「復讐、とは」
宇宙海賊の時の表情のまま、静かな口調でリンダが言う。
「また、穏やかじゃないね」
探るような彼女の眼差しを受けとめてから、リュウジは口を開いた。
「それ以外に、あなたがここに留まる理由が、思いつきませんでした」
視線を、彼女が商いの基本としている、廃材へと向ける。
「エルド・グランディスがホームとしていたのは、惑星シンセルでした。あなたも本来なら、そこに暮らす方が良かったはずです。ご夫君との思い出が詰まった、故郷なのですから」
リンダは、わずかに目を細めた。
予想が当たっていることを、細やかに確認しながら、言葉を選びつつ、リュウジは続けた。
「なのに、わざわざ一三〇光年も離れた、惑星トルディアを選ばれた。知人もいず、決して暮らしやすい環境とは言えない、この惑星を。
しかも、廃材屋という、汚れ仕事を職業として。
あなたがここに留まる理由を考えていたとき、ふと、ご夫君が亡くなったのは、この宙域だったことを思い出したのです」
リュウジは視線を、リンダへ戻した。
「廃材屋を営みながらも、あなたの目は死んでいなかった」
藍色の瞳で、じっと彼女を見つめる。
「一度獲物を定めたら、根気強く狙い続け、必ず目的を果たす。あなたの一つだけ残った目は――したたかで粘り強い、宇宙海賊の目です」
ふうっと、リンダは息をついた。
くすりと彼女が笑った。
「宇宙海賊にでも、知り合いがいるのかい?」
リュウジは笑顔をこぼす。
「さあ、どうでしょう。僕には、昔の記憶がありませんから」
鼻で笑ってから、唐突に彼女は踵を返した。
「ついといで」
大股に歩きながら、言葉をかける。
「部屋で話そう」
リュウジは彼女が離れたことを確かめてから、振り向いた。
後ろに控えていた吉野へ、視線を向ける。
「もしかしたら、長くなるかもしれない」
考えを巡らせながら、言葉を続ける。
「ジェイ・ゼルを、待たせるわけにはいかない。すまないが、この時間を利用して、頼んでいたものを、運んできてくれるか」
穏やかな声になって、リュウジは微笑む。
「ハルシャにとって、大切なものだ。お願いできるかな」
吉野は、静かにうなずきで、応じる。
「かしこまりました」
ああ、と、リュウジは早口で付け加える。
「マイルズ警部にも、ご同行を願いたい。連絡を取って、三時間後にご都合を付けてもらえるように、依頼をしておいてくれるかな」
「解かりました。ご依頼申し上げておきます」
「引っ張りまわして申し訳ないと、僕が詫びていたと、お伝えしてくれ」
リュウジは、オキュラ地域のゴミゴミとした町並みに目を向けてから、呟いた。
「終わりそうになったら、連絡を入れる。オキュラ地域に、あれを運んでくるのはさすがに危険だ。呼ぶまで安全なところで、待機をしておいてくれないか」
「はい、
にこっと、リュウジは笑みを浮かべる。
「終わり次第、連絡を入れる。頼んだ」
うなずく吉野へもう視線を向けず、リュウジは足を止めて待つ、リンダの元へ走って行った。
「お待たせいたしました!」
駆け寄ったリュウジではなく、飛行車へ乗る吉野を、リンダは見ていた。
「イトウさんは、帰るのかい?」
「何かご用事があるようです。また、迎えに来てくれるとおっしゃっていました。僕を、ここへ運んできて下さっただけなのです」
ほう、とリンダが腕を組んで感嘆の声を漏らす。
「帝星の人間は暇なのかい。ちょっとした知り合いでも、丁寧に送り迎えしてくれるんだね」
リュウジは笑みをこぼした。
「『善行』という、考え方があるようです」
彼女と肩を並べて歩きながら、リュウジはハルシャにしたと同じ説明を、彼女に語った。
