ほしのくさり

第123話  裏切りの代償-01





※文中に暴力的および流血の表現が出て参ります。苦手な方は、お気を付けください。
(そして、ジェイ・ゼルはこういうお仕事をしている人です。ご了承下さい)




 事務所の入り口に、ネルソンの操る黒い飛行車が静かに停まる。
 ジェイ・ゼルの下車を助けるように、すぐに車の扉が開かれた。
 ゆっくりと、座席からジェイ・ゼルは降り立った。
 既に到着していたマシュー・フェルズが、静かに側へと寄ってくる。
「どちらからに、なさいますか」
 彼は頭を下げながら、降りるジェイ・ゼルに問いかける。
 ギランジュ・ロアか、シヴォルトか。
 どちらから先に話しを聞くのかと、彼は訊いているのだ。

 ギランジュたちは、先に運び込まれている。
 自分が行くまで、二人に一切手を出すなと、ジェイ・ゼルは部下に厳しく命じていた。
 口金も外さず、拘束したまま放置しておけと。
 事務所の階下は、防音となっている部屋が、五部屋ほど用意されている。
 抵抗する負債者を、中で説得するための部屋だった。
 必要があれば、数日間、部屋に滞在してもらうことも出来る。
 つまり、私設の監獄だった。
 そこに二人は、別々の部屋に入れられているはずだった。

「そうだね」
 身を立てながら、ジェイ・ゼルは静かに告げた。
「シヴォルトからにしようか。彼は私に、何か言いたいことがありそうだったからね。聞いて上げるのが、人情というものだろう」
「解りました、ジェイ・ゼル様」
 マシュー・フェルズがつま先の向きを変える。
「ご案内いたします」

 ゆったりと歩くジェイ・ゼルを、マシュー・フェルズが先導する。
 後ろにはローン・ダナドスが従う。
 事務所から下に降りるのには、階段を使った。
 足音が、空間に響く。
 ジェイ・ゼルは腕を組んで無言で歩を進めていた。

 シヴォルトが入れられていたのは、一番奥の部屋だった。
 床が洗い流せるように、加工がされている。
 無機質な部屋の中に、一つだけ机が置かれていた。
 向き合う形で、椅子が二脚あり、その内の一つに、シヴォルトは拘束されたまま、座らされていた。
 脇を、二人の部下が抑えている。
 彼はうなだれて椅子に座っていた。
 カタカタと、身体が震えている。
 扉を開いて入って来た自分たちを見ると、再び何かを叫びながら、彼は目から新たな涙を流していた。
 それほど広くない部屋に、ジェイ・ゼルをはじめ、ローン・ダナドスや、マシュー・フェルズ、など、部下が十人近く入っていく。
 突然部屋の中に、人が溢れた。
 衆目が見守る中、ジェイ・ゼルはゆっくりと、シヴォルトの前の椅子を引いた。
「待たせて、すまなかったね」
 穏やかな口調で言いながら、椅子に腰を下ろして、シヴォルトへ向き合う。
「さて、何を伝えたかったのかな」
 不意に、シヴォルトは椅子を引いた。
 瞬間、部下たちが抜いた銃口が十個近く、シヴォルトの頭部に向けられた。
「シヴォルト」
 静かにジェイ・ゼルは言う。
「急に動いたら、撃たれてしまうよ。私の部下は、決断が早いからね。君にその気はなくても、不審な動きは厳禁だ。裏切り者には、容赦しないのが私たちの流儀だからね」

 シヴォルトの眼から、涙が滴り落ちた。
 彼はゆっくりと椅子を引くと、静かに床に座った。
 後ろ手に縛られたままで、額を、地面に擦りつけるように、身を折っている。
「詫びはいい」
 ジェイ・ゼルは、優しい声で言った。
「何の役にも立たないからね」
 シヴォルトが顔を上げる。
 微笑みを、ジェイ・ゼルは彼に与えた。
「君の忠義を疑わなかった、私の愚かしさを、今、噛み締めているのだよ、シヴォルト。君は、私を裏切った。
 わかるか?」
 シヴォルトは首を懸命に振る。
「言いたいことがあるのなら、話してごらん。聞いてはあげよう」

