ほしのくさり

第121話  救出作戦、決行





 ワイドレーンの倉庫の横の建物は、ラボリュートという会社が所持していた。
 比較的小さな倉庫で、穀物が収納されている。
 所有者を確かめた後、ジェイ・ゼルは、手際よく人脈を使い、倉庫を一時的に借用することの許可を得たようだ。
 そして今――
 ハルシャたちは、ラボリュートの穀物倉庫の中で、息を殺して様子をうかがっていた。


 時間はもう、午後九時近い。
 サーシャをさらったと連絡が入ってから、五時間がすでに経っていた。
 ギランジュがジェイ・ゼルに連絡を入れると約束した時間まで、あと五標準時間ほどしかない。
 当初、ハルシャとリュウジは作戦に同行する許可を、マイルズ警部から与えてもらえなかった。
 素人がいると、かえって危ないと。
 それを説得したのは、リュウジだった。

 サーシャは救出されたとしても、辛い体験のために、怯えているかもしれません。
 その時に、兄であるハルシャが、側にいる必要があります。
 サーシャのためにも、どうか、ハルシャを現場に連れて行ってあげてください。

 しばらく難色を示していたが、決して作戦の邪魔をしないという約束の元に、ハルシャとリュウジは同行を許されたのだった。

 倉庫の中からでは、外の様子が解らない。
 穀物倉庫にこもる、日向のような匂いを嗅ぎながら、ハルシャとリュウジは作戦の邪魔をしないように壁に添って静かに佇んでいた。
 リュウジの横には、ヨシノさんが立っている。
 よほど仲が良くなったのか、リュウジとヨシノさんは、打ち解けた様子で言葉を交わしていた。
 ハルシャは、じっと、マイルズ警部たちの様子を見つめていた。

 マイルズ警部たちは、隣の倉庫を作戦本部とするにあたって、作業着へと着替えていた。アサルト・スーツというのだろうか。軍の人が着るような、極めて機能的な服だ。
 
 作戦を実行するためにどうしても必要な装備を、マイルズ警部はジェイ・ゼルに一覧表にして求めていた。
 目を通したジェイ・ゼルは、すぐに取り寄せると、彼に約束する。
 全ての道具が揃ったのは、二時間前。
 そこから、この倉庫へと三々五々、ばらけて入っている。

 ハルシャの見ている前で、ジェイ・ゼルとマイルズ警部が打ち合わせを行っていた。
 あまり人数が多くても繁雑になるとのことで、マシューたちジェイ・ゼルの部下はこの倉庫には入らず、近くで待機している。
一声あれば、すぐ駆けつけられる場所だ。
 到着してから、手早く警部たちは穀物倉庫の中に作戦本部をしつらえた。
 あっという間に、持ち込まれた机の上に地図が広げられ、電脳が立ちあげられる。
 その上で、警部の二人の部下が倉庫の中を丹念に探り、ギランジュたちの存在を確認した。
 マイルズ警部が事前に指摘していた通り、彼らは半分だけの二階部分に現在いるようだ。
 しかも。
 熱源は、三つしか確認できなかった。
 一つは動かず、それが眠らされているサーシャと推察される。
 二つの熱源は、動き回っていた。
 恐らく、ギランジュ・ロアとシヴォルトだと、マイルズ警部が判断を付ける。

「驚いたな」
 知らせを受けた時、低めた声でマイルズ警部は呟いた。
「これだけのことを、二人で為しおおせるとでも思っているのか、彼らは」
 ジェイ・ゼルは、目を細めて、
「もしかしたら、ギランジュは別の人間の手助けを、受けているのかもしれない」
 と低く呟いていた。

 自宅に残されていたシヴォルトの電脳は、あの後、すぐに会議室に運び込まれてきた。
 だが、さすがに彼は電脳にセキュリティ・ロックをかけていた。
 それをあっさりと破ったのは、リュウジだった。
 ロックの存在を知った途端、僕がやりましょう、と、リュウジが立ちあがり、画面の前でしばらく操作をしてから、簡単に外したのだ。
 電脳内に残されていた記録から、シヴォルトとギランジュとやり取りをしたメールが発見された。
 消してないとは、愚かだな、と見つけたジェイ・ゼルが呟いていた。
 まあ、消しても復元することは可能だが、とも小さく付け加える。

