※引き続き、男女の情交の描写があります。ご注意ください。苦手な方は飛ばして、第147話にお進み下さい。
痛みを得たように、ジェイ・ゼルが眉を寄せる。
問いかけに、彼はすぐに答えなかった。
彼は、迷っている。
その原因を、イズル・ザヒルは知っていた。
ジェイ・ゼルは幼少から――ナダル・ダハットに、暴力的な性行為を受け続けてきた。
愛情の欠片もない行為が、彼の感情を、確実に蝕んでいたのだ。
自己を抑えようと懸命に努力していても、どこかで感情のたがが外れると、自分が受けてきた行為を返すように、相手を傷つけてしまう。
その不安が、ジェイ・ゼルを苛んでいた。
少年たちを仕込む中で、たった一度、ジェイ・ゼルはその片鱗を見せた。
相手を傷つけかけて、茫然としていた姿を、イズル・ザヒルは憶えていた。
誰よりも、ジェイ・ゼル自身が、一番自分の衝動に傷ついていた。
彼らは、相手から快楽を引き出し、幸福を与えるために存在している。
優しい彼らの心根を、最初の持ち主のナダル・ダハットは、無残に引き裂いてしまったのだ。
極めて、不安定な心を抱えながら、彼は生きていた。
それは、エメラーダも、同じだった。
ほんの少しでも、自分が手荒い扱いをすると、恐怖に身を強張らせる。
それほどまでに、彼らの心と身体は、ナダル・ダハットに痛めつけられてきたのだ。
ジェイ・ゼルは、賢い。
表面上の付き合いなら、いつもそつなくこなしてきた。
性技を仕込むだけの、体のみの関係なら、彼は迷いなく少年たちを抱いている。
けれど。
心をさらすような、個人的な付き合いとなると、彼はとたんに躊躇をする。
制御出来ない感情のままに、相手を傷つけてしまう自分自身のおぞましさに、彼は嫌悪すら抱いていた。
だから。
大切であれば、大切であるほど。
相手と向き合うことを、彼は恐れる。
今も、ハルシャ・ヴィンドースを、襲い掛かる未来の運命から守ろうと、恐らく決死の思いで自分に連絡を入れてきたのだろう。なのに、最後のところで、彼はためらう。
イズル・ザヒルには、ハルシャを遊ばせておく選択肢は、最初からなかった。
だから。
イズル・ザヒルはこう言った。
君がハルシャ・ヴィンドースを、個人的に愛人にしたいと懇願するのなら、考えなくもない。
そうでないのならば、『アイギッド』に彼らを引き取らせてもらおう。
よしんば、君がハルシャに手を出さないというのなら、定期的に『アイギッド』へ供してもらうことも視野に入れざるを得ない。
ハルシャ・ヴィンドースは、それほど価値のある存在だ。
本来なら、私の手元で巨額の金額にその身を化けさせたいところだ。
だが。
イズル・ザヒルは言葉を切って、ジェイ・ゼルを真正面から、見つめた。
全て承知の上で、それでも個人的にハルシャを囲い込みたいというのなら、君は私の大切なエメラーダの兄だからね。
融通を付けてあげよう。これは、破格のことだよ、ジェイ・ゼル。
後は無言で、イズル・ザヒルはジェイ・ゼルの言葉を待った。
彼は、迷い続けていた。
イズル・ザヒルは、彼の迷いを放置して、表情を見守る。
心の傷を乗り越えて、ハルシャ・ヴィンドースを求めることが出来るのか。
そこまで彼が大切なのか。
ジェイ・ゼルの本気を、確かめるように待ち続けた。
彼は無垢です。
不意に、ジェイ・ゼルが口を開いた。
男性同士がどうやって交わるのかも、恐らく彼の知識にはありません。
そもそも、男性から身体を求められること自体が、彼らの倫理に反している行為です。
たとえ私が望んだとしても、ハルシャ・ヴィンドースは拒否するでしょう。
それが、ジェイ・ゼルの迷いの原因なのだ。
イズル・ザヒルは、目を細めた。
『愛玩人形』は、行為を拒否されることを、極端に嫌う。
