ほしのくさり

第177話  悪い予感-02





 一つだけ残った眼が、リュウジを見つめる。
「セジェンの姿が最後に確認できた惑星ギデオンから、私は彼のホログラム画像を手に、片っ端から医者を回っていった。別の人間になるために、顔を作り替えた可能性がある。その手術をした医者がいないかと思ってね。
 そしたら、大当たりさ」
 静かにリンダは、口角を上げた。
「違法な医療行為を行っている医者が、ホログラムの男に手術をしたと、教えてくれた。まあ、もっとも、協力をしてくれるまでには少々手荒なこともしたがね」
 笑いを消して、リンダが突然動いた。
 腰を掛けていた机から立ち上がり、すたすたと回って、引き出しを開ける。
 古い紙に印刷された写真を取り出して、自分たちに見えるように、机の上に置いた。
 置かれた紙の中では、金色の髪をした青年が、爽やかに笑っていた。
「この男と、同じ見かけにしてくれと、写真を手渡されたらしい」
 リンダは写真から手を引くと、腕を組んで、画像に見入る自分たちをしばらく眺めていた。

「その医者は、違法なことに慣れているからね。どうも、まともな要件ではないと考えたようだ。
 手術をした後、男が口封じに自分を殺さないかと、危惧したらしい。そこで、この写真をこっそりコピーしておいた。オリジナルは相手に返してね。
 そして、自分を殺せば、整形前の写真と整形後の写真を銀河系中にばらまく手筈になっていると言って、相手を脅したらしい。
 その機転のお陰で、違法な医者は何とか生き延び、その情報を親切にも、私に教えてくれたんだ」

 リンダは片頬を歪めた。
「やっと手に入れた、貴重な手がかりだ。
 私は必死にその男を探したさ。
 だが、何年経っても、男の影すら掴めなかった。
 五年以上探して、探して――金髪の男が居れば、片っ端から顔を確かめて回った。
 だが、見つからなかった」
 悔しそうに、リンダが唇を噛む。
「もう、ほとんど諦めそうになった時に、偶然見ていたニュースで、私は探し求めていた男の顔を、見つけたんだ。
 足が震えたよ」
 ファグラーダ酒を一気に呷ると、リンダは、リュウジに目を据えて呟いた。
「惑星トルディアのラグレンに、若き指導者が誕生した――にこやかに手を振る男が、医者の渡してくれた写真の男だった。
 セジェン・メルハトルは、レズリー・ケイマンという名になって、政治の表舞台で晴れやかに笑っていた。
 その喉笛を、食いちぎってやりたかったよ。
 奴こそが、私の夫の仇。
 のうのうと生き延びているなんて、許せない――だから、私はここへ来た。
 都心ラグレンに。レズリー・ケイマンに成りすました、セジェン・メルハトルを叩き潰すためにね」


 目の奥に、激しい炎をたぎらせてリンダはリュウジを見つめていた。


「なるほどね」
 口を開いたのは、マイルズ警部だった。
 彼は親指の先で、額をかりかりと掻いていた。
「今の話で、謎がいくつか解けたよ。ありがとう、リンダ。なるほど、今のレズリー・ケイマンは、中身が違うんだな」

 マイルズ警部はラグレンで、ハルシャの両親の死について、綿密な調査をしてくれている。
 リンダの話が、警部の中でこれまでの調査と合わせて、確かな意味を持ったらしい。
 額を掻いていた手を降ろすと、警部は椅子にもたれて、リンダへ目を向けた。
 彼女に深く一つうなずいてから、謎を解くように、警部は語り始めた。

「レズリー・ケイマンは、現在四十五歳。三十八歳で、史上最年少でラグレン政府の執政官に就任した。今から約七年前だな」
 手を組むと、静かな口調で警部が語り続ける。
「ダルシャ・ヴィンドース氏夫妻の爆発事故を調べている時に、色々妙なことに行き当たってね。
 さきほどお話してくれた、レズリー・ケイマンについても、ちょっと調べていたんだ。そうしたら、意外なことが色々解って来た。実に、色々なことが」

 瞬きを数度してから、警部は虚空へ視線を向けた。
「レズリー・ケイマンは、古くからラグレンで地盤を持つ、政治家の一家の長男として生まれている。
 当然、ラグレン政府の主要な地位を担うことを、期待されていたんだろうな。
 二十二歳でラグレンにあるラグレン中央大学を卒業後は、父親のウィレム・ケイマン常議員の手伝いをしながら、政治の世界へ足を踏み入れた。
 彼は着々とキャリアを積み上げて、最初の関門である議員席も二十五歳の時に手に入れている。いわゆる、エリートコースをひた走っていたわけだ」
 虚空に呟いていた警部は、不意に視線をリンダに戻した。
「しかし、ここで思いもかけない事件に、彼は巻き込まれた――レズリー・ケイマンが三十二歳の時に。今からそう、十三標準年前だな。
 彼は、拉致監禁事件に遭っている」