 それによると、二人がサーシャの拉致を計画したのは五日前。ギランジュから、高額の謝礼と共に、シヴォルトに打診をしてきたのだ。
 最終目的がハルシャを奪うことだと知ったシヴォルトは、乗り気になったようだ。そのために、リュウジとハルシャが一緒に暮らしているという情報を、ジェイ・ゼルに渡すということも、彼の計画の内だった。
 ほぼ、リュウジが推理した通りの筋書きだった。

 ハルシャに対して、ジェイ・ゼルが怒りを覚えていれば、簡単に手放すだろうと、シヴォルトがやり取りの中で指摘している。
 知った時、ジェイ・ゼルの顔から表情が消えていた。

 そして、やはり彼らは宇宙船に乗っていると見せかけて、ワイドレーンの倉庫に潜むと、計画を立てていた。
 ほぼ無人で、誰も資材を取りに来ないこと、それに宇宙船内の壁材が、倉庫内にストックされていることも、場所を選ぶ理由になったようだ。
 椅子は、リュウジが考えていたように、ハルシャたちの工場の倉庫から、運び込まれたようだ。工場を移る時に、少し借用すると、現工場長のガルガーに許可を得たと、シヴォルトはギランジュに伝えている。すぐに返却すると断りを言って、持ち出したらしい。

 そして――
 十時間後、ハルシャと交換する方法も、彼らは仔細に打ち合わせをしている。

 ジェイ・ゼルに連絡を入れ、単独でハルシャを、サジタウル・ゲートに呼び寄せる。
 飛行車の中に、サーシャが寝ているとハルシャに伝え、妹を助けようと彼が中に入ったとたん、扉を閉めて飛行車でその場を離れる。
 そのまま、ハルシャを連れ去るという計画だった。

 残されていた記録から、彼らの悪意も明らかになった。
 交換を持ちかけながら、彼らは、サーシャをジェイ・ゼルに引き渡すつもりはなかったようだ。
 あわよくばサーシャとハルシャの、二人ともを連れ去ることを目論んでいた。
 その上で、ギランジュはハルシャを手元に置き、サーシャはどこかへ売り払うつもりだったようだ。
きっとあの子は高値で売れると、ギランジュが自慢たらしくシヴォルトに連絡している。
濡れ手で粟だと、ギランジュは自分の計画を自画自賛していた。

 醜悪な意図にあふれた、計画だった。

 サーシャを助けるためと交換を飲んでいたら、彼女の身をかえって危険な目に遭わしていたのだ。
知ったハルシャは、顔面が蒼白になった。
 なるべく極秘で計画を推し進めるために、ギランジュはシヴォルトとだけ、接触を持ったようだ。
 飛行車を借りるのも、シヴォルトが請け負っている。
 そして、十時間後ハルシャを飛行車に呼び出し、彼を眠らせて連れ去るのは人を雇って行わせる予定だったようだ。
 金に汚いダーティーな仕事を請け負う人間を三人選んだと、シヴォルトがギランジュに伝えている。
 ジェイ・ゼルは、その情報をじっと見ていた。

 今。
 まだ時間的な余裕があるためか、サーシャの側で見張っているのは、ギランジュとシヴォルトの二人だけだった。
 この後、人数が増えてくる可能性がある。
 奪還のために突入するなら、二人だけの今が絶好の機会だった。

「シヴォルトは、私の配下だ。それがなぜ、ギランジュと手を組むことにしたのか――ギランジュは、どうして、こんな大胆な計画を実行しようとしたのか。
 誰か支援をするものがいるかもしれない」
 ジェイ・ゼルは、考えながら、マイルズ警部に言葉を告げる。
「警部。
 先ほど警部は、事件の裏を探る必要が無ければ、犯人は殺害すると、おっしゃっていたが」
 ハルシャは、びくっとその情報に、身を強張らせた。
 そうだったのだ。
 温和に見えるマイルズ警部たちは、犯人を射殺する前提で、サーシャを救出しようとしている。知った事実に、心臓がバクバクと言いはじめた。
 暴力に慣れていないハルシャは、戸惑いを覚える。

