ほしのくさり

第166話  翡翠





 脱がせる。
 ジェイ・ゼルの、服を?


 柔らかな誘いの言葉に、ハルシャの鼓動が、一気に跳ね上がった。
 戸惑いが、内側を駆け巡る。
 あと少し、胸元を広げれば、柔らかい服は簡単に肩から滑り落ちるだろう。
 それをハルシャの手でしてくれと、ジェイ・ゼルが言っている。

「……ジェイ・ゼル」
 ためらいを含んだハルシャの声に、ジェイ・ゼルが、小さく笑う。
「君と愛し合うには、間を妨げる服が、邪魔だね」
 灰色の眼を細めて、彼が呟く。
「さあ、ここにきて、私の服を脱がしておくれ。そうして、素肌を触れ合わせて――愛し合おう、ハルシャ」

 深みのある声が、静寂の中に響いていた。
 呟きながら、わずかに服をずらして、彼がいざなう。
 豊かな大胸筋は、半分ほど服に隠れている。
 服の下にある、彼の胸の尖りを想像して、ハルシャは羞恥に顔を染めた。
 ジェイ・ゼルが、自分を誘っている。
 愛し合うために、ハルシャの手で服を脱がせてくれと――とんでもない破壊力を持つ言葉で、自分を誘惑する。
「ハルシャ――」
 煙るような囁き声で、ジェイ・ゼルが招く。
「おいで」

 甘やかな、呼び声だった。
 優しい声に誘われて、無意識の内に体が動いていた。
 引き寄せられるように、ベッドに立ち上がる。
 一糸まとわぬ姿であるのも気にせずに、ハルシャは動いていった。
 床に足を着き、彼までの数歩を歩く。
 一足ごとに、なぜか、心臓の鼓動が高まっていく。
 穏やかな視線をハルシャに向けて、ジェイ・ゼルは微笑みを浮かべて、自分を待っていた。
 彼の側に立つと、体から発する彼の爽やかな香りに包まれるようだった。

「いい子だね」
 わずかな距離を取って前に立つハルシャに、ジェイ・ゼルは優しく声をかける。
「君の手で、服を脱がせておくれ、ハルシャ」

 以前、ジェイ・ゼルから服を脱がせたとき、色気がない仕草だと言われた。
 言われた意味を、はっきりと悟る。
 誘いかけるジェイ・ゼルの姿は、別次元だった。
 婀娜めいた笑みを浮かべて、半眼でジェイ・ゼルが自分を見つめる。

「焦らずに、ゆっくりと――」
 前に立つハルシャの耳に、口を寄せるようにして、ジェイ・ゼルが呟く。
「脱がせてくれないか、ハルシャ」

 すぐ側にある、灰色の瞳を見つめる。
 吸い込まれそうなほど、彼の目は澄んで煌めていた。
 こくんと、頷いてから、ハルシャはジェイ・ゼルの服に手を触れた。

 くすっと、小さくジェイ・ゼルが笑う
「ハルシャ。こういうとき触れるのは、服ではないよ」
 少し驚いたのかもしれない。ハルシャは、目をしばたたかせて、ジェイ・ゼルを見上げた。
 彼は笑みを浮かべたまま、ハルシャの手を取ると、服から離し、その下の肌に指先を触れさせた。

「肌の上に指を滑らせて、服をゆっくりと、開いていくのだよ」

 紛れもない驚きを浮かべて、ハルシャはジェイ・ゼルを見上げる。
 服と肌の間に手を入れて、押し開くようにして、服を脱がせろと彼は言っている。
 指先が、ジェイ・ゼルの肌のぬくもりを拾う。

 このまま指先を滑らせることを想像して、ハルシャは顔が真っ赤になった。
 単純に服を身から剥がせばいいと思っていたが、やはり、ジェイ・ゼルのレベルは違う。まさか肌に触れながら、服を取り去らなくてはならないとは……。
 ジェイ・ゼルがまなじりを下げて笑った。
「想像したのかな? 今、とても色気のある顔をしているよ、ハルシャ」

 見つめるハルシャへ、艶やかな視線を向けながら、彼が囁く。
「ゆっくり」
 ジェイ・ゼルが呪文のように、耳元に言葉を滴らせる。
「時間を楽しむように、ゆっくりと、手を動かすんだよ、ハルシャ――」

