※文章中に、暴力的な性行為の表現が出て参ります。苦手な方は閲覧回避をお願いいたします。ご注意ください。
ハルシャは、虚空を見つめた。
ジェイ・ゼルの言葉が、耳に響き続けている。
――四つ這いになれ、ハルシャ
労りのない、冷徹な言葉。
その姿勢をハルシャが嫌うと知りながら、ジェイ・ゼルは命じているのだ。
けれど。
拒むことは出来なかった。
ジェイ・ゼルとの、それが契約だった。
私が望む行為を、どんなことでも、君は拒んではならない。
どんなに恥辱に満ち、痛みがあるとしても、私の言葉には従ってくれ。
言葉を告げた時。
ジェイ・ゼルは自分に対して、恥辱に満ちた、痛みのある行為をすると、宣言していたのだ。
無知な十五の自分は、言葉のからくりに気付かなかった。
あまりに、善意に満ちた世界で生きていたために、人の心の奥には、醜いものがあるのだと、|慮《おもんばか》ることすら出来なかった。
無邪気で無知だった自分。
世界が優しさと希望に満ちていると、信じて疑わなかった自分。
愚かで哀れな――もう、二度と戻れない、穢れと人のあさましさを知らなかった、十五の、自分。
命じられた通りに、のろのろとハルシャは、身を起こした。
腕を突き、ジェイ・ゼルに背を向けて、腰を高く上げ、四つ這いの姿勢になる。
ジェイ・ゼルは、ベッドを軋らせて、そこを動いたようだ。
だが。
ハルシャは、屈辱的な姿勢のまま、ベッドの上に静止し続けていた。
虚空を見つめる。
最初から――
自由などどこにもなかったのだ。
自分は、勘違いをしていただけだ。
巨額の借金を背負わされた瞬間から、自分の意志などどこにもない。
働き続け、ジェイ・ゼルの思うように身を弄ばれる。
心のない、ただの肉体にしか過ぎなかったのだ。
都合のよい、自分の勘違いが、不意におかしくなった。
ジェイ・ゼルは――
愛情ではなかったのだ。
ハルシャに対する想いは。
ただの――所有欲だったのだ。
だから、怒っている。
自分の持ち物が、勝手なことをしたことに。
リュウジと居ることで、どれほど自分の心が安らいだかなど、ジェイ・ゼルにはどうでもいいのだ。
借金が払い終わるまで、働き続けなければならない工場で、どれだけ自分が孤独であったかなど――
ジェイ・ゼルには、何の関係も、ないことなのだ。
ふっと、リュウジの優しい笑みが浮かんだ。
僕は、あなたを誇りに思います。
と、告げてくれた言葉と、こぼれ落ちたとても美しい涙と。
全てを包んでくれる、温かな腕と。
ハルシャは屈辱的な姿勢を取らされながら、唇を噛み締めた。
こんな風に。
ジェイ・ゼルに、抱かれる自分でも。
リュウジは受け入れてくれるだろうか。
変わらぬ微笑みで、自分を迎えてくれるだろうか。
びくっと、ハルシャは身を震わせた。
ぬめりのある液が、自分の後孔に塗りこめられている。
わずかな温みしかない、液。
ジェイ・ゼルの手つきは、乱暴だった。
十数時間前まで、あれほど大切に扱ってくれていた場所を、罰するように、ジェイ・ゼルは荒い手つきでほぐしていく。
ハルシャは、血が出るほどきつく、唇を噛み締め続けた。
彼を受け入れる準備すらさせずに、一方的に押し付けられる行為。
そうだ。
これが、自分の現実だった。
腕が、震える。
しばらくして、指がすっと抜かれた。
ジェイ・ゼルが、自分自身を取り出し、軽く捌く音が聞こえる。
手が、ハルシャの後ろの孔を探る。
ジェイ・ゼルが自分自身の昂ぶりを、ハルシャの後孔に押し当てた。