「そうですね、ジェイ・ゼルさん」
 鷹揚に、マイルズ警部がうなずく。
「そちらのほうが、危険がありません」
 ふっと、目を上げて、彼はマイルズ警部を見る。
「無理を承知でお願いするのだが――彼らの口から、この事件の裏に何があるのか、確かめる必要性があるかもしれない。
 ギランジュは、ただの宇宙船の製造販売の商人だ。それが、これほど大胆な計画をシヴォルトの助けがあったとしても、立てて実行に移すには、何らかの後ろ盾を得ている可能性がある。
 それを、知りたいと思うのだが――いかがかな。マイルズ警部」

 警部のヘイゼルの瞳が、ジェイ・ゼルへ注がれている。
 その眼を見つめながら、彼は言葉を続ける。
「もし、可能であれば、二人を生かす方向で、作戦を練ってもらうことは出来ないだろうか」

 ジェイ・ゼルの言葉に、しばらくマイルズは無言だった。
 警部へ視線を注いだまま、ジェイ・ゼルが呟いた。
「この事件では、ラグレン警察は動かない。オキュラ地域で一人の人間が拉致されたぐらいではな。全容の解明は、自分たちで行うしかない――それが、この惑星のやり方でね、マイルズ警部」
 ラグレン警察は当てにならない、と、明確に言い切ってからジェイ・ゼルが、笑みをこぼす
「その自由度のお陰で、警部さんたちに救出をお願いできたという利点は、あるのだけれどね」

 マイルズ警部は、静かに微笑んだ。
「なるほど」
 警部がうっすらと頭を揺らす。
「ギランジュとシヴォルトの始末は、あなた方のやり方で、させて欲しいということですね。ジェイ・ゼルさん」
 ジェイ・ゼルは笑みを深めた。
「もちろん、サーシャの命が最優先です。救出のためには、犯人を射殺する必要があるというのなら、思うように為してください。
 私たちは、あなた方の作戦を全面的に信頼いたします」

 ふうっと、マイルズ警部は息を吐いた。
「犯人の人数がもう少し多ければ、迷わず射殺の判断を下します。が」
 にこっと、彼は笑った。
「愚かにも、彼らは、たった二人でサーシャちゃんを見張っている。恐らくあなた方が、宇宙にいると信じ込んでいると思っているのでしょうね。
 完全に油断をしているようです」

 言ってから、マイルズ警部は、ジェイ・ゼルが用意した武器のたぐいへ目を向けた。
「あなたは、要望に応えて、暗視スコープも用意して下さった。
 犯人が二人であること、全く警戒していないこと、暗視スコープがあること。
 この三点が、私たちに有利に働きます」

 腕を組むと、ちらっと、部下に視線を向けてから、マイルズ警部はジェイ・ゼルに向き合った。

「いいでしょう。ジェイ・ゼルさん。実弾の代わりに、パラライズ弾(しびれだま)を使用いたしましょう。
 これなら、身体の自由が利かなくなるだけで、生命は脅かされません。ですが、万が一にも、当たりどころが悪ければ、命を奪う可能性はあります。
 その折には、ご容赦を」

 マイルズ警部の言葉に、ジェイ・ゼルが
「ご無理を聞いて頂いて、ありがとうございます。マイルズ警部」
 と、笑みをこぼして言葉を告げている。
 ほっと、ハルシャも息を吐いた。
 サーシャを拉致監禁している犯人だが、射殺という一言に、厳しい現実を突きつけられたようで動揺が隠せなかった。
 少なくとも、即死させられることは無いのだ。
 安心するハルシャの横で、小さな舌打ちが聞こえた。
「甘いですね」
 リュウジだった。
 ハルシャは、思わず顔を彼に向けた。
「――ジェイ・ゼルは」