 ジェイ・ゼルが、口金を外すように、シヴォルトを捕らえていた男たちに指示する。
 その瞬間
「裏切り者の言い訳など、聞く必要はないと思います、ジェイ・ゼル様」
 と、激しい声がした。
 ジェイ・ゼルは瞬きを一つしてから、ゆっくりと、視線を声の主に向けた。
 ローン・ダナドスだった。
 彼は怒りを露わに、シヴォルトを睨みつけている。
「シヴォルトは、ジェイ・ゼル様を裏切りました。万死に値します」
「そうか、ローン。シヴォルトは、さっさと処刑するのが相当かな?」
 銃をシヴォルトに向けたまま、茶色の短い髪をした、ローン・ダナドスが目を細めて言う。
「裏切り者は、生かしてもまた、裏切るのがおちです。速やかに処分するのが良いでしょう。命乞いを聞く必要はないと俺は、思います」
 ジェイ・ゼルは、微笑みを浮かべた。
「なるほどね」
 静かに、うなずきながら、ジェイ・ゼルは呟いた。
「大変参考になるよ。ローン・ダナドス」
 瞬間、何の合図もなく、マシュー・フェルズが、動いた。
 ローン・ダナドスが構えていた銃を、手刀《しゅとう》で叩き落とした後、軽く腕を捕らえて、いきなり捩じりあげた。

「てめえっ! マシュー! 何しやがる!」
 顎で合図した瞬間、中にいた男たちが動いて、ローン・ダナドスを引き倒して、地面に押し付けた。
「何だ! てめえらっ!」
 数人の手に抑えられながら、ローン・ダナドスは、口汚く罵り続けていた。
「ジェイ・ゼル様!」
 ローン・ダナドスは声を絞って叫んだ。
「一体、これは何ですか! 俺が何をしたと!」

 ジェイ・ゼルは椅子からゆっくりと立ち上がった。
「マシューにお願いしていただけだよ。シヴォルトの口金をとろうとした時、彼を殺そうとした人間を、捕獲してくれ、とね」
 床を静かに踏んで、ジェイ・ゼルはローンの前に立った。
「殺そうとした人物こそが、私たちを裏切っていた人間だ。それは、君だったんだね、ローン・ダナドス」

「ジェイ・ゼル様! 俺は裏切ってなんか、いない!」
 床に顔を押し付けられながら、ローン・ダナドスが叫ぶ。
「なら、なぜ、シヴォルトを殺そうとしたんだ?」
 静かに、ジェイ・ゼルは呟く。
「彼の口から、君に都合が悪いことが、バラされるのが嫌だったのだろう。違うか?」
「違う!」
 必死にローンが叫ぶ。
「違います! ジェイ・ゼル様を裏切ったシヴォルトが許せなかっただけです! 俺の忠誠を疑われるのですか!」
 ふむ、とジェイ・ゼルは腕を組んだ。
「なるほど。早計だったかな」
 ジェイ・ゼルは視線を、床に座り込むシヴォルトに向ける。
「なら、シヴォルトから直接、誰が裏切ったのかを、聞いた方が良いようだね」
 シヴォルトを捕らえる男たちへ
「口金を外してやれ」
 と、ジェイ・ゼルが言った瞬間、ローン・ダナドスが激しく叫んだ。
「止めろ!」

 しん、と、部屋の空気が静まり返った。
 ふっと息を吐いてから、ジェイ・ゼルはシヴォルトに向けていた顔を、ローン・ダナドスへ戻した。

「おやおや。君は憤ってシヴォルトを殺そうとしたのだろう? 別にシヴォルトが何を言おうと、構わないのでは、ないかな?」
 目を細めて、ローンを見下ろす。
「それとも、私に聞かれたら困ることが、あるのかな。ローン」

