ハルシャとジェイ・ゼルの後日談になります。(全二話です)
食堂の机の上に、見慣れないものがあった。
これは――トランプだ。
休日の昼下がり。
何をするでもない時間が流れている時だった。
ハルシャが机の上の真新しいトランプを見つめていることに気付いたのだろう、ジェイ・ゼルが
「昨日、片づけをしていたら、ハルシャがラグレンから持ってきてくれた荷物の中に、これがあってね」
と、穏やかな声で説明してくれる。
視線を、トランプの箱からジェイ・ゼルへ向ける。
彼は微笑んでいた。
惑星トルディアを出る時に、ハルシャはジェイ・ゼルの部屋にあった荷物を、ほとんどこちらへ移動させていた。その中に紛れ込んでいたのだろう。
荷物を片付ける余裕がジェイ・ゼルに出来たことが、嬉しかった。
「それは、トランプか? ジェイ・ゼル」
問いかけると、微笑んだまま彼が頷く。
「そうだよ」
指を組むと小首を傾げてジェイ・ゼルがこちらを見る。
「ハルシャは、カードをしたことがあるかな?」
椅子に座ったまま、優しい声で尋ねた。
「昔」
再び封が切られていない箱へ目を向けてから、ジェイ・ゼルに笑顔で答える。
「オキュラ地域に住んでいたころ、メリーウェザ先生にもらったトランプで、サーシャとリュウジと遊んだことがある。確か、裏返しにしたのを二枚ずつめくって、同じ数字を揃えるゲームだった」
破顔して、ジェイ・ゼルが優しい笑い声を上げる。
「かわいらしい遊びだね」
ふふと笑いながら、椅子に座ったまま、箱を滑らせて手元に寄せた。
「実に罪がない」
何だか、含みのある言い方だ。
「ジェイ・ゼルは、遊んだことがあるのか?」
問い返してみた。
彼は箱を手に取ると、にこっと笑った。
「そうだね、よくしていたよ。遊びというような長閑《のどか》なものではないけれどね」
答えに、思わず瞬きをしてしまう。
驚いたハルシャの顔を見て、補足するように彼は呟いた。
「どちらかというと――真剣勝負だったかな。私がしていたカードはね」
再びハルシャは瞬きを一つした。
なんとなく、ジェイ・ゼルはトランプに対してあまり楽しい印象を抱いていないような感じを受ける。
真剣勝負だったせいだろうか。
そういえば、負けたサーシャはとても悔しがっていた。彼もそんな思いをしたのかもしれない。
「勝ち負けがあって、ジェイ・ゼルは嫌な思いをしていたのか?」
少し、気の毒になりながら問いかける。
ジェイ・ゼルが再び破顔した。
「私よりも、相手が嫌な思いをしていたかな。楽しめたよ、私はね」
不審げな顔をしていたのだろう。
笑いながらジェイ・ゼルが言葉を続けた。
「私がしていたのはね、ハルシャ。カードを使った賭けなのだよ」
「賭け?」
オウム返しにしてしまう。
トランプで賭けが出来るなど、ハルシャは知らなかった。
くすっと、ジェイ・ゼルが目を細めて笑う。
「まあ、ありていに言うとギャンブルだね。莫大な金銭を賭けて、勝敗を競うんだ。一夜にして富豪にもなれば、無一文にもなれる。とても楽しいゲームだよ」
トランプで賭け事をする。
堅実を旨とするハルシャには、理解できないことだった。
「カードのゲームに、お金を賭けるのか?」
「そうだよ。そうでなければ、面白くないからね」
「負ければ、金銭を失うのだろう? どうしてそんなことをするんだ」
「確かに、負けたら財産を失うが、勝てば、一瞬にして巨額の金銭を手に出来る。
未来の読めないことが、人をギャンブルに駆り立てるんだよ」
どうも、良く理解できない。
眉を寄せるハルシャに、
「少し、真似ごとをしてみるかい?」
と、ジェイ・ゼルがカードの箱を手にして微笑む。
「真似ごと、とは?」
ちょっと警戒を滲ませて言葉を返したら、ジェイ・ゼルがふふっと笑った。
「私と、カードで勝負をしてみようか」
ええっ! とハルシャは驚きを露わにしてしまう。