 バクバクと高まる心臓の音を聞きながら、ハルシャはもう片方の手も、彼の肌に触れさせた。
 服の間に指先を入れて、ジェイ・ゼルを見上げる。
 これで良いのか? と問いかけるハルシャの眼差しに、彼は背中を押すように、微笑みながら頷いた。
 視線を前に戻して、指先に神経を集中しながら、言われた通りに静かに左右に開いていく。
指先にジェイ・ゼルの熱を感じる。
手の甲に、さらさらと滑らかな服の生地が触れていた。

 心臓が、内側から叩きつけるように、鳴っていた。
 昔。
 誕生日のプレゼントをもらった時に、何が中に入っているのか、ワクワクしながら包みを開いた時のようだ。
 手の動きと共に、しなやかな生地に覆われる、ジェイ・ゼルの無駄のない身体が次第に姿を現わす。
 ドキン、ドキンと、脈打つ自分の音が、聞こえる。
 豊かに張ったジェイ・ゼルの大胸筋が生地の下からのぞいている。
 次第に面積を増す彼の裸体に、ハルシャの中に、熱いものがこみあげてきた。
 喉が、妙に渇いてきた。
 サラサラと、生地が擦れる優しい音が聞こえる。
 ゆっくりと手を押し開くと、服の下から、それまで隠されていた彼の胸の尖りが姿を現わした。

 ドキンと、音が聞こえる。
 かつてない、感覚が、内側から湧き上がって、身を焼いた。

 彼が、欲しかった。
 肌に触れたかった。
 彼が快楽に頬を赤らめるさまを、見たかった。

 下半身に、熱が集まってくる。
 今までにない衝動に、ますます顔が赤らんでいく。
 頭から、湯気が出そうだ。
 ドキンドキンと、内側の脈を感じながら、裸体から逃げるように、ハルシャは、ジェイ・ゼルの顔に、視線を向けた。
 さらに、心臓が、鳴る。

 潤んだ灰色の瞳が、自分のどんな些細な変化も見逃さないように、ひたむきに見つめていた。
 眼差しで、愛撫をされているようだった。
 視線が、触れ合う。
 彼が、微笑んだ。
「上手だね、ハルシャ。ほら、もう、あと少しだよ」
 ハルシャの指が、ジェイ・ゼルの肩に触れる。
 するりと肩を滑り、服が床に柔らかく舞い落ちた。
 その瞬間、ハルシャの目の前に、ジェイ・ゼルの透明感のある上半身が全て、露わになった。
 体中が脈打つようだった。
 ジェイ・ゼルが、微笑む。
「下も、脱がせてくれないか、ハルシャ」

 ドキドキしながら視線を下げて、彼の服に手をかける。
「ゆっくり、ゆっくりとだよ、ハルシャ」
 ジェイ・ゼルの言葉に従うように、ごくりと唾を飲み込んでから、ハルシャは下穿きに手を添えて静かに下ろす。
 ただ、服を脱がせているだけなのに、どうして気絶しそうなほど、自分は心臓を躍らせているのだろう。
 いぶかしがりながら、彼の昂ぶりが、服の中から現れることに、頬を染める。

 もしかしたら、これが、本当の彼の姿なのだろうか。
 皆が求めて止まない『愛玩人形ラヴリー・ドール』と呼ばれる、ジェイ・ゼルの。

 身体の奥が、じんと痺れるようだった。
 彼が、欲しくてしかたがない。
 無意識に、自分自身が昂ぶっていくのが、抑えられなかった。
 足首まで服を押し下げると、優雅な動作で、ジェイ・ゼルが片方ずつ、足を抜いてくれる。
 ようやく役目を終えて、ハルシャは身を伸ばした。

 顔を上げると、嫌でもジェイ・ゼルのきれいな裸体が目につく。
 かつて、色気がない脱ぎ方だと、言われた。
 その通りだと、妙に納得する。
 彼が服を脱ぐ姿は、とてつもなく色っぽかった。
 後頭部を殴られたように、今も、頭の芯がぼうっとしている。

 無意識に、ジェイ・ゼルの姿を見つめていたのかもしれない。
「ハルシャ」
 柔らかい言葉が、彼の口からこぼれる。
「ありがとう。君のお陰で、私も準備が出来たよ」

 嫣然と、ジェイ・ゼルが微笑んでいる。
 灰色の瞳に、心が絡めとられたように、視線が外せなくなる。
 ゆっくりと腕が動き、ジェイ・ゼルが素肌のまま、ハルシャを腕に包んだ。
 互いの熱が、痛いほどだった。
「ハルシャ……これから、身を繋げて、愛し合おう」

