ほしのくさり

第113話  交渉





 画面を見つめる、ジェイ・ゼルは静かだった。
 笑みを消して、ただ、ギランジュ・ロアを見つめている。
「どちらの選択肢も、困るな」
 ひどく冷静に、ジェイ・ゼルがギランジュに言った。
「二人とも、私の大事な負債の返済者だ。彼らは優良でね、今まで延滞をしたことがない。君の手に渡すと、私の借金の返済が滞る」
 ゆっくりと、ジェイ・ゼルの顔に笑みが浮かんだ。
「君が恨みを晴らしたいのは私だろう? 彼らは関係ない。私に対して、条件を出してくるのが、本筋じゃないか。ギランジュ」
 言葉が、質量をもって行き交っているようだった。
 穏やかな口調の中に、凄まじい圧を込めて、ジェイ・ゼルが言葉を放った後、沈黙する。相手の出方を、探る眼差しだった。

 ギランジュは、目を細めた。
『そうだ。俺はお前がどれだけ非礼なことをしたのか、思い知らせたいんだよ――それで、考え抜いた結果たどり着いたんだ。
 あんたに、一番ダメージを与えられる方法にな』
 ずるい眼差しで、ギランジュがジェイ・ゼルを見る。
『どんな事業を潰されるよりも、あんたが一番苦しむのはハルシャ・ヴィンドースを奪われることだ、とね』

 その言葉を、否定も肯定もせず、ジェイ・ゼルが沈黙を続ける。
 ギランジュは表情を見守ってから、余裕の笑みを浮かべた。
『図星、かな?』
 ジェイ・ゼルは、答えなかった。
 くっくと、ギランジュが声を出して、笑う。
『借金を気にしているのなら、安心しろ。何も永遠に渡せと言っている訳ではない。俺が飽きたらハルシャを返してやるよ、ジェイ・ゼル。あんたの手元にな』
 笑みを深め、身を乗り出すようにして、画面に顔を近づける。
『ただし。媚薬でとろけさせて、快楽に鳴くように躾けてから、だがな』

 何かが抜け落ちていくように、ジェイ・ゼルの表情が消えていった。
「ギランジュ」
 凍るような声で、それでも言葉遣いは丁寧に、ジェイ・ゼルが言う。
「君は、私の負債者を、不当に拘束している。解っているとは思うが確認させてもらおうか」
 灰色の眼が、射るようにギランジュを見ていた。
「君がしていることは私の頭領ケファルイズル・ザヒルに対して、叛意を示すと、同じことだよ、ギランジュ」

 静かな脅しに、さすがにギランジュは一瞬顔色を変えた。
 だが、すぐに彼は余裕を取り戻して、静かに笑った。
『上の者の威光を笠に着て、俺を脅す気か?』
「そうじゃない、ギランジュ。私は単に、事実を述べただけだ。頭領ケファルは、返済が滞るのを、好まない」
 ふっと、ギランジュが笑った。
『だとしても――困るのは、お前だ。ジェイ・ゼル』
 細めた目で、ジェイ・ゼルを眺める。
『俺じゃない』


 頼む。
 ジェイ・ゼル。

 やり取りを聞きながら、ハルシャは祈りの形に手を組み合わせて、ジェイ・ゼルを見つめていた。

 ギランジュのところへ行かせてくれ。
 それで、サーシャが助かるのなら。
 頼む、ジェイ・ゼル。

 ハルシャは、言葉にせず、必死に眼差しで訴えかける。

 私なら、どんなことにも、耐えてみせる。
 頼む。
 サーシャを助けてくれ。

 これはジェイ・ゼルの交渉の場だと言われていたことを固く守り、ハルシャは一言も声を上げずに必死に耐え続けていた。

『借金が滞れば、支払うハルシャの金額が増えるだけだ。俺は全く困らない』
 ギランジュが微笑む。
『脅しても無駄だよ。ジェイ・ゼル。こちらの手元には、サーシャ・ヴィンドースがいるのを忘れないでくれ』

 ジェイ・ゼル!

