「申し訳ないが」
とても魅力的な笑みを浮かべて、ディー・マイルズ警部は、ゆっくりと首を横に振った。
「勤務中の飲酒は禁じられている。せっかくのお誘いだが、お断りさせてもらうよ」
その言葉に、リンダ・セラストンは一つしかない目を細めて笑った。
「意外とお堅いんだね」
少しも残念そうな素振りを見せず、リンダは自分のグラスに、封を開けたばかりのファグラーダ酒を注ぐ。
銀河帝国きっての最強最悪の酒は、独特の異臭を放っている。
漂う凶悪な香りを嬉しげに吸い込んでから、悪事に誘う言葉をリンダ・セラストンは呟いた。
「黙ってりゃ、誰にも解らないよ」
ふふと、マイルズ警部が笑う。
「部下に示しがつきませんので」
警部は笑みを深めて呟いた。
「せっかくの美人のお誘いを、断るのは非常に心苦しいがね」
仕事の都合だと了解したのだろう、リンダは警部に無理強いをしなかった。
その代わりに、満面の笑みを湛えて彼女はリュウジへ顔を向けた。
「リュウジは飲めるんだろう?」
まさか、断らないだろうな、という無言の脅しを込めて、彼女が呟く。
「せっかくですが」
リュウジも満面の笑みで応じた。
「この後、どうしても外せない用事があります。僕が酔いつぶれていたら、ご迷惑をおかけしますから」
「ほう」
リンダはくっくと、喉の奥で笑う。
「ほんの一杯で、酔うほど
「そうですね」
なら、とリンダの注ぎかけた手を、
「ですが、ジェイ・ゼルは、あまりファグラーダ酒が好きではないかもしれません。独特の香りを好まない人は多いですから」
と、言葉で封じる。
リンダは片眉を上げた。
「ジェイ・ゼルと、会うのかい?」
「はい。ハルシャたちと一緒に、食事に呼ばれています」
リンダは、片方の眉を上げたまま、ちょっと考え込んでいた。
「まあ、そうだな」
不意に彼女は妥協を示して、ファグラーダ酒の瓶を、リュウジのグラスから引いた。
「この酒は、臭うからな」
一応、彼女もそう思っていたのだと、リュウジは心に呟きながら、笑いを浮かべる。
「ご理解いただいて、とても嬉しいです。リンダ」
「ジェイ・ゼルは、小難しい……色々こだわりがあるしな」
ぶつぶつと言うリンダ・セラストンへ、マイルズ警部が静かに視線を向けていた。
「個人的な知り合いなのかな」
さりげなく、警部がリンダに問いを投げかけている。
「あなたと、ジェイ・ゼル氏は――」
リンダは、魅力的な笑みを警部に与えながら、答えた。
「意外と狭いんだよ、この業界はね」
業界というのは、闇の金融機関のことなのだろうとリュウジは理解する。
「この業界は」
再び警部が質問をしている。
「長いのかな、リンダ・セラストンさん」
彼女は金色の髪をかき上げて、静かに笑った。
「そんなに私のことに興味があるのか? 帝星の刑事さん」
リュウジは、警部のことを、帝星から調査に来ている刑事だと話しておいた。
嘘を吐いて身分を偽ると、その時はいいが、後で厄介になる。
腹を割って話したいときは、最初から手の内を見せるのが結局近道だ。
判断をつけてリュウジは、正直なところをリンダに語ったのだ。
「そうだね」
にこっと、温かな笑みを浮かべて、警部は彼女の言葉を受け止めている。
「こんな美人が、どうして惑星トルディアで、たった独り厳しい仕事を選んでいるのかとても興味があるね」
彼女は、残った左の目で静かに瞬きをした。
「身の上話は、食事の後にしないか」
彼女は、視線を料理に向けた。
「どうせ、イトウさんが駆けずり回って、手に入れてくれたものなんだろう。リュウジ――その心を無駄にしては、いけないね」
リンダの廃材屋の事務所の机の上には、吉野が買ってきてくれた昼食が並んでいる。四人前を軽く超える量が、彼女の机を埋め尽くしていた。
手で摘んで食べられる軽食の類いだった。
吉野は、彼女好みのファグラーダ酒まで用意している。