 見上げた眼差しをジェイ・ゼルが受け止めてから、静かに身を屈めて唇を覆った。
 深い情愛に満ちた口づけに、さらにぼうっと、意識がさらわれていく。
 ジェイ・ゼルによって、内側に熱い炎が灯されたようだった。
 彼が、欲しくてしかたがなかった。
 焦がれるような切望が耐えられないほどだ。
 少し背伸びをしながら、懸命に合わせた唇を求める。

 しばらくハルシャに応えてから、ジェイ・ゼルが動いた。
 唇を合わせたままで、身を抱えるようにして抱き上げられる。
 強い力で身を運ばれ、気付いた時には、先ほどまで後孔に愛撫を受けていたベッドに、横たえられていた。

 彼に身を覆われながら、熱を浴び続ける。
 喉の渇きに似た情欲が、身の内から湧き上がってきた。
「――ジェ……ジェイ・ゼル」
 追い詰められたような声で、彼を呼んでしまう。
 ジェイ・ゼルは気づいてくれたようだ。
「もう、我慢できないのかな? ハルシャ」
 優しい問いかけに、羞恥を忘れて、ハルシャは懸命に首を揺らした。
「ジェイ・ゼルが、欲しい。お願いだ」
 懇願に、髪をそっと撫でてから、ジェイ・ゼルが耳元に呟いた。
「わかったよ、ハルシャ」
 身を起こして、彼が行動に移った。

 熱に熟れたような目で、ハルシャはジェイ・ゼルを追った。
 しなやかな動きで、ベッドに転がしていたぬめりのある液の容器を手に取ると、彼はハルシャの腰の下に再びクッションを入れ、膝を立てさせた。
 ぬめりを手に取ると、自身に施している。
 ドキドキと、ハルシャの中に、期待が高まっていく。
 視線に気付いたのか、彼は顔を向けると、優しく微笑んだ。

 五年前に時を戻して――
 ジェイ・ゼルは、優しい手つきで、丁寧にほぐしてくれた後孔を、もう一度確認している。決して痛みを与えないという誓いを守るように、再度指を入れて、ほぐしていた。
 行為を受け入れながらも、切望が胸を焼く。
 飢えたように、ハルシャは彼が欲しかった。

「ジェ……ジェイ・ゼル」
 挿れてくれ、と懇願を込めて、彼の名を呼ぶ。
「もう少し、待ってくれないか」
 冷静な声で彼が答えた。
「いい子だね、ハルシャ。あとちょっと、辛抱しようか」

 わざとではないかと思えるほど、彼の動きは緩慢だった。
 下半身に熱が集まってくる。
 耐えがたいほどだった。
「ハルシャは、かわいいな」
 立ち上がり始めたものを見て、ジェイ・ゼルが優しい声で呟く。
「素直で、真っ直ぐで、何の裏もない――」
 ちゅっと、立てたハルシャの右膝の丸みに、ジェイ・ゼルが唇をつけた。
「そのままの君で居られるように、私が君を守るから」
 左の膝にも、優しく唇が触れる。
「誰にも君を、傷つけさせないよ」

 誓うような言葉を呟いてから、ジェイ・ゼルが指を抜いた。
 視線を向けると、彼は右手に自身を保持して、ハルシャの足の間に動いていた。
 瞳を上げて、彼が微笑む。

「君の中に、これから、這入はいるよ。ハルシャ」

 視線を絡めたままで、ジェイ・ゼルは自身をハルシャのすぼまりにそっと、押し当てた。
 彼の熱に、体中が痺れそうだったった。
「ジェイ・ゼル――」
 熟れたような、熱い言葉がハルシャの中から溢れる。
「ハルシャ。いい子だね」
 名を呼びながら、見つめながら、ジェイ・ゼルが自分の中を、広げるように入ってくる。
 ハルシャは、声を虚空に放っていた。
 待ち望んだ熱と質量に、全身が震える。
 ジェイ・ゼルは、先を挿れただけで、一度動きを止めた。
「大丈夫か、ハルシャ」
 痛みはないかと、ジェイ・ゼルが問いかける。
 ハルシャは、夢中で大丈夫だと頭を揺らした。
 彼は、五年前にしたかったように、穏やかに自分の中に入ってきている。
 過去の罪を償うように、優しくハルシャの身を扱う。
 先がハルシャの中に落ち着くのを待ってから、緩やかに、少し動く。
 あい路を少しずつ押し開くように、進んでは、動きを止め、ハルシャに大きさを馴染ませている。

