ほしのくさり

第145話  『愛玩人形』Ⅱ-01



※引き続き、男女の情交の描写があります。ご注意ください。苦手な方は飛ばして、第147話にお進み下さい。



 二人の借金は、私が責任をもって、完済させます。
 どうか。
 彼らを、ラグレンにて留め置く許可をお与えください。


 言い切った後、怯《ひる》みのない目で、真っ直ぐに自分を見つめてくる。
 彼の口から出たのは、あからさまな反抗を示す、言葉だ。
 我が耳を疑ったまま、イズル・ザヒルは、沈黙を続けた。

 これが、専用回線で、自分以外に聞く者がいないことを、イズル・ザヒルは密かに天に感謝した。
 衆目があれば、ジェイ・ゼルを裏切り者として、処分しなくてはならないところだ。

 イズル・ザヒルは、しばらく、彼の言葉の意味を考えていた。
 どうやらヴィンドース兄妹の二人が、ジェイ・ゼルの心を動かしたらしい。
 それしか、考えられなかった。

 何があった、ジェイ・ゼル。
 なぜそんなに、あの二人に肩入れするのかな?

 語気を和らげた問いかけに、ジェイ・ゼルはすぐに答えなかった。
 エメラーダに酷似した顔で、彼は苦しげに眉を寄せて、自分を見つめている。
 それだけで、イズル・ザヒルは、情が湧いてくるのが止められなかった。

 話してご覧。
 何があった、ジェイ・ゼル。

 イズル・ザヒルは、知っていた。
 彼は洒脱な外見の奥に、極めて繊細で優しい心を隠し持っている。
 ナダル・ダハットの手から解放した後、イズル・ザヒルは、ジェイ・ゼルとエメラーダを自分の養子と迎え、戸籍を与えた。
 人として、生きていく筋道を示したかったのだ。
 ジェイ・ゼルは、その意図を深く汲み取ってくれたようだ。
 『愛玩人形』ラヴリードールであった過去を捨て、懸命に人として生きようと、努力を積み重ねてきた。
 彼は、聡く賢く優しかった。
 イズル・ザヒルは彼を手元から離さずに、自分の配下とするべく、仕込んでいった。
 『ダイモン』の幹部として必要な、冷酷な行動も必要があれば、ジェイ・ゼルは取ることが出来る。
 だが。
 やはり、彼の本質は『愛玩人形』だった。
 人に愛されるように遺伝子から組み上げられている、命。
 恐らく、両親を失ったばかりの幼い兄と妹の姿に、彼は心が揺さぶられたのだろう。

 どうした、ジェイ・ゼル。
 ハルシャとサーシャ兄妹に、同情したのか。
 正直に答えておくれ。ことによっては、考えてあげよう。

 譲歩を感じたのか、ようやく、ジェイ・ゼルは口を開いた。


 私は、両親という存在を知りません。


 ジェイ・ゼルが、小さく、消えそうな声で呟いた。
 そうだ。
 彼らは遺伝子を組んで作られている。健全な育成のために、優秀な母体に着床されて胎内で育てられるが、両親という存在はない。
 目的のためだけに、彼らは人工的に作り出された。
 それを、本人たちが望むと、望まざるとに、拘わらず――


 ただ私には、妹がいました。


 ぽつり、ぽつりと、ジェイ・ゼルが呟く。
 黒く優美な睫毛を伏せたまま、彼は言葉を続けた。


 それ以外の生き方を選べない中、妹の存在は、私にとって、限りなく大切なものでした。
 支え合い、慰め合いながら、懸命に生き延びてきました。


 過去を思い出したのか、彼は少し、言葉を切った。


 イズル・ザヒル様が居なければ、私たちは、今でも、隷属の人生しか与えられていなかったでしょう。自分で人生を選ぶことなど、出来ずに、死ぬまでこの身を支配されておりました。
 イズル・ザヒル様の恩義は、たとえようもありません。
 ご命令に、従うのが、正しいと解っております。ですが――


