ほしのくさり

第138話  繋がる心-02





 舌先での刺激が止まり、彼は口全体を使って、ゆっくりとハルシャを抜き差ししはじめた。

 ぞわぞわと、刺激が背筋を這い上がる。
 彼は、眼差しをハルシャに向けながら、静かに出入りをさせる。
 不思議だ。
 命の糧を得る大事な場所に、自分を含んでくれている。それだけで――
 相手が自分を、とても大切にしてくれているような、気持ちになる。

 胸の奥に、ふわっと愛おしさがこみ上げて来た。
 思いに突き動かされるように、ハルシャは、きつく座面を掴んでいた右手を離し、ジェイ・ゼルに差し伸べた。
 指先が、彼の、黒髪に触れる。
 絹のような、柔らかい手触りだった。
 快楽に震えながら、髪の流れをなぞるように、そっと指先で撫でる。
 きゅんと、下腹部が甘く痺れたようになった。
 目が潤んでいく。
 ひたむきに自分を口に含んでくれるその姿が、ひどく愛しかった。
 眼差しが、絡み合う。
 彼は微かに目を細めると、不意に、動きを早めた。
 ハルシャは、思わず、声を放つ。

「あああっ、ジェイ・ゼル! もう、達してしまう! ああっ!」

 身を硬直させて、みっともなく叫ぶことしか出来ない。
 ジェイ・ゼルが手を動かし、するりと服の間に滑り込ませる。
 今日は一度も触れられていない、胸の尖りに、指先が触れた。
 びくっと、ハルシャは身を震わせる。
 柔らかく、指がハルシャの胸先を弄ぶ。
 彼の巧みな愛撫に、昂ぶりが、ぴくぴくと痙攣する。
 敏感な二か所からの刺激に、ハルシャはあっけなく限界を迎えた。

「だめだ、ジェイ・ゼル! もう! ああっ!」
 身を反らし、絶叫しながら、ハルシャは頂点に達した。

 二度目の精も、ごくりとジェイ・ゼルは喉を鳴らして、飲み込んでいく。
 彼の温かな口中に昂ぶりを放つと、背筋からぞわぞわと快楽が這い上がってきた。
 世界が白色に包まれる。
 あまりの心地よさに酔い、荒い息を吐くことしか出来なかった。

 ぐったりと椅子に脱力するハルシャの局部を、そっと優しく、ジェイ・ゼルが舐めとっている。
 そのたびに、ぴくっと、身が揺れる。
「たくさん出たね、ハルシャ」
 顔を引き、手の甲で口元をぬぐいながら、ジェイ・ゼルが微笑む。
「二度目なのに、とても濃いよ」

 なんという、淫靡な言葉だろう。
 息を乱して、ハルシャは顔を赤らめながら、ジェイ・ゼルを見つめる。
 彼は顔を戻して、まだ名残惜しげに、ハルシャの局部を舐めていた。
「ジェ……ジェイ・ゼル」
 身を痙攣させながら、うわ言のような声で呼んだ名に、彼が目を上げた。
 微笑みが浮かぶ。
「これで、しばらく辛抱できるかな。ハルシャ」
 辛抱。
 なにか、我慢できない幼い子どものような扱いだ。
 ゆっくりと立ち上がると、椅子に座るハルシャへと、彼は顔を近づけた。
「早く、話し合いを終えて」
 ジェイ・ゼルが近くで呟く。
「身を繋げて、愛し合おう。ハルシャ」

 灰色の瞳が、今までとは違う輝きを帯びて、自分を包む。
 今、彼の本当の姿を見ているような気がした。
 ごく自然に振る舞いながらも、おそらく彼は、どこかで壁を作っていたのだろう。
 秘めていた想いを告げあった時、やっと彼の本質を理解することが出来た。
 肌を合わせることでしか、彼は愛情表現が出来なかったのだ。
 気付いてからは、彼からの行為が、少しも嫌ではなくなっている。
 聡明な彼は、その変化に気付いてくれたようだ。
 ハルシャが、彼を理解し、受け入れたことを――だからきっと、ありのままの、飾らない素の姿をさらしてくれてくれているのだろう。
 本当の彼の姿は、とてつもなく色めいて艶やかだった。
 今も、吸いこまれそうに澄んだ眼で、自分を見下ろしている。

 幸せそうだ。

 ぽつんと、ハルシャは思った。
 彼はとても、幸福そうに笑っている。
 自分の側で、同じ時間を過ごしていることが、至福であるというように。
 胸の奥が、とても、温かい。
 彼を見上げていると、なぜかハルシャは、今ここで、唇を覆ってほしくなった。
 灰色の瞳を見つめながら、招くように、結んでいた唇をほどく。

 ジェイ・ゼルは気付いてくれたようだ。
 ハルシャが何を求めているのかを。
 笑みがすっと消え、不思議に真剣な眼差しになる。
 脱力したまま動けない自分の側へ、そっと顔が近寄る。半開きのまま、彼を待つハルシャの唇に、柔らかくジェイ・ゼルが触れた。
 その口は、やはりハルシャの吐いた、白濁した液の味がした。