全人格の否定と感じ、度重なる拒絶によって、精神が崩壊する者さえ、あった。
エメラーダたちは、あの醜悪なナダル・ダハットにさえ、拒絶を恐れて、唯々諾々として身を開いてきたのだ。
それが、惑星アマンダが彼ら『愛玩人形』に仕掛けた、所有者に縛り付けるためのプログラムだった。
捨てられることを恐れさせ、所有者に従う人形として、生きさせるために。
だから。
イズル・ザヒルは、決してエメラーダを捨てないと、宣言していた。
命を奪うのなら、自分が奪うと。
誰にも触れさせないと。
永劫に続く、たった一人との関係。
それが、彼ら『
これほど脆《もろ》いものを、ジェイ・ゼルは内側にはらんでいた。
大切に思う者から拒否されれば、精神が崩壊してしまうほど、繊細な心。
それを必死に押し隠し、人として懸命に生きようとするジェイ・ゼルの姿に、イズル・ザヒルは怒りすら、覚えた。
命を作り出し、巨額の代金を得た後は、彼らに責任を持たない、惑星アマンダの冷酷な経営理念に。
その後も生き続けなくてはならない、エメラーダたちの人生の過酷さに。
イズル・ザヒルは、激しい怒りを抱いた。
その悩みは無用だ。
拒まぬように、契約を結べばいいだけだ、ジェイ・ゼル。
問題は、そこではない。
思わぬ、激しい口調で、イズル・ザヒルは彼に突きつけた。
答えろ、ジェイ・ゼル。
お前は、ハルシャ・ヴィンドースを抱きたいのか、抱きたくないのか。
二択だ。
抱かないのなら、『アイギッド』に連れてこい。
即刻遊戯に供そう。
だが。
抱くのなら、お前の手元に留め置くことを、許可しよう。
遊戯にも出させない。
答えろ、ジェイ・ゼル。
お前は、ハルシャ・ヴィンドースと性行為を行うのか、行わないのか。
自分で抱くのか、他人に抱かせるのか!
きれいごとを言うな、本音を聞かせろ!
答えろ、ジェイ・ゼル!
地金を出して、イズル・ザヒルは叫んでいた。
震えながら自分に抱きついてきた、エメラーダのことが、心に浮かんだ。
『愛玩人形』として生まれたのは、彼らの責任ではない。
ジェイ・ゼルは、懸命に生きてきた。
身を恥じる必要など、どこにもないというのに、彼は自分自身にひるんでいた。
それがただ、哀れだった。
生命体として完璧に作り上げられているのに、その精神は脆く危うい。
いっそ心など与えられなければ、彼らは楽に生きられただろうに。
彼らの揺れ動く心ですら、商品として惑星アマンダは取り扱う。
まだ冷めやらぬ怒りを抱いたまま、イズル・ザヒルは言葉を続けていた。
私の命令が解っていて、それでも楯突いてきたのだろう。
覚悟は買ってやる。
お前はどうしたいんだ、ジェイ・ゼル。
逃げるな。
本気を見せてみろ。
欲しいのなら、手に入れればいい。
一人の人間として、堂々と愛する者を求めればいい。
ジェイ・ゼル。
お前は、どうしたいんだ。
聞かせてくれ、お前の本音を。
最後は、穏やかに問いかける。
見つめるイズル・ザヒルの薄青い瞳を、しばらく無言でジェイ・ゼルは見返していた。
彼は一つの結論にたどり着いたようだった。
彼を、私以外の、誰の手にも、触れさせたくありません。
お願いです、イズル・ザヒル様。
ハルシャ・ヴィンドースを、私の手元に、置かせて下さい。
迷いを断つ声で、ジェイ・ゼルが言い切った。
目の奥に、深く静かな炎があった。
彼の覚悟をしばらく見つめてから、イズル・ザヒルは口を開いた。
良いだろう。借金の条件の一つとして、ハルシャ・ヴィンドースの身を君に預けよう。
ただし。
君が、私の条件を全て満たしていたら、だ。
条件が破られたら、即刻『アイギッド』へ召喚する。
いいな、ジェイ・ゼル。
頷きながら、彼は安堵していた。過去に自分が受けた醜悪な行為を、ハルシャがしなくてもいいという事実に。
