「元気そうじゃないか。ハルシャ」
医療用ベッドをのぞきに来たメリーウェザ医師は、開口一番そう言った。
「若さっていうのは、良いもんだね」
腕を組んで、片目をつぶりながら、彼女が言う。
リュウジの服を濡らしながら、悲しみを吐き出したハルシャは、随分心がすっきりとしているのを感じていた。
長い間、リュウジは身じろぎもせずに、腕に抱き続けてくれていた。
自分が落ち着いて、顔が上げられるようになるまで、忍耐強く待ってくれたのだ。
やっと心の整理がつき、気恥ずかしさに頬を染めながら、感謝の言葉を呟いて、ハルシャは身を立てた。
そっとリュウジは腕からハルシャを解き放ってくれる。
恥ずかしさに彼の顔を見ることが出来ないまま、ハルシャはごしごしと袖で涙を拭う。
ふと気づくと、昨日メリーウェザ医師のところで洗濯をして、乾しておいた服を、自分は身に着けていた。
リュウジが着せてくれたらしい。
ハルシャが昨日置いてくれたお陰で、僕は服を家まで取りに戻らずにすみました、と、リュウジが笑顔で言ってくれる。
彼の屈託ない様子に、ほっと肩の力が抜けていった。
日常が戻ってくる。
何事もなかったかのように。
全てが夢だったかのように。
けれど。
夢ではない。
解りながらも、現実から、そっと目を逸らす。
この瞬間だけは、全てを忘れていたかった。
リュウジが今手掛けている駆動機関部の話をし始め、ハルシャはベッドに座ったまま、彼の話に相槌を打つ。
そこへ、メリーウェザ医師がやってきたのだ。
「もう立って動くことが出来そうか、ハルシャ」
彼女の問いかけに、ハルシャはうなずいて布団をめくった。
「大丈夫そうだ、先生。本当にありがとう」
にこっと笑ってから、彼女は腕を解いた。
「なら、ちょっと話したいことがある。私の机まで来てくれるか?」
立ち上がろうとした時、自分が靴を置いてきたことに気付いた。
「靴がありませんね」
リュウジも素早く気づいたらしい。眉を寄せて呟く。
「後で家から取ってきます」
彼の言葉に、メリーウェザ医師が素早く反応した。
「ああ、リュウジ……出来れば、今すぐ取ってきてやってくれないか」
静かに微笑みながら、彼女が言う。
「靴が無いと、ハルシャも不便だろう」
なくても大丈夫だ、と言おうとしたハルシャを、鋭い視線でメリーウェザ医師が押しとどめた。
黙ってな、ハルシャ。と視線が語る。
瞬きを一つした後、リュウジは口角を上げた。
「わかりました、ドルディスタ・メリーウェザ。今から家に戻ってハルシャの靴を取ってきます」
笑顔のまま、彼は続けた。
「僕に聞かせたくない話をハルシャとするのですね――了解しました。僕はしばらく席を外します」
ハルシャに笑顔を向けてから、さっさとリュウジは踵を返して大股に歩いていった。
「勘が鋭すぎて、あの子は怖いぐらいだね」
リュウジの背を見送ってから、彼女は微笑みをハルシャに向けた。
「折角の心遣いを無駄にしないように、リュウジが帰る前に話を済ませておこうか、ハルシャ」
ひどく地面に打ち付けた手足は、ほとんど痛みが無かった。
ありがたいことだ。
明日から仕事が出来ることに感謝しながら、ハルシャはメリーウェザ医師と向き合う形で、医療室の椅子に座っていた。
ハルシャの右腕と右足の調子を診てから、メリーウェザ医師は笑顔になった。
「大丈夫そうだね。良かった、良かった」
カルテに何かを書き込みながら、彼女は静かに呟く。
「骨には異常がなかったから、安心しな。少し痛むかもしれないが、日にち薬だ。すぐに元気になる」
「もう十分元気になった。ありがとう、メリーウェザ先生」
「礼は、メドック・システムに言っておくれ。私は横でぼうっと立っていただけだよ」
楽しそうに、メリーウェザ医師が言う。
しばらく書き込みを続けてから、くるりと椅子を回して、彼女は自分に向き合った。
「リュウジが激怒してしまってね」
ハルシャは、瞬きをした。
激怒?