 リュウジは、視線をリンダからマイルズ警部に向けた。
 十三年前。
 エルドのところへ、セジェン・メルハトルがやってきたのが、約十五年前。
 二年間、彼は仲間としてエルドたちと過ごした。
 そうすると、エルドを裏切り、逃げたのは――今から、十三年前。
 レズリー・ケイマンが誘拐された時と、不思議に合致する。
 リュウジは、目を細めた。

 マイルズ警部は、淡々と言葉を続ける。
「レズリー・ケイマンは、帰宅途中、突然拉致され連れ去られたそうだ。
 身代金の要求があり、家族は支払ったがそれでも、レズリー・ケイマンは帰ってこなかった。
 姿を消してから二十日後、警察の必死の捜索によって、彼は発見されている。ラグレン郊外の、廃屋の中で」
 警部の目は、リンダ・セラストンを捕えて離さなかった。
「発見時、彼は身体に危害を受け、非常に衰弱した状態だった。
 その時のショックからか、記憶を一部失い、性格も激変していたらしい。
 家族は非道な扱いを受けた息子を、献身的に看護し、やがてレズリー・ケイマンは、奇跡的ともいえるような回復を見せた。
 健康を取り戻した彼は、ラグレンからの犯罪の撲滅を掲げて、より一層政治的に活躍をし始め――多くの賛同を得て、三十八歳という異例の若さでラグレン政府の政治のトップに昇りつめた――そして七年間、その地位を守り続けている」

 リンダも、じっと、マイルズ警部を見返していた。
 警部は視線を逸らさずに、言葉を続ける。

「先程、あなたがおっしゃっていた、セジェン・メルハトルが、整形を指示したのが、レズリー・ケイマンの顔だとすれば、この誘拐劇の間に、本物のレズリー・ケイマンと、容貌を似せたセジェン・メルハトルがすり替わった可能性がある」
 二十日間の間に、誘拐された男が、別の男になった。
 警部の視線は、揺るがなかった。
「実に巧妙な手口というしかない。
 暴行を受け怪我をした顔なら、違和感を覚えたとしても、負傷したせいだと言い訳が出来る。体形の差も、衰弱したからだとごまかせる。
 辛い体験のために人格が変わってしまったと言えば、家族知人の憐れみを誘い、それ以上の追及を防ぐことになる。
 結果、十三年にわたり――レズリー・ケイマンがすり替わったことに、誰も気付かなかった」

 微かに眉を寄せて、警部が呟いた。

「今から十三年前」
 考えながら、警部が話す。
「本物のレズリー・ケイマンとセジェン・メルハトルをすり替えるために、誘拐が仕組まれた。
 二十日間も、この狭いラグレンでそうそう、誘拐犯を見逃せるはずがない。
 とすれば、警察も一枚噛んでいた可能性も、否定しきれない」

 リュウジは視線を、虚空に向けた。
 その耳に、静かな警部の声が聞こえる。

「誰かが、意図的にラグレン政府を牛耳るために、後ろで糸を引いていた可能性があるな。
 かなりの組織力を持ち、狡猾にことを行える人物が。
 その人物は、セジェン・メルハトルをレズリー・ケイマンとすり替え、執政官の地位に置いてあったほうが、都合がいいと判断したのだろう。だから、全面的にお膳立てをして、協力をした」

 その黒幕が誰かを、ディー・マイルズ警部は、簡単に口にしなかった。

 リンダはしばらく、マイルズ警部を見つめていた。
 小さく首を振ってから、彼女が口を開いた。
「なるほど。そこまでは知らなかったよ。セジェン・メルハトルが、勝手にレズリー・ケイマンを名乗っているのかと、私は単純に考えていた」
 にこっと、警部は笑う。
「ラグレンの政治の世界では、家柄がものを言うようだ。ぽっと出の人間が、這入り込める場所ではない。だから、セジェン・メルハトルも、敢えて手間をかけたのかもしれない。顔を整形して、成り済ますという、ひと手間をね」
「だとすれば、本物のレズリー・ケイマンは……」
 言いかけて、リンダははっと気づいて言葉を途中で止めた。
「始末されているでしょうね」
 あっさりと、リンダの問いに、警部は答えた。
「誘拐されて、二十日後に」

