ほしのくさり

第176話  悪い予感-01






 言葉の意味が、リュウジの中に沁み込むのを待ってから、リンダは再び語り始めた。

「セジェン・メルハトルが、エルドを訪ねてきたのは、今から十五標準年ほど前だった。エルドが親友を失ってから、もう六年ほど経っていたはずだ。
 当時、私とエルドは結婚し、惑星シンセルを拠点にしていたんだが、そこへふらりとセジェン・メルハトルがやってきたんだよ。
 自分は、ハーラン・メルハトルの弟だと言ってね。
 エルドの言では、兄弟二人の面差しはよく似ていたそうだ。私は、ハーラン・メルハトルを知らないからね。やたらと目つきの鋭い男だという、第一印象を抱いただけだった。
 セジェンは、顔に似合わぬ穏やかな口調で話す男だった。
 兄の親友の元で宇宙海賊としてやっていきたいと、彼はエルドに言ったんだよ」

 瞬きをしてから、彼女は続けた。

「昔、ハーランから、離れて暮らす弟がいると、エルドは聞かされていたらしい。
 それでエルドは迷いなく、セジェンを仲間として受け入れたんだよ。哀れな死に方をした親友の分まで、残された弟の面倒を見ようと思ったのかもしれない。
 実際、エルドは、セジェンをとても大切にしていたよ」
 過去を思い出すのか、遠い眼差しを虚空に向けたまま、リンダは呟いた。
「とても、ね」

 微かに眉を寄せて、彼女はじっと、黙り込んだ。
 夫が信じて、慈しんできた者に裏切られた事実に、耐えるかように。
 しばらくそうしてから、リンダはゆっくりと眉を解いた。

「後から考えれば、裏切りの兆候はあったのかもしれない。
 けれど、私らはエルドの親友の弟、という美しい言葉に惑わされていた。思い込みというのは危険だな。人の目をくらませる。そうして真実を歪めて心に映してしまう――」

 ぽつりと呟いてから、彼女は何かを吹っ切るように、微笑んだ。

「全く、人は、愚かな生き物だな。あっさり騙されてしまうなんてな」

 リンダ・セラストンが、廃材屋で物の真価を見抜けるかどうか、相手を試すのは、もしかしたら、セジェン・メルハトルの真実を、見抜けなかった自分自身への戒めがあるのかもしれない。
 きっと。
 彼女は夫を失ってから、必死に自分の見る目を磨こうと、努力をして来たのだろう。
 もう二度と、騙されないために。

 再び沈黙してから、彼女はゆっくりと口を開いた。
「セジェン・メルハトルのことで、思い出したことがあったんだ。なんで、奴が裏切ったのかを、考え続けていた時にね」
 ふっと息をしてから、彼女は再び遠い眼差しになると、言葉を続けた。

「仲間になってしばらくして、エルドがハーランの墓が、惑星ナハランにあると、教えてあげたことがあったんだ。
 そうしたら、セジェンは喜んでね、ぜひ墓参りをしたいと言い出した。
 エルドは情が深かったからね、親友の弟の言を入れて、わざわざ航路を変えて、彼の墓所を訪ねてやったんだよ」
 ふっと、彼女は笑った。
「ベテルギウス星系から、プロキオン星系へとね。凄まじいタイムロスだったが、エルドは愉快そうに笑っていた」

 懐かしげに言いながら、リンダが柔らかな表情を浮かべる。
 今、エルド・グランディスの笑顔が、彼女の心の中に、花開いているのだろうと、リュウジは考えた。

「兄の墓の前で、花を捧げてセジェンは長く祈っていた。
 私とエルドは、家族の死を悼む姿を、後ろでじっと見ていたんだ。
 しばらくしてから、セジェンは振り向いて、兄を大地に返して下さってありがとうございます、と、感謝の言葉を述べてきた。
 惑星ナハランに葬って欲しいというのは、親友のハーランの依頼だったらしい。
 知らせを受けて駆け付けた宇宙船の中で、もう、ハーランはほとんど死にかけていた。助けられなくてすまなかったと、エルドが詫びるように呟いていた。
 セジェンは首を振った。
 昔、家族でこの惑星で暮らしていたのです。兄も、ここに眠れて、本当に嬉しかったと思います。ありがとう、船長。と、真摯に礼を述べていたんだ。
 が。
 次の瞬間、
 ところで、兄が最期を迎えたとき、何かを持っていませんでしたか?
 と、急に問いかけて来たんだよ。
 エルドは、表情を変えなかった。
 何も持っていなかったよ、戦闘があったのか、ボロボロの宇宙船に、ハーラン一人が乗っていた。それだけだ。と、伝えると、妙に鋭い目でセジェンが再び問い返してきたんだ。
 その宇宙船は、どこにありますか?
 エルドは肩をすくめてみせた。
 放置してきたよ。回収するほどの価値のない宇宙船だった。今も宇宙のどこかを漂っているんじゃないかな。俺は、ハーランの身を、自分の宇宙船に移動させるだけで、精一杯だった。と、あっさりと言ってのけたんだ。
 セジェンは、どこの空域だったのか、どんな宇宙船だったのか、しつこく問いかけて来た。
 これは、何かあるなと私でも解るほどの、執拗さだったよ。
 エルドは動じずに、さあ、昔のことだからなと、はぐらかしていた。
 なおも食い下がるセジェンに、エルドはきっぱりと言ってのけた。
 ハーランは、厄介な仕事に巻き込まれて、命を落とした。奴の弟を同じ目に遭わすわけにはいかない。
 もう、二度とこのことは訊くな、と厳しい口調でいってのけたんだ。
 不満そうだったが、セジェンはその時は引いた。
 けれど、エルドは気付いたんだろう。セジェンは決して諦めていないと」

