、恋人を何とか守ろうとしたと判断されるかもしれません。恋愛と言うのは人の心を通常の状態ではなくさせますのでね。
司法機関がそう判断すれば、証拠として無効になる確率は高いです」
くそっと、もう一度小さくジェイ・ゼルが毒づく。
「ですが、焦っていましたね。警察署長は」
冷静な声でマイルズ警部が言う。
ジェイ・ゼルは怒りを少し収めると、警部へ視線を再び向けた。
警部は額を、カリカリと爪で掻いていた。
「思いもかけないことだったのでしょう。あなたがハルシャ・ヴィンドースの無実を証明できることが。
かなり動揺していましたが、あなたが彼の愛人であるという一点を攻めて、何とか凌ごうと努力のありったけをつぎ込んでいました」
表情を引き締めて、警部が続けた。
「つまり、後ろめたいということですよ。ジェイ・ゼルさん。ハルシャ・ヴィンドースは犯人ではない。
ラグレン警察署長はその真実を知った上で、窃盗容疑でハルシャくんを逮捕している」
ふうっと、小さくマイルズ警部が息を吐く。
「警察が本気で誰かを有罪に持っていこうとすれば、残念ながら成立する可能性が高い。そうならないための手立ては、限られています」
警部の眼が真剣な光を帯びる。
「現状出来る最良の手立ては、真犯人を見つけ出すことだと思いますよ、ジェイ・ゼルさん」
窓際に佇んだまま、ジェイ・ゼルが、形の良い眉を歪めて、苦悩を露わにする。
ことはそう簡単に進まないといった警部の言葉を、リュウジは改めて認識していた。
冤罪は、恐ろしい毒だ。
正義の名の元に、罪のない者が生贄になる。
ジェイ・ゼルは視線を落として、額に手を当てた。
「ハルシャは、無実だ。これは――完全な冤罪だ」
くそっと、小さく再び彼が、毒を口から滴らせる。
「何が厳格な捜査だ、たかが防犯カメラの映像だけで犯行を決めつけるなど」
苦悩がにじんだままの言葉を、ジェイ・ゼルが呟く。
短い沈黙の後、
「なぜだ」
叩きつけるように、ジェイ・ゼルが口を開いた。
額から手を引き、真っ直ぐにリュウジとマイルズ警部を見つめる。
「どうしてラグレン警察は、ハルシャを犯罪者に仕立て上げようとする。まるで目の敵だ。彼が何をしたというんだ」
ジェイ・ゼルが発する押し殺した怒りが、肌を焼くようだった。
「リュウジ、君は詳細を何か知っているようだったな。教えてくれないか」
怒気を含んだ声が、ジェイ・ゼルの口から漏れる。
警部がちらっと、自分を見た。
リュウジは呼吸を一つすると、
「それは、あなたが一番良くご存知なのでは――ジェイ・ゼル」
と、静かな声で言った。
その言葉に、ジェイ・ゼルは当惑したように眉を寄せる。
「どういうことだ」
再び、リュウジとマイルズ警部は視線を合わせた。
自分が言うべきだと判断し、リュウジは口を開いた。
「ハルシャのご両親の死に、ラグレン政府と『ダイモン』の
言葉を切ると、リュウジは真っ直ぐにジェイ・ゼルを見つめた。
「あなたではないのですか。ジェイ・ゼル」