明朗な口調で告げられたのは、意外すぎる言葉だった。
ジェイ・ゼルがいなかったから、精を吐くことが出来なかった。
自分の身体はそんな風になっていたのだろうか。
驚いていたのかもしれない。
くすっと、小さくジェイ・ゼルが笑った。
「これから証明してあげようね、ハルシャ」
笑いを含んだ声で、愛撫するように彼が呟く。
「私と一緒なら大丈夫だよ。安心して、身を委ねておくれ」
微笑んだまま、ジェイ・ゼルが優しく唇を合わせる。ひどく穏やかな仕草で、唇が小刻みに食まれていく。
刺激に、鋭敏に身が反応した。
小さく呻きを上げるハルシャの髪を、愛しげに撫でてから、ジェイ・ゼルは手を再び胸の尖りに滑らせた。
三日間、離れた心の間隙を埋めるように、彼が自分の熱をハルシャに与えてくれる。段々と理性が薄れてきて、ハルシャは夢中でジェイ・ゼルの唇を味わっていた。
酩酊感が身を襲う。
下腹部に耐えがたいほど熱が集まってきた。
ゆっくりと唇を離すと、指先で器用に乳首に刺激を与えながら、彼は身を下へと動かした。
先ほどまでの口づけに、酔ったようになっていたハルシャは、びくっと身を浮かせた。
持ち上がっていた昂ぶりが、ジェイ・ゼルの口に含まれている。
「――ジェイ・ゼル……」
驚愕のあまり名を呼ぶと、舌で一舐めしてから、ジェイ・ゼルが顔を浮かせた。
「痛むのかな、ハルシャ?」
優しい声で彼が問いかける。
そうではなくて、口に含んでくれたことが衝撃だった。
「く、口でしなくても……」
と、思わず動揺を滲ませながら告げた言葉に、ジェイ・ゼルは小さく首を振った。
「かわいそうに、ハルシャ。昨夜はぬめりも与えずに慰めたのだね。敏感な場所が赤くなっているよ」
かっと、ハルシャは羞恥で顔を赤らめる。
言われていたことだ。
繊細な場所だから、必ずぬめりのある液を亀頭に塗ってから、触りなさいと。それは解っている。
けれど。
昨日、ホテルにはぬめりのある液が、なかったのだ。
真っ赤な顔をしばらく見つめてから、不意にジェイ・ゼル優しい口調で語り掛けた。
「これ以上手荒いことをしたら、君が痛みを得るかもしれないからね。手ではなくて、口で愛してあげようね」
にこっと笑うと、ジェイ・ゼルは視線を合わせたまま、立ち上がった敏感な場所を再び口に含んだ。
尖らせた舌が、さらりと先に触れて、ハルシャは身を跳ね上げた。
様子を見守りながら、ジェイ・ゼルがゆっくりと舌を動かす。
彼の巧みな技に、ハルシャは翻弄された。
「ああっ、ジェイ・ゼル!」
淫靡な水音が愛撫を受ける場所から響く。
それだけで、ぞくぞくと快楽が背筋を這い上がってきた。
昨日は、あれほど手を動かしても迎えられなかった絶頂が、急速に身の中に湧き上がってきた。自分でも信じられないほどだ。
ジェイ・ゼルは全てが解っているようだった。
口をすぼめて吸うようにして、昂ぶりに刺激を与えてくる。
耐えきれずに、ハルシャは身をよじった。
逃げようとする動きを制するように、ジェイ・ゼルはハルシャの腰を抱え上げた。腕に下腹部を捕らえられて、快楽の逃げ場がなくなってしまった。
局部に、ジェイ・ゼルの温かな口の刺激が絶え間なく与えられる。
容赦なく押し上げられていく。
「ジェイ・ゼル! あっ、ああっ! もうっ! あああっ!」
叫びと共に身を反らし、ハルシャはあっけなくジェイ・ゼルの口の中に、精を吐いていた。
脳が真っ白になるほどの、愉悦が身を満たす。
荒い息をついて、ハルシャは身をベッドに投げ出した。
ジェイ・ゼルは口をまだ離さず、ハルシャの白濁した液を吸い上げている。
何も考えられなかった。
あまりの快楽にじんと脳が痺れ、短い息を、繰り返すことしかできない。
しばらくしてから、ジェイ・ゼルが口を離した。
「とても濃いよ、ハルシャ」
妖艶な笑みを浮かべて、彼が呟く。
「溜めていたんだね。かわいそうに――」