次の瞬間、何の言葉もなく――
彼は、止まることなく、奥まで一気にハルシャの中に、熱いものを突き立てた。
ぐっと、息が詰まる。
ハルシャは、崩れそうな身を、懸命に立てた。
痛かった。
ほとんど準備もなく、彼を受け入れた後孔の引き裂かれる感覚よりも。
心が。
ジェイ・ゼルを信じ、委ね、深く寄り添おうとしていた、ハルシャの心が。
ずたずたに切り裂かれる苦痛に、悲鳴を上げ続けていた。
ジェイ・ゼルは、怒りをぶつけるように、激しくハルシャに自身を打ち込んだ。
あまりの苦痛に、ハルシャは息が出来なくなった。
服が、肌に触れる。
彼は服を着たまま、裸のハルシャを抱いているのだ。
目の前が、すうっと暗くなる。
心が、現実を受け入れるのを、拒絶していた。
ジェイ・ゼルが、こんなことをするはずがない。
そう、必死に心の奥が、自分自身に告げる。
彼を信じたい。
そう思っていた心を、ジェイ・ゼルは、強い力で引き裂き続けていた。
ハルシャは、歯を食いしばって、苦痛に耐えた。
結局――
何一つ変わっていなかったのだ。
五年前。
最初に彼に無理やりに体を開かされた時と、何一つ。
自分の身体は、ジェイ・ゼルに借金のかたとして、弄ばれるだけなのだ。
ただ、変化をしたのは。
行為の間、自分の意識を、切る術を身に着けたこと。
悲鳴を上げずに、耐えることが、出来るようになったことだけだった。
自分は、堕ちたのだ。
暗く深い闇の中に。もう、逃げ出すことはできない。
自分は一生――身を弄ばれるだけの、存在なのだ。
心が、凍り付いていく。
固く、冷たく。救いようがなく。
ハルシャは、全ての感覚を、自分の中から締め出した。
何も感じない。
何も感じたくない。
彼の行為によって、快楽を得ていたことが、そもそも間違っていたのだ。
罪の烙印を捺される行為を、楽しんだことが、誤りだったのだ。
罪の償いを、今、自分はさせられているのだ。
ジェイ・ゼルを、信じてはならなかった。
彼は――闇の借金取りだ。
自分は、間違っていた。
彼の熱いものが、体内を動き続ける。
激しく、淀みなく、ハルシャを罰するように。
五年間身に着けてきた習慣に従って、ハルシャは力を抜いて、ジェイ・ゼルの動きを受け入れ続けた。
自由に――なりたくは、ないですか。ハルシャ
虚ろに宙を見つめるハルシャの耳に、リュウジの言葉が、こだまする。
自由。
借金を払い終わったら、この屈辱から、解放されるのだろうか。
あまりに遠いことに、ハルシャは、かすかな笑みが浮かんで来た。
だが。
そうだな、リュウジ。
激しい動きに、昨日からジェイ・ゼルを受け入れ続けてきた腸壁が、耐えられなかったようだ。
身が裂けたのだろう。
ぬめりのある液とは違う質感が、腸内でジェイ・ゼルが動くたびに身の中にあふれる。
ハルシャは、痛みに悲鳴一つ上げなかった。
ただ感覚を切り離して、思考にふける。
もし、借金を返して、ジェイ・ゼルから自由になったら――
行けるのだろうか。
遙かな宇宙へ。
ハルシャ。
宇宙を宿したような、リュウジの深い藍色の瞳が、自分を見つめていた。
何かにすがるように、ハルシャは、幻のリュウジの瞳を見つめる。
優しく深い、リュウジの声が耳に響く。
いつか、ハルシャの作った駆動機関部が搭載された宇宙船に、乗ってみたいです。その時は、一緒に宇宙を翔けましょう。
そして、駆動機関部に手形がないか、確かめてみませんか?