 これが、五年前に彼が自分に対して、本当はしてあげたかった行為なのだ。
 動きをコントロールするのは、ジェイ・ゼルでも、辛いのだろう。
 額に汗を浮かせながら、それでも、彼は静かに時間をかけて、自分の中に這入ってくる。

「ハルシャ」
 優しく、名を呼びながら、視線を与えながら――これは、互いを知るための行為なのだと言い聞かせるように、優しく、優しく自身を沈める。

 深い愛情と信頼の上に成り立つ、情愛のこもった行為。
 そうだ、これは――愛の一つの表現方法なのだ。

 人は、肉体を持って生まれてくる。
 きっとそれは、誰かと繋がるために必要だから、与えられたものなのだろう。
 互いの熱を、与え合うことで、命は孤独を癒すのかもしれない。
 別離の寂寥が、彼の熱に解けていく。

「ジェイ・ゼル」
 名を呼ぶと、彼が目を細めた。
 瞬間、激しくなりそうな動きを見事に自制し、彼は緩やかに自身をハルシャの中に収める。
 やがて、全てをハルシャの中に入れてから、ジェイ・ゼルが大きく息を吐いた。
 にこっと、笑みがこぼれる。
「君の中に、私が全て入ったよ」
 目を細めて、彼が問いかける。
「……痛くなかったか? ハルシャ」

 五年間、彼が抱えていた心の傷が、見える。
「痛くない。ジェイ・ゼル。あなたが、優しくしてくれたから――少しも、痛くなかった」
 懸命に告げるハルシャの言葉に、心から嬉しそうに、ジェイ・ゼルが笑った。
「それは良かった。君を、傷つけずにすんで……」
 途切れた言葉の後、苦しげに、ジェイ・ゼルが眉を寄せた。
「許してくれ、ハルシャ。五年前、こうやって君を抱いて上げればよかった。
 なのに私は、無垢な君を、傷つけてしまった。……どうして、自分を抑えられなかったのだろう。なぜ、私は……」
 後悔を滴らせる言葉が、胸を抉る。
「もう、いいんだ。ジェイ・ゼル」
 彼を見上げて、ハルシャは呟く。
「今は、五年前だよ、ジェイ・ゼル。あなたは優しく私を抱いてくれた」
 胸の中に、愛しさが込み上げてきて、ハルシャは両手をジェイ・ゼルに差し出した。
「この行為が、情愛に満ちたものだと、その身で教えてくれた――もう、後悔しないでくれ。
 お願いだ」

 広げた腕の中に、ジェイ・ゼルが身を預けてくれる。
 ハルシャは、彼の背中を抱きしめた。
「あなたは、体を通じて愛し合うことを、最初から伝えようとしていたんだね。五年前には解らなかったことが、今、はっきりと理解出来る。
 ここから、もう一度始めよう」
 彼の熱を腕に包みながら、ハルシャは彼の耳元に呟いた。
「愛している。ジェイ・ゼル」

 ふっと、彼の身体から、強張りが消えた。
 片腕で身を支えて、彼が少し体を起こしてハルシャを見つめる。
 灰色の瞳が、魂の底をのぞき込むように、ひたむきに自分を見つめていた。
 彼は、静かに微笑んだ。
 言葉もなく、唇が触れ合う。
 唇を合わせたままで、彼がゆっくりと動き始めた。

 緩慢な動きに合わせるように、ハルシャも、腰を動かして彼を受け入れる。
 一瞬、ジェイ・ゼルは驚いたようだが、次第に動きのリズムに意識を向け、穏やかに二人で一つの行為を行い続ける。
 息を合わせ、互いを高め合う。
 次第に、動きが大きく、激しくなっていく。
 唇を外すと、ジェイ・ゼルは上からハルシャを見つめながら、力強い動きで、自身を打ち込んでいった。
 待ち望んでいた熱と動きに、ハルシャは熱く喘いだ。
「――ジェイ・ゼル!」
 耐えきれずに叫んだ時、目を細めて、ジェイ・ゼルが静かな声で呟いた。
「ジェイド、だ」
 動きを止めずに、彼が言う。