 不意にローンが暴れ出した。
「放せ!」
 より一層強く、床に押し付けられる。
 ジェイ・ゼルは一歩進むと、良く磨き抜かれた靴の先で、ローンの顎を捉えて、上を向かせた。
「今回の、一連の事件は、シヴォルト一人では対応しきれないことだ。
 もう一人、協力者がいる。私たちのすぐ側に。
 それが、君だね――ローン」
 ジェイ・ゼルの靴の先に顎を乗せられながら、茫然とした顔で、ローンが見上げる。
 ふふと、ジェイ・ゼルが微笑む。
「どうした、ローン・ダナドス。私の地位が欲しくなったのか? 素直に欲しいと言えば、考えなくもなかったのに――君はとんでもないミスを犯した。
 よりにもよって、ハルシャ・ヴィンドースに手を出すなど」
 灰色の瞳が、静かにローンを見つめる。
「愚の極みだ」

 ジェイ・ゼルは、いきなりローン・ダナドスの顔を靴で蹴りあげた。
 ぐふっと息を吐き、鈍い音と共に、ローンの鼻から血が溢れた。
 ジェイ・ゼルは、自分の血で息が詰まりそうになるローンの顔を見下ろす。

「シヴォルトが生きているのは、想定外だっただろう。ローン」
 灰色の瞳が、冷徹に彼を見る。
「当初の予定では、二人は射殺される予定だったからな。口封じを勝手にしてくれると、安心していたのだろう。
 なのに二人は生きていた。
 ひどく君は焦っていたね。その焦りが――敗因だよ。ローン」

 穏やかな声のジェイ・ゼルを、ローン・ダナドスが見上げる。
「マイルズ警部が、譲歩して下さったのだよ。ギランジュとシヴォルトを生きて捕えることをね。
 だから、私が望むような状況へ持って行くことが出来た。
 シヴォルトの協力者は、二人が射殺されていると思い込んでいる。だが、もし、二人が生きていると知ったら、どうするか。
 当然口封じをしようと、動き出すだろう。
 だから、マイルズ警部に依頼して、ギランジュたちに口金をはめてもらったんだ。
 少なくとも、その場で喋ることは出来ないと、協力者に安心してもらうためにね」
 げふっと、息を苦しげにしながら、ローンがジェイ・ゼルを見上げる。
「君たちを、サーシャ・ヴィンドース救出の本部に立ち入らせなかったのは、そのためだ。誰が裏切り者なのかを、確実に知るためにね」

 ジェイ・ゼルはゆっくりと腰を下ろして、ローンの側に屈んだ。
 右手を伸ばすと、彼の茶色の髪を引き掴み、自分の方へ向かせる。
「途中までは上手く進んでいたのに、残念だったね、ローン。
 君は致命的なミスをした。
 動揺して、シヴォルトを殺そうとしてしまった。
 私に対する、シヴォルトの忠義を知っているからね。必ず、君が協力しているとシヴォルトが話すと、思ったのだろうね。
 お粗末だな、ローン。策に溺れて、結果、自分自身に負けたのだね」

 ジェイ・ゼルの顔を見上げて、震える舌でローン・ダナドスが呟く。
「ど……どうして、ジェイ・ゼル様」
 わずかに眉を上げて、ジェイ・ゼルは彼に応えた。
「どうして、君の裏切りが解ったか、と訊いているのか? ローン」
 ふふと、ジェイ・ゼルが微笑む。
「ギランジュ・ロアは、私の動向を知悉しすぎていた。
 それに、ギランジュとシヴォルト、たった二人でこれだけのことを、為しおおせるはずがない。
 サーシャの見張りについていたのも、この二人だ。手薄にも程がある。
 事実を知った時に、私の疑念が、確信に変わったんだよ」
 ぐっと、顔を上げさせて、ジェイ・ゼルはローンの眼を睨みつけた。
「私のすぐ近くに内通者が、いる、とね」