胸の中に、美しいものがあふれて来て、ハルシャは息が詰まりそうになった。
自分はいい。
だが、ジェイ・ゼルに、リュウジを穢されたくなかった。
自分と同じところへ、彼の存在を引きずり降ろされたくなかった。
大切な、家族の存在を、ハルシャは、ただ守りたかった。
激しくジェイ・ゼルに後孔を犯されながら、心が遠いところへ、漂っていく。
無慈悲に打ち付けるジェイ・ゼルの力に、ハルシャは、抗わなかった。
そうだな、リュウジ。
宇宙を翔けよう。
私には聞こえるんだ、宇宙が呼んでくれている声が。
ここへおいで、と。優しく誘い掛ける声が。
耳を澄ませば、今も、聞こえる。
私の秘密を教えてあげようと、甘く誘《いざな》う、深く胸を打つ声が――
こんなに身を、穢されながらでも――宇宙は自分を呼んでくれていた。
ハルシャは、唇を噛み締めた。
自由に、なりたい
慟哭のように、声なき声で、ハルシャは叫んでいた。
愛していると思った人から受ける、酷い仕打ちに、心が壊れそうだった。
いっそ。
何も感じなくなりたい。
全てから、解き放たれたい。
辛くは、ないですか
リュウジの問いが、胸を掻きむしる。
辛い。
とても辛い、リュウジ。
耐えられないほど、辛い。
だが。
それを口にしたら、きっと耐えられなくなる。
だから。
大丈夫だと言い続けるしかなった。
そうしないと生きていけないほど、自分は弱いのだ。
だが、本当は辛いんだ。
リュウジ――
心が、壊れそうだ。
助けてくれ。
リュウジ。
君の側で安らぎたいと思うことを、ジェイ・ゼルが許さないなど。
私は、考えてみたこともなかった。
君との関係を疑われるなど――ジェイ・ゼルに誠実であろうとしていたのに。
私の何が間違えていたのか、教えてくれ、リュウジ。
痛い。
体よりも、心が痛い。
心が引き裂かれそうだ。耐えられないほど、痛いんだ――リュウジ。
汗ばむジェイ・ゼルの手が、ハルシャの腰を掴み、自分自身に引き寄せる。
随分長い時間、ジェイ・ゼルはハルシャの後ろを犯していた。
感覚を締め出すハルシャの中で、びくびくと、ジェイ・ゼルが痙攣するように動いた。
うっと、小さい呻きが、ジェイ・ゼルの口から漏れる。
その瞬間、ハルシャの奥深くに、彼の熱いものがほとばしった。
何の感慨もなく、彼の射精を受け入れる。
しばらく硬直するように身を立てていたジェイ・ゼルは、ゆっくりと身を倒して、ハルシャの背中に体を預けた。
汗ばんだ肌に、ジェイ・ゼルのまとう服が触れる。
「ハルシャ……」
小さく、ジェイ・ゼルの口から、呟きがこぼれる。
心が痺れたようで、ハルシャは、何も感じなかった。
痛みも、苦しみも。
抱きしめるように、ジェイ・ゼルはハルシャの身に腕を回した。
荒い息が、肌を撫でる。
肩に、彼の唇が触れた。
「ハルシャ」
何も反応したくなかった。
なのに。
重く優しい言葉に、身の内が震える。
滲みそうになる涙を、ハルシャは懸命にこらえ続けた。
静寂の後、ジェイ・ゼルが身を起こした。
荒い息を吐きながら、ゆっくりと、ジェイ・ゼルがハルシャの中から、自身を抜いた。
どろりと、内ふとももを伝って、流れ落ちるものがあった。
ハルシャの血とジェイ・ゼルの精液だ。
解放された途端。
ハルシャは、身を支えることが出来ず、ぐらりと揺れて、ベッドに崩れた。
限界だった。
身体も、心も。
壊れた道具のように、ハルシャは、ベッドに横たわっていた。
荒い息を吐いていたジェイ・ゼルが、ゆっくりと動く。