「ジェイ・ゼルと!?」
「もちろん、お金を賭けたりはしないよ。安全でささやかな勝負をしよう。少し、雰囲気を味わえるぐらいのね」
ジェイ・ゼルの長い指が、真新しいトランプの箱の周囲をすっとなぞっている。
「そうだね。シンプルで解りやすい……ポーカーがいいかな」
独り言のように呟いて、彼は視線をハルシャに向けた。
「ハルシャ。トランプには、四種類のマークの入ったカードが十三枚ずつある。合計五十二枚だね。ポーカーはそのカードを全部使ってするゲームなんだよ」
長い指が、トランプの箱の周囲を、ゆっくりと撫でる。
「五枚のカードの数字やマークの組み合わせで勝敗を競う。簡単だけれど面白いゲームだよ。ハルシャは賢いからすぐに覚えて遊べるようになると思うよ。一度やってみようか」
ジェイ・ゼルは箱に施された封印のシールを切ると、慣れた手つきで中身を取り出した。
きれいな指が、抑制のきいた動きをする。
「勝負の時にはね、新しい箱を開けて始めるんだよ。古い物だと、イカサマを仕込んでいる可能性があるからね」
イカサマ?
初めて聞く言葉だった。
「イカサマとは、なんだ? ジェイ・ゼル」
知らない言葉を尋ねると、彼は優しい笑みを浮かべた。
「勝つために使う、不正な手段のことだよ」
優雅な手つきで、彼はカードを机の上に広げた。
「金銭がかかってくるとね、卑怯な手を使っても、勝とうとする者が出てくるのだよ。それこそ、あの手この手で騙しにくる。邪《よこしま》な手を使ったらどうなるのか、見せしめのためにきつい罰があるが――それでも、人は甘い誘惑に負けてしまいがちだからね」
穏やかな口調で、不穏当なことをジェイ・ゼルは語る。
金銭のかかった真剣勝負なのに、そんなことをする人がいるのだろうか。
驚きを表情に浮かべるハルシャに、優しい口調でジェイ・ゼルが続けた。
「余計なことを耳に入れてしまったね。すまなかった。ハルシャは知らなくてもいいことだからね。さあ、カードを並べたよ」
彼は、それぞれのマークごとにトランプを横一列に並べていた。
4つの列が机の上に出来ている。
絵札のある前に、Aのカードが置いてあった。
「Aと書いてあるのは、エースと言ってね。ポーカーでは一番強い数になる。次がキング。クィーン、ジャックと続いて、一番弱いのが、2になる。ここまでは大丈夫かな?」
ハルシャは、同意を込めてうなずいた。
「このカードを5枚使って、色々な役を作るんだ。まず、点数の低いものからいくよ。
ばらばらで、何の役も出来ていないものが、ハイカード。
次が」
説明しながら、ジェイ・ゼルはトランプの中からハートとクラブの3を抜いた。
「同じ数字が2つあるのか、ワンペア」
ハルシャの目の前に、カードが二枚並べられる。
なるほど。
マークが違っても、同じ数字だとペアになるのだと、納得する。
そこに、スペードの5とダイヤの5を並べてジェイ・ゼルが置いた。
「ワンペアが2組できたものを、ツーペアという。ワンペアより、ツーペアが強い」
解るかな? とジェイ・ゼルが問いかける。
大丈夫だと、ハルシャは答えた。
にこっと笑ってから、ジェイ・ゼルは続ける。
「次に強いのが」
前に並べた4枚のカードに、スペードの3を加える。そして、5のワンペアをすっと横へ逃した。
「同じ数字が3つ並んだもの。これをスリー・オブ・ア・カインドと呼ぶんだよ」
Three of a kind と、ジェイ・ゼルが綴りを教えてくれる。
同じ種類の三枚のカードと言う意味だそうだ。
ハルシャは興味を覚え、肘を机についてわずかに身を乗り出した。
その様子にジェイ・ゼルが笑みを深める。
それから彼は、手元に集めたカードを、いったん同じマークの列に戻した。
「次に強いのが、ストレートだよ、ハルシャ。これはマークに関係なく、数字が抜けなく連続で並んでいるのを呼ぶんだ。例えば」