 杯を攫うように持ち上げると、リンダはファグラーダ酒を、口に含んだ。

「今から思えば、それは、最初にセジェンが、自分の正体を垣間見せた瞬間だった。もっと注意深く見ていれば、奴の本性が解ったはずなのに、表面上とても愛想の良い男だったからね、ごまかされてしまったんだよ。
 今でも、悔いが残る。どうして奴の、毒蛇のような気性を見逃したんだろうってな」

 ファグラーダ酒の息を吐きながら、彼女は言葉を続ける。

「セジェン・メルハトルは、最初から、目的があってエルドに近づいたんだ」
 瞬きをすると、彼女は静かに言った。
「エルドの命を奪う理由を調べ上げていくうちに、たどり着いた事実だ。
 セジェンの兄、ハーラン・メルハトルが死ぬ直前に請け負っていたのは、ナダル・ダハットからの仕事だった」

 マイルズ警部とリュウジは、思わず互いに視線を交わし合った。
 ナダル・ダハットは、イズル・ザヒルが頭領に居座る前に、『ダイモン』を仕切っていた男だ。
 狡猾で残虐な手段で、恐れられていた。
 二人の表情を読み取ったのだろう、リンダは口角を歪めた。

「そう。前『ダイモン』の頭領ケファル、あの性悪のナダル・ダハットだよ。ハーラン・メルハトルは、数年間、ナダル・ダハットの元で働いていたらしい。
 凄腕の宇宙船乗りだったからね、政府の目をかいくぐる、違法な輸送を請け負っていたんだろう。だが、危険と隣り合わせの仕事だ。当然リスクも高い。
 ハーランは、一度、ナダル・ダハットのところから足を洗ったらしい。
 だが、何らかの理由があって、最後に元雇い主の仕事を受けた」

 静かに、リンダは杯を机に置いた。

「それが、ハーランの命取りになった」

 目を細めて彼女は言葉を続ける。

「どんな仕事だったのかは、解らないが――エルドが一度話してくれた時の口調からして、相当やばい仕事だったようだ。
 危険な仕事の片棒を担がされ、挙句の果てに、口封じのために殺されかけた。半死半生の身で、ハーラン・メルハトルは宇宙船を駆って、単騎そこを逃げ出したらしい」
 ふっと、リンダは息を吐いた。
「その時、ハーランは、重要な何かを持ち逃げしたんだ。彼の最期を看取ったエルドは、ハーランが持ち出したものが何か、恐らく知っていたのだろう。
 けれど、エルドは決してそのことを他人に話さなかった。
 ハーラン・メルハトルが自分の目の前で死んだことですら、私と弟のセジェンにしか告げなかったほどだ。
 エルドは、相当危険なものを、親友から死の間際に託されたんだ――それを、セジェンは、手に入れるために、私たちの中に入り込んできた。
 兄が奪ったものを、取り戻すためにね」

「だとしたら」
 リュウジは口を開いていた。
「セジェン・メルハトルに、兄が奪ったものを取り返してくるように指示したのは、『ダイモン』の前|頭領ケファルナダル・ダハットなのですか?」
 問いかける言葉に、リンダは静かに首を横に振った。
「残念ながら、ナダル・ダハットではない。奴はハーランが絶命してからほどなく、イズル・ザヒルに始末されている。
 セジェン・メルハトルがやってきたのは、ナダル・ダハットが殺されてから五年も経ってからだ。
 ナダル・ダハットの指示というのが一番話の筋が通るが、残念ながらそのころ、奴は地獄に行っている」
 あっさりと言ってのけてから、リンダは目を細めた。
「だが、当時の仕事の内容を知る人間だということだけは、確実だ。
 五年をかけて、誰かがハーランの死の真相を突きとめ、エルドを篭絡するために、ハーランの弟を送り込んできたと考えると、辻褄があう。
 セジェンは、何としてでも兄が奪ったものを、取り戻す必要があったんだろう。
 腹に企みを抱いたまま、奴は私たちを巧みに欺き続け、善良な部下として、エルドの信頼を得た。
 セジェンは、ことあるごとに、エルドから兄の死の真実を聞き出そうとしたのだと思う。だが、エルドは口が堅い男だったからね、弟といえども、決して口を割らなかった。
 普通の状態では、エルドの口を割らすことが出来ないと、セジェンは踏んだのだろう。奴が指示を受けている組織と結託して――私たちを、罠にかけたんだ。
 美味い儲け話を、持ち込んでね」

