ほしのくさり

第17話  強いられた行為-02





 彼の見ている前で、自慰行為をしろと命じられた。

 灰色の瞳が弓なりにしなる。
「出来るだろう、ハルシャ。きちんとやり方を教えて上げたはずだ」
 優しく、髪を撫でながら、ジェイ・ゼルが呟く。
「以前は、中々達せなかったけれど、今回は大丈夫かな? 君も成長した」
 アルコールだけではない熱で、頬が赤らむ。
 ちゅっと、唇が触れ合う。
「私が見ていてあげるから、自分で上手にやってご覧」
 
 ジェイ・ゼルの腕が解かれて、ハルシャは解放された。
 彼はそのまま、机に向かい、グラスを置いた。その手で、ぬめりのある液を持って戻ってくる。
「これを塗ってするんだよ、ハルシャ。何も塗らないと皮膚がこすれて、傷ついてしまう」
 ひどく優しい口調で、彼は告げ、ハルシャの右手に持たせた。
「さあ、ベッドに上がって。私はここの椅子で、見ていてあげるからね」
 ハルシャを残して、彼は椅子に向かった。
 部屋の中央にあるベッドの側に椅子を運ぶと、足を優雅に組んで座り、リラックスした姿勢になる。
 固まったまま動かないハルシャへ、彼は首をねじって顔を向けた。
「君もくたびれているだろう? 早く始めれば、それだけ、早く終わる。今日は」
 ジェイ・ゼルが前を向く。
 言葉が響く。
「君が達したら、そこで終わりだ」


 ハルシャは、手に握らされたものを、ぐっとつかんだ。
 自分には、拒否権はない。
 彼の前で痴態をさらせと言われれば、やるしかない。
 しゅっと短い息を吐くと、ハルシャは動いた。
 ベッドの側に行くと、柔らかなシーツの上に手にしていたぬめりのある液体の容器を投げて置き、何の感情も込めずに、服を脱ぐ。
 裸体になると、ベッドに上がり、彼の前に、膝を立てて座った。
 足を大きく開き、彼に自分のものが見えるようにする。
 ジェイ・ゼルが目を細めて、微笑んだ。
「そうだ、ハルシャ。君は賢い。一度できちんと手順を覚えてくれる。実に嬉しいね」
 
 椅子に座って、ジェイ・ゼルが自分を見ている。
 以前も一度、こうやって自慰するさまを眺められたことがあった。まだ、十六の時だ。
 恥辱に気が遠くなりそうになり、ハルシャは自分で達することが出来なかった。
 息も絶え絶えのハルシャを、最終的に吐精に持っていったのは、ジェイ・ゼルの手だった。
 それから――
 ぐっと、ハルシャは、歯を食い縛った。
 自分は、自慰を家ですることを強制された。
 三日に一度、自分の手で達するように、ジェイ・ゼルから教え込まれる。
 彼の言葉を拒むことなど出来ず、ハルシャは言うままに夜の部屋で自慰を行った。
 サーシャが眠っている横で、彼女を起こさないように必死に声をかみ殺しながら――
 強制された行為は、屈辱以外の何ものでもなかった。
 ハルシャは歯を食い縛りながら、一人で自分を高める虚しい行為を行ったのだ。
 ぐっと歯を今も噛み締めると、ハルシャは軽く自分自身を揺さぶった。
 まだ柔らかいものが、手の中でゆらゆらと揺れる。
 芯が出来るまで、静かに刺激を与える。
 くたびれているのだろう、中々自分のものが立たない。
 ジェイ・ゼルに見られながら、自分自身を慰める行為そのものを全身が拒んでいた。
 ぐっと歯を食い縛ると、ハルシャは右手で自身を揺すりながら、左手を胸の尖りに這わせた。
 ジェイ・ゼルに、五年間の間に、乳首で感じるように開発されている。
 指先でカリカリと乳首を自分で掻くと、鋭敏な刺激が身の内に広がった。
 声が出そうになるのを必死にこらえる。
 食い縛ったまま、なおも左手で胸の先に絶え間ない刺激を続けていくうちに、右手の中で、確かな重みが感じられ始めた。
 じんと、下腹部が熱い。
 唇を噛み締めて、ハルシャは自らを刺激する。
 逸らしていた目を、一瞬、ジェイ・ゼルへ向けた。
 彼は――
 真剣な眼差しで、ハルシャを見つめていた。
 彼の嬌態を、わずかでも見逃さないように、鋭い視線がハルシャを射る。
 瞬間、どくんと、中に熱いものがうごめいた。

