ほしのくさり

第119話  想いの深さ-01




 
 ディー・マイルズ警部たちの到着を待つ間に、リュウジはメリーウェザ医師に報告を入れてくれた。
 ハルシャが連絡をしようとしたが、リュウジが通話装置を引き取って、僕がやりますと、言ってくれたのだ。
 自分では、要領よく伝えることが出来ないかもしれない。
 ハルシャは、素直にリュウジに託した。
 少し離れた場所で、彼は低い声でメリーウェザ医師と会話を交わしている。
 ハルシャは、聞くともなく聞きながら、画面に映るサーシャの姿を見つめていた。
 顔色は悪くなかった。
 生きている。
 彼女はまだ、生きている。
 そのことを、必死に胸に抱きしめる。
 サーシャを救うために、皆が協力を申し出てくれている。それが、何よりもありがたかった。
 身が震えそうな自分を、ハルシャは叱責する。
 他人が手を尽くしてくれているのに、兄の自分がしっかりしなくてどうする。

 通話装置を手に、リュウジがハルシャの側に戻って来た。
「帝星の警察の方たちが協力してくれることに、ドルディスタ・メリーウェザは、とても安堵されていました」
 ハルシャの横の椅子に座りながら、リュウジが優しく微笑む。
「サーシャが救出されたら、すぐに自分のところに連れてくるように、とおっしゃっています。メドック・システムを起動させておくから、と」

 穏やかなリュウジの瞳を、ハルシャは見つめる。
「ありがとう、リュウジ」
 礼を言わずにはいられない気持ちになって、ハルシャは呟いていた。
「リュウジのお陰で、たくさんの人の協力が得られた」
 自然と眉が寄る。
「非常時に、何の役にも立たない自分が腹立たしい。結局、皆に頼ってばかりだ。サーシャの兄なのに……手をこまねいて、慌てふためくことしか出来ない」
 ハルシャの言葉に、リュウジがきゅっと唇を噛み締めた。
「自分を責めないでください」
 絞り出すように、リュウジが呟く。
「ハルシャは、何も悪くありません」

 ハルシャは、無言で、リュウジの瞳を見つめ返す。
 言葉にならない言葉で、彼は弾劾《だんがい》していた。

 悪いのは全て、ジェイ・ゼルです。

 リュウジの責める瞳が、なぜか、ハルシャは悲しかった。
 自分に出来る精一杯を、サーシャのために尽くそうとしてくれているジェイ・ゼルの気持ちが、痛いほど伝わってくる。
 それを口にしても、リュウジの眼の奥の炎は消えないような気がした。
 今もリュウジは、ジェイ・ゼルに対して激怒している。
 その怒りが自分のためだと解っているだけに余計に辛い。
 ひどく絡み合ってしまった糸を手に、途方に暮れているような気分になる。もつれた糸のほぐし方が、いっこうに解らなかった。

 眉を寄せるハルシャに、優しくリュウジが微笑みを与える。
「もうそろそろ、警部たちがご到着になるかもしれません。玄関前で、お待ちしましょうか、ハルシャ」
 手を伸ばして、リュウジが電脳を操作する。
 録画した画面を最初に戻してから、彼は口を開いた。
「そう言えば、ディー・マイルズ警部が探していたのは、僕ではなかったようですね」
 さらりと、リュウジが呟く。
「安心してください。ハルシャ」

 マイルズ警部が探していたのは、リュウジではなかった。
 全くの他人だったと、気付いた時から、ハルシャは心がひどく軽くなっていた。サーシャが大変な時だけに、マイルズ警部の言葉は、福音のように響いた。