ベッドを降り、バスルームに向かう。
無言で横たわるハルシャの側に戻ってくると、先ほど彼が傷つけた場所に、温もりのある湿された布が、そっと触れた。
彼が、ハルシャの後孔の血と精液を拭っていた。
ハルシャは、動かなかった。
あの時と、同じだ。
最初に彼に、抱かれた時と。
その時も、行為の後、ジェイ・ゼルはハルシャの後孔を清めてくれていた。
一度で、拭ききれなかったようだ。
ジェイ・ゼルは、何度かバスルームを往復して、丁寧にハルシャを拭っている。
彼の動きに、ハルシャは身を任せて、ただ、ベッドに身を横たえ続けた。
何も感じなかった。
痛みも、屈辱も。
ただ。
終わったのだという、事実だけがあった。
最初の時、触れられたくなどなかった。
けれど今は――馴染んだ優しい手の動きが、嫌ではなかった。
そのことが。
胸が引き裂かれるほど、悲しかった。
これほど酷い仕打ちを受けながら、まだ、自分は信じたいのだ。
ジェイ・ゼルを。
彼の愛を、欲しているのだ。
彼に対する幼い子どものような愚直な憧憬が、自分自身で哀しかった。
作業が終わったのか、彼は静かに動き、横たわるハルシャの側に、ベッドを軋らせながら、腰を下ろした。
静寂の後、手が伸ばされ、ゆっくりと、ハルシャの髪を撫でた。
なだめるように、詫びるように。
「彼は」
ハルシャは、ぽつりと、ジェイ・ゼルに呟いていた。
「旅行者だ」
ジェイ・ゼルの手が止まった。
「間違ってオキュラ地域に入り込んでしまい、暴行を受け、路上に放置されていた――私は」
再び、ジェイ・ゼルの手が動き出す。
「彼に、惑星トルディアのことを、嫌いになって欲しくなかった」
言葉が、内側から、あふれだす。
どう伝えたらいいのか解らない。
だが。
彼の手が嫌ではないことを、ただ一つの拠り所にして、ハルシャは懸命に言葉を続けた。
「私の祖先が、不屈の忍耐と闘志で、人が住めるようにしたこの星を――大切な美しい私の故郷を、旅人である彼にも、素敵な星だと、思っていてほしかった。嫌な印象だけで、終わらせてほしくなかった」
穏やかな手つきで、髪が撫でられる。
「記憶が戻れば、彼は元の世界に戻ることが出来る。それまで、大切に保護してあげたかった――辛い思いをした、彼を」
苦しみが、胸の中から湧き上がる。
「行きどころのない彼に、居場所を与えて上げたかった。――五年前、ジェイ・ゼルが、私とサーシャに、住む場所と仕事を与えてくれたように。
その助けがなかったら、自分たちは生きていくことが出来なかった。その恩返しを――異星の旅人であるリュウジにしてあげたかった。
ジェイ・ゼルが、どれだけ自分たちに、救いの手を差し伸べてくれたか、その時に気付くことが出来たから」
シーツに向けて、ハルシャは、言葉を心の底から、絞り出す。
「リュウジは、大切な友人だ」
ぎゅっと、シーツを握りしめる。苦痛が身の内から湧き上がるままに、ハルシャは言葉を滴らせた。
「私は彼に、抱かれていない――抱かれるつもりもない」
ジェイ・ゼルの手が、止まった。
「どうして」
ハルシャは、身が震え出した。
「どうして、私の言葉を、信じてくれないんだ、ジェイ・ゼル!」
言い捨てた後、ハルシャは動いた。
ジェイ・ゼルの手を振り払い、強引にシーツをベッドから剥がし、身に巻き付ける。
裸足で、出口へと、駆ける。
戸口のボードをさらうように持ち、扉を開けて、外へと走り出した。
「ハルシャ!」