そんな様子には見えないかった。彼は、冷静そのもののように感じた。
「君を傷つけられたことが、よほど腹に据えかねたのだろう――迎えに来たジェイ・ゼルに君を渡そうとしなかった」
メリーウェザ医師の茶色の瞳が、自分を見つめている。
「私はね、ハルシャ。あの時、君をジェイ・ゼルに渡すべきだったと思うんだよ。実際リュウジにもそう言っておいた」
ずんと、現実が身に落ちてきた。
「君は借金が続く限り、ジェイ・ゼルから離れられない。違うかい?」
視線が下がるのを、ハルシャは止められなかった。
その通りだ。
「これからの君のことを考えたら、わざわざ迎えに来てくれたジェイ・ゼルの手に委ねるべきだと思ったんだが――リュウジは理解しがたいようだった」
ハルシャは、視線を上げることが出来なかった。
穏やかなメリーウェザ医師の言葉を、ただ浴び続ける。
「リュウジは君がジェイ・ゼルに支配され、身を弄ばれている。あまつさえ残酷な方法で身を引き裂かれて――君は、彼の暴力に耐えられずに逃げて来たと思っている」
唇を、ハルシャは噛み締める。
「私は、それだけではないと言っておいたんだがね――君とジェイ・ゼルの五年は」
小さくメリーウェザ医師は首を振った。
「それでも、リュウジは納得しなかった」
自由に、なりたくはないですか?
と。
目覚めたハルシャに問いかけた彼の言葉は、ハルシャの窮状を見かねたものだったのだ。
「リュウジは、君をジェイ・ゼルから解き放ちたいと考えている」
やっと、ハルシャは視線を上げて、メリーウェザ医師の顔を見た。
彼女は頬杖をついて、静かにハルシャを見つめていた。
「言葉に出した以上、彼は実行するだろう。リュウジはそういう眼をしていた」
不思議な沈黙を湛えて、メリーウェザ医師はじっとハルシャを見つめていた。
なぜか、自分の心臓が、ドキドキと鳴り始める。
それだけの緊迫をはらんだ、沈黙だった。
不意に口調を変えて、彼女が問いかけてきた。
「リュウジはまだ、記憶が戻っていないのか? ハルシャ」
問いに、ハルシャはただ、うなずいた。
「そうか」
言葉を切ると、メリーウェザ医師は、頬杖に顎を預けたまま、深く考え始めた。
「言うか、言うまいか、ずっと悩んでいたんだが――」
独り言のように、彼女は呟いた。
「君は素直だからね、腹に考えを持ちながら相手に悟られないようにするなんて小技が出来ないタイプだ。君をこれ以上悩ませるのはかわいそうだと思って、黙っていた。
が。
どうやら、そうも言っていられないようだからね――お互いのために」
ううむと、メリーウェザ医師は眉を寄せて、まだ考え込んでから、やっと決意したように、言葉を口にした。
「最初にリュウジを診た時、メドック・システムは、リュウジの頭には器質的な損傷はないと診断を下した。だから、記憶がない理由は脳の外的な衝撃ではない、と私は判断した」
ハルシャは、うなずいた。
「リュウジが記憶を失ったことをあの後、考え続け――実は、二つの理由にたどり着いたんだよ、ハルシャ」
二つ?
