ほしのくさり

第132話  違法な駆動機関部





 違法な駆動機関部――
 彼らが言っているのは、スクナ人を動力源とするもののことだ。
 受けた仕事には、悪意が籠っている。
 リュウジに最初からそう聞かされていたのに、ハルシャはどこか、信じ切れていなかったのかもしれない。
 突き付けられた言葉に、戸惑い、身が強張ってしまった。
 通報と、警察官は言った。
 一体誰が、通報したのだろう。
 まだ事実を、受け止めきれない。

 近づく制服の警察官を見ながら、ハルシャは、固まり続けていた。
 ハルシャに手を伸ばそうとした警察に、不意に強いリュウジの声が飛んだ。

「何を証拠に、逮捕をされるのですか。令状はお持ちなのですか」
 ハルシャへ向けられていた、警察官の厳しい目が、不意に横のリュウジへ向いた。リュウジは信じられないほど強い視線で、真っ直ぐに警官を見ていた。
「それとも、同行は任意なのですか? なら、拒否できる権利を、銀河帝国民は持っています」
 彼は一歩進み、ハルシャと警察官の間に、割って入るように動いた。
「真偽も確かでない通報を元に、銀河帝国民を不当に拘束することはできません。それが、帝国法です」

 なんだ、こいつは。
 という目で、警察官は背後に立っていたガルガー工場長へ、視線を向けた。
「同じ職場で働く、オオタキ・リュウジです」
 ガルガー工場長が、ためらいがちにリュウジの名を明かした。
 聞いてから、警察官がリュウジへ顔を戻す。
「通報したのは、シヴォルト工場長だ」
 冷たい声で彼は言った。
「違法な駆動機関部を作っている事実を、賢明にもラグレン警察に通報してきたのだ。申し開きは、本庁で聞かせてもらおう」
 ねめつけるように見ながら、警官が言う。
「邪魔をするなら、お前も本庁へ来てもらおうか。オオタキ・リュウジ」

 リュウジは、静かな顔で
「この件について、工場の総括責任者に、連絡をする必要があると思います」
 と、警察官を飛び越えて、背後に立つガルガー工場長へ向けて、声を放つ。
「今すぐ、ジェイ・ゼルさんに、ラグレン警察の方が、取り調べに来ていると、連絡をして下さい」
 ガルガー工場長は、ひたすら困惑しているようだった。
 明確なリュウジの指示に、彼はやっと、自分が何をするべきか、悟ったようだ。
 半ば本能的に、ガルガー工場長が動こうとした時、
「その必要はない」
 と、警察官の厳しい声が飛んだ。
「ハルシャ・ヴィンドースから、直接話を聞けば、良いだけのことだ」

 リュウジは、柔らかく微笑んだ。
「僕たちは、割り振られた仕事をこなしているだけです。仕事を受注してくるのは、上層部です。つまり、工場の総括責任者のジェイ・ゼルさんであり、前工場長であったシヴォルトです」
 重く静かな声が、工場に響く。
「彼らの話を聞かず、ハルシャだけを連行するのは、おかしいのではないですか」

 だんだん、警察官の顔色が変化してきた。
 彼らは、楯突かれることに、慣れていない。唯々諾々として従う市民がほとんどなので、論破しようとするリュウジに対して、怒りの表情を浮かべ始めた。
「リュウジ……」
 何とか警察官との揉め事を収めようと、ハルシャはリュウジに声をかける。
「ハルシャ」
 逆に彼はハルシャへ、緊迫を込めた声で言う。
「あなたの通話装置で、ジェイ・ゼルに繋いでください」
 眼だけが動いて、ハルシャを見る。
「今すぐ」
「必要ないと、言っているだろう」
 警察が厳しい声で言い放ちながら、ハルシャの腕を掴もうと動く。
「逮捕には、令状が必要です」
 その間にリュウジが割り込み、警察官をまともに見つめる。
「それに、僕たちが違法な駆動機関部を作っているという証拠が、どこにあるのですか」

 かっと、警察官の顔に、怒りが露わになった。
「調べれば、解ることだ!」
「では、ご案内します」
 さらっと、その怒りの言葉をリュウジが切った。
「僕たちが、駆動機関部を作っている作業場へ」

 真っ直ぐなリュウジの視線は、揺るがなかった。
「証拠品として、設計図もお持ち帰りになる予定だったのでしょう。
 ご案内します」
「証拠を隠滅する気だろう!」
「いいえ」
 リュウジは、揺るぎない視線を、警察官へ注ぎ続ける。
「手がけている設計図をご覧になれば、僕たちが、違法な駆動機関部を作ってはいないと、ご理解いただけるはずです」