「ハルシャとサーシャは、僕の家族です」
 穏やかな声で、彼は言いながら立ち上がった。
「側にいます。ずっと」
 言葉の優しさに、ハルシャは心が揺さぶられた。
 そうだ。
 彼はずっと、自分の側に居てくれる。
 この先もあの冷たい職場で、自分が孤立することはないのだ。
 リュウジが側に居てくれる。相談に乗ってくれて、協力を惜しまずに助けてくれる。
 それがこんなにも、心強い。
「ありがとう、リュウジ」
 安心しながら呟いたハルシャへ、リュウジが視線を向けた。
 一瞬迷ってから、彼は手を伸ばしてきた。ふわりと頭に、静かにリュウジの手が触れた。
 ためらいがちに、髪が撫でられる。
 幼い子どもにするような無心な動きだった。
 一撫でしてから、リュウジは手を引いた。
 彼の頬が、微かに赤く染まっている。
「行きましょう、ハルシャ」

 すっと、リュウジが動いた。
 髪を撫でられるのは、ジェイ・ゼルで慣れている。けれど、リュウジの手に、どきんと心臓が躍った。
 一度唇を拒んでから、リュウジはあまりハルシャに、触れてこなくなっていた。
 なのに今、頬を染めながら髪に触れた。
 何を。
 自分は動揺しているのだろう。

 髪を撫でるなど――自分もサーシャにいつもしていることだ。
 家族だから、きっとリュウジは思わず慰めようとしただけだ。
 と。
 自分を説得する。
 それでも、この狼狽えの理由が、自分で説明できなかった。

 扉を開いて、リュウジがそこでハルシャが立ち上がるのを待っていた。
 動揺を押し隠して、ハルシャは行動を起こす。
 リュウジの後に続いて、歩いていく。
 まだ、心臓がどくどくと鳴っていた。
 近づくハルシャに、リュウジがいつもの屈託ない笑顔を向けている。
「偶然、帝星の警察の方がいらっしゃって、幸運でしたね」
 扉を大きく開いて、ハルシャを通す。
「まさか、ヨシノさんが、そんな人とお知り合いだとは、僕も知りませんでした」


 *


 二台の飛行車に分乗して、ディー・マイルズ警部たちは、ジェイ・ゼルの事務所に姿を現わした。
 緊張して待ち受けるハルシャの前に、すっと銀色のレンタル車が舞い降りたのだ。中から画面で見た二人が出てくる。
 ヨシノさんと、ディー・マイルズ警部だ。

「ご足労をおかけして、申し訳ありません」
 リュウジが手を差し伸べて、二人に挨拶をしている。
「オオタキ・リュウジです。彼はハルシャ・ヴィンドース。サーシャの兄です」
 と、手際よく自分も紹介してくれる。
 ハルシャの右手を包んだディー・マイルズ警部の手の平は、大きくてとても温かだった。
「大変だったね」
 苦しみを深く理解してくれる口調で、警部が言葉をハルシャにかけてくれる。
「あれほど大切そうに、妹さんへのお土産を持っていたんだ。さぞかし仲がいい兄妹だろうと思っていた。
 気の毒にな。とても心配だろう。いたいけな子どもを誘拐するなど、本当に理不尽だことだ」
 心から憤るように、マイルズ警部が呟く。
 汎銀河帝国警察機構の警察官は、とても温もりのある人だった。
 それだけで、ほっとする。
 ハルシャたちが来訪を告げていないのに、事務室からジェイ・ゼルたちが出てきた。
 たぶん、どこかに入り口を監視するカメラが、据えられているのだろう。
 ゆったりとした歩みで、ジェイ・ゼルが、部下を数人従えて、自分たちに近づいてくる。