 はっと、ハルシャは意識をジェイ・ゼルに向けた。
 彼は、傷ついたような笑みを浮かべながら、ハルシャに語り掛ける。

「私の本当の名前は、『ジェイド』だ」
 動きが激しくなる。
 視線を絡めたまま、彼は続けた。
「今だけは、その名で呼んでくれないか、ハルシャ」

 ジェイド――

 快楽に色を変えた、鮮やかな彼の緑の瞳が、視界に広がる。
 惑星ガイアで産出される、極めて貴重な宝玉。

 翡翠ジェイド

「――ジェイド」
 告げてくれた本当の名を、ハルシャは大切に口にした。

 声に反応したのか、びくっと、ハルシャの中のジェイ・ゼルが大きく震えた。質量が、増したような気がする。
 彼は、傷ついた心を、剥き出しにしたように、ひどく無防備な表情になり、ハルシャを見つめた。
 そうだ。
 以前に、ジェイ・ゼルの緑の瞳は、翡翠のようだと言った時、彼は悲しみのような、喜びのような、複雑な表情を浮かべた。
 翡翠ジェイド
 この上なく希少な宝玉と同じ名を、彼は持っていたのだ。
 無意識に言い当てたハルシャに真実を告げることが出来ず、彼はただ、微笑んだのかもしれない。

「ジェイド」
 宝物のように、再び彼の名を口にした。

 くっと、一瞬表情を歪めると、彼は身を倒して、ハルシャを腕に包んだ。
 深くつながったまま、ジェイ・ゼルが強い力で、身を抱き起こす。
 上半身が浮き、ジェイ・ゼルの膝の上に抱え上げられていた。
 向き合って抱き合う形になる。
 起こされた瞬間、自分自身の重さで、彼が深く入り込む。
 衝撃に、きつく目を閉じ、ハルシャは叫んでいた。
 ジェイ・ゼルの膝の上に跨り、身を震わせる。
 震える体を、彼が、腕に抱きしめた。
「ハルシャ」
 切ないほどの響きを込めて、彼が名を呼ぶ。
 衝撃から立ち直り、目を開くと、彼が自分を見つめていた。
 傷ついた心を隠しもせずに、ひたむきに自分へ眼差しを注ぐ。
 唇を噛み締めると、ハルシャはジェイ・ゼルの首に腕を回し、身を寄せて、抱き締めた。
「ジェイド」

 固く抱き締め合ったまま、ジェイ・ゼルが動き出した。
 揺り上げられる。
 彼を深く奥に飲み込む衝撃に耐えながら、ハルシャは首に回した手を、緩めなかった。
 先ほどまでの、労わるような緩慢な動きが嘘であったように、激しくジェイ・ゼルがハルシャを翻弄する。
 彼を求めて止まない渇望が、次第に下腹部からあふれてきた。
 絶え間なく刺激を与えられる後孔が、ひくひくと、震える。
「ぁぁあっ、んっ」
 声が、無意識に口から溢れだした。
「んっ、んあっ」
 揺すられるリズムに合わせて、淫靡な声が出始めた。
 ひたむきな彼の動きに、愛しさが込み上げて、ハルシャはジェイ・ゼルの髪に指を絡めて、愛撫をする。
「――ジェイド」
 うわごとのように、何度も、彼の本当の名前を口にした。
 その度に、彼の動きが鋭くなる。
 前から両方の尻のふくらみを抱えられ、激しく上下を繰り返す。
 擦れ合う肌と肌が、熱を帯びてきた。
 彼が欲しい。
 彼をもっと、感じたい。
 もっと、もっと、深く、強く――
 彼と一つになりたい。
 渇望に急き立てられるように、ジェイ・ゼルに合わせて、ハルシャも自分の身を動かした。
 激しく、身が触れ合う。
 容赦のない動きに互いに翻弄されながら、抱き締め合った腕は離さずに、一つに繋がりあう。

「ハルシャ」
 動きを緩めずに、ジェイ・ゼルが呟く。
「愛している、ハルシャ。君を、君だけを――」

 こぼれた、彼の本心に、ハルシャの中が甘く震えた。
 急激に、昇りつめていく。
「ああっ!」
 激しく打ち込まれる動きに、声を絞り、ハルシャはジェイ・ゼルをきつく抱きしめた。
 内側に溜まり続けた熱が、ぶるぶると身を震わせる。
 奔流に抗うように、ハルシャは、必死に言葉を呟いた。
「私も、愛している、ジェイド」