ふうんと、リンダは別に感心した風もなく言う。
「私には、関係のないことだね」
ふふと、虚空へ笑みを向ける。
「良いことなんて、一つもしていない」
遠いところへ視線を馳せながら、彼女が呟いていた。
「そんなことはないですよ」
リュウジは真っ直ぐ進みながら、優しい言葉を告げた。
「サーシャに、ぬいぐるみ生物をおまけして下さいましたね。それだけで、十分すぎるほどの『善行』です」
前を向いて進むリュウジへ、リンダは一つしかない目を、向けた。
「きっと、良いことがあなたの身に、巡ってきますよ。善い行いには、善事《よごと》で報いるのが、この世の理《ことわり》です」
歩調を緩めて、リュウジは、背の高い彼女へ視線を向けた。
「例えば」
微笑みが、彼の顔に浮かんだ。
「ご夫君の恨みを、無事に晴らす――とか」
リンダは、足を止めた。
じっと、彼女はリュウジの藍色の瞳を見つめていた。
「あんたが、協力してくれるのか?」
値踏みするように独眼を細めて、彼女が呟いた。
「ラグレンに潜む、狡猾で性悪の毒蛇の――」
深く静かな声が響く。
「頭を叩き潰す手伝いを、してくれるっていうのかい?」
沈黙の後、リュウジは口を開いた。
「その毒蛇が」
低めた声で、呟く。
「僕の大切な存在を、脅かすというのなら」
笑みを消し、リンダへ真っ直ぐな眼差しを向ける。
「手段も方法も、選びません。必ず、叩き潰します」
リンダはゆっくりと、片頬を歪めて笑った。
「おそろしいね」
楽しそうに言ってから、彼女は高く笑った。
「久々だよ、こんなに心躍る言葉を聞いたのは」
優しい眼差しが、リュウジを包んだ。
「私の最愛の人もね、いつもワクワクさせてくれた。宇宙一の男だったよ」
一瞬、遠いところへ眼差しを注いでから、彼女はふっと首を振った。
「教えてやるよ。私がなぜ、このラグレンにいるのかを」
腕を伸ばして、リュウジの肩に軽く触れる。
「部屋へ行こう」
歩を進めて部屋に入ってから、はじめてリンダは口を開いた。
「私は誓ったんだ」
扉を閉めながら、彼女は小さく呟いた。
「夫の仇を、ならず取ると――宇宙に右の眼を捧げてね」
彼女は、前髪を掻き上げながら、微笑む。
「ラグレンには、夫の命を奪った狡猾な毒蛇が、のうのうと生き延びている。奴の息の根を止めるのが、私の宿願だ」
そっと、リンダ・セラストンは、眼帯に触れた。
「この右の眼は、エルドの最後の笑顔を映したまま、今も彼と一緒に宇宙を漂っている」
彼女は静かに微笑んだ。
「エルドの後を追えなかった、私の代わりにね」
*
ハルシャに快楽を与えただけで、私は満足だ。
そう言って、ジェイ・ゼルはそれ以上の行為に及ばなかった。
風呂にも入ることはせず、バスルームへ行くと、湯でタオルを湿して戻って来てくれた。
さすがに机の上に座り続けるのは気がひける。
椅子に腰をおろしたハルシャの局部を、絨毯の上に膝立ちになり、優しい手つきで彼は拭ってくれていた。
「吐精しないと、身体に悪いからね」
顔を赤らめるハルシャへ、彼は小さく呟いた。
「やや強引だったかな、ハルシャ」
手を止めて、自分を見つめる。
「きつかったか?」
問いかけが、優しかった。
顔がますます、赤らんでくる。
何よりも。
ジェイ・ゼルが精を飲んでしまったことが、衝撃だった。
今まで彼は、そんなことをしたことがなかった。
「身体は、大丈夫だ。だ、だが。ジェイ・ゼルは、平気か?」
温かな布で身を拭われながら、ハルシャは真っ赤になって言う。
「その、飲んでしまって――」
くすくすと、ジェイ・ゼルが笑う。
「甘くて、美味しかったよ」
嘘だ。
合わせた唇からは、ジェイ・ゼルの精と同じ味がした。