 リュウジは、突然顔を、ガルガー工場長へ向けた。
「工場長も、ご同行お願いいたします。ジェイ・ゼルさんがいない今、あなたが最高責任者です」
 動揺を全身ににじませた工場長に向けて、彼が言う。
「わかった、オオタキ」
 ようやく、それだけをガルガー工場長が言う。
 リュウジは、ハルシャの背中に、そっと腕を回した。
「ご案内しましょう。ハルシャ」

 歩き出そうとして、一瞬、リュウジは入り口に佇んだままの、ヨシノさんへ視線を向けた。
 目を細めて、リュウジが微かに首を揺らした。
 それに、ヨシノさんが応える。
 まるで、言葉なしに会話を交わしているようだった。
 何かを彼との間で確認してから、リュウジは前を向いて歩き出した。
「大丈夫です、ハルシャ」
 ひそめた声が、耳元に響く。
「僕たちが作っているのは、違法な駆動機関部ではありません」

 騒ぎを聞きつけて、工場中の人が集まっていたようだ。
 物見高く、ひそひそ言いながら、周りを取り巻いている。
 どんなことを言っているのか、ハルシャは大体想像がついた。
 下世話な囁きを無視して、人ごみに向けて、リュウジが真っ直ぐに歩き出す。
「こちらです、ラグレン警察の方」
 促されて、ハルシャも歩き始める。
 警察官たちは、顔を見合わせていた。
 どうする? と相談しているようだ。
 想定外の事態なのだろう。
 足を止めて、リュウジが振り向く。
「僕たちは、逃げも隠れもしません。通報があった駆動機関部の詳細を、包み隠さずお見せします。どうぞ、こちらへ」

 あまりに堂々したリュウジの態度に、彼らは気圧されたようだ。少し相談してから、
「逃げるなよ」
 と、釘を刺すように言いながら、歩き出した。
「逃げません」
 リュウジは、やんわりと言ってから、先導するように歩を進める。
 背中に触れる、リュウジの手が温かかだった。
 大丈夫だよ、と、手の平が語っている。

 シヴォルトが、ハルシャのことを、通報した。
 それは、サーシャを誘拐する前だったのだろうか。
 もしも、連れ去れていたら、自分は弁明することも出来ず、罪を犯したものとして、ヴィンドース家の名を汚していたことになる。
 もしかしたら――
 それが、シヴォルトの目的だったのだろうか。
 ハルシャの名誉を棄損することが……。
 彼の執拗な悪意に、ハルシャは、悲しみを覚えた。それほどまでに、自分はシヴォルトから憎まれていたのだと、気付かされる。

 リュウジは、自分たちの作業場へ、警察官三人を案内した。
 見たところ、作業場が荒らされている様子はなかった。
 数日前、悪意のある妨害が為されていたことを、ハルシャは思い出していた。
 そうだ。
 自分はこの職場で、憎まれている存在なのだ。
 それが……いまさらながら、辛かった。
 取り囲む人々の視線に、同情など一かけらもなかった。
 ハルシャが困るのを、楽しむような雰囲気が漂う。
 けれど、借金が続く限り、この職場を去ることが出来ないのだと、胸の奥に言い聞かせる。
 辛くても、耐えるしかない。

 すっと、ハルシャから手を離し、リュウジが設計図を入れてある、電脳の前へ行く。
「この電脳のデータの中に、設計図は入れてあります」
 警察官は、うなずいた。
「よし」
 そして、顎で横に居た二人に合図をする。
「その電脳を押収して、本庁へ行く。お前もだ、ハルシャ・ヴィンドース。
 ことの詳細は、ラグレン警察本庁で聞く」

 リュウジは、電脳を立ち上げていた手を、止めた。
 瞬きを一つしてから、ゆっくりと、視線を上げる。
「逮捕連行に必要な、令状は、お持ちですか」
 リュウジの言葉を、警察官は鼻で笑った。
「ここは、ラグレンだ。ラグレンにはラグレンのやり方がある。ここを、帝星か何かと間違えているんじゃないのか」
「つまり、令状なしに、彼を連行しようとしているのですね」
 確認するように、リュウジが言う。
「そんなものは、必要ない。犯罪があれば、我々はそれを調べるだけだ。あまり捜査の邪魔をすると、お前も本庁へ連れて行くぞ」
 ハルシャは、危険を感じた。
 止めようとした時、リュウジが視線を警察官の後へ馳せた。
「おかしいですね。そんな法律が、まかり通るとは。令状なしの逮捕は、銀河帝国法で違反となっています。
 そうですね。
 汎銀河帝国警察機構の、マイルズ警部」