ちゅっと、音をさせて、ハルシャの昂ぶりに、彼が口づけを落とした。
ぴくりと身が反応する。
「ハルシャの身体は賢いね」
顔をこちらへ向けて、笑みを深めて彼が静かに言葉をかける。
「私が側に居なかったら、精を吐いてはいけないことを、きちんと知っているのだね」
視線を合わせながら、再び昂ぶりに顔を寄せて、愛しげに口づける。
「私の口でいくことが出来たね。もう大丈夫だ」
顔を近づけているので、局所にジェイ・ゼルの息が触れる。
それだけで、もう再び持ち上がってきそうになる。
様子を見つめてから、ジェイ・ゼルが静かに微笑む。
「安心したかな、ハルシャ」
あまりに刺激が強すぎて、まだ口を開くことが出来なかった。
浅い息を繰り返すハルシャを、しばらくジェイ・ゼルは見つめていた。
「もう」
長い沈黙の後、ジェイ・ゼルの低い声が響いた。
「私がいないところで、自分を慰めてはいけないよ、ハルシャ」
穏やかな語調だが、一瞬息を詰めるほど、込められたものは重かった。
「快楽も得られず、大切な場所を傷つけるだけだからね」
ハルシャはすぐに言葉を返せなかった。
どうして、ジェイ・ゼルはこんなに真面目な顔で、自慰をしてはいけないと言っているのだろう。さっきは自分を慰めることは、恥ずかしいことではないとなだめてくれていたのに。
彼の意図を掴みかねて、ハルシャは軽く混乱してしまった。
黙り込むハルシャを見つめてから、ジェイ・ゼルが不意に柔らかな笑みを浮かべた。
「ハルシャは納得できていないみたいだね」
するすると、太ももを撫でながら彼が呟く。
「少し、言葉が足りなかったかな。自慰はいけないことではないよ」
にこにことしながら、彼は言葉を続ける。
「私を想いながら自分を慰めてくれたことが、本当は嬉しいのだよ、ハルシャ。でもね」
ちゅっと再び局所に唇が触れる。
「私の見ている前で、出来れば慰めて欲しかったかな」
言っている意味が、どうも理解出来ない。
「ジェイ・ゼルの、前で?」
かすれた声の問いかけに、ゆっくりとジェイ・ゼルが首を揺らした。
「そうだね」
「だが、出張中で――ジェイ・ゼルに会うことが出来なかったから……」
困惑しながら返した言葉に、ふっとジェイ・ゼルが笑った。
「でもね、ハルシャ。連絡を入れてくれていただろう? 画面越しになら、逢えるね」
瞬間、悟る。
ま、まさか。
画面の向こうにいるジェイ・ゼルを前にして、自慰をしろと彼は言っているのだろうか。
「そ、それは……」
「寂しかったら、そう言ってくれたら良かったのに。君が達するまで、きちんと見守ってあげたのにね。かわいそうに。こんなに赤くなるまで擦っても頂点が訪れなかったなんて、さぞショックだったろう」
身を寄せるとちゅっと音をさせて、ジェイ・ゼルが昂ぶりに再び唇で触れる。
愛おしそうに見つめてから、視線がハルシャへ向かう。
「辛い体験だったね、ハルシャ」
ふふっと、ジェイ・ゼルが笑う。
「それだけ……私が恋しかったのだね」
目を細めて彼は言葉を続けた。
「これは生理的なものだから、恥ずかしがらなくてもいいよ。男性は、性的欲求が兆しやすいものだから、我慢してはかえって体に悪い。責めているのではないよ。むしろ、ハルシャがそうやって素直に自分の内側の声に従ってくれたことが、嬉しいのだよ。でも――身体を傷つけてはいけないからね」
優しく身を撫でながら、ジェイ・ゼルが呟く。
「次からは、出張の荷物の中に、ぬめりを入れておくようにするからね。ちゃんとそれを使うのだよ。画面越しに見守ってあげるからね」
「大丈夫だ、ジェイ・ゼル」
ハルシャは、理由の解らない羞恥に顔を染めながら、懸命に言葉を続ける。
「もう、出張先で自分を慰めないようにする。同僚と、あ……相部屋になることもある、だから」
顔が真っ赤になる。
今回は、上司の代わりだったので一人部屋だったが、場合によっては仕事仲間と同じ部屋になることもある。可能性にますます顔が赤くなる。