 ジェイ・ゼルは背が高いので、部下たちよりも、頭が一つ分抜けているような気がする。
 彼の目が、ハルシャを認める。
 微かな笑みが、顔に浮かんだ。
 灰色の瞳が、穏やかにハルシャを見つめている。
 大丈夫だよ、ハルシャ。彼らと協力して、必ずサーシャを助けるから、と、眼差しが告げているようだ。
 つっと、彼が視線をハルシャの前のマイルズ警部に向ける。
「ようこそ、マイルズ警部」
 愛想の良い笑みを浮かべて、ジェイ・ゼルが右手を伸ばしながら、警部を迎え入れる。
「ジェイ・ゼルです。せっかくのご旅行中なのに、申し訳ありません」
「旅行と言っても、余暇ではありませんから。仕事の一部で来ているだけです」
 短い挨拶を交わしてから、警部が引き連れている部下を、ジェイ・ゼルに紹介する。友人と、黒髪の青年のヨシノさんも名前を告げている。
 ジェイ・ゼルも、自分の後の者たちの名を、要領よくマイルズ警部に伝えていた。

「犯人から、接触があったのですか」
 紹介が落ち着いてから、マイルズ警部が問いかけた言葉に、ちらっと、ジェイ・ゼルがハルシャへ視線を向けた。
「つい、先ほど」
 ジェイ・ゼルの言葉の後、奇妙な沈黙が広がった。
 口を開いたのはマイルズ警部だった。
「ハルシャくん」
 突然名を呼ばれて、ハルシャは飛び上がりそうなほど驚いた。
「は、はい」
 にこっと、警部が笑みを浮かべる。
「先程、サーシャちゃんの特徴をうかがったが、もう少し詳しく、出来れば彼女の顔を知りたいんだよ」
 ハルシャは、瞬きをする。
「我々は、特徴から顔を復元するモンタージュを捜査に取り入れていてね、このグランドが担当している。
 ハルシャくん。すまないが、グランドと一緒に、サーシャちゃんの顔を作ってくれないかな」

 言いながら、警部は薄型の電脳を手に持った、屈強な男性をハルシャの前に呼びよせる。
 先ほどジェイ・ゼルに、マックス・グランド捜査員と紹介していた人物だ。
「このグランドがハルシャくんの言葉を聞いて、そこから顔のパーツを組み上げていく。似ているか、似ていないか。それを言ってくれるだけでいい。
 やってくれるかな」
 それが、捜査に必要というなら、拒む理由などなかった。
「もちろんです」
 答えたハルシャに、ジェイ・ゼルの言葉が飛んだ。
「なら、別室をご用意しよう。ハルシャも、そちらの方が集中できるだろう」
 
 リュウジとマイルズ警部の視線が、同時にジェイ・ゼルへと向かった。
「それが良いだろうね。慣れないとモンタージュは難しいからね」
 微笑みながら、マイルズ警部がジェイ・ゼルの提案を、受け入れてくれた。
「了解した」
 ジェイ・ゼルは、顔を後ろにいるマシュー・フェルズに向ける。
「小部屋にハルシャ達を、案内してくれるか」
「わかりました、ジェイ・ゼル様」
 
 ハルシャは、促されるままに、マシュー・フェルズと一緒に場所を動いた。
「よろしく、ハルシャくん。マックス・グランドです」
 傍らに、電脳を抱えたままのグランド捜査員が従う。
「ハルシャ・ヴィンドースです。ご協力に、感謝します」
 ハルシャも、挨拶を返す。
 リュウジとジェイ・ゼルたちは少し立ち話をしてから、全員で動き出した。
 事務所に行くのかもしれない。
 ハルシャは横目で眺めながら、マシュー・フェルズの開けてくれた、小さな部屋に入った。
 机が一つ置いてあり、向かい合う形で椅子が二脚だけある。
「なにかありましたら、事務所へ言ってください」
 丁寧な言葉を残して、マシューが去っていく。

「じゃあ最初に、サーシャちゃんの顔の輪郭を教えてくれるかな」
 電脳を机に置き、グランドが椅子を引いて座る。
 ハルシャも、前に腰を下ろすと、サーシャの顔を頭に思い描く。
「サーシャは、どちらかというと、卵型で――」
「OK。卵型、だね」
 画面を操作しながら、彼は気さくに語り掛ける。
 帝星から来た捜査員は、意外とフランクだった。
 導かれるままに、髪の色、目の色、と、ハルシャは質問に答え続けた。