まだくすくすと笑いながら
「ハルシャは、テーブルクロスが汚れるのを、気にしていただろう」
と、優しく言う。空いている手が、頬に触れた。
「それと他人に、君の大切な体液の痕跡を見せるのも、嫌だからね」
無茶苦茶な理由だ。
やはりジェイ・ゼルの考えていることは、よくわからない。
「背中は痛くないか?」
拭う場所へ視線を落として、ジェイ・ゼルが問いかける。
「大丈夫だ、ジェイ・ゼル」
内太ももに布を滑らせながら、ハルシャの言葉に、彼は微笑んだ。
「話し合いが終わったら」
手を止め、緩やかに瞼を押し上げて、ジェイ・ゼルがハルシャへ視線を向けた。
「君のお望み通り、ベッドルームで――夜明けまで愛し合おう」
灰色の瞳が、絡めとるように自分を見つめている。
どきんと、心臓が打った。
椅子に座るハルシャを拭きながら、彼はとんでもなく妖艶な眼差しで自分を見つめる。
視線だけで、愛撫されているようだ。
無意識のうちに彼からの行為を想像したのか、ぴくんと、局部が反応してしまった。
ふっと視線を落として、ジェイ・ゼルが笑う。
「待ちかねているのかな、ハルシャ」
声が、重く艶やかだ。
「大きくなってきたよ」
かあっと、顔が盛大に赤らむ。
膝をきゅっと閉じようとしたとき、
「君のここが、もう少し愛されたいと、言っているね」
と、呟きながら、頬に触れていた手が離れ、膝を押し開く。
「甘えているのかな。とても可愛いよ、ハルシャ」
言葉の後、彼は温かな布で清められたそこへ、顔を寄せた。
「ジェイ・ゼル! あっ、はあっ!」
抗議しようとしたハルシャの声は、あえやかな喘ぎになってしまった。
椅子に腰かける自分の昂ぶりを、膝立ちになったジェイ・ゼルが、するっと口に含む。
そのまま彼は睫毛を伏せて、口淫をはじめた。
ジェイ・ゼルが――
自分の足の間に顔を埋め、しっとりと温かな口に、ハルシャ自身を含んでいる。
あまりに淫靡なその姿に、ハルシャの鼓動が跳ね上がった。
ドッドッドッドと、内側から叩かれるように、心臓が鳴る。
「ジェ……ジェイ・ゼル」
息の苦しさを覚えながら呼んだ名に、彼が伏せていた目を、ゆっくりと上げた。
眼差しが、触れ合う。
灰色の深い眼で見つめながら、ジェイ・ゼルは口淫を止めようとしなかった。
微かに笑みを浮かべてから、そっと舌先が先端へ割り入り、敏感な場所を刺激する。
感覚の鋭さに、思わず椅子の座面を掴んで背もたれに身を預け、大きくのけぞった。
「あああっ! ジェイ・ゼル!」
叫びの後ろで、自分を愛撫する水音が響く。
快感が、再び沸き起こってくる。
さっき達したばかりなのに。
自分はどうしようもなく、淫乱になってしまったのだろうか。
困惑と動揺が、身の内に広がる。
そんなためらいなどかき消すように、ジェイ・ゼルが舌先で、絶え間なく柔らかな愛撫を加えてくる。
快楽の声しか、出ない。
こんな心地良さが存在するのかと思えるほど、彼は巧みだった。
口を開いて、入れてごらん。
歯を立てないようにして。そう。上手だ、ハルシャ。
最初に、彼を口に含まされた時のことが、記憶の中に蘇ってくる。
ベッドの端に腰を下ろして、彼は開いた膝の間にハルシャを招き、口に咥えることを、教えた。
初めてのことに、羞恥と戸惑いしか覚えないハルシャに、彼は大丈夫だよと言いながら、自身を手で支えながらハルシャの口を開けさせた。
もう片方の手で髪を撫でながら、頭を引き寄せて、中に含ませる。
行為の意味が、解らずに、ハルシャは混乱していた。
どうして、口に含まなくてはならないのか、理解が追いつかない。
ただ、命じられたことは履行しなくてはならない、という義務感だけで、必死に彼の指示に従っていた。