 リンダとリュウジは同時に、マイルズ警部へ視線を向けた。
「発見されるまでに、どうして二十日もかかったのだろう、と考えていた時に、気付いたんだが、すり替わったとすれば、その後セジェン・メルハトルは、レズリー・ケイマンとして生きていかなくてはならない。
 そのための情報を、本物のレズリーから聞き出すのに必要な時間が、二十日間だったのだろう。全ての情報を手に入れた後、彼は殺害され、セジェン・メルハトルは、レズリー・ケイマンとして発見される。
 恐らく、そういう筋書きだったのだろうな」

 冷静な言葉に、リンダは眉を寄せた。
「ひどいやり方だ」
 ぽつりと彼女が呟く。
「事実とすれば、そうだな。非道な手段だ。彼らにとって大切なのは、自分たちの目的だ。実にシンプルな理念で彼らは、動く」
 静かに、警部が言葉を返した。
「無用になったレズリー・ケイマンの遺体は、ラグレン郊外のどこかに埋められている可能性が高いな」

 奇妙な静寂が広がる。
 現執政官が、リンダの持つ遺伝子情報から、セジェン・メルハトルだと証明できれば、入れ替わりを指摘できる。
 だが。
 どうやって、レズリー・ケイマンに近づく?
 リュウジは、顎に手を当てて、考え込んだ。

 考えに耽るリュウジの耳に、静かな警部の声が響いた。
「そうなると、ハルシャくんの両親が、どうして爆破事故を偽装してまで、殺害されたのかを、説明できるかもしれない。
 偽水だけが原因で殺されたというのは、動機としてはいささか弱いと、思案していたんだ。
 謎が、一つ氷解しそうだ」

 リュウジは思索を止め、警部へ顔を向けた。
 マイルズ警部のヘイゼルの瞳が、自分へ注がれている。
「先程、レズリー・ケイマンはラグレン中央大学を卒業したと言っただろう?」
 自分に向けて語り掛けられる言葉に、リュウジは真剣な眼差しを向けた。 
「はい、警部」
 リュウジの返事に、警部は静かに微笑んだ。
「実は、ハルシャくんの両親も、同時期にラグレン中央大学で学んでいたんだよ。特に、レズリー・ケイマンとダルシャ・ヴィンドース氏は同級生で仲も良かったようだ。妻のシェリアは一学年下だったらしい。
 そこでだな、レズリー・ケイマンはどうやら、後にダルシャ氏の妻となったシェリア・アスコット嬢に恋をしていたらしいんだ。
 奥手だったのかな、告白できないままに、ダルシャ氏とシェリア嬢はお見合いをして、お互いに一目ぼれ状態で婚約をしたそうだ。
 それを知らされたレズリー・ケイマンは激怒したらしい。
 ダルシャ氏は寝耳に水状態だったろうな。まさか自分の学友が、妻となる人に恋をしていたとは思いもしなかったことだろう。
 一方的に罵られて、ダルシャ・ヴィンドース氏もさすがに頭に来て、激しく口論になったようだ。
 そこから二人の関係は悪化し、以後は疎遠になったようだ」

 マイルズ警部の情報を掴む能力はけた違いだ。
 まさか、レズリー・ケイマンとハルシャの父親の間に、そんな関係があったとは、知らなかった。

「で、だ」
 言葉をちょっと切ると、警部は再び、親指の爪でカリカリと額を掻いた。
「ここからは俺の推測なんだが――疎遠になったレズリー・ケイマンを、偽水の採掘許可を得るために、ダルシャ・ヴィンドース氏が訪ねた可能性があったのではないか、と俺は思っているんだよ」
 警部の言葉に、リュウジは小さく頷いた。
 あり得ることだ。
 物事をスムーズに進めるためには、政治家への手回しが欠かせない。
 意図を読んだのか、警部は笑みを深めた。

「よくやる手だな。執政官に直接許可を得れば、後に事業がやりやすくなる。
 実業家としては当たり前の行動だ。
 面会を求めたダルシャ・ヴィンドース氏を、レズリー・ケイマンは、当然部屋に迎え入れただろうな。なにせ、ヴィンドース家は地元の名士だ。
 話のついでに、旧交を温めようと、ダルシャ・ヴィンドース氏は、昔の話をしたのかもしれない。
 しばらくはそつなく話を合わせていたが、レズリー・ケイマンの様子がおかしいことに、ダルシャ氏は気づいてしまったのかもしれない。
 ダルシャ・ヴィンドース氏の記憶にあるのは、大学時代のレズリー・ケイマンだ。
 どこか以前の彼と違いがあることに、ダルシャ氏は疑念を抱いてしまった。
 もちろん、誘拐された時に記憶が一部飛んでいるというのは、周知のことだ。それで誤魔化そうとしたんだろう。
 だが。
 何か、決定的なことがあり――レズリー・ケイマンが、誰かとすり替わっていると、ダルシャ・ヴィンドース氏に、確信させてしまった」