 *


 リュウジは会議室で、ディー・マイルズ警部が、録画された記録を見ている姿を無言で眺めていた。
 部屋にいるのは、自分の他には、ジェイ・ゼルとマイルズ警部たち汎銀河帝国警察機構の捜査員、そしてヨシノだけだった。
 ジェイ・ゼルは、自分の部下も事務所へ戻していた。
 リュウジが望んだ状況だった。
 ディー・マイルズ警部が、ギランジュの通信を見たがるのは解っていた。
 犯人が直接映っている、貴重な画像だ。
 だが。
 リュウジはその場に、ハルシャを留めるつもりはなかった。
 もう二度と、他人の前で、彼を貶めるような言葉を聞かせたくない。それが、リュウジの願いだった。
 ジェイ・ゼルは――
 実に手際よく、ハルシャをこの場から去らせた。

 ジェイ・ゼルに提案する前に、あらかじめリュウジは手を打っておいた。
 わずかな間隙を縫って、リュウジはヨシノに連絡を入れ、マイルズ警部にサーシャの事件を依頼したのだ。
 ハルシャがシヴォルトのことを、ジェイ・ゼルに告げに行ったときだ。
 快く警部は、事件の捜査を受けてくれた。
 犯人からの要求を録画していると言った時、手離しでマイルズ警部はリュウジを賞賛してくれた。
 さすが、坊だ。と。
 その時、リュウジはついきつい口調で、言ってしまった。
 このことは、極秘でお願いします。その上で、録画を決して、ハルシャ・ヴィンドースのいる前で、再生しないでください。彼の前でもう一度音声を流すぐらいなら、記録を全て破棄します、とまで、リュウジは宣言した。
 わかった、わかった、配慮すると、マイルズ警部はなだめるように、リュウジに言ってくれる。
 もう下品なギランジュの言葉を、ハルシャの耳に入れたくなかった。
 その結果が、先ほどのマイルズ警部の提案だったのだ。
 サーシャの顔を視覚化するためにと理由を付けて、体よくハルシャを自分たちから引き離してくれる。
 ジェイ・ゼルは、きちんと意図を理解してくれたようだ。
 ハルシャに素早く、別室をあてがってくれた。
 細めた目で、リュウジはジェイ・ゼルへ視線を向けた。
 彼は画面に見入るマイルズ警部の後で、腕を組んで様子をみている。
 ジェイ・ゼルは――
 とても頭が切れる男だ。
 それだけは、リュウジは認めていた。

「なるほど」
 全て録画を見終えた後、小さく、マイルズ警部が呟く。
「このギランジュ・ロアの本当の目的は、ハルシャくんなんだね」
 すっと、息を一つした後、後ろに佇んでいたジェイ・ゼルが口を開いた。
「ハルシャ・ヴィンドースは、私の情人です」

 情人。
 何という言葉で、ハルシャを表現するのだ。
 彼と愛人関係にあると、はっきりと宣言するジェイ・ゼルの言葉に、リュウジの全身の血が、燃え上がる。
 止めろ! と叫びそうになるのを、懸命に歯を食いしばってリュウジは耐えた。
 激情に顔を赤らめるリュウジをよそに、会話が進んで行った。

「ほう」
 低く静かな声が、マイルズ警部の口からもれる。
 ジェイ・ゼルは眉をかすかにひそめて、腕を組み直した。
「ハルシャ・ヴィンドースの容姿は人目を引くらしく、興味を持つ者も多いようです」
 穏やかな声で、ジェイ・ゼルが続ける。
「ギランジュ・ロアもそうして彼に興味を抱き、私からハルシャを奪いたがっていました。それに、私の配下だったシヴォルトが手を貸したようです――リュウジ」