さすがだと、リュウジは心の中で賛嘆の声を上げざるを得ない。吉野は用意周到だった。
ファグラーダ酒を目にした途端、彼女は手放しの笑みを浮かべ始めた。
昼食の誘いを、マイルズ警部は快く了承してくれた。
オキュラ地域のリンダ・セラストンの廃材屋の前で落ち合うことを約束する。
押しかけていったリュウジたち三人を、呆れながらもリンダは受け入れてくれた。
昼食を持ち込んだ客は、あんたたちが初めてだと、と、笑いを含んで言いながら。
まあ、今日はこれといって用事は無いからな、と、空を見上げて一応言い訳らしきことを口にしてから、彼女は事務所へと自分たちを案内してくれたのだ。
そして、今。
事務所の机を囲んで、昼食をとろうとしているところだった。
リュウジは、吉野にリンダのところで食べられるような、昼食の買い出しを依頼したが、たった一つ、注文をつけた。
ホット・サンドウィッチだけは、止めてくれ、と。
吉野は、何も言わなかった。
見ればハルシャの涙を思い出す。
それだけは、避けたかった。
「めでたい話をしながら、美味しく料理を食べようや。それが、用意してくれた者に対する礼儀だよ」
リンダは微笑みながら、静かに言った。
一瞬、リュウジは視線を吉野に向ける。
彼は、自分が市役所で手続きをしている間に、市場を回って料理を買い出してくれていた。マイルズ警部との打ち合わせも手際よく済ませ、リュウジが思うようにことを運んでくれる。
五歳の時から、当たり前だと思っていた吉野の存在を、ラグレンに来てから再認識せざるを得ない。
彼が自分を探し出してくれなければ、ハルシャを自由の身にすることが出来なかったのかもしれない。
ふと、そんなことを思ってみる。
「そうですね、食事を最高に美味しく食べるためには、楽しい会話が欠かせませんね」
リュウジの言葉に、リンダが笑う。
「美味そうな料理を前に、もう待ちきれないのが、正直なところだよ。腹が鳴りそうでね、紳士なら、乙女に恥をかかせるものではないよ。リュウジ」
軽やかな笑いと共に、食事が始まった。
ラグレンでは一般的な、加工食材の料理が並ぶ机を前に、四人は適当に座を占めて、食事を思い思いに摘む。
椅子も、リンダの廃材の中から座れそうなものを一つ見つけ出して、引っ張り出して来ている。
料理の種類も相まって、少し、ピクニックのようだ。
素手で掴んで食べるリンダは、楽しそうだった。
「続々と、帝星の知り合いが増えるんだね、リュウジ」
リンダが、指先を舐めながら、リュウジに言う。
「そのうち、ラグレンは君の知り合いの帝星人で、一杯になるんじゃないか」
ディー・マイルズ警部は、ハルシャの両親の死亡事故について調べていると、リンダには話していた。
その説明に、へえ、と、彼女は眉を上げて、小さく答えただけで、別段表情を動かさない。興味がなさそうにも見えた。
「イトウさんの知り合いなのです」
リンダの前では、吉野のことを、イトウさんと呼んでいますと、リュウジは抜け目なく警部に伝えていた。
ニコニコ笑いながら、リュウジは鳥のから揚げを模した揚げ物を手に取った。
「人脈の広いのはイトウさんであって、僕ではありません」
リュウジの言葉に、リンダはふっと笑った。
「なら、そう言うことにしておこうか」
と、片方だけ残った目が、自分の奥底を見抜くように据えられている。
「刑事さんは、妻帯者かい」
不意にマイルズ警部へ顔を向けて、リンダが問いかける。
彼は、手にしていた卵焼きを頬張ったばかりだった。
口を動かしながら、警部は黙って、左手の薬指にある、金色の結婚指輪をかざしてみせた。
「すてきな奥さんと、可愛いお嬢さんがいます」
口に物が詰まって話せない警部の代わりに、リュウジが答える。
「これも、イトウさんから聞いた話ですが」
にこにこしながら、付け加える。