 見ている。
 ジェイ・ゼルが。
 自分の、あられもない姿を。

 灰色の瞳から、ハルシャは目が離せなかった。
 頬を赤らめ唇を一文字にしながら、細めた目の下から彼を見つめる。
 微かに息が荒くなる。
 
 どうして、彼は自分にこんなことをさせるのだろう。
 この前、さっさと帰ったことの罰だろうか。

 苦痛のようなざわめきが、身に湧き上がるのを、歯を食い縛って堪えながら、ハルシャは、自分自身を捌く。
 十分膨らんだことを確かめてから、ハルシャは身を立てて、ジェイ・ゼルが渡してくれたぬめりのある液体を、自身の先端へ、静かに垂らした。
 冷たい液に、びくっと、体が震える。
 右手で容器を絞りながら、左手で塗り込めていく。
 強制される行為に、ハルシャは屈辱と混乱で、どうかなりそうだった。
 椅子に腰を下ろしたジェイ・ゼルは、冷静そのもので、まるで商品を検品するように、自分を見つめている。
 視線を受けながら、ハルシャは敏感な先端部分に、そっと指を這わす。

 ジェイ・ゼルが教えたのは、亀頭を刺激する自慰のやり方だった。

 竿をしごくやりかたは、包む皮がのびてしまったり、強すぎる刺激に慣れてしまい、簡単に達せなくなることがあるために、控えるように言われた。
 時間がかかるが、亀頭で達した時は快感が深い、と、そう言いながら、ハルシャは彼の手で、生まれて初めて亀頭に刺激を与えられた。
 最初、あまりに強烈な感覚に、ハルシャは身を反らして叫んでいた。
 止めてくれということが出来ず、やんわりと与えられる強烈な刺激に身を折って耐えた。
 たっぷりとぬめりのある液体を塗られたにも拘わらず、皮膚が痛かった。
 続けていくうちに、刺激に耐性が出来る。
 手を緩めずに、ジェイ・ゼルが呟く。
 大丈夫だ、ハルシャ。君のここはとてもきれいだ。
 先端のふくらみを、ジェイ・ゼルは、執拗に攻め続けた。
 決して強い力ではなかった。だが、ハルシャは、脳天が痺れるような感覚を浴びせられた。
 二十分以上、力を抜いた刺激を与え続けられた結果、ハルシャは大きな波にさらわれるような、震える感覚が身の内に起こり叫びと共に達していた。
 その後のことが記憶にない。
 恐らく、気を失ったのだろう。
 気付いたときは身を拭われて、ベッドの上に寝かされていた。
 傍らに身を起こしたジェイ・ゼルが座っていて、ゆっくりとハルシャの髪を撫でていた。
 意識を取り戻したハルシャに、彼は、これを自分で出来るようになるんだ、ハルシャ、と、静かな声で言った。

 思い出に顔を歪めながら、ハルシャは、教えられたように、昂ぶりの後ろに指を当ててやんわりと刺激し始めた。
 最初は、裏を刺激し、昂ぶってきたら、親指と人差し指の輪で、亀頭を包み回すようにして高めていく。力を入れず、柔らかく長時間刺激をしなくてはならない。
 苦しい時間が始まる。
 ハルシャは、目の前のことに集中した。
 全裸で、ジェイ・ゼルの前に足を開き、自分の醜態をさらしていることも、屈辱的な行為も。
 意識の中から切り捨てる。
 達せば、帰ることが出来る。
 ジェイ・ゼルが言ったことを、支えに、ハルシャは自らを慰める行為を始める。