 ハルシャは叫びそうになり、懸命に唇を噛み締めた。

「ギランジュ」
 不意に優しい声で、ジェイ・ゼルが彼に告げた。
「君を傷つけて悪かった――まず、それを謝るべきだったな。ギランジュ・ロア」
 凄まじく魅力的な笑みを浮かべ、机に肘をつきながら、ジェイ・ゼルが言葉を続ける。
「恨みを晴らすべきは、私だろう? ギランジュ」
 柔らかい声が、空気を震わす。
「何も、ハルシャを介さなくても、直接私にその恨みをぶつければいい――ハルシャの代わりに、私の身を自由にしてはどうだ、ギランジュ」
 灰色の瞳が、細められる。
「君の思うままになろう――抵抗はしない」
 魅惑的な笑みが、深まる。
「どうだ、ギランジュ」

 ハルシャの代わりに、自分がギランジュの元へ行くと、ジェイ・ゼルが言っている。
 部屋の中の誰もが、驚きの視線をジェイ・ゼルへ向けていた。
 マシュー・フェルズが、まさかと、小さく口の中で呟いている。
 ジェイ・ゼルが、身を捨ててまで自分をかばおうとしてくれている。
 ハルシャは、言葉の真意を悟り、ただ、ジェイ・ゼルの姿を瞳に映し続ける。

 ジェイ・ゼルの言葉に、一瞬目を細めたが、ギランジュは、不意に笑い声を上げた。
『その手には乗らないよ、ジェイ・ゼル』
 可笑しそうに、彼は言う。
『寝首を掻かれるのが、おちだからね――それに、直接身に痛みを受けるよりも、ハルシャ・ヴィンドースを奪われた方が、君は辛いのだろう。違うかい?
 身を差し出そうという勇気には感心するが、残念ながら、俺が欲しいのは、ハルシャだ。
 奴を寄越せ、ジェイ・ゼル』
「なるほど。私では代わりにならないか……君の元々の目的は、ハルシャなのだね」
『お前が中断させたからだ。俺に恥をかかせて、屈辱を味わわせた』
 ギランジュの瞳が、ギラギラと燃え始めた。
『お前の大事なものが、どんな扱いを受けているか――画像を逐一送ってやるよ。
 それが嫌なら、俺はこのまま、サーシャを連れて母星へ戻る。
 もちろん、彼女が俺からどんな扱いを受けているのかも、送りつけてやる。お前と、ハルシャのためにな』

 憎しみと恨みで、ギランジュの心は凝り固まっている。
 幾重にも固く結ばれて、解きようがない結び目のようだ。
 彼の中には選択肢が一つしかない。
 自分が行くしかないのだ、と、ハルシャは悟る。

 行かせてくれ、ジェイ・ゼル。

 言葉にならない言葉で、ハルシャは叫び続ける。
 ギランジュがそれでサーシャを解放してくれるのなら、ハルシャはどうなってもよかった。

 頼む、ジェイ・ゼル。
 ギランジュに、私を渡してくれ。

 魂の慟哭が聞こえたように、冷静に画面を見ていたジェイ・ゼルが、ふっと顔を動かした。
 緩やかな動きで、首を巡らせ、ハルシャへ視線を向ける。
 灰色の瞳が、自分を映す。

 行かせてくれ、ジェイ・ゼル。

 ハルシャは声に出さずに、唇を動かした。

 サーシャを、助けてくれ。頼む

 想いが伝わるように祈りながら、言葉の形に、唇を動かす。
 ジェイ・ゼルが眉を寄せ、苦しげな眼差しを、ハルシャに向ける。
 その眼差しの深さに、彼がどれだけ自分を大切に想ってくれているのかを、不意にハルシャは悟った。
 今――
 ジェイ・ゼルは、引き裂かれそうなほど苦悩している。
 ギランジュに渡せば、自分がどんな目に遭うのかを、彼は正確に見抜いているのだ。媚薬づけにされ、ジェイ・ゼルへの恨みを込めて身を弄ばれる。
 彼があれほど守ろうとしてくれた自分の身が、ギランジュの思うままにされる。
 その未来を何とか阻止しようと彼は懸命に思慮を巡らせていた。
 彼の懊悩が、伝わってくる。