一つではないのか、と、ハルシャはいぶかしがった。
ハルシャの疑念を無視したまま、メリーウェザ医師が言葉を続ける。
「一つは、彼が受けた暴行のショックによる、心因性のもの」
その理由しか、ハルシャには思いつかなかった。
「そしてもう一つは」
メリーウェザ医師は言葉を切ると、ハルシャ顔を真っ直ぐに見つめた。
「記憶を失ったと、リュウジが嘘を言っているということだ」
衝撃が、ハルシャの中に広がった。
「リュウジが? 嘘を?」
声が裏返りそうになる。
「ああ、信じがたいだろう? だが、既に記憶を取り戻しているが、それを誰にも告げずに、黙っている可能性も、無視しがたい。
おかしいと思わなかったか? 専門的な知識を披露しながら、自分の人生だけが抜け落ちているなんてな――」
ハルシャは、あまりの衝撃に、身動きが取れなくなった。
ふうっと、メリーウェザ医師は吐息をついた。
「ハルシャがそんな顔をすることは、目に見えていたからね。出来れば言いたくなかった――だが。リュウジは君を本気で、自由にしようとしている。
背負わされている借金を、全額清算してな」
ハルシャは、ただ、メリーウェザ医師の顔を見つめ続けた。
不可能だ。
リュウジは、金額を恐らく知らないのだ。
「君が一生かかっても返せないほどの金額を、どうやって支払うのか。
考え続けた結果、リュウジはもう記憶を取り戻していて、自分の本来の生活の場所から、その金額を補填《ほてん》するつもりではないかという考えに、行き当たったんだよ。それなら、彼はもう、記憶を取り戻している」
ハルシャは、思考を止めて、メリーウェザ医師の瞳を見つめ続けた。
彼女は、優しく微笑んだ。
「今のその顔を、リュウジに向けないで上げて欲しいんだよ、ハルシャ。
だから、私は、君を動揺させると解っていても、話をした――リュウジが、記憶が戻っても、君に黙っていたことで、ひどく裏切られたような気持ちになっているだろう?」
ハルシャは、眉を寄せることしか出来なかった。
記憶が戻っているとしたら、どうして話しをしてくれなかったのだろう。
裏切り。
そうだ。
今、自分は、リュウジに信頼を踏みにじられたような気持ちに、なっている。
信じようと、思った矢先であるのに。
ハルシャの困惑を見つめてから、彼女は再び口を開いた。
「これは、全て私の推測だが――ちょっと聞いてくれるか、ハルシャ」
静かなメリーウェザ医師の声が、二人しかいない医療室に、響いていた。
揺れる視線を、ハルシャは彼女に向けた。
その眼差しをしっかりと受け止めてから、メリーウェザ医師は言葉を発した。
「リュウジは、言わなかったわけじゃない。言えなかっただけだ」
温もりのある茶色の瞳が、真っ直ぐに自分を捉える。
「記憶を取り戻したとしたら――オキュラ地域で行き倒れになるまで、自分の身に何が起こったのか、リュウジは君に言わざるを得なくなる。
もちろん、ハルシャは事の顛末を、根掘り葉掘り聞かないという優しさは持っている。
だが、どうして路上に倒れていたのか、彼の身に何が起こったのか、当然のように知りたいだろう。
リュウジも話さざるを得ない気持ちになるだろう。
これだけ世話になったんだ、義理としても事情を説明すべきだ。
だが」
メリーウェザ医師の目が、ハルシャを包む。
「君に、とても話せないようなことを、体験したとしたら――リュウジは君に、事情を話せないと言う代わりに、記憶を失ったふりを続けるしかなかった。
そう、考えて上げてくれないか」
とても、話せないような、体験を、した。
言葉が、鋭い棘のように、ハルシャに突き刺さった。
自分がジェイ・ゼルのことをリュウジに話すとき、どれほど辛く、苦しかったかを、思い出す。
それを上回る、辛い体験を、リュウジは味わったのだろうか。
メリーウェザ医師は、そう言っている。
見せられた五人の男の顔が、ハルシャの中に、鮮やかに蘇る。