ふふっと、リンダは笑った。
「だと思ったよ」
リンダは小さく呟いた。
「誰か家に待つ人がいるって、顔をしている」
ゆっくりと瞬きをしてから、リンダは警部に家族のことを問いかけた。
卵焼きを飲み下してから、優しい声でマイルズ警部は、妻と娘のことを問われるままに答えていた。
和やかに、食事が進む。
屈託なく話を聞いていたリンダは、お返しにというように、ラグレンでの廃材屋事情について、雄弁に語り始めた。
掘り出し物も、時々持ち込まれることがある。
こちらが出した値段に、相手がどんな反応をするのか、それが楽しみで廃材屋をしているようなものだと、彼女は笑いながら言った。
「リュウジは、本当に手強い奴だよ」
褒め称える口調で、彼女は辛辣な言葉を吐く。
「うちの良材を、軒並み買い叩いてさらえていった。全く――」
笑みを浮かべて、リンダがリュウジへ視線を向ける。
「油断も隙もありゃしない」
リュウジも笑顔を返した。
「その節は、お相手頂いてありがとうございます」
ふんと、リンダが鼻で笑う。
「正直、二度と見たくない面だよ、本当に」
言葉の裏にこもる温かさに、リュウジは笑みを深めた。
「何度も足を運んで、すみません。つい、居心地が良いので来てしまいます」
「いいよ」
思わぬ優しい声で、リンダが言う。
「誰かのために、労を惜しまぬ人間は嫌いじゃないからね」
ハルシャのために、自分が動いているとリンダは知っているのだろう。
リュウジは言葉に答えずに、ただ、静かに笑みを浮かべ続けた。
両親の死の真相を究明したいと、ハルシャは一言も言葉に出さなかった。
勝手に自分が探り出したいだけだ。
全ての真実が明らかになれば、ハルシャが本当に、自由になれるような気がするからだった。
両親の死に、ジェイ・ゼルが関わっていると諭しても、ハルシャは事実を受け入れることを拒んだ。
ジェイ・ゼルは関係ないと――彼は言い張って、譲ろうとしなかった。
それだけ、信じているのだろう。
違法な組織『ダイモン』に属する、男を。
笑みを湛えたまま、リュウジはわずかに視線を落とした。
ジェイ・ゼルが両親の死に関わったという、動かぬ証拠を目にしたら、ハルシャの心は動くのだろうか。
それとも。
両親を死に至らしめた男と知ってもなお、ハルシャは、彼の側にいるのだろうか。
どちらの結果になっても、ハルシャの心を傷つけるとは解っていた。
それでも、自分は探り出したいのだ。
何が真実なのか、誰が、この悲劇の影にいるのか――
どうしても、突きとめずにはいられなかった。
小一時間ほどかけて、昼食は終わりを告げた。
残った料理は、リンダが引き取っても良いだろうか、と、リュウジに訊いてくる。
もちろん、どうぞ。と答えたリュウジに、リンダは笑顔を向けた。
オキュラ地域には、食事を満足に出来ない子どもがいる。
その子たちが喜ぶだろうと、小さな声で彼女が呟いた。
丁寧に料理をかためると、彼女は保存庫にそれを収めた。
「さて、本題に入ろうかね」
上からさっぱりと料理がなくなった机に座り、リンダは足を組んでリュウジを見た。
「マイルズ刑事は」
リンダは微笑んだ。
「夫を死に追いやった男の話を、訊きにきたのかな?」
マイルズ警部には、リンダが話してくれたレズリー・ケイマンのことは、すでに伝えてあった。
今回警部の同席を求めたのは、リンダの話の詳細を一緒に聞いて欲しかったからだった。
レズリー・ケイマンの正体が、夫のエルド・グランディスを謀殺したセジェン・メルハトルということを、どうやってリンダは突き止めたのか。
そして、どんな風に復讐をとげようとしていたのか。
様々な事件に携わってきている警部なら、自分の気付かないところを見てくれるだろうと、リュウジは考えたのだ。
片頬を歪めて笑うリンダに、リュウジは問いかけた。