 ジェイ・ゼルの唇が震えている。
 何かを言おうとして、何も言えずに。

『何を、見ているんだ。ジェイ・ゼル』
 様子に気付いて、ギランジュが声をかける。
『その場に、ハルシャがいるのか?』

 彼は、意外と鋭いようだ。
「いや」
 ジェイ・ゼルがハルシャから、ジェイ・ゼルへ視線を戻そうとした。
 けれど。
 離れがたいように、視線が絡む。
「ハルシャはここに居ない。自宅で待機をしている」

 呟いて、ジェイ・ゼルは瞬きをした。
「ちょっと、確認をしていただけだ――仕事のな」
『余裕だな、ジェイ・ゼル』
 ギランジュの言葉を聞き流しながら、ジェイ・ゼルがハルシャを見つめる。
「大事な用件なので、すまないね」
 何か決断を下すために、ジェイ・ゼルは自分を見つめている。
 そんな気がした。
 彼の唇の震えが止まり、静かな眼差しがハルシャを包む。

 私なら、大丈夫だ。どんなことにも、耐えてみせる。

 想いを込めて、ハルシャは何とか笑おうとした。
 大丈夫だと、伝えたかった。
 ぎこちない笑顔を見た瞬間、ジェイ・ゼルは一瞬腰を浮かせて、自分のところへ来ようとした。
 だが、意志を総動員して思いとどまると、椅子に深く腰を沈める。
 彼は歯を食いしばり、机の上のぬいぐるみ生物を手に取った。
 ゆっくりと、顔をギランジュへ向ける。
「サーシャの大切にしていた、ぬいぐるみ生物だ。さらわれたと、私たちが解るように、わざわざ残しておいてくれたのだね」
『メッセージを受け取ってくれて、嬉しいよ、ジェイ・ゼル』
 ぬいぐるみ生物の、柔らかな毛の手触りを確かめるように、ジェイ・ゼルは毛並みを撫でた。
「サーシャに、これを渡してあげたいな」
 艶やかな笑みが、ジェイ・ゼルの顔に浮かんだ。
「君の提案を受け入れよう、ギランジュ。サーシャとハルシャを、どこで交換すればいいのかな」


 再び、部屋の全員の視線が、ジェイ・ゼルに向かった。
 ハルシャは、ほっと息を吐いた。
 ジェイ・ゼルは、自分の想いを汲み取ってくれたのだ。

『やけに、あっさりと条件を飲んだな、ジェイ・ゼル』
 ふっと、ジェイ・ゼルは息をもらしながら笑った。
「ギランジュ。君が思うほど、私はハルシャに執着していないのかもしれないよ」
 静かに笑みを深めながら、彼は続ける。
「飽きたらハルシャを返してくれるのだろう? それで十分だ」

 微かな驚きがギランジュの顔に浮かんだ。
 マシュー・フェルズの顔にも、同じ驚きが瞬間兆した。
 ギランジュの驚きを見つめながら、ジェイ・ゼルが言葉を続ける。

「君の言う通りだ。借金の返済が滞り、苦労するのはハルシャだ。君の目論見は当たっている。実に優秀な実業家だよ、君は」
 穏やかなジェイ・ゼルの言葉を、細めた目でギランジュが聞いている。
「それで――どうやって交換するのかな、ギランジュ」

 沈黙の後、ギランジュが口を開いた。
『今、宇宙にいる。そこから、惑星トルディアへ戻らなくてはならない――そうだな、十標準時後に、もう一度連絡を入れる。
 その時に、交換の方法を指示する』
 ギランジュの言葉に、鷹揚にジェイ・ゼルはうなずいた。
「わかった、十標準時後だな。必ずこの通信装置の前に居るようにする」