彼らに、リュウジは口に出来ないような暴行を、受けてしまったのだ。
もしかしたら。
あの時、思い出したのかもしれない――
ファグラーダ酒で意識を失った時、彼は暴行から身を守るように、必死に腕で自分をかばっていた。
記憶が戻りながらも、言えずに、リュウジは、黙っている。
彼の置かれている、切ない立場が、不意に胸を締め付けた。
「自分が体験したことを聞いたとき、君が、嫌悪の表情を浮かべたらどうしよう。
もしかしたら、リュウジはそんなことを、心配しているのかもしれない」
ぽつりと、メリーウェザ医師が呟く。
ハルシャは、苦しさに耐えられなくなってきた。
「俺の態度が、リュウジを不安にさせているのか――」
ハルシャの絞り出すような言葉に、メリーウェザ医師は静かに首を振った。
「君が悪いわけじゃないよ、ハルシャ。そうじゃない。
リュウジはただ、君に嫌われたくなくて、臆病になっているだけだよ」
「リュウジを嫌うなど、あり得ない」
静かに、メリーウェザ医師が笑う。
「人の心は移ろいやすいからね、リュウジはきっと、人の心の弱さを、たくさん見てきたのだろう。だから、君に言い出せなかった。
きっと――」
さらっと髪をかき上げて、彼女は小首を傾げた。
「それだけ、君の側に居たいのだろうね、リュウジは」
言葉の優しさが、ハルシャの胸を打った。
自分の側に居たかった。
だから、記憶が戻っても、言い出すことが出来ず、黙っていた。
記憶が戻れば、話さなくてはならない。
体験したことを。
自分が誰であるのかを。
それは、自分との別離を意味した。
だから――
リュウジは、黙ることしか出来なかった。
側でずっと暮らしながら、自分はリュウジの苦悩にすら、気付けなかった。
自分のことで精いっぱいで、慮ることも、出来ていなかった。
ただ、ただ、三人で暮らす未来だけを、夢に描いていた。
決して一人にはしません。
寂しい思いを、二度とさせません。
誓うように、リュウジは呟きをかけてくれていた。
自分の側にいるために、彼は苦しい毒を飲み続けていたのかもしれない。
戻ることのできる場所を捨てて、自分の側に、留まり続けてくれていたのだろうか。
「もし、記憶が戻っていたとしても、リュウジが黙っていたことを、許してやってくれ」
メリーウェザ医師の言葉が、優しく響く。
「ハルシャなら、彼の想いを受け止めてあげられると信じて、私は今、話しをした」
強く、静かな声と眼差しが、自分を包んでくれていた。
「リュウジが何をしたとしても、それは全て君を想ってのことだ。
彼を信じてあげて欲しい――私はそれを、伝えたかったんだよ。ハルシャ」
リュウジに靴を取りに戻らせて、彼の居ないところで、告げられた言葉。
真実を知った時に、ハルシャがリュウジに対して、冷たい眼差しを向けないように、あらかじめ予防線を張ってくれたのだと、気付く。
ワンクッションあることで、自分はリュウジの心に寄り添うことが出来るような気がした。
メリーウェザ先生は、リュウジと自分のことを、真剣に考えてくれていたのだ。
「わかった。ありがとう、メリーウェザ先生。リュウジの気持ちがよく、理解出来た」
にこっと、彼女は笑った。
「お節介だね、本当に――。だが、ほっとけなくてね」
不意に、彼女は言葉を切った。
じっと、考え込む。
再び緊張をはらんだ沈黙が、医療室を占拠した。
ふっと目を逸らして、彼女が呟く。
「ハルシャは、ジェイ・ゼルが好きか」
まるで風が吹き抜けたような、軽やかな問いだった。
唐突で、静かな問い。
ハルシャは、答えられなかった。
「常々私は思っていた。ジェイ・ゼルにとって、君はとても特別な存在なんだろうな、と。周りから見ても目を引くぐらいに、ジェイ・ゼルは君を大切にしている。今回のことは、よほど事情があることなんだろうと、私は思うけどね」
ハルシャは、ただ、沈黙を続けた。