「気をつける」
抱えていた腰から手を離して、ジェイ・ゼルが横たわるハルシャの側に身を寄せる。
頬に手が触れた。
灰色の瞳の中に真剣な光を宿して、ジェイ・ゼルが見つめてくる。息を飲むほどに厳しい眼差しだった。
「ジェイ・ゼル……」
思わず呟いた名に、不意にジェイ・ゼルは柔らかく目を細めた。
「ハルシャが満たされるように」
灰色の瞳が、自分を静かにのぞき込む。
「愛してあげようね。離れていた分も、たっぷりと」
ハルシャが言葉を返す前に、唇が覆われていた。
*
口づけを交わす間に、いつの間にかパジャマが身から取り去られ、素肌を触れ合わせていた。
ジェイ・ゼルはハルシャの後をくつろげると、ついでのように敏感な場所に指を這わせる。
その刺激に、ハルシャは中だけで一度達してしまった。
快楽に酔う身が、抱き上げられて、ベッドの上に座ったジェイ・ゼルの膝の上に下ろされる。
背中を預けた状態で、ゆっくりと後孔に彼の昂ぶりが入り込んでいく。
久々の刺激に、ハルシャは声を放ってしまった。
身を支えられたまま、座位で彼を受け入れる。
中に収めた後、ジェイ・ゼルは昂ぶりを動かさなかった。
大きさがハルシャの中に馴染むのを待つように、動きを止めて、後ろから抱き締めている。
唇が首筋を這い、ハルシャは身を反らして刺激に耐えた。
抱いていた手が緩み、胸の尖りへと動いていく。
ゆっくりと、後ろから回した手で、ジェイ・ゼルが胸を愛撫してくる。
ハルシャは再び声を放っていた。
昂ぶりを中に収めたまま、長く優しく快楽を加えられ、ハルシャは乳首だけで再び達してしまった。
痙攣する身を、ジェイ・ゼルの腕が包む。
しばらくそうしてから、ハルシャが落ち着いたのを見極めたように、止まっていた指が再び動き出した。
身を撫でてから、硬くなった乳首へと、指が動く。そこを摘んで、ジェイ・ゼルが静かに愛撫する。
強すぎる刺激にハルシャはのけぞった。
ジェイ・ゼルの肩に頭を預けて、内側から湧き上がる衝動に耐える。
「可愛い乳首だね。ほら、こんなに尖って愛して欲しいと、ねだっているよ」
ジェイ・ゼルの言葉が耳元に滴る。
「私の手を喜んでいるね、ハルシャ。気持ちいいかい?」
摘んでいた指がほどけ、甘やかに尖りを撫でる。
答える代わりに、ハルシャは切ない喘ぎをもらした。
優しく刺激を与えながら、
「誰の手が、ハルシャを愛しているのかな?」
と静かな問いが、後ろから耳朶に触れる。
「答えてごらん、ハルシャ」
手の動きが止まらない。
「これは、誰の手かな?」
「――ジェイ・ゼル……」
うわ言のように呟いた言葉に、笑いの息が後ろから耳たぶに吹きかけられ、びくっとハルシャは身を震わせた。
「そうだね、私の手だね」
優しい声で、ジェイ・ゼルが呟く。
音をさせて首筋に唇が触れる。
「君を愛しているのは、私の手だよ。ハルシャに快楽を与えられるのも、私の手だけだよ。よく覚えておくれ」
必死に肯くと、温かな笑い声が聞こえた。
「いい子だね、ハルシャ」
今度は肩に唇が落とされる。二か所からの刺激に、身がびくっと痙攣するように反応した。
「素直ないい子だ」
言葉の間も、ジェイ・ゼルの繊細な指遣いが止まらない。
彼の熱いものに貫かれたまま、与えられる刺激に中で快楽が弾ける。
何度目の波が来ただろう。
もう、ハルシャは数えられなくなっていた。
「また中だけで達したのだね。ハルシャはえらいね」
ちゅっと首筋に唇が触れる。
「私を甘く締め付けているよ」
動いて欲しい。
その言葉すら、ハルシャは伝えられなくなるほど、追い詰められていた。
熱にうかされたような嬌声しか、口から出ない。
全身から汗が溢れて、短い息を必死に吸い込む。
がくがくと震える身を、ジェイ・ゼルが腕で包んだ。
そのまましばらく、落ち着くまで温もりに浸してくれる。
「いい子だね、ハルシャ」