と、マークを無視して、列の中からジャックと10、9、8、7の札を取り出して、ハルシャの前に並べる。
「5枚のカードの数字が連続しているだろう? これがストレートだよ」
ハルシャは、瞬きをした。
段々、手元に集める難易度が上がっているような気がする。
「その上は、フラッシュと言ってね」
再びジェイ・ゼルがカードを元に戻してから、今度はハートのマークの中から、ランダムに5枚を選び出す。
「数字は関係なく、マークが同じだったら成立する」
へえ、とハルシャは感心する。
たった5枚なのに、組み合わせがたくさんあって楽しい。
「ジェイ・ゼル」
疑問を感じて、ハルシャは問いかけていた。
「マークが同じで数字が連続するのも、何か役があるのか?」
質問がうがったものだったらしい。
喜色を浮かべて、ジェイ・ゼルがうなずく。
「もちろん、役があるよ。マークが同じで数字が連続しているのは、ストレートフラッシュと言ってね、とても高い役だ。手元に出来たら、勝つ可能性がかなり高くなる。よく推理できたね」
気付いたことを褒めてもらっているようだ。
柔らかい笑みを見つめていると、頬が赤らんでくる。
「そのストレートフラッシュの前に、2つほど役がある。さっきのフラッシュの上が、フルハウスと言ってね」
ジェイ・ゼルは、6の数字から、ハートとクラブとダイヤのカードを抜き、次にジャックからスペードとハートを抜いて、五枚をハルシャの前に並べた。
「ジャックのワンペアと、6のスリー・オブ・ア・カインドだね。この、ワンペアとスリー・オブ・ア・カインドの組み合わせを、フルハウスというんだよ」
面白い。
宇宙飛行士を目指していた関係からか、ハルシャは数字が好きだった。
無意識の内に、フルハウスが成立する確率などを考えてしまう。
興味津々で、身を乗り出してハルシャはジェイ・ゼルの手元を見つめる。
「フルハウスより強いのが、フォー・オブ・ア・カインド。どんなのか、ハルシャは分かるかな?」
目を細めて、ジェイ・ゼルが問いかける。
フォー・オブ・ア・カインド。
同じ種類の四枚のカードという意味だ。
なら。
ハルシャは机の上に置かれたスペードの6を手に取ると、目の前の五枚の内、スペードのジャックと入れ換えた。
「同じ数字のカードが四枚あることか?」
「その通りだよ、ハルシャ」
手を伸ばして、ジェイ・ゼルがよしよしと頭を撫でてくれる。
「このフォー・オブ・ア・カインドの上が、さっきハルシャが言っていた、ストレートフラッシュだよ。とても強いということが解るかな?」
なるほど。
ハルシャは深く頷いた。
「一番強いのが、ストレートフラッシュなのか?」
質問に、ジェイ・ゼルが小さく首を振る。
「ポーカーの中で一番強い役には、名前があってね。種類で行くとストレートフラッシュなのだが、使う数字が決まっている。最強の役はね――」
ジェイ・ゼルは先ほどハルシャが横に除けたスペードのジャックを一枚、前に置く。
そこへ、次々にカードを並べていった。
同じスペードの10をジャックの右横に置く。次に、左にクィーン、キング、そしてエースを並べて置いた。
「一番強いエースから始まる、同じマークの連続した数字。これが最強の役になる。これはね、ロイヤルストレートフラッシュと言うんだよ、ハルシャ」
ロイヤルストレートフラッシュ。
とても特別な感じがする。
絵札がたくさんあって、見た目もとても豪華だ。
見とれるハルシャに、ジェイ・ゼルが微笑みながら
「私も一度しか見たことがない。めったにお目にかかれない役だよ」
と教えてくれる。
感心して、ハルシャは顔を上げる。
すっかり魅せられている表情を見守ってから、彼は言葉を続けた。
「同じ役になった時は、手持ちのカードのランクが高い方の勝ちになる。フルハウスの時は、スリー・オブ・ア・カインドのランクで競うんだ。全く同じ手だったら、引き分けだ」