 不意に、ジェイ・ゼルが顔を上げた。


 ハルシャ・ヴィンドースと、サーシャ・ヴィンドースは、両親を失ったばかりの兄と妹です。ただ、互いだけを支えに、懸命に生きようとしています。
 その彼らに――


 灰色の瞳が、自分を見つめる。


 かつての自分と同じ、複数の人間に身を弄ばれ、屈辱の中でもがくような生を、与えたくないのです。
 上流階級として、彼らは一切の醜いことを知らずに、生きてきています。
 彼らが『アイギッド』で耐えられるのか、それが、私は――


 不意に、ジェイ・ゼルが言葉を飲んだ。


 いえ。頭領ケファル。言葉が過ぎました。
 周到にお考えの上、二人が借金を返済するには、高額なオークションしかないと決断されたことを、真っ向から否定するようなことを、申しました。
 ご処分に相当する事です。


 恥じるように目を伏せるジェイ・ゼルを、イズル・ザヒルは、見つめていた。
 恐らく。
 重なったのだろう――かつての自分と、ハルシャたちの境遇が。
 ジェイ・ゼルとエメラーダには、オークションに売りに出される運命しか、用意されていなかった。
 その後、高額な代価を回収するように、醜悪な支配者に身を苛まれ続けた。
 何も知らないハルシャ・ヴィンドースが、自分と同じ未来を辿ることが、彼には辛かったのだ。
 あの時、ジェイ・ゼルたちを、助けてくれる者は、誰も居なかった。
 ただ、兄と妹は、指を絡め、視線を合わせながら、懸命に運命に耐え続けることしか、出来なかった。
 もしかしたら。
 幼い頃、この運命から救ってほしいと、彼は願ったことが、あったのかもしれない。
 ハルシャ・ヴィンドースの姿に、過去の自分が重なり合い、助けたい想いがつのったのだろう。


 どうやって、二人に借金を返済させるつもりだ。


 イズル・ザヒルは、ジェイ・ゼルに問いかけた。
 彼は、自分に提言する前に、随分考えていたのだろう。淀みなく説明を始めた。ハルシャ・ヴィンドースは優秀な頭脳を持っているので、仕込めば宇宙船の備品工場で働かせることができる。高額な製品を作れば、収入も上げられる、と、懸命に言葉を尽くす。
 ジェイ・ゼルの必死な様子に、ただ境遇が重なった以上のものを、感じ取る。
 眼差しの真剣さに、言葉にしない彼の心の奥底を、イズル・ザヒルは見抜いた。
 説明するジェイ・ゼルを眺めながら、静かに心に呟く。


 そうか――惚れたか。ジェイ・ゼル。


 『愛玩人形』は、作られた存在だ。
 彼らは遺伝子の中に、惑星アマンダの特別なプログラムを仕込まれている。
 瞳の色が快楽によって、変色することも、その一つだ。
 持ち主に愛されるように、彼らは体質そのものを、緻密に組み上げられていた。
『愛玩人形』たちは、愛玩者との肌の触れ合いを、まるで水を欲するように、求めて止まない。
 一定期間、接触を断たれると、精神が崩壊しかねないほどの不安が襲うほどだった。
 そうやって、相手を渇望するように、作られている。
 もしかしたら、性の道具として生み出された彼らの、それは身を守るための安全弁だったのかもしれない。
 ひたむきに触れ合いを求め、愛されるための――

 情が動けば、彼らは相手の肌を求めずには、いられない。
 元来、『愛玩人形』は受け身の性質を持っている。
 求められ、愛され、慈しまれるのが、彼らの本質だ。
 だから――
 自らが相手を求めることは、彼らの心に凄まじい葛藤を生む。
 エメラーダもそうだった。
 所有者のナダル・ダハットから解放された時、懸命に走って来た体は、震えていた。
 能動的な行動は、彼らのプログラムに反するものなのだろう。
 『愛玩人形』であることを捨て、人として生きようとしてきたジェイ・ゼルは、性行為に溺れることはなかった。
 彼の技術を見込んで、『アイギッド』で、少年たちに性技を仕込ませてきたが、仕事と割り切って、その場限りの付き合いしか、しなかった。
 個人的な関わりを持たないように、彼は慎重に身を処してきたのだ。
 まるで、誰かに執着するのを、畏れるように。