 ジェイ・ゼルの言葉に、ギランジュがやっと、緩んだ笑みを浮かべた。
『その時は、ハルシャと並んで通信を受けるがいい。これから辿る運命を、きちんと彼にも言い聞かせてあげなくてはならないからね』
「わかった、そうしよう」
 あっさりと言ったジェイ・ゼルに、ギランジュは再び、驚きに近いものを浮かべた。
「ああ、そうだ」
 ジェイ・ゼルが、今思いついたというように、口を開く。
「サーシャは、大切に扱ってくれないかな」
 柔らかい笑みを浮かべながら、ジェイ・ゼルがついでのように言う。
「君は紳士だからね、きっとそうしてくれると思うがね。もちろん、無傷で引き渡してくれるだろうね」
 ふっと、ジェイ・ゼルが笑う。
「知っているか、ギランジュ。ぬいぐるみ生物に関するこんな伝承を――」
 ふわふわの毛並みを撫でながら、ジェイ・ゼルが呟く。
「ぬいぐるみ生物は動くことは出来ないが、古来より護符のように扱われてきた。それにはこんな理由があってね。
 名前を付けてくれた者を、ぬいぐるみ生物は主人と認め、守護するんだよ。恐ろしいのはここからでね。こんなに愛らしい姿をしているが、主人が不当に傷つけられたら――」
 ジェイ・ゼルは、ぬいぐるみ生物をそっとギランジュに示しながら、言葉を続ける。
「傷つけた者は、呪われる」
 にこっと、彼は笑う。
「ぬいぐるみ生物からね。あらゆる不幸が襲うそうだ。一家離散や、事業が潰れるのは序の口で、身体に不調が現れるそうだ――ことに、男性の大事な部分にな」

 初耳だった。
 ハルシャは驚きに目を瞠って、ジェイ・ゼルのやり取りに耳を澄ます。
 呪い、という非科学的なものに、ギランジュはわずかな怯えを見せた。

『ま、まさか』
「伝承を、その身で確かめてみたいのなら、私は別に止めないが――だが、古来よりどうしてこれほど、ぬいぐるみ生物が全銀河系に広がり愛玩されているのか、考えたら、解ると思うがね。
 持つ者に幸いをもたらし、その上、傷つけた者を呪う。こんなに効果があれば、誰もが持ちたがるのは理解できるだろう。
 このぬいぐるみ生物は、サーシャからアルフォンソ二世と名付けられている。
 呪いは、有効なんだよ、ギランジュ」

 ギランジュは、眉を寄せて、ジェイ・ゼルの手にある、ぬいぐるみ生物を見つめていた。
『有効、なのか?』
 問いかける言葉に、あっさりとジェイ・ゼルが応える。
「有効だ」

 自分の動揺を悟らせまいとするように、ギランジュは、早口になって告げる。
『れ、連絡は、十標準時後に入れる。それにお前が対応しなければ、俺はそのまま、惑星トルディアを去る。問答無用でな』
 脅しながら、やっと平静を取り戻して、ギランジュがジェイ・ゼルを見る。
『せいぜい、ハルシャと別れを惜しんでおくことだな』
 ふふと、ジェイ・ゼルが笑う。
「君は意外と、ロマンチストだね、ギランジュ」
 平然と言ってのける彼の態度に、少し鼻白んだ様子で、ギランジュが首を振った。
『強がりを言えるのも、今の内だな。ジェイ・ゼル』

 捨て台詞を吐いてから、ギランジュは一方的に通信を切った。
 ジェイ・ゼルは、ぬいぐるみ生物を手にしたまま、灰色に変わった画面を見つめていた。
「録画は出来たか、マシュー」
 ジェイ・ゼルの言葉に、後ろで控えていたマシュー・フェルズがうなずく。
「はい、最初から最後まで、ジェイ・ゼル様」
「そうか」

 ハルシャは、足ががくがくと震え出した。
 自分のせいだ。
 あの時、ギランジュを受け入れられなかったから――
 そのつけを、サーシャが支払わされたのだ。
 恐怖に近い後悔が、身の内に湧き上がってくる。
「ハルシャ――」
 リュウジの声がする。

 大丈夫だと応えようとしたが、言葉が出ない。
 サーシャが無事な姿を見て、安心していいはずなのに。
 ただ、恐怖しか、湧き上がって来ない。
 サーシャは、ギランジュ・ロアに捕らわれている。
 媚薬を平気で使うような男の元で、サーシャは無防備に眠っている。
 何をされるのか、ギランジュの胸一つなのだ。
 目の前が、暗くなっていく。
「私のせいだ――」
 ハルシャは、胸を押さえて、呻きを漏らした。
「サーシャに何かあったら、生きていけない……私が、兄だから、サーシャがこんな目に遭わされた――私が……」