ロイヤルストレートフラッシュのカードを元に戻しながらジェイ・ゼルが呟く。
「勝敗については細かいきまりがあるけれど、実際にやりながら覚えた方が早いかな」
にこっと笑みをジェイ・ゼルが深める。
「どうだろう、興味が湧いてきたかな?」
優しい問いかけに、ハルシャは強くうなずいた。
「とても」
手元にカードが集まる確率などを考えると、ワクワクしてくる。
ふふと、ジェイ・ゼルが笑みをこぼす。
「なら、実際にやってみようか、ハルシャ」
ジェイ・ゼルが教えてくれたのは、賭け事の場では一般的な、テキサスホールデムという名称のポーカーだった。
「五枚配り切ってするドローポーカーというのもあるけれど、せっかくだからね」
と、並べていたカードをきれいにまとめて、慣れた手つきでシャッフルする。
「本当は、ブラインドという強制チップをベットしてからゲームを始めるのだけれど、そこは省略しようか」
穏やかに彼は告げる。
本当に、賭け事なのだと、ハルシャは思わずごくりと唾を飲み込んでしまった。
「ジェイ・ゼルは、実際に金銭を賭けたことがあるのか?」
解り切ったことかもしれないが、問いかけてしまう。
笑みがこぼれる。
「そのために、ポーカーをするのだからね」
手の動きを止めずに、彼が言う。
ハルシャは人生の中で、これまで一度もギャンブルらしきものをしたことがなかった。けれど、ジェイ・ゼルは当り前のように金銭を賭けてきたのだ。
つくづく、彼は自分と違う世界で生きていたのだとハルシャは思う。
カードを扱う手は淀みなく動き、とても慣れている。日常携わっていたことを物語るようだ。
サーシャとしていたトランプは、本当に平和なものだった。それで勝負だと思っていた自分が、何だか恥ずかしくなってしまった。
トランプを切り終えたところで、ジェイ・ゼルはカードを配る。
一枚ハルシャの前にカードが伏せたままで置かれた。
ジェイ・ゼルも自分の前に一枚配り、さらに追加でハルシャの前に一枚置かれる。
もう一枚をジェイ・ゼルも自分の前に置いて、左隅にカードの束を置く。
二枚が、目の前に配られている。
ハルシャは目をぱちくりとさせた。
五枚で役を作ると言ったが、二枚しかない。
どういうことだろう。
「今配った二枚はホールカードと言うんだよ、ハルシャ。自分の手札になる」
ジェイ・ゼルが微笑んで言う。
「最初だからね、表を向けてカードを見せ合いながらやってみようか」
どうやら、この流れで合っているらしい。
「解った」
ハルシャは伏せられたカードを二枚めくって、机の上に置いた。
ハートのジャックと、クラブの10だった。
「良い手だ。ストレートが狙えるね」
笑顔のまま、ジェイ・ゼルもカードを表に返す。
スペードのエースと同じスペードの5だ。
これは、確か、フラッシュとかいう手が出来るのではないだろうか。
「フラッシュが作れるのではないか、ジェイ・ゼル?」
と、ハルシャは尋ねてみた。
「可能性はあるね」
ジェイ・ゼルが笑顔で返してくる。
「この状態を第一ラウンドの『プリフロップ』と呼ぶんだよ、ハルシャ。手元に配られたホールカードから、勝負を行うかどうかを判断して、時計回りでチップを賭けていく。様子見の時は、チェックといい、最初にチップを賭けることをベットというんだよ。最低ベット額と同額を賭けるなら、コール。金額を上げるなら、レイズ。勝負を降りる時は、フォールド。全額を賭けるならオールイン。
誰かがレイズをしてチップの金額を上げたら、次の人は上げたと同額をコールしなくてはならない。
ここで気を付けなくてはならないのは、誰かがチップをベットをしたら、次の人からは様子見のチェックは出来ない。コールか、レイズか勝負を捨てるフォールドしか選択肢がなくなる。