イズル・ザヒルは、彼が拒まれないように、方策を授けた。
契約という名目で、行為に従うようにハルシャ・ヴィンドースに、好条件を提示するよう、命じたのだ。
策は当たったようだ。
ハルシャ・ヴィンドースは、契約通りに、決してジェイ・ゼルの行為は拒まなかった。
だが、心の中では、彼を拒否し続けてきていた。
ハルシャには、きっと、理解出来なかったのだ。
ジェイ・ゼルは、生まれ落ちた時から、性の道具となる人生しか与えられなかった。だから、初めて愛した人に対しても、過去に得た知識でしか関わることが出来なかったのだと。
それでも、彼は媚薬も、道具も、かつて彼を傷つけた存在を、ハルシャに何一つ使おうとはしなかった。
ただ、その身一つで、大切な少年に向き合い続けた。
もしかしたら、それは幼い頃に、彼が心から望んでいた、情愛の在り方だったのかもれない。
身を合わせる行為が、彼の精一杯の愛情の示し方なのだと――彼の過去を知らない、ハルシャ・ヴィンドースには、理解出来なかったようだ。
『愛玩人形』として、性行為を強いられてきた過去を越えて、懸命にハルシャ・ヴィンドースに手を差し伸ばしてきたことを。拒まれることに、恐怖すら覚えながら、それでも必死に彼を求めていたことを。
ハルシャは、気付かず、ジェイ・ゼルを心で拒み続けた。
上流階級の倫理観に凝り固まった少年は、彼の行為を恥辱としか、取らなかったようだ。
ジェイ・ゼルの行為の向こうにあるものを、彼は、見ようとはしてくれなかった。
五年。
五年もの間。
ハルシャは、ジェイ・ゼルの心を、傷つけ続けた。
無垢な体に押し入ることに、罪の意識を感じていたジェイ・ゼルは、最初の行為の時、拒むハルシャの言葉と態度に、逆上してしまったのだろう。
過去に受けて来た暴力的な性行為の傷跡が、彼を狂気に駆り立てたのかもしれない。
そのことを、ジェイ・ゼルはずっと、悔いていた。
どうして、優しく出来なかったのだろう、と。
それは――
彼が、愛情深く抱いてもらったことがないからだ。
行為を通じて、愛を与えられたことがないために、解らなかったのだ。
最初のころのエメラーダもそうだった。
愛を与えられることもなく、ただ、身体を通じて、快楽だけを貪られてきた。
手法としての快楽の得方を、幼いころから叩き込まれながら、一番大切な、愛情の生み方を彼らは教えられずに生きてきた。
突然物として売り飛ばされて、買われた者に従う人生しか、選べなかった。
彼らは、犠牲者だ。
醜悪なナダル・ダハットによって、彼らは心と身体を引き裂かれ続けていた。
本来情愛の行為であるはずのものが、彼らを苛んできたのだ。
ただ。
『
本人たちには何の責任もない、理由で。
彼らには、人として当たり前の、親の愛情すら、受けることが出来なかった。
その中で、ジェイ・ゼルは懸命にハルシャ・ヴィンドースを、愛そうとしてきた。
与えらえたことのない愛を、彼に与えようとして。
「ああっ! イズル様! もう!」
愛する存在が、自分の下で、色めいていく。
この幸福を手に入れるためなら、世界を敵に回しても、恐くなどなかった。
「いっていいんだよ、エメラーダ」
優しくかけた声に、小さく彼女が首を振る。
「どうか、ご一緒に――イズル様」
甘えるように、すがる様に彼女が言う。
応えてイズル・ザヒルは動きを変えた。
激しく彼女の中に、自分を打ち込む。
身をよじって、エメラーダが美しく乱れる。
ジェイ・ゼルは、ハルシャを愛していた。
彼の想いの深さを、受け取ることの出来なかった少年を。
五年もの間、愛し続けた。
だが。
もう、ハルシャは、ジェイ・ゼルから、解放された。
ジェイ・ゼルが自分から、手を離したのだ。