 名が呼ばれて、リュウジは頬を染めたまま、激しい眼差しをジェイ・ゼルへ向けた。
 彼は涼しい顔で、視線を受け流しながら静かに微笑む。

「すまないが、君がギランジュたちは地上にいると判断した理由を、警部たちにもう一度話してあげてくれないか。
 私が言うよりも、君からが確実だろう」

 ハルシャとの関係をあからさまに示して、彼は穏やかに笑みを浮かべている。
 何一つ悪びれない態度に、理由の解らない怒りが湧き上がってきた。
 だが。
 リュウジは状況を思い返して、静かに怒りを飲み込んだ。

「ご覧になってお気づきでしょうが、画像がとてもクリアです。宇宙からの通信では、ノイズがどうしても入ってしまいます――」
 半ば無意識に、リュウジは画面に近づきながら、説明を始める。
 シヴォルトが協力者だという理由も、瞳の中の画像を拡大して皆に見せる。
 その発見に、密かな嘆息が部屋の中に広がった。

 リュウジは、説明を淡々と続ける。
ジェイ・ゼルは一言も口をさしはさむことなく、無言で耳を傾けていた。

「ラグレンを移動していれば、二時間では連絡が出来ません。以上のことから、ギランジュ・ロアとシヴォルトは、ラグレン近郊に潜んでいるのではないかと、僕は考えました」
 言葉を切った静寂に、ジェイ・ゼルが口を開いた。
「リュウジが、シヴォルトの存在を発見してくれたお陰で、随分場所が絞りこめている。
 今、シヴォルトの自宅を確認させているところだ。
 それと、彼が関係していた倉庫を、とにかく調べさせている。何かが掴め次第、事務所へ連絡が入る手はずになっている」
 ゆっくりと、マイルズ警部が頭を揺らす。
「欲しいのは、潜伏場所の見取り図、相手の人数、武器の有無。それと、サーシャちゃんが捕らわれている正確な位置です。それ以外にもこまごまとありますが、大きくはその四つが解ると、ありがたい」
 なるほどと、ジェイ・ゼルが肯いた。
「シヴォルトの他に、協力者がいるかどうか、出来る範囲で調べてみよう」
「下手に刺激するとまずいですから、慎重にお願いします。危険を察知した犯人は、追い詰められたとみると、ほんとうにあっさりと、被害者を殺害します」

 脅しではなく、単なる事実を述べているように、マイルズ警部が静かな口調で言う。
「リュウジくんの推理が正しいなら、彼らは地上で油断しているはずです。
 潜伏場所を仔細に観察することで、犯人の人数も解るかもしれません。焦りは禁物です」
「潜伏場所の見取り図は、すぐに用意できる。あとは武器か」
 ジェイ・ゼルが考え込みながら、言葉を呟いている。
 静かに、マイルズ警部は言葉をこぼした。
「我々は、犯人が武器を保持している前提に基づいて、行動します。そして、最終的には――サーシャちゃんの命の確保だけを、我々は考えます」
 口調がはらむ、底知れないものに、ジェイ・ゼルは微かに眉を寄せた。
「それは、つまり……」
 ジェイ・ゼルの言葉の後を、静かにマイルズ警部が続けた。
「つまり、突入時、作戦成功に導くために、犯人を殺害する可能性が高い、ということです」

 明確な言葉に、ジェイ・ゼルはしばらく無言だった。
 沈黙する彼の顔を見つめてから、マイルズ警部はにこっと笑って、底力のある言葉を滴らせる。
「裏を探る必要がなければ、通常我々は犯人を生かす選択をしません。逃亡と被害者殺害の危険性が高まるからです。犯人か被害者か、射撃の時に迷わないよう、我々は訓練を重ねてきています」
 リュウジは目を細めた。
 武器を持つ、犯人。
 武器を持たない、被害者。
 武器を持たない、だが、逃亡しようとした、犯人。
 彼らは、瞬時に判断を下し、躊躇なく拉致犯人を殺害する。
 それを知っていて、リュウジはマイルズ警部たちに、サーシャの救出を依頼した。