 言い切ったリュウジの横顔は、ひどく冷たく見えた。
 視線に気づいたのか、彼が顔をハルシャへ向ける。
 リュウジの深い藍色の瞳の奥に、激しい怒りが見えた。
「情けをかけて生かして――ギランジュ・ロアが、二度とハルシャとサーシャを襲わないと、ジェイ・ゼルは保証でも出来るのでしょうか」

 彼の怒りの焦点は、ギランジュが再度ハルシャたちに、手を出してこないかという、危惧なのだとハルシャは気付いた。

「ラグレン警察が動かないのに……ジェイ・ゼルは、彼らを助けてどうするつもりなのでしょう。私設の牢屋にでも入れるのでしょうか」
 怒りと焦りの滲んだ声だった。

 リュウジは、感情を荒げている。
 ジェイ・ゼルのせいで、サーシャが拉致されたことにも。
 ハルシャに対して、ギランジュがひどい言葉で侮辱したことも。
 そのギランジュの命乞いを、ジェイ・ゼルがしたことに対しても。
 リュウジは、かつてないほど激怒していた。

「リュウジ――」
 ハルシャは、思わず横に佇むリュウジの腕に触れた。
「そんなに怒らないでくれ。ジェイ・ゼルは、酷い人ではないんだ。シヴォルトは彼の部下だった。だから、命を奪いたくないんだと思う」
 ふうっと、自分自身の怒りを鎮めるように、リュウジは大きく息を吐いた。
「ハルシャは、優しいですね」
 その一言で、彼は自分自身をやっと、制御出来たらしい。
「ヨシノさん」
 傍らに立っていたヨシノさんへ、顔を向ける。
「サーシャが助けられたら、すぐにドルディスタ・メリーウェザのところへ、連れて行く約束をしています。皆さんはお忙しいと思うので、申し訳ありませんが、ヨシノさんが飛行車を運転して、僕とハルシャとサーシャを、連れて行ってくださいませんか」
 黒髪の背の高い青年が、優しく笑った。
「お安い御用だ、リュウジくん」
「ありがとうございます、ヨシノさん」

 リュウジは、短い時間で知り合いになったという、帝星からの旅行者であるヨシノさんをとても信頼している。
 言葉の端々に、それが感じられた。
「私が借りている飛行車で、指示する場所へ連れて行ってあげよう」
 ヨシノさんの深く静かな声が響く。

 不意に、辺りに緊張感が漂った。
 どうやら、マイルズ警部が作戦決行の、最終打ち合わせのために皆を呼び寄せたようだ。
 動向を見張らせる一人を除いて、全員が倉庫の端に置かれた机の周りに集まった。
 真ん中にワイドレーンの倉庫の地図が置かれている。

「どうだ、シレル。仲間が増えた様子はあるか」
 それまで見張りをしていた自分の部下に、確認するようにマイルズ警部は問いかける。
「いえ、警部。動きはありません」
「了解した」
 警部は、これから行う作戦を、自身と部下の五人、計六人で行うとジェイ・ゼルに伝えていた。
 ジェイ・ゼルの部下たちも援護を申し出たのだが、作戦は照明が無い中で行われるので、互いの動きが解っていないと同士撃ちになる危険性があると、警部は説く。
 自分たちは、連携をとる訓練を積んでいるので、全てを任せて欲しいと、優しい声で、マイルズ警部は言った。