 呼吸が苦しい。
 不意にパニックに襲われそうになる
 息が出来ない。
 胸が、苦しい。
 どうしよう、気持ちが悪い。
 しっかりしなくては、ならないのに――
 崩れそうなハルシャの身体が、不意に力強い腕に抱きしめられていた。

 ふわっと、馴染んだ香りがする。
 爽やかな、心地の良い香りだった。
 黒い服に、自分の身が押し付けられている。
 ジェイ・ゼルだ。
 切ないほど強い力で、ジェイ・ゼルが自分を抱きしめていた。
「――すまない、ハルシャ」
 低い呟きが、髪に押し当てられたジェイ・ゼルの口から響いている。
「許してくれ」

 ジェイ・ゼルから逃げ出してからはじめて、彼に触れている。
 そのことが、じわっと、ハルシャの中に沁み通っていく。
「サーシャの身に何かがあったら、私はギランジュを許さない。地獄の果てまでも、彼を追いつめる」
 強く、ジェイ・ゼルがハルシャを身に引き寄せて、耳元へ呟きを滴らせる。
「君も、決してギランジュには、渡さない。
 交換を持ちかけたのは、時間を稼ぐためだ――あんな男に君は渡さない」

 ジェイ・ゼルの、心の真実が、聞こえる。
 相手をかく乱するために、言葉を自在に操って、ジェイ・ゼルはギランジュと交渉していたのだ。
 ギランジュとの通信を切った今、本当の言葉を、ハルシャにかけてくれている。
「誰にも君を、傷つけさせはしない――サーシャもだ」
 衆目があるというのに。
 ジェイ・ゼルは微かに身を震わせながら、ハルシャを腕に包んで、臆面もなく言葉を述べている。
 彼の部下が見ているのに――
 ハルシャは、驚きのあまり、棒立ちになっていた。彼の気持ちを受け取ると、身の緊張が徐々に解けてくる。
 おずおずと腕を上げ、ハルシャは広い背中に腕を回した。
 服を指で握りしめる。
 不思議な安堵が広がった。
「ジェイ・ゼル――」
 名を呼ぶ。
 縋るように、助けを求めるように。
「今回のことは、私の浅慮が生んだことだ。悪いのは全て私だ――ハルシャには、何一つ非はない」
 彼の唇が、ハルシャの髪に触れる。
「自分を責めないでくれ」
 温もりが、自分を包んでいる。
「私の愚かさのために、君たちを危機に陥らせてしまった。すまない、ハルシャ」
 誓うように、彼は呟いた。
「サーシャは必ず助ける。必ず」
 内側から、絞り出すような言葉だった。
 ぎゅっと、ハルシャは彼の身に腕を回した。
 もう一度。
 彼を信じても、良いのだろうか。
「ハルシャ――」
 名を呼びながら、髪に、ジェイ・ゼルの手が触れる。
 身の熱でなだめるように、ジェイ・ゼルが崩れそうな体を支えて、佇んでいる。
「傷つけてすまなかった」
 悔いを含んだ、消えそうな声が、耳元に呟かれる。
「許してくれ、ハルシャ――私が愚かだった」

 どうして、胸が震えるのだろう。
 愛しさを全身に滲ませながら、ジェイ・ゼルが抱きしめてくれているからだろうか。
 魂から血を絞るように、詫びを口にしているからだろうか。
 それとも――
 ハルシャを傷つけるぐらいなら、自分の身を好きにしろと、ジェイ・ゼルがギランジュに交渉をもちかけてくれたせいなのか。
 ハルシャには、わからなかった。
 ただ、抑えようもなく、身が震える。
 手が、髪を滑る。
「ハルシャ」
 甘やかな声で小さく呟き、ジェイ・ゼルが顔を寄せる。
 馴染んだ動きだった。
 顎を捉えて上を向かされる。
 熱を感じる。
 そっとジェイ・ゼルが唇を重ねようとした。
 瞬間、
「ギランジュ・ロアを、探さなくて、良いのですか」
 と、リュウジの声が、空間に飛んだ。










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