 やんわりとした動きでも、敏感な亀頭には、強すぎる刺激になる。
 一度、ハルシャは、両手足を縛られ、四肢を大きく開いた状態で、ジェイ・ゼルに執拗に亀頭を責められたことがあった。
 達しても、ジェイ・ゼルは、許してくれなかった。
 ハルシャは、低い呻きを漏らしながら、彼の執拗な行為に耐え続けた。
 自分の身がどうなっているか解らないほどになり、最後は、意識が飛んだ。
 繋がれた手と足の痣は、中々消えなかった。
 何かが、彼を怒らせたらしい。
 二度とそんな行為が、ハルシャに与えられることはなかったが、あの時の恐怖が、ふと、身の内に蘇る。
 ハルシャは無視して、行為に没頭する。
 柔らかく刺激を続ける内に、先に熱が溜まってくる。
 体中の血液が、そこに向かっていくようだ。
 ハルシャは、低い呻きが漏れそうになるのを、歯を食い縛って耐えた。

 ただ、達せばいい。
 あえぐことはない。
 自分が反応する声を、ジェイ・ゼルに聞かせることはない。
 彼の命令に、従えばいいだけだ。

 ハルシャは目を閉じた。
 感覚を研ぎ澄ます。
 太い部分を握って煽れば、簡単に達することが出来る。だが、亀頭を責める時は、意外と時間がかかる。
 行為に意味が見いだせないままに、ハルシャは恥辱に耐え続けた。
 はっと息を吐くと、目を開き、赤く膨れる自分自身を見る。
 指を輪状にして這わすと、ゆっくりと左右に動かす。
 ぐっと刺激に喉が鳴る。
 苦しい。
 ハルシャは、内側に呟く。
 快感など、何も感じない。身がおぞましいものに変わっていく感覚しか、覚えない。

 嫌だ。
 達したくない。
 ジェイ・ゼルの前で――。
 自らの手で達するなど、あまりにもみじめすぎる。
 
 ハルシャは、再び目を閉じて、湧き上がる感覚と、嫌悪感がないまぜになったものに、翻弄され続けた。
 唇を引き結ぶハルシャの横で、ベッドが揺れた。
 はっと目を開けてみると、ジェイ・ゼルが側に膝をついていた。

「続けて、ハルシャ」
 優しい声で言いながら、彼は手を延ばした。
 あっと、一瞬、声が口から漏れる。
「いきにくいようだから、少し手伝ってあげよう」

 彼はハルシャの胸の尖りに触れていた。
 微妙な刺激が乳首に与えられる。
 びくっと、ハルシャの身が跳ねた。
「手を止めないで――続けて、ハルシャ」
 教え諭すように、彼が呟く。息が耳に触れ、ハルシャの内側がざわめく。
 自らの手で追い込む一方で、後ろから抱くようにしてジェイ・ゼルが二つの乳首に絶え間なく刺激を与える。
 強烈な二ヶ所からの責めに、ハルシャは噛み締めていた唇から、わずかな息を漏らした。
 無言のまま、ひたすら、ハルシャは自分自身を高めた。
「上手になった、ハルシャ」
 ジェイ・ゼルが耳元に呟く。
「もうすぐだ。もうすぐ達することが出来るよ、ハルシャ」
 すっと、ジェイ・ゼルが手を引いた。

 彼はベッドをしならせて降りると、再び椅子へと戻り、何事もなかったように、座を占める。
 ハルシャは、急に胸元の刺激が消えたことに、喪失感を味わう。
 欲しい。
 ここに、刺激が。
 無意識のように左手を動かし、ハルシャは自らの胸の先端に触れた。
 爪先で乳首を掻く。
 細めた目でジェイ・ゼルを見つめながら、二ヶ所に刺激を与え続ける。
 灰色の瞳が、じっと、ハルシャを見守っている。
 頬が、上気する。
 身が、揺れる。
 ハルシャは乳首を摘み、擦りあげた。
 抑えがたいものが、ざわめきのようにハルシャの内側から湧き上がって来た。