あやすように、ジェイ・ゼルが呟く。
動いて欲しい。
埋め込まれたジェイ・ゼルの昂ぶりは、さっきから少しも動かない。
中だけで絶頂を迎え続けて、快楽の向こうにある苦しみが身を覆う。
彼に――昂ぶりを動かして欲しかった。
懇願を滲ませて、ハルシャは身を捻ってジェイ・ゼルへ視線を向ける。
灰色の瞳が、自分を見つめていた。
息がしづらくて、胸が大きく動き続ける。
言葉が出なかった。
ふっと眉を寄せると、ジェイ・ゼルが抱き締めていた手を緩めて、頬へと滑らせた。
「苦しいのかな、ハルシャ」
精を吐かない絶頂は、繰り返すと身が引き絞られるような感覚が襲ってくる。
窮状を訴える眼差しを受け止めてから、ジェイ・ゼルが目を細めた。
「――無理を、させてしまったね」
傷ついたような口調に、ハルシャは慌てて首を振った。
声が出ない。
大丈夫だと、ただ、伝えたかった。
でも喉が引きつって上手く言葉が出ない。
頬を静かに撫でてから、繋がったまま、ジェイ・ゼルがハルシャの足を動かす。
ぐったりとした身を彼の手の動きに委ねていると、体が反転していた。
向き合う形になる。
肩に顔を寄せるようにして、深く抱き締められていた。
「中で達しすぎると、辛いね。すまなかった。ハルシャ」
言葉を途切れさせると、腕に包んでジェイ・ゼルは沈黙した。
膝の上で彼を受け入れたまま、腕に抱きこまれている。
嵐のような快楽が去るのを、ひたすら彼は待っているようだった。
温もりに身を預け、ハルシャは目を閉じた。
ジェイ・ゼルの体から、爽やかな香りがしている。馴染んだ大好きな匂いに、ハルシャは心が静まっていくのを感じていた。
力の入らない身をジェイ・ゼルに委ねる。
互いの呼吸しか聞こえない、長い沈黙が続いた。
「三日間」
静寂を破るように、ぽつりと、ジェイ・ゼルが呟いた。
「君のいないこの家に居ると、色々考えが巡ってね」
背中を抱いていた手が、動いて髪の上を滑った。
「私も、君が恋しかったよ。ハルシャ」
押し当てた場所から、彼の言葉が聞こえてくる。
「君が私を想って自分で慰めようとしたことは、本当に嬉しいのだよ。だけれど、ね、ハルシャ。君が私の知らないところで、快楽を得ようとしていたかと思うと、心が乱れてしまった」
ゆったりと、髪の筋を辿るように、指先が動く。
短い静寂の後、彼は口を開いた。
「少し、寂しかったのかもしれないね。私は――」
ぽつんと、彼は言葉をこぼしたあと、再び黙した。
次の言葉はなかなか与えてもらえなかった。
ハルシャは黙って、彼の言葉を待った。
ジェイ・ゼルは今、抱える気持ちを整理している。そんな気がした。
「私は」
長い静寂を破って、彼が再び口を開いた。
「自分だけが、君に快楽を与えたいのだろうね――君が精を吐くさまは、とても愛らしくてきれいだからね。それをいつも」
不意に、髪から手を浮かすと、ジェイ・ゼルがぎゅっとハルシャを抱き締めた。
「私はこの眼で見たいと、願っているからだろうね」
かつて。
自分で慰めることを命じながら、それを楽しんだかと問いかけたハルシャの言葉に、彼は怒りに近い感情を口にしていた。
私が君に快楽を与えていないのに、どうして楽しめるのか、と。
これだけ打ち解けて、心を交わし合っていても、彼の中にある感情はあの時と何一つ変わっていないのだ。
そうだ。
彼は『
快楽を与えることは、彼にとって最大の愛情表現なのだ。
そのことを、実感として思い出す。
身を合わせることは彼にとって、自分が思う以上に重要で、神聖なことなのかもしれない。
思考の筋道が普通の人とは異なっていることに、彼自身は気付いている。
解りながらも、止められないのだ。
自分の中の矛盾する感情に、ジェイ・ゼルが一番深く傷ついているような気がした。
ぎゅっと彼の身に腕を回して、想いを受け止める。
「すまなかった、ジェイ・ゼル。あなたを、裏切るような、ことをしてしまって――」