ハルシャを手元に置きたいと懇願したジェイ・ゼルのために、イズル・ザヒルは、レズリー・ケイマンに掛け合い、許可を取り付けた。
もちろん、そのために巨額の献金を余儀なくされたが、些末なことだ。
ジェイ・ゼルの庇護にある間は、ハルシャに手を出すなとラグレン政府に言っておいた。
が、借金の返済が終わった今、その規制を外しても大丈夫そうだ。
出来れば、ジェイ・ゼルが『アイギッド』に滞在している間に、ことが済ませられればいい。
そうすれば――もうこれ以上、彼が苦しむことは、ない。
ジェイ・ゼルは、強く優しく、賢い子だった。
その資質を、イズル・ザヒルは高く評価している。
後継者に出来ればと考え、今は彼の過去を人々の記憶から消すために、あえて惑星トルディアを任せてある。
ほとぼりが冷めれば、ジェイ・ゼルにも言っておいたように、手元へ呼び戻すつもりだった。
何より、エメラーダが喜ぶ。
生まれたときから寄り添ってきた兄と離れることを、彼女はひどく嫌がっていた。
それでも目的のために、イズル・ザヒルはジェイ・ゼルを、惑星トルディアに派遣したのだ。
ライサム・ゾーンは、確かに腕は確かだが、冷酷すぎる。彼がトップとなっても、人はついてこないだろう。
その点、ジェイ・ゼルには不思議な人望があった。
彼の側には、自然と人が集まってくる。
どんな冷酷なことをしても、彼の本質が優しいことを、人は敏感に見抜くのだろう。ラグレンでも、ジェイ・ゼルは部下たちに慕われているようだ。
ただ、彼の優しさを侮って、つけあがる者がいるのも、事実だ。
それは、ライサム・ゾーンが、傍らで締めていけばいい。
イズル・ザヒルは、密かに計画を練り続けていた。
皆はライサム・ゾーンが後継者だと考えている。
今は、それで良かった。
下手にジェイ・ゼルの名を出せば、ラグレンで彼の命が狙われるかもしれない。イズル・ザヒルは、用心深い。
もう今では、人が入れ替わり、ジェイ・ゼルがナダル・ダハットの所有物だったことを、知る者はほとんどいない。
元々が、『
持ち主も公言しないことを、美徳としていた。
そのため、ジェイ・ゼルも、ただ、自分の愛人、エメラーダの兄としてだけ、名が通っている。
イズル・ザヒルの思惑通りだった。
彼の計画の邪魔となる、ハルシャ・ヴィンドースの存在も、思わぬ方法によって、ジェイ・ゼルの人生から取り除かれた。
借金さえ回収できれば、イズル・ザヒルには何の不満もなかった。
むしろ、富豪の気まぐれに、感謝したいほどだ。
「あっ、はあっ……イズル様!」
名を呼びながら、身を強張らせて、エメラーダが頂点を迎えた。
彼女の中が、甘やかに痙攣している。
ぴくぴくと誘うような腹部の動きを目に映して、強い一突きで彼女の中に押し入り、イズル・ザヒルは精を放った。
彼女がそれを、全身で受け入れる。
脈打つような動きに絞られるままに、中での動きを止めて、エメラーダを抱きしめた。
彼女の腕が、首にまわされる。
「イズル様」
吐息のように、エメラーダが呟く。
絶頂に酔いしれる彼女は、世界で一番美しいと、イズル・ザヒルは思った。
「愛しているよ、エメラーダ」
言葉に、彼女が微笑む。
「私もです。イズル様」
もし。
それでも、ジェイ・ゼルがハルシャ・ヴィンドースを求めたとしたら。
愛しい存在を腕に包みながら、イズル・ザヒルは考える。
その時は、ジェイ・ゼルがラグレン政府を潰せばいい。
自分は何も文句は言わない。
エメラーダを求めるのに、先代|
レズリー・ケイマンをジェイ・ゼルが殺しても、何一つ問題はない。
愛する人を腕に抱くために、妨げとなる存在を叩き潰す。
それほどの想いを、彼が胸の内にたぎらせるのなら――
万難を排して、ジェイ・ゼルを支援する覚悟は、イズル・ザヒルの中にあった。