 放った声に、
「そうだな」
 と、深い声が応えた。
 はっと、制服警察官が背後を振り向いた。
 ゆったりとした歩調で、腕を組みながらディー・マイルズ警部が近づいてくる。
 彼の後には、部下が二人従っていた。サーシャを助けてくれたアンディと、もう一人は名前を知らない人だった。

 三人は、空気を切るように、静かに自分たちの側へ近づいてくる。
「銀河帝国法で、令状なしの逮捕は禁じられている。守らない警察組織など、帝国内には、ないはずだ」
 マイルズ警部は静かに微笑んでから、服から身分証を取り出して、ラグレン警察の三人の前に差し出した。
「汎銀河帝国警察機構犯罪対策課のディー・マイルズだ。違法な駆動機関部について、捜査が入ったと小耳にはさんだものでね」

 龍の紋章が入った、警察機構の身分証をまじまじと見つめてから、事態を悟ったらしく、警察官たちの顔から表情が抜け落ちていった。
 ぱちんと、音を立てて身分証を閉じると、彼は視線を逸らすことなく、服へと戻した。
「何でも、スクナ人を動力とする駆動機関部だとか」
 口元を歪めながら、彼は静かに言った。
「スクナ人の使用は、銀河帝国法で厳重に禁じられている」
 穏やかな口調の中に、歴戦の強者《つわもの》の風格を漂わせながら、マイルズ警部は続ける。
「もし、それが事実なら、事件そのものを、汎銀河帝国警察機構が預からせてもらおう。スクナ人の使用の根絶は、銀河帝国が最も力を入れていることだ。
 汎銀河帝国警察機構には、スクナ人専門の部署がある。そこが、取り扱うことになる。我々、汎銀河帝国警察機構は、全銀河系を捜査範囲としている。もちろん、惑星トルディアも、その範疇だからね」

 警察官たちの挙動が、怪しくなってきた。
 目を見合わせて、何かを小声で囁き合う。
 ふっと、マイルズ警部は、微笑んだ。
「失礼。まだ、名前を頂いていなかったな。ラグレン警察の方」
 穏やかな口調で、彼が問いかける。
「警察機構本部へ、報告をしなくてはならない。教えて頂けるかな、階級と、お名前を」
 一瞬、戸惑ってから
「ラグレン警察第五課主任のアレン・コッツです。マイルズ警部」
 と、礼儀正しく言う。同じ警察官同士なら、敬意を払うのだろうか。
「アレン・コッツ主任。彼が作っていた駆動機関部が、本当にスクナ人を動力源としたものかどうか、我々の機関に問い合わせをしては、どうかな。
 さっきも言ったように、スクナ人を専門に扱う対策部署が、我々の組織にはありましてね、そこに問い合わせをすれば、簡単だ。
 うちの部署は、スクナ人を動力源とする駆動機関部の、膨大な資料を保有しています。照合すれば、すぐにでも答えが出るでしょう。違法か、そうでないかが」
 戸惑うラグレン警察の人々に、マイルズ警部は微笑みを与える。
「なんなら、ここで照会しても良いですよ。
 もちろん、あなたがた、ラグレン警察本庁へ移動して調べてもいい。
 どちらでも、お好きなように」

 余裕たっぷりのマイルズ警部の言葉に、圧倒されたように警察官たちは黙り込んでいた。
 再び、小声で相談している。
「汎銀河帝国警察機構のご協力を仰げるのは、ありがたいことです」
 コッツ主任が、やっと結論が出た顔で、マイルズ警部に言う。
「ですが」
 ちらっと、視線がハルシャへ向かう。
「このまま犯罪者を、野放しにすることは出来ません」

 犯罪者。
 ハルシャは、自分に向けて放たれた言葉に、打ちのめされた。
 ヴィンドース家の者として、正しくあろうと生きてきたつもりだった。
 なのに。
 汚いものを見る眼で見つめながら、彼は、自分のことを犯罪者だと、呼んだ。