押し付けられた場所に、ハルシャは切れ切れに言葉を呟いた。
「もう……ジェイ・ゼルの、いないところで」
与えられ過ぎた深い快楽に喘ぎながら、必死に心を伝える。
「精は、吐かないように、する。自慰もしない」
目を閉じて、彼の身に体を預ける。
「誓う」
張りつめていたものが、ふっとジェイ・ゼルの身体から消えたような気がした。
腕を緩めて、彼が身を離す。
開いた目の向こうに、静かな眼差しで自分を見つめるジェイ・ゼルがいた。
彼は愛しげに目を細めると、
「許しておくれ、ハルシャ」
と、わずかな震えを帯びた声で呟く。
「君を前にすると、理性が働かなくなる――愚かなことだと解っているのに、抑えられない。君の自由を奪うつもりなど少しもないのに」
どうしてだろうね、と小さく彼は口の中で呟く。
彼の悲しみを止めたくて、ハルシャは懸命に言葉をかけた。
「ジェイ・ゼルが安心するなら、いくらでも我慢できる。大丈夫だ。あなたを待つ七年間、辛抱することができた。だから……」
何気なくこぼした言葉に、不意にジェイ・ゼルが力強く抱き締めてきた。
息が出来ないほどだった。
「ハルシャ」
絞り出すように名を呼んでから、彼は締め付ける腕の強さとは裏腹に、ひどく優しく唇を覆った。
腕に包まれたまま、身が倒されていた。
ベッドに背中を預けると、上から覆うようにしてかぶさってくる。
指を絡め合って握り込んだ両方の手を、ジェイ・ゼルはベッドに押し付けた。肘で身を支えて重みを逃がしながら、彼は長く口づけを交わす。
再び意識が混濁するような、深い愉悦が襲ってくる。
唇を重ね合わせたままに、微かに身を浮かせてゆっくりとジェイ・ゼルが動き出した。
待ち望んだ刺激に、ハルシャは甘やかな喘ぎを思わずこぼした。
長く静かに――
ジェイ・ゼルは慈しむように身を合わせる。
内側を傷つけないように、配慮を施しながら、それでも動きは止まらなかった。
深い所を彼に摺り上げられて、ハルシャは再び射精感が訪れていた。
抗うことなく、感覚に身を任せる。
彼が与えたい快楽を、全身で享受する。力を抜き、心と身を任せて――
それは、深く底知れない愛撫のようだった。
触れ合う唇に、ハルシャは快楽の叫びを上げ続けた。
長い抽挿の果てに――身を反らし、足を強張らせてハルシャは絶頂を迎えた。
刺激し続けられた内側が、昂ぶりに触れることなく精を吐き出していた。
極まりを迎えた後、弛緩する身に強く自身を打ち込み、ジェイ・ゼルも内側に放っていた。
大きく息を吐くと、彼は重みをかけないように気配りながらも、覆いかぶさってくる。
汗を帯びた肌が、重なる。
絡めた指はそのままに、激しい嵐が過ぎ去った後のように、荒い息を吐きながらただ、沈黙する。
自分との距離を無くそうとするかのように、彼は全身を触れ合わせていた。
合わせた身から感じる。
ああ、本当は。
ジェイ・ゼルは、自分との距離が出来たことが何よりも悲しかったのかもしれない。
わずかなわだかまりでも、敏感に感じ取る繊細な感性をジェイ・ゼルは備えている。
彼に対して抱いた後ろめたさを、心の距離として彼は読み取ってしまった。
それが、彼の心を乱してしまったのだろう。
彼のいないところで自慰をしたことよりも、そのことを隠そうとした自分の態度が、彼の心を傷つけたのだ。
なのに。
ジェイ・ゼルは、隠しごとをしたハルシャを一言も責めなかった。
行為自体は悪いことではないのだと、自分自身に言い聞かせるように彼は語った。
ただ。
自分の知らないところで、一人で慰めないでくれとジェイ・ゼルは懇願していた。
彼を正視できないような秘密を、もう心に持たないでくれという言葉の代わりに。
優しさを触れた肌から感じ取る。
想いを伝えるように、手を握り返した。
繋がる場所全てでハルシャは彼を受け止め続けた。
言葉の必要のない沈黙が、部屋を支配していた。