第一ラウンドは、最初に強制ベットの金額がコールされているから、チェックは出来ないシステムになっているんだよ。
賭けを継続する人が、全員同じ金額になったら、プリフロップのアクションは終了する。
勝ち目がないと思った時点で勝負を降りることが出来るが、その時はベットしたチップは戻ってこない――解るかな?」
本物のチップは使わないので、あっさりとジェイ・ゼルが説明する。
「なんとなくは、理解出来る」
ハルシャは覚束ない口調で応えた。
「実際にしてみないと解らないかもしれないね。慣れると簡単だけれど――ここでね、駆け引きが行われるんだよ。チップを賭ける作業は、ポーカーの勝負全体を通じて四回はあるからね」
「四回も?」
驚いて、思わず問い返してしまった。
「そう。金銭を賭けるためのゲームだからね。ラウンドごとに金額を集めておくんだよ」
あっさりとジェイ・ゼルが言う。
ドキドキと心臓が躍ってしまう。
五枚のカードの役で決まる勝負に、たくさんのお金が動くのだ。
信じられない気持ちが湧き上がってくる。
「本当に、楽しいのか?」
疑いながら問いかけた言葉に、ジェイ・ゼルが優しく笑う。
「もちろん、勝負だからね。勝てば楽しいよ」
さらりと彼は言ってのけた。
睫毛を伏せてカードを見つめるジェイ・ゼルは、過去を思い出しているのだろうか、昔見たような静かな表情になっていた。
きっと。
以前のジェイ・ゼルは、冷徹な表情で勝負の場に座っていたのだろう。
どんなに高額の掛け金が積まれても、彼は眉一つ動かさずに状況をさばいていたのかもしれない。
ギャンブルをする彼の姿を思い描くと、不意に頬が熱くなった。
さっきとは違った意味合いで、心臓が高鳴る。
「何も賭けないからね、このまま続けるよ」
ジェイ・ゼルは、置いてあるトランプの束の一番上に置かれた一枚を、捨てた。
その下の三枚を、机の上に表を向けてきれいに並べる。
ジェイ・ゼルが広げたカードは、ハートの6と、ダイヤのジャック。それにスペードのキングだった。
成り行きを見守るハルシャの耳に、説明を施すジェイ・ゼルの声が響く。
「この場に置かれたカードは、コミュニティカードと言ってね、ゲームに参加する全員が共通して使える札になる。場に置かれた三枚と手元の二枚を使って、役を作るんだよ」
「それで、五枚のカードになるのか?」
問い返したハルシャに
「そうだね」
と優しく彼は言葉を返してくれた。
「今は三枚しか出ていないけれど、コミュニティカードは最終的には五枚になる。場の五枚と手札の二枚の合計七枚の中から、一番強い役を作って賭けていくんだよ。
第二ラウンドの、手元に二枚、コミュニティカードが三枚の状態を『フロップ』と言う。ここで、再びアクションが始まる。様子見にチェックをしてもいいし、チップをベットしてもいい。コールで賭けを続けるのもいいし、レイズをするもよし、もちろん、勝負を投げてフォールドしてもいい」
ことあるごとに、チップを賭けるのだ。
驚愕するハルシャに、
「今、ハルシャはジャックのワンペアが出来ているね」
とジェイ・ゼルが指摘する。
確かに。
手元のカードとコミュニティカードの間で視線が往復する。
「なら、ハルシャは続けるかい?」
もちろん、続けるつもりだった。
「続けたい」
言葉に、にこっとジェイ・ゼルが笑う。
「なら、次のラウンドに進もうか。次は第三ラウンド。『ターン』だよ」
再び一番上のカードを捨ててから、ジェイ・ゼルがさらに一枚を場に出した。
「コミュニティカードが四枚になった第三ラウンドの状態を、『ターン』というのだよ、ハルシャ」
新しい一枚は、ハートのエースだった。
「良いカードが出たね」
ジェイ・ゼルが微笑む。
「ここでもチップが賭けられる。この時に、駆け引きがあるんだよ、ハルシャ」
ジェイ・ゼルが長い指でハルシャのカードに触れる。