 彼は二度も、迷いもためらいもなく、飲み下してくれた。
 精を飲んでくれることは、彼の限りない愛情表現のように、感じられた。
 自分の全てを、受け入れてもらったような気がする。
 再び、愛おしさが込み上げてきた。
 ああ、ジェイ・ゼルも。
 こんな感覚を、欲していたのかもしれない。
 だから、いつも自分に飲ませていたのだろうか――

 答えのない問いを心に呟きながら、腕を首に回して、彼を自分に引き寄せる。
 自分とジェイ・ゼルの間の、何かが変化している。
 触れ合う彼を、とても近くに感じた。
 わだかまりを解いて、彼が魂の中に抱きとめてくれている。
 新しい涙がにじみそうなほどに、それは幸せな感覚だった。



 しばらく抱きあってから、ジェイ・ゼルは、リュウジとの約束の時間が迫っていることを、思い出したようだ。
 再び温かな布で身を清められて、ハルシャはやっと服をまとうことができた。
 その頃には、連続して絶頂をむかえた衝撃からも、身が立ち直っていた。
 ハルシャが背に敷いたために、シワだらけになった服を、ジェイ・ゼルは左腕にかけていた。
 上着がないので、上半身は黒い長袖のシャツ一枚になっている。
 薄い服一枚だと、鍛え上げられた彼の体格の良さが、ひときわ目立つような気がする。
 着痩せする性質《たち》なのだろうか。
 服以外には、警察から直接来たために、ほとんど荷物らしいものがない。

「また、後で来よう、ハルシャ」
 艶やかに微笑みながら、ジェイ・ゼルは豪華な部屋の鍵をかける。
 手元を見つめるハルシャへ、優しい眼差しを注いでくれていた。
「フロントへ鍵を預けて、事務所へ行こう。ネルソンはもう、玄関近くで待機してくれているそうだ」
 穏やかな微笑みが、ジェイ・ゼルの顔に浮かぶ。
「リュウジとの約束の時間に、十分間に合いそうだな」
 言葉をこぼしてから、ジェイ・ゼルが歩き出した。
 ふと。
 ハルシャは違和感を覚えた。
 いつもと、何かが違う。
 並んで歩き始めてから、急に気付いた。
 いつも、廊下を歩むとき、ジェイ・ゼルは自分の肩を抱いて歩いた。
 なのに。
 今日は、違った。
 彼はゆったりと歩を進めながら、ハルシャに手を回そうとしていなかった。

「どうした?」
 不審そうな顔で見上げていたのだろう。突然、ジェイ・ゼルが問いかけてきた。
「あっ」
 急に顔が赤くなる。
「いや、何でもない」

 どうして、肩を抱かないのか、などと聞いたら、ねだっているように思われるかもしれない。
 ジェイ・ゼルに甘えていた、と本心を告げたことが、彼はこの上なく嬉しかったようだ。
 それから、発する言葉一つ一つに、とても注意を払ってくれている。
 不器用すぎて、言葉に出せないハルシャの心の声に、懸命に耳を澄ませるように。
 会話を断ち切り、目を伏せて、廊下を見つめて歩く。
 ふっと横で笑う声がした。
 髪がさらっと撫でられて、手が引かれる。
 いつもの、所有を他に示すような態度は影をひそめ、ただ、傍らに静かに彼が存在していた。
 チューブは誰もいなかったが、ジェイ・ゼルはこれまでのように、ハルシャを身に引き寄せるようなことをしなかった。
 どうしてだろう。
「何か気になることがあるのか? さっきから、私を見つめているようだが」
 乗り始めてからすぐに、口を開いて、ジェイ・ゼルが尋ねた。
「あ」
 驚きに声が出る。
 ジェイ・ゼルが手を伸ばして、ハルシャの頬に触れた。
「上着を着ていないことでも、気にかかるのか?」
 違うと解かっていて、彼は笑みを浮かべて問いかける。
 ここまで来たら、正直に言う方がいいのかもしれない。
「大したことではない。ただ」
 口ごもりながら、言葉を呟く。
「――いつも、肩に、手が……」
 言いかけて、無性に恥ずかしくなってきた。
 途切れた言葉の後、ジェイ・ゼルの忍びやかな笑い声が響いた。
「そうか。そうだね」
 くすくすと、ジェイ・ゼルが笑う。
「いつもなら、ハルシャを引き寄せて歩いていたね」

 まるで、指摘されるまで気付かなかったというように、笑いを含んで彼が言う。
 ハルシャは、顔を上げた。
「自覚がなかったのか、ジェイ・ゼル」
 問いかけた言葉に、彼が優しく微笑む。
 触れている手が、頬を撫でる。
「肩を抱かれるのが、あまり好きではないのだろう? ハルシャは照れ屋さんだからね」
 図星をさされて、かっと、ハルシャは顔を赤らめた。
「べ、別に、恥ずかしくなど、ない」
 ふふと、彼が笑みを深める。
「最近、ハルシャも、私に付き合おうと努力をしてくれていたね。解かっているよ」
 するっと、指が頬を滑っていく。
「でも、そうだね。多分」
 一瞬、自分の内側に耳を澄ますように、彼は虚空を見つめた。
「もしかしたら、そんなことは瑣末な事だと、思い始めたのかもしれないね。私は」