重ねた肌から伝わる鼓動の激しさと、息遣いの甘さが、心をなだめていく。
もつれた糸がほどけ、ゆったりとあるべきところへ戻っていくようだ。
長い静寂の後、緩慢な動きで絡めた指を解くと、ジェイ・ゼルが片肘を突いて身を起こした。
浮かした手で、優しく髪が撫でられる。
見上げたジェイ・ゼルの瞳は、きれいな翡翠の色になっていた。
幾度目にしても、見慣れるということはなかった。
いつも、初めて見たような感動が内側に湧き上がる。
彼の緑の瞳は、本当に美しかった。
君が愛しいと、言葉でなく語りかけてくれる。
心を奪われて見入るハルシャに、柔らかくジェイ・ゼルが微笑みを与えてくれる。
「君と身を合わせているとね、ハルシャ」
髪が撫でられた。
「誰も見たことのない世界へ、二人で旅立つような感覚になる」
わだかまりを解くように、彼は笑みを深めた。
「不思議だね」
優しい言葉だった。
強い快楽を得た後は、心がひどく無防備になる。
剥き出しの魂のままで、眼差しを交わす。
再び心が絡み合っていく。
ゆっくりとジェイ・ゼルの手が動き、髪を梳く。
触れ合う視線が、温かだった。
長い沈黙の後、不意に手を止めるとジェイ・ゼルが口を開いた。
「次」
穏やかな声で彼が呟く。
「泊りがけの出張に行くときは、私もハルシャについていこうかな」
驚きに見開いた瞳に、ジェイ・ゼルはふふっと笑いを深める。
「私費を出して、君と一緒の部屋を取ればいいだけだからね。こちらがわがままを言うのだから、ホテル代は自分たちで持てばいい。簡単なことだね」
まだ驚くハルシャに、ジェイ・ゼルが顔を寄せて呟く。
「職場には迷惑をかけないようにするから、安心しておくれ。大人しくホテルで待機をしているからね」
柔らかな笑みがこぼれる。
「そうしたら――ハルシャが寂しい思いをすることもなく、私も小さな旅行が出来る。一石二鳥だね」
冗談か本気か解らない口調で、ジェイ・ゼルは告げた。
それが冗談ではなかったのだと――後に命じられた一泊二日の出張の折、ハルシャは知る。
何らかのつてを使い、ジェイ・ゼルは自分よりも詳しく出張の詳細を知っていたようだ。
朝。
何事もなく出張に送り出してくれたと思ったら、ホテルに先回りをして、そこでジェイ・ゼルはハルシャを待っていてくれた。
部屋を変更しておいたからね、とジェイ・ゼルはにこにこしながらカードキーを示す。
一緒に出張していた上役は目を丸くしていたが、ハルシャは丁寧に自分のパートナーだとジェイ・ゼルを紹介した。彼は極めて愛想よく挨拶し、握手を交わしている。
ハルシャは知っていた。
ジェイ・ゼルもリュウジと同じ、有言実行の人だった。
その後――勤め先の職場は、二度と泊りがけの出張をハルシャに命じなくなった。
もしかしたら、ジェイ・ゼルのことが原因かもしれない。
と、疑念がよぎるものの、ハルシャはあえて深く追及しなかった。
朝、ジェイ・ゼルの見送りを受けて家を出て、夜には彼の待つ家に戻る。
その日々の繰り返しが、この上なく幸福に思える。
何より。
ジェイ・ゼルに隠しごとをしなくていいことが、ハルシャにとっては最高の幸せだった。
「行っておいで、気を付けて」
抱き寄せ髪に唇を触れて、ジェイ・ゼルが呟く。
「行ってくる、ジェイ・ゼル」
朝の儀式のように、玄関口で彼の見送りを受ける。
ほどけた腕から歩き出し、数歩で振り向き手を振る。
ジェイ・ゼルも手を振り返してくれる。
玄関の柱に身を預けて、ジェイ・ゼルはハルシャの飛行車が森の中の道から見えなくなるまで、いつも佇んでくれていた。
少しずつ、空気が冷たくなっている。
季節は秋になろうとしていた。
そして、やがて冬が来る。
ジェイ・ゼルとここで暮らしはじめて、いつしか一年の時が巡ろうとしていた。
それは、互いが懸命に歩み寄ろうとして積み重ねてきた、穏やかな日々の結晶だった。
(了)