 短い沈黙の後、彼は口を開いた。
「私がハルシャから連絡を受け、サーシャの誘拐に気付いたタイミングで、ギランジュが、わざわざ事務所へ連絡を入れてきた。
 しかも、不在を狙って、だ。
 誘拐をしてから、連絡を入れるまでに実に一時間半近く経っている。
 最初に疑問に思ったのは、そのことだ。
 どうして、もっと早くに連絡を寄越さなかったのか、とね。
 誰かが、私の動向を、ギランジュに報告していたとしか、考えられないタイミングの良さだ。
 君たちは、ハルシャと私が接触を持つことを計画していたのかな? 」
 ローンは、追い詰められた表情で、ジェイ・ゼルを見つめていた。
 ふっとジェイ・ゼルは微笑む。
「内部にパイプがあったから、ギランジュたちは、安心していた。
 次に私がどう動くのか、逐一報告をしてもらえるからね。危なくなったら、内通者が教えてくれる。
 その安心感があったから、サーシャをたった二人で監視するなどという、およそ考えられない行動に出たのだろう」
 ローンの頭を持ち上げたまま、ジェイ・ゼルは言葉を続ける。

「君たちの筋書きでは、十時間後に交換劇が行われるはずだった。
 だが、ここで、意外な展開になる。
 ハルシャの友人のオオタキ・リュウジが、汎銀河帝国警察機構の人間を引き込んで、あまつさえ、潜伏先の工場さえ突き止めてしまった。
 焦っただろうね、ローン。
 だが、その時、君はまだ冷静だった。
 汎銀河警察機構の敏腕捜査員たちは、犯人を射殺する選択肢しか、持っていないと気付いた。
 だから――君は、ギランジュたちを切り捨てることに、心を決めたのだね」
 ジェイ・ゼルは目を細めて、静かに呟いた。
「二人は放っておいても、警察機構の警部たちが始末してくれる。下手に騒いで、汎銀河帝国警察機構の関与を、ギランジュたちに教えたとすれば、彼らの動きから内通者がいると、私に気付かれる。
 だから、何食わぬ顔でだんまりを貫き通した。
 何も知らないギランジュたちは、君から順調だという連絡を貰っていたのか、安心しきって、工場でくつろいでいたという訳だね。きっと彼らは、警部たちの突入を受けて、さぞ、驚いただろう。君の裏切りを、その時悟っただろうね」

 ふふっと、ジェイ・ゼルは笑みをこぼす。
「実に、君は賢いね」
 そのまま、ジェイ・ゼルは掴んでいた髪ごと、ローンの顔を、地面に叩きつけた。鈍い音が、辺りに響く。
「ハルシャ・ヴィンドースは、また次の機会に狙えばいい。今回は、大人しくしていよう。そう考えたのかな。ローン?」
 くぐもった呻き声が、ローン・ダナドスの口から上がる。
 ジェイ・ゼルはゆっくりと手を離した。
「ハルシャとサーシャから、巨額の借金が回収できなくなれば、頭領ケファルに対して、私の立場が悪くなるとでも、思ったのか」
 細めた目で、動きを止めるローンを見つめる。
「愚かだな」

 静かに、ジェイ・ゼルは立ち上がった。
「ローン。君は、私を怒らせた」
 凍るような声で告げる。
「もう二度と、ハルシャには、手を出させない。わかるか、ローン」
 動かないローン・ダナドスを見下ろしたまま、ジェイ・ゼルは呟いた。
「裏切り者は、必ずもう一度裏切る。それは、君が教えてくれたことだ」
 灰色の瞳で、静かに部下を見下ろす。
「実に、示唆に富んでいる」

 動きを止めたローンを見てから、ジェイ・ゼルは踵を返した。
 床に這いつくばったままのシヴォルトの前に立つ。
「口金を外してやれ」
 指示に、部下の一人が動いて、口を解放する。
「ジェイ・ゼル様!」
 シヴォルトのしわがれた声が、部屋に響く。
「詫びを聞く気はない」
 ジェイ・ゼルは静かに呟いた。
「ローン・ダナドスが、内部の協力者か。答えろ、シヴォルト」
 唇を震わせてから
「その通りです、ジェイ・ゼル様」
 と、小さく答える。
 ジェイ・ゼルは表情を変えずに、問いを続けた。
「ギランジュに協力した理由を答えろ。金か?」
 不意に、彼は額を床に押し付けた。
 そのまま首を振る。
「違います」
 ゆっくりと、シヴォルトは顔を上げて、ジェイ・ゼルへ薄青い瞳を向けた。

「これは……ジェイ・ゼル様を、お救いするためです」









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