 嫌だ、達したくない。
 彼の前で、嬌態をさらしたくない。

 という心の叫びと。

 達したら、解放される。
 楽になれる。

 というひどく実利的な感情の中で、ハルシャは揺れ動いた。

 苦しかった。
 身が引き裂かれるようだ。
 それでも与え続け、蓄積し続けた刺激が、後戻りのできないところまで、ハルシャを押し上げていた。
 内に湧き上がる強い刺激に負けて、十六の時は、最後まで達することが出来なった。
 だが、今は、ハルシャは自分の痛みに近い感覚を無視して、ただ、作業のように、手を動かし続けた。
 ぞわぞわと体が震える。
 長く続けていた終着点が、ハルシャに突然訪れた。
 嫌だと拒み続けた絶頂は、かつてないほどの刺激を、ハルシャにもたらした。
 彼は、叫んでいた。
 握った手の中にほとばしる熱いものを感じながら、身を支えることが出来ずに、後ろに倒れ込む。
 びくっと、びくっと、余韻のように、体が痙攣する。
 あさましさに、反吐が出そうだった。
 ベッドに背中を預けて、ハルシャは天井を見つめた。
 その視界に、ジェイ・ゼルが静かに姿を現わした。
 ぐったりと脱力するハルシャの頬に、彼は手を触れて、顔を寄せた。
 柔らかく、唇が合わされる。
「よく出来た。ハルシャ」
 身を離しながら、彼が呟く。
「良かったか?」

 さらりと、ハルシャの髪が撫でられる。
 良かった、というのが、何を意味するのか、ハルシャは解らなかった。
 心が忌避する行動を無理やりさせられて、快楽など感じるはずがない。
 あるのは、空虚な感覚だ。
 だから、問いに、問いでハルシャは返した。
「あんたは、楽しめたか。ジェイ・ゼル」
 
 俺の無様な姿を見ることで、あんたは満足したのか、と、本当は問いかけたかった。だが、言葉を端折って、ただ、問いかけた。
 
 ジェイ・ゼルは、すぐに答えなかった。
 無言で彼は、ハルシャの頬を撫でる。
 灰色の瞳が、わずかに細められ、唇が微かに震えた。
 彼は、答える代わりに、微笑んだ。
 すっと手が離れ、彼は身を横たわるハルシャの足の間に動かす。
 何を――? と思った瞬間、達したばかりのところに、脳天を突きあげる様な刺激が与えられた。
「ジェイ・ゼル!」
 ハルシャは身を反らして、叫んでいた。
 彼が、達したハルシャを口に含み、激しく先端に刺激を与えていた。
 止めてくれ!
 ハルシャは、制止を口にしたいのを、懸命に飲み込んだ。
 わずかな抵抗に、頭を左右に揺らす。
 ジェイ・ゼルは、ハルシャが吐いた精をすすりあげ、長く刺激を与えていた先端に、なおも舌を這わしてる。
 全身の神経が泡立つような、強すぎる刺激がハルシャの中を駆け巡る。
 ハルシャは、叫んだ。
 抑えようがなかった。
 止めてくれ、これ以上の刺激は止めてくれ!
 ハルシャは、身を捩って、逃れようとした。が、足をジェイ・ゼルに掴まれ、動きを封じられる。
 同じだ。両手足を拘束されて、無理矢理に何度も絶頂させられた。
 あの時も――ジェイ・ゼルは、決して止めなかった。
 冷たい人だ、彼は。
 ハルシャの懇願など、彼には無に等しい。
 達せば解放されるという、彼の言葉を信じて、ハルシャは屈辱に耐えていたというのに。
 追い打ちをかけるように、強制的な刺激が与えられる。
 身が震える。
 体の内側が、再びざわめき始める。
「あ、ああっ!」
 ハルシャは喉をさらして、叫んでいた。
 どこかへさらわれていくような感覚が、内側から湧き上がる。
「もう一度、達するんだ、ハルシャ」
 わずかに離した口で、冷たくジェイ・ゼルが呟いてから、再び容赦ない刺激が与えられ続ける。
 身を押さえられ、ジェイ・ゼルの口と手で先端に刺激を与え続けられたハルシャは、叫びながら二度目の絶頂を迎えた。
 瞬間、ふっと意識が遠くなった。
 そのまま、闇の中へと、ハルシャは落ち込んでいった。





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