 その彼が、初めて、自分から一人の少年を求めた。


 ジェイ・ゼル本人すら、恐らく気付いていない心の奥を見切り、イズル・ザヒルは懸命に説明を続ける言葉に、耳を傾けていた。
 言葉が途切れた後、静かにイズル・ザヒルは切り出した。

 なるほど。よく解ったよ。
 だが。ジェイ・ゼル。
 それだけでは、二人が背負う借金を返済することは難しいな。

 ジェイ・ゼルは、表情を引き締めて、自分を見つめている。
 エメラーダに瓜二つの顔へ、イズル・ザヒルは静かに言葉を続ける。

 そうだね。
 君の熱意はよく解った。
 では、こうしよう。
 ラグレンにヴィンドース兄妹を留めて置くことを許可しよう。
 だが、条件がある。
 本来なら、私の手元でもっと有意義な投資が出来るはずのヴィンドース家の子たちだ。
 ラグレンに置くのなら、相応に厳しい条件を付けさせてもらおう。
 甘やかしてはいけない。
 彼ら二人だけで、生活をさせなさい。君と一緒に暮らすというのでは、許可できない

 それは、ジェイ・ゼルも考えていたようだ。
 小さく、頭が揺れた。どこか思うところがあるのかもしれない。
 彼の表情を見守りながら、イズル・ザヒルは続ける。

 月々の返済額を決めさせてもらう。それを、毎月きちんと支払うこと。
 わずかの遅滞も許さない。

 再び、ジェイ・ゼルの頭が揺れる。
 覚悟していると言うことだ。引き出せるギリギリの線を、後でジェイ・ゼルと相談しなくてはならない。
 ラグレン政府は、ハルシャ・ヴィンドースの存在に脅威を抱いている。彼らが極貧ゆえに、反抗する意思を無くすように、持って行かなくては、ラグレン政府も納得いかないだろう。
 打つべき交渉の手立てを考えながら、イズル・ザヒルは続けた。

 最後に。
 君が、責任を持ってハルシャとサーシャの兄妹を監視すること。
 従順に、働き借金を返し続けるように、管理をする。
 出来るか、ジェイ・ゼル。

 なぜ、監視が必要なのかを述べずに、イズル・ザヒルは命じた。ジェイ・ゼルには、ラグレン政府がハルシャの両親を殺したことは、告げていない。
 心優しい彼は、知れば同情すると考えたからだった。
 まさか、自分の手元に置きたいと懇願するとは、考えてもみないことだった。
 これにも、素直に、ジェイ・ゼルが頭を揺らす。
 表情を見守ってから、イズル・ザヒルはついでのように、付け加えた。

 それでも、借金の返済は厳しいだろうね。
 どうかな、ジェイ・ゼル。
 定期的に『アイギッド』の遊戯に彼らを連れ出し、そこで相応の金額を稼いでもらうというのは。
 積まれる代価が高額になれば、手荒い目には遭うかもしれないが――
 ちょうど、良いではないか、ジェイ・ゼル。
 君がハルシャ・ヴィンドースを仕込んでおけばいい。
 遊戯に耐えられるようにね。
 私に逆らう危険まで冒して、手元に留め置こうとした少年だ。
 借金の代償として、その身を味わってもばちは当たらないだろう。


 最終宣告に近い言葉に、ジェイ・ゼルはしばらく応えなかった。
 灰色の瞳が、自分を見つめる。
 厳しい語調で、イズル・ザヒルは宣言した。

 それ以上は譲ることは出来ない。
 彼らの抱える負債は莫大だ。彼らの人生が終わる前に、借金を回収しなくてはならない。
 解るね、ジェイ・ゼル。
 私が呼び出した時は『アイギッド』まで、二人を連れておいで。
 それなら、ヴィンドース兄妹をラグレンに置く許可を与えよう。

 ジェイ・ゼルの瞳が揺れた。
 一瞬ためらってから、彼は口を開いた。

 サーシャ・ヴィンドースは、まだ、六歳です。

 微かな震えを帯びた声が、懸命に告げている。

 そうだね。

 イズル・ザヒルはただ、応えた。
 彼らがナダル・ダハットの所有物となったのは、七歳だった。
 記憶が、彼の唇を、震わせていた。

 どうか、イズル・ザヒル様。
 サーシャ・ヴィンドースを遊戯の場に引き出すのは、今少し、ご猶予を願えませんでしょうか。

 イズル・ザヒルは、瞬きをした。
 その年頃の少女を、愛好する客は多いと、ジェイ・ゼルは知っている。
 それでも彼は懸命に、サーシャに手を出さないでくれと、懇願している。

 それは、どうしてだ。ジェイ・ゼル。
 サーシャは、前評判も上々だ。
 なぜ、猶予をしなくては、ならないのかな?