 チンと、可愛らしい音がして、チューブが総合受付のある階に着いた。
「行こうか、ハルシャ」
 ジェイ・ゼルが促して、歩き始める。
 言葉が、途中だ。
 ハルシャは、慌てて彼の後ろについていった。
 問う隙を与えず、ジェイ・ゼルはフロントに向かい、鍵を預けて、又来ると言葉を残して、たたずむハルシャの側に戻る。
 にこっと笑ってから、視線で合図をして、彼が再び歩き出した。
 言っていたように、ネルソンは待機をしてくれていたようだ。飛行車が、すっと、玄関へと滑ってきて、前に停まる。
 中に乗りこみ、飛行車が浮くまで、ハルシャは内側に疑問を溜め続けた。


「瑣末、とは、どういう意味なんだ、ジェイ・ゼル」
 やっと、ハルシャは彼の横に座って、途切れていた言葉の続きを求めた。
「大したことはない、という意味だよ」
 さらっと、ジェイ・ゼルが返してくる。
 違う。
 言葉そのものの意味を、聞いているわけではない。
 眉を寄せるハルシャへ、微笑んでから、ジェイ・ゼルが顔を向けた。
「身が触れ合っていなくても、君を近くに感じることが出来る。だから、あえて嫌がることは、したくないと思っただけだよ」
 笑みが深まる。
「する必要がないと思った、と言い変えた方が、適切かな?」

 ハルシャは、無言で、ジェイ・ゼルの灰色の瞳を見つめ続けていた。

「君に触れたくないという、意味ではないよ」
 ジェイ・ゼルが小首をかしげながら言う。
「ただ、君が望まないことは、したくないだけだ」
 不意に顔を寄せてくると、耳元に、誰にも聞こえない声で、囁く。
「ただし、二人きりのベッドの上では、別だからね――ハルシャ」

 ぼっと、顔が燃えた。

 くすくすと、優しい笑いを耳元に残しながら、ジェイ・ゼルが身を引いた。
 唇を噛みしめて、彼を見る。
 顔を赤らめるハルシャを見つめてから、ふと、笑みを消して、ジェイ・ゼルが呟いた。
「リュウジの話とは、何だろうね」
 話題が、不意に変わった。
 ハルシャは瞬きをする。
「多分、駆動機関部のことだと、思う」
 マイルズ警部との話で、何か思いついたことがあるのかもしれない。
 ハルシャの言葉をしばらく考えていたが、ジェイ・ゼルは眉を寄せた。
「それだけかな」
 小さく彼が呟く。
 自問するような、言葉だった。
「それだけだと、思う」
 ハルシャは、ためらいがちに、彼の疑問に答えた。
「そうか」
 ふっと、ジェイ・ゼルは目を逸らして、前を見つめる。
 彼は、何かを考えているようだ。

 いつもなら、飛行車に乗ると、身を引き寄せられていた。
 けれど、今日は違う。
 肌の触れ合い以上のものを、彼は信じてくれているような気がした。

 君を近くに感じる。
 
 そう言った時の、ジェイ・ゼルの眼差しの優しさが、なぜか胸を潤していく。
 見えない壁が消えて、自分も彼を近くに感じる。
 ああ。
 ジェイ・ゼルも同じなのだ。
 だから、公衆の面前で、身を触れ合うことを嫌う自分に、譲ってくれたのかもしれない。

 座席にもたれて、彼はじっと考えに沈んでいた。
 思考を邪魔しないように、ハルシャも、座席に身を預けて、前を見る。
 ラグレン警察が、もし、今回のことに関わっているというのなら、事は深刻だ。
 これから、工場で駆動機関部を作るとき、一層の注意が必要になる。
 リュウジがチェックしてくれるなら、もう、違法な製品を作ることはないだろう。
 考えるハルシャの手に、温かなものが触れた。
 ふっと視線を手に向けると、ジェイ・ゼルが膝に置かれたハルシャの手に、自分の指を、絡めてきていた。

 手が、握りこまれる。
 そこだけの繋がりは、許してくれと、乞うように。

 前を向いたまま、表情も変えずに、ジェイ・ゼルがハルシャの手を握る。
 触れ合っていることが、彼にとっては、とても大切なことなのだと、瞬間、ハルシャは悟った。
 離れていることは、きっと――
 ジェイ・ゼルにとって、不安でしかないのだろう。
 白い通話装置を渡された時の言葉を、ハルシャは思いだす。

 わずかにためらってから、触れるジェイ・ゼルの手を、ぎゅっと、ハルシャは握り返した。
 ふっと、ジェイ・ゼルが視線を向けてきた。
 唇を噛みしめるハルシャに、優しい笑みを与えると、再び前を向く。
 握り合った手は、温かだった。
 小さな場所の繋がりでも、身を合わせている時より、深く強く彼を感じた。
 指を絡めたまま、ハルシャはネルソンの運転する飛行車に運ばれ、リュウジとの約束がある、事務所へと向かっていた。










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