 静かな言葉で、付け足すように、マイルズ警部が言う。
「そのやり方では、ご不満ですか。ジェイ・ゼルさん」
 ジェイ・ゼルは、ゆっくりと、瞬きをした。
「不満など、何もないよ。マイルズ警部」
 穏やかな口調で彼は応えた。
「最善と思う方法を、取って頂ければそれで十分だ。私たちは全面的にあなた方の作戦を信頼する」

 言い切ったジェイ・ゼルの言葉に、マイルズ警部は静かに笑みを浮かべた。
「ありがたいですね。ジェイ・ゼルさん」
 笑みが深まる。
「とても」

 ジェイ・ゼルは、プロの仕事の仕方を知っていると、リュウジは悟る。
 彼は――
 本気でサーシャ・ヴィンドースを助けたいのだ。なりふり構わず、自分自身のプライドすら捨てて、ひたむきに救助をしようと努力を重ねている。

 それは。
 サーシャのためだろうか。
 それとも。
 ハルシャのためなのだろうか。

 リュウジはジェイ・ゼルの顔を見守りながら、考える。
 今日、彼に対する思い違いを、リュウジは一つ訂正した。
 ジェイ・ゼルは、ハルシャに対して、媚薬を使ってはいなかった。
 媚薬の害をよく把握し、ハルシャの身を考えて、使用を控えている。
 彼は。
 もしかしたら自分が考える以上に、ハルシャのことを、大切に扱っているのかもしれない。

 考え込むリュウジの耳に、ためらいがちに扉を叩く音が響いた。

「入っても良いだろうか」
 ハルシャの声だった。

 瞬間、リュウジは動いていた。
 画面に出ていた録画を、素早く消し、黒い画面に変える。
 ちらっと、リュウジの動きを目の端に捕えていたジェイ・ゼルが、画面が消えたことを確認してから、静かに扉に動いた。
「もう終わったのか、ハルシャ」
 言いながら、ジェイ・ゼルは扉を開く。
 そこには、帝星の捜査員と一緒にハルシャが佇んでいた。
 ハルシャが、手にしていたサーシャの似顔絵を、ジェイ・ゼルに見せている。
 よく似ている。
 と、ジェイ・ゼルが微笑んでハルシャに告げる。
 その言葉に、ハルシャがほっとして、笑みをこぼした。
 ねぎらうように、ジェイ・ゼルがハルシャの髪を撫でる。
 当然のように、ごく自然な動きで。
 あからさまな所有を示す態度に、リュウジの胸の奥に、ちりっと焼ける感覚が広がる。

「サーシャの似顔絵が出来たのですか?」
 リュウジは思わず、声をかけて、二人の親密な空気を崩そうとした。
 サーシャの似顔絵を手に、ハルシャが恥ずかしそうな笑みを浮かべる。
「何とか、出来たと思う」
 彼はジェイ・ゼルの側を抜けて、自分の元に動いてくる。
「色々迷い、遅くなってしまった」
 パーツの組み合わせで出来る似顔絵に、どうやらハルシャは手こずったらしい。
「どれどれ」
 手を伸ばすマイルズ警部に、ハルシャは、似顔絵を手渡している。
「ほう、美人さんだね」
 と、感嘆の声を上げる警部に、ハルシャがますます顔を赤らめる。
 その様子を、入り口の壁に背中を預けて、ジェイ・ゼルが眺めていた。
 目を細めて、大切なものを見つめるように。
 だが、リュウジは、どんな言葉でも誤魔化せない、事実をひたむきに心に刻み付ける。

 今回の事件の原因は、全てジェイ・ゼルだった。
 サーシャとハルシャの不幸の影には、ジェイ・ゼルがいるのだ、と。








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