 マイルズ警部は、ふっと笑った。
「それは、この青年のことを、言っているのかな」
「そうです。違法な駆動機関部と知りながら、作成していました」
 警察の言葉に、マイルズ警部は笑みを深めた。
「疑いを持たれている、という言葉が抜けているよ、コッツ主任。まだ、確定したわけではない」
 ちらっと、再びコッツの視線が、自分へ向かう。
 間違いないと、彼の目が語っていた。
 こいつは、罪を犯していると。

 ふと疑念が、ハルシャの胸の中をよぎった。
 どうして。
 この警察官は、自分が違法な駆動機関部を作っていると、主張するのだろう。
 ただ、通報を受けただけなのに。
 ろくに調査もしていないのに、犯罪に自分が携わっていると、確信を持っている。
 彼らの態度の裏には、シヴォルトから、あらかじめ設計図を渡されているということが、あるのだろうか。

「この電脳、そして指示書のたぐいを全て、それとハルシャ・ヴィンドースの身柄をラグレン警察本庁へ伴いたいと思います。その上で、設計図について、汎銀河帝国警察機構のご協力を仰げれば、ありがたいです」
 それが、正義だというように、彼は言い張った。
 マイルズ警部はちょっと、親指の先で鼻の頭を擦った。
「逮捕令状は、ないんだな」
 言い方に、コッツ主任がひるんだ。
「はい」
 しぶしぶ、彼は認めた。
 にこっと、マイルズ警部が笑う。
「なら、任意で同行を願う、という形を取るしかないな。彼を警察へ連れて行きたいのならな」
 言葉は柔らかいが、鋭い眼差しが、コッツ警察官を射た。
「それが、法だよ。コッツ主任」

 底力がある言葉に、ラグレンの警察官は折れたようだ。
 ハルシャへ顔を向けて。
「任意で同行を願う。ハルシャ・ヴィンドース」
 と、短く言った。

 任意でも、警察へ連行されるのだ。
 ハルシャは、リュウジへ視線を向けた。
 彼は深く考え込んでいる。
「その駆動機関部が、違法でないと結論が出れば、ハルシャは解放されるのですね」
 口を開いて、リュウジが言った。
「そうだな」
 マイルズ警部が、コッツ主任が何かを言う前に、言葉を取って言った。
「不当に拘束することは、出来ない。そんなことが、許されるはずがない」

 ふっとリュウジが息を吐いた。
「なら、任意同行に応じるほうが良いのでしょうね」
 藍色の瞳が、真っ直ぐにコッツへと向かう。
「僕たちは、後ろ暗い所など、一つもありませんから」
 強い眼差しをひたと据えたまま、彼は静かに言った。
「ハルシャを連れて行くのなら、僕も一緒に行きます。この駆動機関部は、僕たちが共同で作成していました。ハルシャの話を聞くというのなら、僕にも尋問してください」
「そっちのほうが良いんじゃないか。コッツ主任」
 マイルズ警部が、顎を撫でながら言った。
「共同で作業していたというのが本当なら、彼を残しておいたら、万が一にも、重要な証拠を隠滅する可能性が、あるからな」

 その一言が決め手だったようだ。
 ハルシャは、リュウジと一緒に、警察に行くことになった。
 マイルズ警部と、部下の一人も、同行する。
 後にアンディを残して、ラグレン警察への協力を指示していた。

 ラグレン警察と、大きく書かれた飛行車に押し込まれながら
「大丈夫ですよ、ハルシャ」
 と、リュウジが呟く。
「すぐに自由になります」


 *


 連れて行かれたラグレン警察本庁は、聳え立つような高層建築だった。
 独特の、いかめしい雰囲気が漂う。
 警察に足を踏み入れたことのないハルシャは、戸惑いしか覚えなかった。
 建物の中の駐車場で降ろされ、そこから下に移動する。
 任意同行なので、身体は拘束されていないが、側に警察官が二人付き、屈辱的な視線で見つめられ続けた。
 まるで汚い物体を見るような、目だ。
 コッツ主任は、手にハルシャたちの電脳を携えていた。職場から押収したものだ。
 上から降りるチューブの中で、誰もが無言だった。
 どうやら、警察のどこかの部署がある階に着いたらしい。
 チューブの扉が開いて、ハルシャたちは出るように促される。
 長く続く廊下をしばらく行くと、部屋の一つの扉を開いて、コッツはハルシャに、中に入るように言った。
 リュウジはそのまま、別の場所へと連れていかれる。
 口裏を合わせないように、別々に話を聞くらしい。
 警察の一人が、ハルシャと一緒に部屋に入ってきて、椅子に座って待つように言う。
 机の前の椅子に座ると、通信装置のたぐいを、渡すようにと言ってきた。
 外部との連絡が取れないようにするらしい。
 ハルシャは、ジェイ・ゼルから渡されていた、通信装置を何とか腕から外した。
 その画面を押して、ジェイ・ゼルへ繋ぎたい衝動にかられる。