 問いかけに、ジェイ・ゼルは沈黙してから、口を開いた。

 ハルシャ・ヴィンドースは、身を盾にして妹を守ろうとしました。
 私には、その気持ちがよく解るのです。
 たった一人の肉親を、他人に傷つけられたくない。
 私はエメラーダが傷つくぐらいなら、自分が引き裂かれた方が良いと、思っておりました。
 ハルシャ・ヴィンドースは兄として、自分の身を挺して、妹を庇おうとしています。彼のために、どうかサーシャには、ご温情をお与えください。

 兄として――
 必死にハルシャ・ヴィンドースがジェイ・ゼルに、頼んだのだろう。
 妹の身を、助けてくれと。
 ほだされたのか、彼の代わりに、ジェイ・ゼルが頭を下げて自分に懇願している。
 狂気の宴で、ジェイ・ゼルがエメラーダを庇っていた過去が、蘇る。
 ふっと息を吐くと、イズル・ザヒルは折れた。

 いいだろう。
 君がそこまで言うのなら、特別に許してあげよう。
 なら、ハルシャ・ヴィンドースだけを、連れてくるがいい。

 彼は視線を伏せてから、静かに答えた。

 解りました、頭領ケファル
 特別なご配慮に、感謝申し上げます。

 いつもの、従順なジェイ・ゼルの言葉だった。
 話はそこで終わったと、イズル・ザヒルは思っていた。
 二人をジェイ・ゼルの手元に残すために、ラグレン政府と交渉するという、厄介な仕事は残っていたが、大したことではない。
 ジェイ・ゼルの希望を入れて、特別な恩赦を与えた。
 自分は、十分過ぎるほどの譲歩を彼に示しているつもりだった。

 だが。
 さらに数日して、ジェイ・ゼルから、再度連絡が入った。
 珍しいことだ。
 ハルシャ・ヴィンドースの負債の回収の進捗状況を報告する、というのが、今回連絡を入れてきた題目のようだ。
 彼は、あと一行だけを残し、ダルシャ・ヴィンドース夫妻の銀行口座の預金を、ほぼ回収できたと、イズル・ザヒルに報告してきた。
 これまで、ヴィンドース家から集めたのは、相当の金額だ。
 良い傾向だ。
 だが。
 たったそれだけのことで、わざわざジェイ・ゼルが、専用回線で連絡を入れてくるはずがなかった。
 彼が早口に報告するさまを眺めながら、他の目的があって、連絡を寄越したのだと、イズル・ザヒルは薄々気付く。
 それが証拠に、額に汗が浮いていた。

 ハルシャ・ヴィンドースを遊戯に出す、と告げた時、彼は衝撃を隠しきれない顔をしていた。
 あの場は引いたが、懸命に考え続けていたのだろう。
 借金の報告にかこつけて、何かを自分に言うつもりなのだと、推測しながら、ジェイ・ゼルが切り出してくるのを、イズル・ザヒルは待った。
 言葉ではなく、ジェイ・ゼルの顔だけに、ただ、集中を傾ける。

 全ての報告を終えた後、彼は不意に黙り込んだ。
 イズル・ザヒルは瞬きをしながら、彼の表情を見守っていた。
 中々、切り出さない様子を眺めてから、

 話はそれだけか、ジェイ・ゼル。

 と、会話を終える口調で、イズル・ザヒルは告げた。
 はっと、ジェイ・ゼルが顔を上げる。
 灰色の眼が、自分を見つめる。

 良くやった。今後もこの調子で、ヴィンドース兄妹から、借金を返済させてくれ。

 腰を浮かせ、通話を切ろうとした時、ジェイ・ゼルが

 あと一つ、お話したいことがあります。

 と、切羽詰まった口調で、言う。

 ハルシャ・ヴィンドースのことです。

 イズル・ザヒルは、浮かしかけた腰を、静かに椅子に戻した。
 やれやれ、ようやく口を開く気になったらしい。
 微笑みを浮かべないように気を付けながら、彼に視線を向ける。