「ハルシャは今、ジャックのワンペアだね」
言葉に、ハルシャはうなずく。
「例えば、ここでハルシャが強気に出て、チップの金額を倍に上げるレイズを行ったとするね」
そんな怖いことは出来そうにないが、取りあえずうなずいてみた。
「すると、周りの者たちは、こう考えるんだ。これほど強気に出るということは、よほどいい手が来たに違いない。もしかしたら、エースを既に手元に二枚持っていて、スリー・オブ・ア・カインド、下手をすればフルハウスが出来ているのかもしれない、とね。勝手に考えてくれる」
目を細めて彼は言葉を続ける。
「そうするとね、少し不利な手を持っていて、様子を見ていた人が、勝負を降りてくれる。次に良い手が来るかもしれないのに、臆病になってしまってね。
人数が少なくなれば、チップを独占できる可能性が高くなる」
とても魅力的な笑みを、ジェイ・ゼルは浮かべた。
「ポーカーはね、強い役を作るか、もしくは相手を怯えさせて、全員勝負から降りさせてしまえば勝つことが出来るゲームなんだよ」
呆気に取られていたのかもしれない。
「手札が悪くても、勝つことが出来るのか?」
と思わず問いかける。
「悪手でも良手にみせかけるのを、ブラフと言ってね。ハッタリに近いかな。あまり頻繁には使えないけれどね」
と艶やかな笑みのまま、ジェイ・ゼルが告げる。
そんな風にして勝ったことがあるのだと、ハルシャに確信させる笑顔だった。
ふふっと笑ってから、
「勝負を続けるかい? ハルシャ」
とジェイ・ゼルが言う。
「もちろん、続ける」
「なら、次のラウンドに進もうか。これが最終ラウンド。『リバー』だよ」
ジェイ・ゼルが場に一枚出す。
クラブのクィーンだった。
「ハルシャの勝ちだね」
「え?」
驚いた顔のハルシャに、
「ストレートが出来ているよ、ハルシャ」
と、さらりとジェイ・ゼルが言う。
ジャックのワンペアに気を取られて気付かなかった。
ストレートというのは、強い役ではないだろうか。最初にジェイ・ゼルがそれが出来るかもしれないと予言していたことを思い出す。
驚くハルシャに、にこにこ笑いながら、ジェイ・ゼルがカードを示した。
「ほら」
指先が、机の上の五枚置かれたコミュニティカードから、ジャックとキングとエース、そしてクィーンを選び出した。
「それに、ハルシャの手札のテン(10)を加えたら、エースから始まるA‐ハイ・ストレートが出来るよ。ストレートの中で一番強い役だ。見事だね」
本当だ。
びっくりするハルシャに、微笑んで彼が説明する。
「勝負はここで終わりだ。ショウダウンと言ってね、手札をお互いに見せて勝敗を決める。良く出来たね、ハルシャ」
と満面の笑みをジェイ・ゼルが与えてくれる。
「才能があるのかな、生まれて初めてしたポーカーでこの役とは、大したものだ。私はエースのワンペアだ。完敗だよ、ハルシャ」
妙に嬉しかった。
勝負に慣れているジェイ・ゼルに勝てたことに胸が躍る。
照れながら笑みを返すと、ジェイ・ゼルがそのまま手を伸ばして、頭を撫でてくれる。
「面白かったかな?」
「とても楽しい」
素直に告げた言葉に、彼は穏やかな慰撫で応える。
「じゃあ、この調子でポーカーをやってみようか。今度はきちんと札を裏返したままでね」
手を引きながら、ジェイ・ゼルが微笑む。
「けれど、そうだね。何も賭けないのは少し物足りないから――」
独り言のように呟いてから、彼はカードを手元に搔き集めた。
しばらくしてから、にこっと笑って顔を上げる。
「どうだろう、ハルシャ。負けた人には、ペナルティを与えるというのは」
「ペナルティ?」
「お金を賭けない代わりに、勝負に敗北したら――」
一度言葉を切ってから、笑顔で続きを言う。
「一枚ずつ、服を脱ぐというのは、どうかな?」
あんぐりと口を開けそうになった。