 助けてくれ、ジェイ・ゼル。
 警察が私を疑っている。

 叫びたかった。
 だが、ぐっと我慢してその通話装置を、目の前の警察官へ渡す。
 彼は受け取ってから、部屋の隅に置かれた机に乗せていた。

 これから、どうなるのだろう。
 ハルシャは、心臓を躍らせながら、沈黙を続ける。
 大丈夫だと、リュウジが言っていた。
 マイルズ警部も居てくれる。
 大丈夫だ。
 自分に言い聞かせる。

 前の椅子を引いて、警察官が、腰を下ろした。
 机を挟んで、向き合う位置に、座る。
「違法だと知っていて、駆動機関部を作っていたのか、ハルシャ・ヴィンドース」
 唐突に彼は口を開いた。
 ハルシャは、瞬きをした。
「私は、違法な駆動機関部など、作ってはいない」
 言葉が言い終わらないうちに、派手な音がして、机が平手で叩かれていた。
「嘘をつくな」
 厳しい目が、自分をねめつける。
「お前の上司が、確かな話として通報してきた。言い逃れは出来ない」

 ハルシャは、再び口をつぐんだ。
「今」
 睨みつけながら、前の警察官が憎々しげに言う。
「お前の罪状を、汎銀河帝国警察機構の警部が確認してくれている」
 言ってから、彼は背もたれに背中を預けた。
「言い逃れが出来ると思ったら、大間違いだ。せいぜい、言い訳を考えておくんだな」

 腕を組むと、彼は沈黙した。
 ただ、視線はハルシャへ注がれ続けている。
 自分を罪人だと、決めつける眼差しだ。
 何もしていないはずなのに、犯罪者であるような気分になってくる。
 きりっと、微かに胃が痛んだ。

 大丈夫だ。
 ハルシャは、自分に言い聞かせる。
 リュウジが、きちんと方策を取ってくれている。
 マイルズ警部も、協力してくれている。大丈夫だ。

 その後、重苦しい沈黙の中で、ハルシャは机の上を見つめたまま、動かなかった。
 不意に、静寂の中に、振動音が響いた。
 はっと顔を上げると、離れた机の上に置かれた、ハルシャの通話装置が着信を告げていた。

 ジェイ・ゼルだ。

 ハルシャは、膝の上に置いた手を、握りしめた。
 警察官は、気付いたが、何もせずに放置している。
 ハルシャは、震え続ける通話装置を見つめていた。

 ジェイ・ゼルが、連絡をしてくれている。
 ハルシャは、以前考えたことを、思い返していた。
 自分が作る予定だった、スクナ人を動力源とする駆動機関部は、ジェイ・ゼルが命じたものだったのだろうか。
 本能が、違う、と呟いた。
 ジェイ・ゼルは、ハルシャが不利になるようなことを、しないような気がする。
 この悪意はきっと――
 シヴォルトがもたらしたもののだ。
 あの通話を取って、ジェイ・ゼルに確かめたかった。
 違法なものを、あなたは私に作らそうとはしないと。
 それよりも、ただ。
 無性に、彼の声が聞きたかった。
 大丈夫だよと、彼の声でなだめてほしかった。

 膝の上で握り込む手の力が、強くなる。
 長く振動した後、ふつりと途切れた。ジェイ・ゼルは、諦めたようだ。
 ふうっと、息がもれる。
 ハルシャがこんな境遇にあることを、彼は知っているだろうか。
 知っていても、ジェイ・ゼルには、どうしようもないのだと、ハルシャは思い返す。
 再び視線を落とすと、ハルシャは沈黙した。

 長い時間が過ぎたような気がする。
 静寂が耳に痛いほどだった。
 じっとりとした視線を、ハルシャは浴び続けた。

 突然、扉が叩かれた。
 視線をハルシャに向けたまま、警察官が立ち上がる。口元に微かな笑みが浮かんでいた。
「結果が出たようだな、ハルシャ・ヴィンドース」
 言い捨てて、彼は扉の側へ向かった。
 薄く扉を開き、廊下にいる誰かと、言葉を交わしている。
 ええっと、小さく驚きが、警察官の口から漏れた。
 ちらっと、ハルシャを見て、大股に戻ってくる。
 彼は立ったまま、バンと机を叩いてから、ハルシャへ視線を注ぐ。
「お前たちが作っていた駆動機関部の設計図は、電脳に入っていたものだけなのか」
「あの設計図を元に、カーヴァルト鉱石の削り出しを行っている。あれが、私たちが請け負った駆動機関部だ」
 警察官は、眉を寄せた。
「嘘をつくな」
「嘘など、言っていない」
「別の場所に、設計図を隠したのだろう」
「隠す時間など、なかった」
 ハルシャは、懸命に言葉を続ける。
「コッツ警察官に聞いてもらったら、解るはずだ」