 ハルシャが、どうした。

 ジェイ・ゼルはしばらく迷っていた。
 だが、何かを決心したように、自分に真っ直ぐな視線を向ける。

 ハルシャ・ヴィンドースの返済額の上限を、引き上げたいと思います。

 思いもかけない言葉に、イズル・ザヒルは目を細めた。
 相談した結果、ギリギリ引き出せる金額を、すでに試算してある。
 それ以上となると、かなり厳しいものになるはずだ。

 出来るのか?

 単純な問いかけに、ジェイ・ゼルが力強く、頷いた。

 出来ます。

 あまりに強い言葉に、イズル・ザヒルはじっと、ジェイ・ゼルを見つめ続けた。
 どうやら。
 彼はハルシャ・ヴィンドースの借金に、自分の個人的な資産を上乗せして、支払おうとしているらしい。
 ふむ、と考えを巡らし、イズル・ザヒルは金額を問いかけた。
 かなりの額を、ジェイ・ゼルが口にする。
 それだと、ハルシャの負債の完済までの年月が相当、短縮される。
 瞬きをしてから、イズル・ザヒルは問いを口にした。

 で。
 何が目的だ、ジェイ・ゼル。
 どんな交渉をしようというのかな?

 ジェイ・ゼルには、交渉のやり方を叩き込んでいる。相手をその気にさせることが、一番大切だ。
 教え込んだ手法を、どうやら彼は自分に使ってきたらしい。
 大幅に借金の返済が進むという、相手が食いつく餌を吊って、彼はハルシャ・ヴィンドースについて、何かを自分に譲歩させたいようだ。
 つい、口元を緩めて、イズル・ザヒルはジェイ・ゼルを見つめた。
 彼は、一瞬、瞼を伏せて、考えてから、決意したように、目を上げた。

 イズル・ザヒル様。
 借金の返済額を引き上げます。その代わりに――ハルシャ・ヴィンドースを『アイギッド』での遊戯に招聘されることを、どうか、ご容赦下さい。

 ふむ。
 そう来たか。
 と、イズル・ザヒルは表情を変えずに、考える。

 どうしてかね、ジェイ・ゼル。

 意図を尋ねようと、かけた言葉に、彼は懸命に答えている。

 ハルシャ・ヴィンドースは全くの無垢です。
 何の知識もありません。性技一つ知らず、ただ借金の返済のために、とだけの理解しか持ち合わせていないのです。
 自分の身を守る術を持たない少年が、遊戯で手荒い扱いを受ければ、身体を損なうかもしれません。
 彼は、工場で肉体労働を行い、働かなくてはなりません。
 順当に借金を回収するためには、彼の身を健全に保つのが、肝要かと思われます。

 口上を、考え続けて来たのだろう。
 淀みなく言い切ってから、決断を待つように、ジェイ・ゼルは黙り込んた。
 ふむ、と、再び考えてから、イズル・ザヒルは口を開く。

 性技なら、君がハルシャに仕込めばいい。
 もちろん、付加価値の高い初物を売り出してからだがね。
 客も満足し、ハルシャ・ヴィンドースも身を守ることが出来る。
 双方にとって、とても有益なことだ。
 君も、借金の返済が早く済んで、喜ばしいのではないのかな。

 あっさりと返した言葉に、ジェイ・ゼルは微かに眉を寄せて黙り込む。
 彼は――
 中々、本音を言わなかった。

 話は、それだけか。ジェイ・ゼル。

 再び断ち切ろうとした会話を、何とか繋ごうと、ジェイ・ゼルが食い下がった。

 イズル・ザヒル様。
 彼は――

 言いかけた言葉を、イズル・ザヒルは断ち切った。

 ハルシャ・ヴィンドースを、個人的に愛人として、囲い込みたいのか。
 ジェイ・ゼル?






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