「警察と、話をするのは嫌ですか?」
言葉に、リンダはますます頬を歪めた。
「もう、宇宙海賊は廃業したからね」
新しいファグラーダ酒を、自分のグラスに注いでから、彼女は言葉を続けた。
「何も嫌がることなんてないよ」
不意に、彼女は笑みを消して、リュウジへ視線を向けた。
「協力すれば、叩き潰してくれるのだろう? 狡猾な蛇の頭を――」
視線を真っ直ぐに受け止めて、リュウジは頷いた。
「あなたを失望させないことを、お誓いします。リンダ・グランディス」
旧姓で呼んだことに気付いたのだろう。ふっと、彼女は再び笑みを浮かべた。
ファグラーダ酒の杯を手にすると、片目を瞑って問いかける。
「何が知りたいんだい?」
くつろいだ雰囲気を確認してから、リュウジは口を開いた。
「どうして、現ラグレンの
リュウジの質問に、リンダは一瞬目を伏せた。
「長い話になるよ」
ぱっと、視線を上げて、彼女は真っ直ぐにリュウジを見つめた。
「それでも良ければ、私が執念で探り出した夫の仇のことを、聞いてくれるか」
リュウジは瞬きをしてから、頭を揺らした。
「もちろんです、リンダ。お心のままに、あなたが掴んだ真実をお教えください。時間は、たっぷりあります」
早めにリンダの廃材屋を訪れているので、今は正午を少し過ぎたところだった。
話す決意を内に秘めながらも、リンダは再び視線を静かに下げた。
口を開くまでに、短い沈黙があった。
「すまないね」
笑いを浮かべて彼女は呟いた。
「ちょっと、エルドのことを思い出してね。彼の最後の笑顔を――」
彼女は笑みを消さずに、視線を上げた。
一つだけ残った眼には、強い光があった。
「エルドが命を失ってから、私は持てる手立てを全て使って、消えたセジェン・メルハトルの行方を探しまくった。夫の旧友たちにも協力を仰ぎ報奨金までかけた。
だが、一年たっても、セジェン・メルハトルは捕まえられなかったんだよ。
広大な宇宙と言っても、動けばどこかで、誰かが見る。
特に、宇宙海賊は普段はやんちゃをしているが、情には厚い奴らが多いからね、夫の死に同情してくれる者は多かった。
やつらは、私と一緒に、血眼になってセジェンの行方を探してくれた。
それでも、セジェンは見つからなかった――」
手にした杯を乾してから、リンダは、ふっと、虚空へ視線を向けた。
「その時、思ったんだよ。
もしかしたら、夫の死には、何か裏があるんじゃないか、とね」
グラスを机に置くと、彼女は腕を組んだ。
「お宝を積んだ宇宙船を襲う、というのはセジェン・メルハトルが持ってきた話だった。セジェンが話していた通りに、略奪はこの上なく順調に行うことが出来た。もしかしたら、その段階から罠が仕掛けてあったのかもしれない。
あらかじめ、セジェンは私たちを皆殺しにするつもりで、爆弾を仕込んでおいたんだ。
エルドは、それに一人で気付いた。
私たちが、エルドが爆弾を抱えて、小型機で宇宙に飛び出したことを知ったのは、彼がもう宇宙船を離脱してからだった。
小型機の通信装置を使って、エルドは伝えてきたんだ。
略奪品の中に、爆薬が仕掛けてあった。船を巻き込まないためには、この方法しかないと。
私たちが知ったら、エルドを行かせないと思ったのかもしれない。
仲間への感謝の言葉と、私への想いを伝えて、エルドは笑顔で通信を切った。
だから、私が覚えているのは、エルドの笑顔だ。
彼が、最後の勇気を振り絞って残してくれた、温かな彼の笑顔だよ」
ふっと、一瞬遠くを見てから、彼女は続けた。
「それでも、気付くのが遅かったんだろうね。エルドが必死に守ろうとしてくれたのに、爆薬の威力が強すぎたんだ。私たちの『クリュウ号』は、傷ついてしまった。
幸いなことに通信機器は生きていたから、宇宙海賊仲間に、不時着した星から助けを求めたら、エルドの旧友のイザッドが駆け付けてくれてね。エルドの部下だけは何とか助けることが出来た。