 それでも、長く警察官はハルシャを見つめ続けていた。
 ふうっと、息をつくと、彼は唐突に踵を返し、扉の向こうへと消える。
 部屋に、ハルシャは一人残された。

 恐らく、マイルズ警部が帝星と連絡を取り、自分たちが作っていたのは、違法なものではなかったと証明してくれたのだろう。
 警察官の戸惑いに近い態度に、再びハルシャは、違和感を覚えた。
 どうして、通報だけで彼らは、ハルシャの罪状を決めつけてくるのだろう。

 まるで――

 思いついて、ドキンと、ハルシャの心臓が躍った。

 自分が作っていた駆動機関部が、どういうものか、あらかじめ知っていたかのように。

 ドン、ドンと心臓が鳴る。
 ジェイ・ゼルは、この駆動機関部のことを、知っていたのだろうか。
 もし、知らなかったとすれば――
 シヴォルトが、独断で仕事を受け、自分に作成をさせていたことになる。
 では。
 シヴォルトは、どこからその仕事を、請け負ったのだろう。

 ハルシャの思考は、途中で断ち切られた。
 部屋の扉が不意に開けられ、コッツ主任がそこに立っていた。
「ハルシャ・ヴィンドース」
 彼は、苦々しげに呟いた。
「今のところ、お前が作っていた駆動機関部に、違法性が認められなかった」
 目を細めて、彼は付け加える。
「お前が、設計図をすり替えたのでない限りな」

 まだ、自分は疑われているのだ。
 苦しい事実を受け止めながらも、どうやら、無実が証明されたようだと、ハルシャは感じ取る。

 ふうっと息を吐いた後、彼は大きく扉を開いて、一歩下がった。
「帰っていいぞ。迎えが来ている」

 迎え?
 言い方にハルシャは、かすかに眉を寄せた。
 リュウジだろうか。
 自分が解放されたなら、リュウジももちろん、自由放免になっているはずだ。
 ハルシャは、椅子を引いて立ち上がった。
 何とか、無実が認められたようだ。
 マイルズ警部が、尽力してくれたのだろう。
 ありがたいことだ。
 彼には、二度も救われた。
 丁寧に椅子を机に戻して、ハルシャは、壁の側に取り上げられたままの、白い通話装置へ視線を向けた。
「通話装置を、身に着けても良いだろうか」
 一応、コッツ主任に確認する。
 彼は不愛想に、頭を揺らす。
 ハルシャは部屋を横切り、通話装置を手に取ると、きちんと左腕につけた。
 ほっと、安堵する。
 左手首に白い通話装置がないと、何となく落ち着かない。
 ハルシャは、そっと、バンドに触れる。
 ジェイ・ゼルの連絡は何だったのだろう。後で、かけ直しておこう。
 考えながら、扉へ向かった。
 圧力を感じるコッツの眼差しを受けながら、扉をくぐり、廊下へ出た。
 リュウジを探すハルシャの目に、廊下に佇む一人の人物の姿が映った。
 迎えが来ている。
 そう言った、コッツの言葉の真意を、ハルシャははっきりと悟った。

 そこには――
 廊下の壁に背を預けて、ジェイ・ゼルが佇んでいた。

 扉から出たハルシャの姿を認めると、彼は壁から身を離し、眉を寄せた。
「ハルシャ――」
 辛そうな声が、彼の口からこぼれ落ちる。
「遅くなって、すまなかった」

 衝動的に、ハルシャは走り出していた。
 広げてくれている、ジェイ・ゼルの腕の中に、真っ直ぐに飛び込んでいく。
 数歩を歩んで、彼はハルシャの身を、抱きとめてくれていた。
「辛い思いをさせたね」
 ハルシャを腕に包みながら、ジェイ・ゼルが呟く。
「すまなかった、ハルシャ」
 優しい言葉が、耳元に滴る。
「もう大丈夫だよ」












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