「現在、サーシャちゃん誘拐拉致犯の二人は、この倉庫の二階部分中央右手に滞在している。
 向かって右寄りに一人、サーシャちゃんの椅子の側に、一人」

 拡大された二階部分には、小さな人型が置かれている。
 赤い人型は犯人、青い人型はサーシャを模したものだ。

 皆がしっかりと位置を記憶に刻んだことを確認してから、マイルズ警部は続けた。
「現場へは裏口を使って入る。物が多いために視界を遮ってくれる。
 まず裏口から入り、そのまま壁沿いに進んで、二階に昇る階段まで行く。
 そこで、第二段階に進む」
 マイルズ警部は、部下たちに目を向けた。
「日が落ちてから、犯人たちは倉庫内の照明をつけている。
 大型の照明装置で、間隔を空けて五つ、天井についている。
 この照明装置は、裏口と正面戸口に二つ、スイッチがある。作戦遂行にあたり、最初にこのスイッチを落とし、辺りを闇にする」
 横に目を向けて、
「ナロウ」
 と、部下の一人を呼ぶ。
「はい、警部」
 応えた声に、
「お前は裏口で皆の動向を見ていてくれ。
 階段下まで全員がたどり着いたら、合図をする。そのタイミングで、照明を消してくれ」
「了解です」
 警部は再び顔を、前に向ける。
「あらかじめ、暗視スコープを装着しておき、速やかにサーシャちゃん救出に移る
 アンディ」
 マイルズ警部に、アンディと呼ばれた屈強そうな男は、
「はい、警部」
 と、短く身を立てながら答える。
「照明が消えた瞬間、椅子に眠らされているサーシャちゃんを、その場から救護しろ。
 保護したら、そのまま倉庫外へ脱出。この時は裏口に戻らなくてもいい。正面横の扉を使って、なるべく早く倉庫を出ろ」
「了解しました」
 突入時は慎重に裏口から行くが、サーシャを助けた後は、広い空間をそのまま突っ切って、一番短いルートで脱出しろと、マイルズ警部が指示を与える。

「ジェイ・ゼルさん。倉庫内の照明が消えたら、この正面横の扉を開けて、アンディが脱出するのを援護して頂けませんか」
 と、不意にジェイ・ゼルに仕事を振る。
「もちろんだ、マイルズ警部」
 タイミングを頭に刻みながら、ジェイ・ゼルが答える。
「助かります」

 警部は再び、顔を部下に向けた。
「今回の作戦では、実弾ではなくパラライズ弾を使用する。仲間を呼ばれると厄介だから、手足を抑えろ。
 場合によっては、昏倒させてもいい」

 マイルズ警部は、人員を割り振る。
 警部とマックス・グランド捜査員はギランジュ・ロアを標的とし、残りの二人はシヴォルトを押さえる。
 二人がかりで、ギランジュとシヴォルトを確保した後、警部の合図で、入り口で待機していたナロウが、再び照明のスイッチを入れるという、手筈を整える。
「拘束した後、誘拐犯たちを階下に下ろします。
 妙な自爆装置を仕込んでいてはいけませんから、速やかに現場から離れた方がいでしょう。その後、ジェイ・ゼルさんにお引き渡し致します」
 最後の一言に、ジェイ・ゼルは目を細めた。
「ここまでで、何か質問はあるか?」
 マイルズ警部は部下を見渡す。
 表情を見守ってから、マイルズ警部が口を開く。
「質問がないようなら、一度動きを確認しよう」
 それが合図であったように、彼らは動いた。
 狭い穀物倉庫を、ワイドレーンの倉庫内に見立てて、互いの動きを確認しながら、作戦の流れに沿って動く。彼らは手の合図で、全ての会話を交わしているようだった。

 ハルシャとリュウジは、並んでその動きを見つめる。
 彼らは全く音を立てずに、行動することが出来る。
 隅々まで行き届いた、静かで力強い動きだった。
 リュウジは黙って、警部たちを見守っていた。