 当時の自分の浅はかさをあざ笑うように、リンダは天を仰いで、くっと、喉の奥で息をした。

「お宝を満載した、手薄な宇宙船――襲った船は、セジェンの言った通り、ぼろい儲けになった。私たちは、久々の猟果に有頂天になって、積み荷に潜む危険に、気付けなかった」

 天を仰いだまま、彼女はしばらく沈黙していた。

「私はね、リュウジ」
 虚空に呟いてから、彼女は視線を落として、リュウジに顔を向けた。
「セジェンは、あの時、爆薬を仕掛けたことで、エルドを脅したんじゃないかと思うんだよ。
 このまま爆発させれば、お前の大切な人間が死ぬ。
 殺されたくなければ、真実を話せ、と。
 自分一人がどんなに拷問を受けても、エルドは口を割るような男じゃない。
 だが、彼は、本当に仲間想いの、情が深い人だった。
 私たちの命を盾に取られたら、弱かったのかもしれない。
 どんなやり取りがあったかは解らないが、あの時、エルドはセジェンが求める情報を与えて、代償として、爆薬の位置を教えられた。そんなところじゃないかな」

 何度も、何度も、考え抜いた口調で、彼女は呟く。

「爆発までの時間がないことを悟ったエルドには、自分が爆薬を抱えて宇宙へ飛び出し、仲間を守る選択肢しかなかったんだろうね」
 優しく、リンダは微笑んだ。
「そんな生き方しか、出来ない人だったんだよ、エルドはね」
 きらりと、ダイヤモンドの原石からくりぬいた指輪が、リンダの左の指で光った。

 再び、彼女は沈黙した。
 夫の死の瞬間が心に蘇ったように、彼女は苦しげに、眉を寄せる。
 張りつめた静寂が、オキュラ地域のリンダの事務室を支配した。
 不意に、心の整理がついたように、彼女が口を開いた。

「エルドは賞金首だった」
 ぽつっと、リンダは呟いた。
「エルドの行動は、セジェンにとっては予想外だったんだろうね。奴は、『クリュウ』号は宇宙の藻屑になっていると、思い込んでいた。自分の裏切りを知るものは、広い宇宙に誰もいない、とね。
 油断していたんだろうね。セジェンは、エルドの首にかかっていた賞金を、なんとせしめに行ったんだよ。
 信じられないだろう? 
 よほど金に汚い人間なんだろうな――まるで当然の権利のように、奴は惑星ギデオンで、夫の首に掛けられていた一〇〇万セルガーを受け取ったんだ」
 小さく首を振って、リンダは呟いた。
「セジェン・メルハトルの足取りがつかめているのは、そこまでだった。
 夫を裏切って賞金を手にした後、セジェンはふつりと糸が切れたように、惑星ギデオンから姿を消している。
 私も直接、惑星ギデオンへ足を運んで、政府の電脳へ入り込んで、出入星記録を片っ端から洗っていたんだ。
 そうしたら、セジェンの入星の記録はあるのに、出星の記録は全くない。
 としたら、惑星ギデオンに隠れているのかと思って、私は血眼になってセジェンを探しまくった。
 高額な報奨金すらかけて、奴を探したが、惑星ギデオンに、セジェン・メルハトルはいなかった――
 奴は、消えたんだよ。煙のようにね」

 手にしていた杯に、再びファグラーダ酒を満たすと、彼女は喉の渇きを癒すように、一気に呷った。
 杯に手酌で注ぎながら、彼女は話を続けた。

「最初、私はセジェンが単独で動いていると、考えていた。だから、闇雲にセジェンの姿を追い求めていたんだ。
 だが、夫の死の真相からたどり着いた調査結果は、セジェンは誰かの命を受けて、今回のことを仕組んだかもしれないと、示していた。
 落ち着いてもう一度考え直した時、もしかしたら、セジェン・メルハトルは、組織的な協力を得て、惑星ギデオンから消えたのかもしれないと、思いついたんだよ」
 杯を手にすると、彼女は微笑んだ。
「私たちが見知ったセジェン・メルハトルではなく、別の人間になりすまして、惑星ギデオンをでたのではないか、とね。
 別の容姿、別の身分証、全く違う人間になってね」
 ゆっくりと瞬きをしながら、リンダは自分の中の考えをまとめながら、言葉を続ける。
「その可能性に、私は賭けてみることにした」







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