だが、もう、宇宙船は無理だった。取り出せたのは、駆動機関部だけだ」
遠い目をしたまま、彼女は呟く。
「エルドは、賞金首だったからね。セジェン・メルハトルは上手く話しを持ちかけて、賞金をせしめたと、思っていた。
が、何かが引っ掛かって、たまらなかった。
もしかしたら、今回のことは、セジェン・メルハトルが個人で企んだことではなく、誰かの依頼を受けたんじゃないか、とね。
どうも、大掛かり過ぎる。
今も、依頼を受けた奴の庇護下にあるから、これほど探しても、セジェンが見つからないんじゃないか――そんな風に考えると、妙に納得がいった。
それで、私は考え方を変えたんだよ。闇雲にセジェン・メルハトルを探すのを止めて、逆に、誰がエルドを始末したかったのかを、考えてみることにした。
一体誰が、何の理由で、エルドを始末する必要があったのだろう、と」
腕を解くと、リンダは手酌でファグラーダ酒を再び杯に満たした。
今度は手を付けずに、視線だけを上げて、彼女は続けた。
「その出発点は、正しかった。時間はかかったが、私は夫の仇にお陰でたどり着くことが出来たんだよ、リュウジ」
独眼をリュウジに据えたまま、リンダはちょっと、言葉を切った。
考えをまとめるような沈黙の後、彼女は静かに口を開いた。
「私が、エルドと出会ったのは、プロキオン星系の惑星ナハランで、学生だった頃だった。
私はひどい貧乏学生だったからね、学費を稼ぐために飲み比べ大会に出ては、優勝して、賞金を荒稼ぎしていた。
ま、昔から酒だけは強かったからね。ファグラーダ酒、三本までは行けたかな?」
過去の武勇をさらりと述べてから、彼女は眉を寄せた。
「エルドは、大会で大の男を飲み潰す私を見ていたらしい。
ファグラーダ酒を、限界以上飲んでいた私は、周りなんて見えてなかったからね。大の男を凌いで優勝し、賞金を手に出来た。浮かれた私は、高額の賞金を手に意気揚々と店を出たんだ。
足元はかなりふらふらだったが、気にしていなかった。手にした賞金で、しばらく勉学に励めるからね、それで十分幸せだった。
そんな私の後を、数人の男たちがつけていたらしい。決勝を争った男の仲間で、仲間が負けた腹いせと、私が稼いだ賞金が目的だったようだ。酔いでフラフラの私を弄んで、半殺しの目に遭わそうとしていたらしい。
呼ばれて振り向いた私に、襲い掛かろうとした男たちが、目の前で、面白いように倒れていった。
見知らぬ男が、拳で簡単に男たち数人を眠らせていっていたんだ。
唖然とする私に、彼は言ったんだ。
このまま飲み比べ大会に出続けるのなら、死ぬぞ、お前、ってな。
それが、エルド・グランディスだった」
嬉しげに名を告げてから、艶やかにリンダが笑った。
「エルドは、店の隅で静かに飲んでいるとき、男たちの悪だくみの相談を聞いてしまったらしい。つい心配して後をつけてきてくれたようだ。
私はどうやら、エルドに助けられたのだと気付くまでに、ちょっと時間がかかってしまった。したたかファグラーダ酒に酔っていたからね」
笑いを浮かべたまま、彼女は続けた。
「つまらん出会いの話をしてしまったが、本題はここからだ。
エルドは、その時、たまたまプロキオン星系の惑星ナハランに来ていた。親友の墓参りのためにね。飲んでいた日は、親友の命日だったらしい」
ちょっと言葉を切ると、彼女は静かに言った。
「不憫な死に方をした男だったと、彼は言っていたよ。騙されて、使い捨ての駒のようにして命を奪われた。彼が駆け付けた時は半死半生で、手の施しようがなかったと、悔いるように呟いていたのを、覚えているよ」
リンダの青い独眼が動いて、虚空からリュウジへ向けられた。
「エルドの親友の名は、ハーラン・メルハトル。エルドを裏切ったセジェン・メルハトルの兄だった」