 腕を絡めて、耳元に呟く。
 言った瞬間、体に衝撃のような快楽が駆け抜けた。
 高く叫んで、ハルシャは頂点を迎えていた。
 合わせた肌に、高まりを吐き出し、痺れるような快感に身を任せた。
 ジェイ・ゼルの肩に頭を預けたまま、身がびくっ、びくっと痙攣する。
「ハルシャ」
 呟きと共に激しいひと突きで、ジェイ・ゼルが奥に押し入る。
 と同時に、彼も熱い昂ぶりを、放っていた。
 激しい快楽に捕らわれたまま、二人は固く互いを抱きしめあった。
 肌を合わせ、心を絡め合って。
 まるで、二人で一つの生命体であるかのように。

 全身に、汗が浮いていた。
 互いの荒い呼吸を聞き合い、ただ、沈黙を続ける。
 
 かつてないほど、激しく求めあった。
 疲労と、充足感で、ハルシャは意識が飛びそうだった。
 弛緩する体をジェイ・ゼルに預けて、一瞬、うとうとと、まどろみに入りそうになる。
 長い静寂の後、汗を滲ませるハルシャの髪が、さらりと撫でられた。
「ジェイドは」
 静かな声が、耳朶に触れた。
「生まれた時につけられた名だ。惑星アマンダで……ずっと、私はその名で呼ばれていた」
 
 漂いそうな意識を覚醒させ、ハルシャはジェイ・ゼルの膝の上で、少し身を起こした。
 彼の顔を見る。
 自分を見つめる彼の瞳は、鮮やかな緑に変わっていた。
 深く、透明な、緑。
 希少な宝玉と同じ色だった。

 ハルシャの眼差しから、目の色が変じていることに気付いたのだろう、ジェイ・ゼルが小さく笑った。
「緑色の宝石ジュエルから、名付けられたらしい。快楽におぼれる時の目の色から、ね」
 瞬きをして、彼は静かに言った。
「忌まわしい記憶そのものの名前を、もう二度と口にするつもりはなかった。緑の眼は、私にとって呪いにほかならなかったからね」
 心が吸い込まれるような緑の瞳を、一心にハルシャは見つめ続ける。

 そんな様子に、ジェイ・ゼルは笑みを深めた。
「けれど、君はこの眼を、きれいだと言ってくれた。永遠に見つめていたいと――」
 抱き締めていた手が離れ、そっとハルシャの頬に触れた。
「君が喜んでくれるのなら、緑に変わるこの瞳も、悪くないかもしれない」
 緑の眼を細めて、彼は笑った。
「やっと、そう、思えるようになったんだよ。ハルシャ。君のお陰だ」
 
 まだ痛みを滲ませながら、それでも彼は幸せそうに笑う。
 胸が締め付けられるほどに、彼が愛しかった。

「ジェイド」
 彼が忌まわしいものとして、過去に封印した名を、宝物のように、ハルシャは呼んだ。
「きれいだよ、あなたの緑の瞳は――目にするだけで、心が震える。透明で深みのある、翡翠の緑だ」
 我知らず、ハルシャの目に涙があふれた。
「大好きだよ、永遠にみつめていたいほどに。この瞳が私は大好きだ。お願いだ、もう、嫌わないでくれ。世界でこれほど美しいものがあるのかと思うほどに、あなたの瞳は、美しい」
 涙をこぼしながら、ハルシャは微笑んだ。
「――私の、宝物だ」
 
 ジェイ・ゼルの瞳が揺れた。
 無言でしばらくハルシャを見つめてから、彼は静かに腕に包んだ。
「君は、私の全てだよ。ハルシャ」
 小さな呟きと共に、唇が覆われる。
 先ほどまでの行為の激しさは消え去り、ただ、穏やかな愛撫のように口づけを交わす。
「もう一度、君と愛し合いたい」
 囁きを耳に与えて、ジェイ・ゼルは腕に包んだまま身を倒し、ハルシャをベッドの上に横たえた。
 深く透明な緑の瞳にハルシャを映したまま、彼は穏やかに動き出した。
 
 そして。
 もう一度深く、ゆっくりと愛し合った後、ハルシャはジェイ・ゼルの腕の中で、眠りに落ち込んでいった。
 側に居るよ、と言いながら、ジェイ・ゼルが手を繋いでくれる。
 すがるように両手で握りめて、ハルシャは目を閉じた。
 号泣した疲労と愛し合った後の倦怠が、急速に眠りに引き込んでいく。

 おやすみ、ハルシャ。
 いい夢を。

 その呟きと、優しく額に触れる唇が、ハルシャが最後に覚えていることだった。
 




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