「もうすぐですね」
 小さく、リュウジが呟く。
「サーシャは、もうすぐ戻って来ますよ、ハルシャ」
 ハルシャはその言葉に、うなずくことしか出来なかった。


 一通りの動きが終わった後、見張りに残っていた一人を交代させて、再び作戦を確認する。
 その後、彼らは、静かに作戦の準備を始めた。
 愛用の銃から実弾を抜き、用意されていたパラライズ弾に変える。
 これは金属の弾頭の代わりに、衝撃で砕けて皮下に注入される麻痺剤が仕込まれたものらしい。
 パラライズ弾といえど、至近距離で撃てば殺傷することもある。
 その危険性は、すでにマイルズ警部が述べていた。
 汎銀河帝国警察機構の皆が、手慣れた動作で身に着ける武器類は、ハルシャは初めて目にするものばかりだった。
 暗視スコープを装着して、彼らは準備を終えた。
「作戦の、実質の終了までの所要時間は、二十分少々だと思います」
 ジェイ・ゼルに、マイルズ警部が声をかけている。
「照明が消えたら、正面横の扉をあけ放って待機をお願いいたします。
 ですが決して、倉庫内に入らないでください。万が一にでも、流れ弾に当たってはいけませんから」
 最終的な注意を、マイルズ警部が与える。
「警部」
 穏やかな声で、ジェイ・ゼルが問いかける。
「ハルシャも、私と一緒に、サーシャが出てくるのを、現場で待っていても良いだろうか」
 はっと、ハルシャは、ジェイ・ゼルへ視線を向ける。
 問いたくても、訊ねられなかったことだった。
 邪魔になってはいけないと、自制して黙っていた。
 だが、本当は救出されたサーシャを、一番に抱きしめたかった。
 彼女が無事であることを、この手の中で確認したかった。
 その思いが聞こえたように、ジェイ・ゼルが警部に確認をしてくれている。
 しばらく考えていたが、マイルズ警部は、静かに頭を揺らした。
「戸口から、なるべく離れていてください。
 逃走した犯人が、そこから出てくる可能性もあります。その危険性だけ認識して頂いていたら、良いですよ。ハルシャくん」

 ほっとして、ハルシャは思わず
「ありがとう、マイルズ警部」と、言葉をこぼした。
 ふっと、横を向くと、リュウジが黙って佇んでいる。
「すまないが、警部」
 ハルシャは、眉を寄せて、彼に問いかける。
「もし可能なら、リュウジも一緒に居ても、良いだろうか」
 ふっと、マイルズ警部とリュウジが、無意識のように視線を合わせた。
 にこっと、警部が笑う。
「同じ注意をしてくれるのなら、良いですよ、ハルシャくん」
 良かった。
 サーシャのことを、リュウジは我がことのように心配してくれていた。
 出来れば、サーシャの無事な姿を、側で一緒に確認したかった。
 微笑みを与えて、マイルズ警部が動いた。
 自分たちの部下の元へと移動していく。
 彼らは、腕時計の時間を合わせていた。
 最後に、もし、サーシャに対してギランジュたちが攻撃をした時は、この場合は、と様々な事態を想定し、確認を終えてから、彼らは静かに動き始めた。
 もう、作戦は始まっているのだ。
 ゆっくりと、間を置いて、倉庫の横の出口から、彼らは滑るように動いていく。
 その様子をみていたジェイ・ゼルが、
「私たちも、正面に行こうか」と、ハルシャたちを促した。

 外に出ると、辺りはすっかり闇だった。
 その中に、ワイドレーンの倉庫から光が漏れているのが見える。
 全く警戒もせずに、ギランジュたちは煌々と灯りを点して、誘拐の成功に酔っている。
 彼らの心の隙にしか、サーシャを救出する余地が無いと、リュウジが最初に見切ってくれたからこそ、ここまでたどり着けたのだと、改めてハルシャは思った。
 十時間後の連絡を待っていたら、サーシャの身が危険にさらされていたのだ。
 思いを噛み締めながら、穀物倉庫を出て、夜の冷たい大気の中をゆっくりと進んで行く。
 正面の戸口を回り、横の小さな出入り口にたどり着いた。
 ハルシャが一度この倉庫を訪れた時も、この場所から出入りした。

 ジェイ・ゼルは、手の動きでハルシャとリュウジに、その場に留まるようにと指示した。
 その後、自分だけが戸口へと近づいていく。
 息を呑んで、ハルシャは作戦が行われるのを待つ。
 ひどく、時間がのろのろと進んでいるような気がする。
 息が、しにくい。
 緊張しすぎているせいだ。
 自分は何もしないのに。危険に直面するのは、マイルズ警部たちだ。
 安全な場所で、彼らの動向を見守っているだけで、こんなにも苦しい。
 無事でいて欲しい。
 サーシャも、マイルズ警部たちも、どうか。
 ハルシャは、祈りに近い気持ちで、明るく滴る倉庫の光を見つめる。
 永遠とも思える時間の後――

 不意に、倉庫の中が闇に包まれた。








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