「ふ、服を?」
「そうだね。負けた人が、その都度服を一枚脱ぐ。どうかな? 面白そうだと思わないか?」
どうして、そんな発想にジェイ・ゼルはなるのだろう。
「ポーカーをするだけでは、いけないのか? ジェイ・ゼル」
「うーん。これまで、ポーカーを真剣勝負でしかしたことがないからね。あの緊迫感が妙に懐かしくてね。ちょっと味わってみたいのだけれど、ハルシャは嫌かな?」
ふと、胸を突かれた。
ジェイ・ゼルは、自分のために家の中に籠って暮らさざるを得ない。
その彼が――
気晴らしがしたいというのなら、付き合うのが正しいことのような気がした。
「それに、ハルシャは才能があるようだから、きっと簡単には負けないよ」
にこにことしながら、ジェイ・ゼルが告げる。
そ、そうだろうか。
まだ踏ん切りがつかないハルシャに、不意に笑みを消してジェイ・ゼルが言う。
「ハルシャと、こうやって真剣に遊べることが、とても嬉しくてね。つい、色々と言ってしまったようだね。でも、賭け事のようなものは、ハルシャは嫌なのかな」
とくんと、胸が躍った。
また、ジェイ・ゼルに見抜かれてしまった。
そうだ。
ギャンブルは良くないことだと、常々母親は言っていた。人生を狂わせてしまうとても危険なことだと。手を出してはダメよ、と言われたことを覚えている。父も誠実な商売人らしく、日々の業務をコツコツとこなす生き方が正しいとハルシャに語っていた。
だから。
ギャンブルという言葉に、無意識に拒絶反応を示したのかもしれない。
心の動きが解ったように、ジェイ・ゼルが微笑んだ。
「ギャンブルは、金銭を賭ける非生産的な行為だからね。ハルシャはあまり好きじゃないかな」
きっとジェイ・ゼルにとってはカードで賭けをすることは、日常生活の一部だったのだろう。
ここで自分が嫌がってしまったら、彼の過去を否定するような気がした。
暴力的で違法な人生を生きてきたことを――糾弾するような。
今も、少し寂しげな眼差しでジェイ・ゼルが自分を見ている。
彼はせっかく二人で一緒に楽しもうと、ゲームのやり方を教えてくれたのに。
沈黙するハルシャを見つめて、ジェイ・ゼルが少し口角を上げた。
「――嫌なら、止めておこうか。ハルシャ」
呟くと、彼はカードをまとめて箱に戻そうとした。
その姿が妙に胸に堪えた。
「い、嫌じゃない。ジェイ・ゼル!」
慌ててハルシャは言葉を絞っていた。
「勝負させてくれ、ポーカーで。とても楽しかった。だから……」
「敗者にペナルティがあっても、大丈夫なのかな? ハルシャ」
首を傾げてジェイ・ゼルが問いかける。
ちょっと口ごもってから、
「だ、大丈夫だ。ジェイ・ゼル。それも楽しいと思う。賭け事は初めてだけれど、どうやってするのか教えてくれないか」
と、何とか口から承諾の意を告げる。
ジェイ・ゼルが静かに微笑んだ。
「嬉しいね、ハルシャ。なら、さっそく始めようか――ポーカーをね」
【付記】
※文中で「スリー・オブ・ア・カインド」「フォー・オブ・ア・カインド」とジェイ・ゼルが説明している役(ハンド)は、日本ではそれぞれ「スリーカード」「フォーカード」と呼ばれることが多いです。が、国際的には「スリー・オブ・ア・カインド」「フォー・オブ・ア・カインド」が一般的なので、この名称を採用しています。
※カードのスペードやダイヤのことは「スート」と呼びますが、文中では説明が煩雑になるので「マーク」としています。テキサスホールデムではスートによる順位付けがないので、出来た役(ハンド)で勝負が決まります。
全く同じクラスの役の時は(例えば、二人とも6のワンペアとかですね)、それ以外の手札のクラスが上の人が勝ちます。(勝敗を決める手札のことを、キッカーといいます)
作った役も、手札も全く同じ場合は「引き分け」となり、引き分けた人数でチップが等分されます。