 ヘイゼルの瞳がじっとリュウジを見つめる。

「もちろん、これは、あくまでも俺の憶測だ。
 だが、レズリー・ケイマンがすり替わっている事実を、旧友のダルシャ・ヴィンドース氏に見抜かれたのだとしたら――あれほど乱暴な手段で、ヴィンドース夫妻の口を封じようとした理由が、納得できる」

 深く静かな警部の瞳が、穏やかに自分を見つめる。

「自分の正体が、ばれた。その恐怖があったとしたら、どうしてあれほど、ハルシャ・ヴィンドースを恐れるのかも、説明できる。
 レズリー・ケイマンに成りすましている男は、生前父親が息子に、自分が偽物であるという情報を、伝えているかもしれないと、疑念を抱いているのだろう。
 名家の出であるハルシャ・ヴィンドースが、自分の地位を脅かすと、恐れているのだろうな。疑いを持つ者は、どんなものでも、怪しく見えるというのはよくあることだ」

 ぞわっと、毛が逆立つような気がした。
 あれほどまでに執拗にハルシャを陥れようとしているのは、ダルシャ・ヴィンドースが、自分の正体を見抜いたと思っていたから――ハルシャがそれを知っていると、執政官は疑っている。
 今の地位に、安穏として居座るために、レズリー・ケイマンとなった男は、ダルシャ・ヴィンドース夫妻を殺害した。

 だとしたら。

「もしかして、ラグレン政府の目的は、ハルシャ・ヴィンドースの抹殺なのですか」
 リュウジはじわっと、恐怖が湧き上がってくるのを感じながら呟いた。
「そうだな。命を取るまで行かなくても、表舞台から、引きずり降ろそうとは、しているかもしれないな。刑務所に閉じ込めておくとか、な。
 以前の警察の動きで、その意図を感じざるを得なかった」
 そうだ。
 警部はハルシャの周辺に、気を配ってやってくれと、以前も忠告してくれていた。
 リュウジの動揺に、警部は目を細めながら、言葉を続けた。
「ハルシャくんには、イズル・ザヒルからの借金があり、未成年でもあった。だから、ラグレン政府も今までは手を出さなかった、と考えた方が妥当かもしれない。借金の負債者に何かがあると、イズル・ザヒルが黙っていないだろう。ハルシャくんの借金はつまり、彼の財産になるわけだからな。
 誰も『ダイモン』に正面切って、喧嘩は売りたくないだろう」

 嫌な汗が、背中を伝うのを、リュウジは感じた。
 もしかして――
 借金があることで、今までハルシャは逆に守られていたのか?
 イズル・ザヒルと、レズリー・ケイマンには繋がりがある。
 彼の手前、ラグレン政府は、ハルシャに手をだせなかったのだろうか。
 だとしたら。
 借金を全額支払い、ジェイ・ゼルとの契約を消失したハルシャは――
 守るものを、全て失った状態なのか。

 リュウジは、思わず立ち上っていた。

「戻ります」
 血が下がっていく。
「僕は――ハルシャを、一人にしてしまった」

 得体のしれないものが、内側から湧き上がってくる。
 ハルシャの側を離れてはならなかった。
 解っていたのに、ジェイ・ゼルとのことで、自分は感情を荒げてしまった。
 つまらない意地を張ったのだ。
 誰も守る者が無い無防備な状態で、自分はハルシャを放置してきてしまった。
 後悔が、不意に身をさいなんだ。

「リンダ、お話をありがとうございます。また、参ります」
 視線を、吉野に向ける。
 彼は察して、一緒に立ち上がっていた。
「警部も、ご同道願えますが」
「――もちろん、いいいが。どうしたんだ、坊」
 呟く警部を急かして、リュウジは慌ただしくリンダに礼を述べて、廃材屋を後にした。
 空いたスペースに停めていた飛行車に乗り込む。
吉野ヨシノ。『アルティア・ホテル』へ行ってくれ」
「はい、竜司リュウジ様」
 何だろう。
 胸に嫌な予感が渦巻く。
 どす黒い、不快なものが。
「何か、悪い予感がするのです――僕は、ハルシャを一人にしてはいけなかった。側を離れてはいけなかったのに――」
 呟くリュウジの膝に、マイルズ警部の手が触れた。
「事件の側面が見えてきた。
 もし、本物のレズリー・ケイマンの遺体が見つかれば、今の執政官は偽物だと証明できる。ラグレン警察も、法を遵守する義務を持っている。それほど非道なことはするまい」
 警部の慰めにも、リュウジの胸の鼓動が収まらない。

 唇を噛み締めると、
「急いでくれ、吉野ヨシノ
 辛うじて、そう言うことしか、リュウジには出来なかった。







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