先を舌で舐めてごらん。
そう。ゆっくりでいいよ、ハルシャ。
言われたとおりに、口の中に押し入って来た、質量のあるものを、舌で恐る恐る舐めてみた。
舌で形が解るかな? 段のあるところに舌を絡めてごらん。そうだよ。
ジェイ・ゼルの促すとおりに、亀頭の下の方の部分を舐める。
くっと、小さく彼の口から息が漏れた。
亀頭の裏側に、小さな三角形の筋があるのが、わかるかな。
そこに、舌を這わせてごらん。
言われたとおりに、舌先で形を探りながら、舐めると、髪を撫でていたジェイ・ゼルの手が止まった。
そうだ。上手だよ、ハルシャ。
褒め上げながら、ジェイ・ゼルはハルシャに望むような口淫を教え込んでいく。
たどたどしく舐めるハルシャに、歯を立てないように注意をしてから、彼は不意に頭を両手で挟み込むと、喉の奥まで自分で抜き差しをし始めた。
息が詰まる。
それは、嘔吐をもよおすほどの、辛い行為だった。
あまりの苦しさに、ハルシャは眉を寄せてきつく目を閉じた。
眼から涙があふれる。
生理的な涙だった。
止めてくれと言うことも出来ず、きつく眉を寄せて耐え続ける。
ハルシャが涙を流しているのに気付いたのだろうか、不意に動きが止まった。
次の瞬間、彼は自身をハルシャの口から抜いた。
空気が口から流れ込んできて、ハルシャは咳き込みながらも、必死に息を吸い込んだ。
頬に柔らかなものが触れた。
目を開くと、ジェイ・ゼルの灰色の瞳が、真っ直ぐに自分を見つめていた。
彼は顔を寄せて、涙を舌で舐め取ってくれていた。
泣けば、涙が鼻に入って詰まり、余計に苦しくなる。
静かな声で、ジェイ・ゼルが語りかける。
呼吸が出来なくなる可能性がある。泣くな、ハルシャ。
灰色の瞳が、自分の表情を見守っている。
泣くな、というのを、ハルシャは命令と取り、必死に涙をのみ込んだ。
涙が落ち着くまで待ってくれてから、彼は再び口淫を開始した。
先ほどのような喉奥を突くような激しい抜き差しはせずに、顎の上側にこすりつけるような動きに変わっている。
ハルシャが、顎の疲労が限界だと思うようになった時、口の中のジェイ・ゼルが、びくびくと、痙攣するような動きを見せ始めた。
口の中に出すよ、ハルシャ。
出したものは、全て飲むこと。いいね。
ハルシャの頭を支えながら、彼が苦しげな息遣いで、言葉をかける。
精液を飲めと、言っているのだと、理解する。
小さくうなずくと、ジェイ・ゼルは優しく微笑んだ。
いい子だ。
髪に触れていた手が、梳くように撫でる。
いい子だ、ハルシャ。
言葉は優しいのに、動きは激しかった。
初めて口で受けたジェイ・ゼルの白濁した液は、鼻に抜けるきつい独特の香りと、苦味を帯びた味で、ハルシャを激しく動揺させた。
口慣れない存在を、本能的に吐き出したくなる。
それでも、飲め、と言われていたことを、思い出して、懸命に飲み下した。
喉に絡みつくような質感で、下っていく感覚に、鳥肌が立った。
むせるハルシャの口から自身を抜くと、ジェイ・ゼルは屈んだ。慣れない行為に、咳き込むハルシャの髪を撫でながら、彼は優しく耳元に呟く。
良く出来たね。いい子だ、ハルシャ。
言葉に顔を上げたハルシャを見つめてから、彼は顔を寄せて、唇を覆った。
それから、幾度となく、彼の昂ぶりを、ハルシャは口に含んできた。
彼は、自分に教えてくれていた通りに、今度は自分を高めていく。
亀頭の裏側を丁寧に舐められた時、ハルシャは身をよじっていた。
舌先で、自由に弄ばれる。
ジェイ・ゼルの口淫は、自分など比べ物にならないほど、巧みだった。
想像もした事のない場所へ、いざなわれていく。