上げていた視線が、再び落ちる。
「ジェイ・ゼルが、好きか? ハルシャ」
視線を向けないままに、メリーウェザ医師が問いかける。
しばらく考えた後、ハルシャは口を開いた。
「さっき、目を覚ました時に、リュウジが俺に問いかけてくれた。
自由になりたいかと」
伏せた視線で、自分の手を見つめる。
爪を切っていないと、ジェイ・ゼルに指摘された指だった。
自分のために、彼はいつも爪を整えてくれていた。
そんな思い遣りに、五年間、自分は気付かなかった。
「その時、自由になりたいと、リュウジに答えた」
ぽつり、ぽつりと、ハルシャは言葉をこぼす。
思いを相手に伝えるのは、とても難しい。自分の気持ち自体が、掴み切れないからだ。
「それは――」
両手を握りしめる。
「ジェイ・ゼルに、同じ人として、向き合いたいと思ったからだ。彼に支配される存在ではなく――同じ立場の人間として」
同じ目線で、彼と向き合いたかった。
身を引き裂かれながら、そのことを必死に、ハルシャは考えていた。
「答えになっているかは分からないが。これが、俺の気持ちだ、メリーウェザ先生」
やっと、ハルシャは言葉を終えた。
「なるほどね」
小さくうなずいてから、メリーウェザ医師が呟きを続ける。
「借金を払い終えたら――どうするつもりだ、ハルシャ」
どう。
とは、どういう意味だろう。
ハルシャの疑念を解くように、メリーウェザ医師が言葉を補う。
「ジェイ・ゼルとは、それっきりかい?」
「違う」
思わず、ハルシャは言っていた。
考えることなく、言葉が口からほとばしっていた。
「ジェイ・ゼルとは――」
静かに微笑むと、メリーウェザ医師が、ゆっくりと眼差しをハルシャに向けた。
「そこから、本当に彼と向き合っていきたいと、ハルシャは考えているんだね」
そうだ。
自分でも気付かぬうちに、そう、考えていた。
初めて自分の気持ちに気付き、ハルシャは愕然とした。
驚きに固まるハルシャの耳に、優しいメリーウェザ医師の声が響いた。
「解るよ。余計な混じり物を濾過して、素の自分で相手に向き合いたいんだね。
良く理解出来るよ、ハルシャ」
全ての気持ちを受け止めてくれるように、メリーウェザ医師がうなずいた。
「間に立ちふさがる壁の存在がどれだけ辛いかも、私には解るよ、ハルシャ」
そうだ。
メリーウェザ医師は叔父を愛していた。
決して越えられない壁に阻まれた思いを、今でもメリーウェザ医師は抱き続けている。
「ハルシャが、一人の人間としてジェイ・ゼルに向き合いたいというのなら――彼を理解する上で、とても大切な情報を、教えてあげよう」
極めて事務的に、メリーウェザ医師がハルシャに告げる。
「君の腸内の傷を治療した時、ジェイ・ゼルの精子が採取された。
リュウジの事件のことを探るために、精子の遺伝子情報から人物を割り出す機能が、その時まだ、メドック・システム上で活きていたんだ。
うっかり指定解除を忘れていてね。
律儀にも、メドック・システムは消し忘れた指示に従って、ジェイ・ゼルの精子から、彼の遺伝子を解析してくれた――これが、その情報だよ」
メリーウェザ医師の手が、机の上に置かれた数葉の紙に触れた。
何かをプリントアウトしているが、今は、裏を向けて伏せられている。
真剣なメリーウェザ医師の口調に、ただならぬ事態を感じ取り、ハルシャの心臓が、ドキンと鳴った。
「知りたくないのなら、私は何も言わない。
だが、ハルシャがジェイ・ゼルを、大切に想い――どうして、今回ここまで、ハルシャに対してきつい行動に出たのか、理解したいというのなら話してあげよう。メドック・システムが、ジェイ・ゼルの精子から割り出した、彼の真実を」
茶色の瞳が、静かに自分を見つめていた。
「どうする、ハルシャ。
ジェイ・ゼルの真実を、聞きたいか? それとも、聞きたくないか?
君の考え次第だ――私はどちらでも構わない」