ほしのくさり

星の万華鏡 ~『ほしのくさり』遺話~

お膝で絵本


はじめに

※ジェイ・ゼルとハルシャがマオを養子に迎えてから数年。おぼつかないながら、親子になっていくある日の物語です。
※養子に関する話題が出てきます。どうか苦手な方は閲覧回避して下さい。
(一話完結)







「メアリーローズは、『どうして?』と、クマのウィルソンにききました。なぜエプロンを魔女にわたさなくてはならないのかが、わからなかったからです」

 『リトル・メアリーローズと北の魔女』という、マオのお気に入りの絵本をハルシャは読み聞かせている最中だった。
 夕食を終えた後、どうしても読んでくれとせがまれたからだった。
 三歳になるマオは絵本が大好きだ。
 そう言えば、妹のサーシャも絵本が大好きでよく一人で本を読んでいたことを思い出す。
 いいよ、と優しく答えると、マオははしゃいで本を取りに走って行った。
 大好きな本を大事に抱えて、マオがソファーに座るハルシャの膝に乗ってくる。
 絵本を読むときは、ハルシャの膝の上が彼女の定位置だった。
 マオの前に絵本を広げ、無邪気に喜ぶ娘に読み聞かせを続ける。
 最後まで読み終えても、「もういっかい」とマオはリクエストを繰り返し、もう三度目のエプロン事件を語り掛けているところだった。
 それでも娘が満足するまで、ハルシャは朗読を続けていた。

「魔女はエプロンを身に着けると、大喜びでいいました。『ああ、私。一度でいいからエプロンをつけてみたかったの』」
 いつもなら、きゃあきゃあと喜ぶ大好きなシーンなのに、なぜかマオの反応が薄い。
 読みながら視線を膝の上の娘に向けると、小さな頭がこくりこくりと揺れていた。
 お腹が膨れて、絵本の読み聞かせで心が落ち着いたのか、マオは眠くなってしまったようだ。
 ハルシャは、言葉を止めてマオを見つめた。
 どうやら完全に眠ってしまったようだ。
 あどけない様子に思わず笑顔が出る。
 そっと絵本を閉じると、ハルシャはソファーの前のテーブルに本を置く。
「寝てしまったのかな?」
 背後から声がした。
 
 振り向くと、ソファーの背もたれに腕を預けて、ジェイ・ゼルが膝の上のマオをのぞき込んでいた。

 いつからそこにいたのだろう。
 温かな眼差しに、ずっと包まれていたような気もする。

「今日は外で遊んでお昼寝をしていないから、余計に眠たくなったのだと思う」
 笑いながらハルシャはジェイ・ゼルを振り仰ぐ。
「風呂は明日にして、もうこのまま寝かせて上げた方がいいかもしれない」
 いつもの就寝時間より早いが、今日は外でたくさん遊んだからその分疲れているのだろう。
「そうだね。なら、私が運んであげよう」
 にこっと笑ってジェイ・ゼルがソファーを回ってくる。
「いいのか、ジェイ・ゼル?」
「もちろん」
 言いながら、ひょいとハルシャの膝の上からマオを抱き上げた。
「服も着替えさせて寝かしつけておくから、ハルシャはここでくつろいでいなさい。マオのリクエストに応え続けて、喉が疲れているだろう」
 思わぬ優しい声で言ってから、ジェイ・ゼルはゆるぎない足取りで部屋を横切って行った。

 確かに。
 喉がからからだった。
 子どもというのは、体力の塊だ。そして、不意打ちの名人でもある。予測不能な動きをする娘に、ハルシャはいつも振り回されてばかりだった。
 それでも、本音でぶつかり合いながら命を育てていくことは、限りなく貴重でありがたいことに思えた。
 ことにジェイ・ゼルが、愛娘に優しく服を着せている時など、胸の奥が甘く痺れていくような感覚に襲われる。
 三人で食事をするとき、湖畔へ散歩をするとき、一つの命を核にして、自分たちは家族になっていくのだと実感できた。
 リュウジとサーシャが、自分たちに預けてくれた大切な命。
 三人で過ごせる時間を、ハルシャは限りなく大切なものに思っていた。

 ジェイ・ゼルは、いまも遺伝子の治療薬を飲み続けている。
 少しでも長く、三人でいられるように。
 彼は――いつも家族のために戦っていた。

 ぼうっと考え込んでいたのかもしれない。 
 側にジェイ・ゼルが座るまで、ハルシャはその存在に気づかなかった。
 ソファーが揺らぎ、前に氷の入ったグラスがそっと置かれた。漂う香りから、それがハニーレモンを水で割ったものだとハルシャは気付く。
「喉が渇いただろう」
 ジェイ・ゼルが優しい声で呟く。
「潤すといいよ、ハルシャ」
「ありがとう、ジェイ・ゼル」
 思わぬ喜びに、ハルシャは喜色を満面に浮かべてグラスを手に取った。
 ひんやりとしている。
 マオを寝かしつけてから、これを作って持ってきてくれたのだ。
 心遣いが嬉しかった。
 嬉しそうにグラスを傾けるハルシャを、目を細めてジェイ・ゼルが見つめている。
 なぜだろう。
 じっと眼差しを注がれていると、今でもほんのりと頬が赤くなる。
「おいしいかい?」
 娘に問いかけるように、ジェイ・ゼルが尋ねる。
「とても」
 ハルシャは笑顔で応える。
「それは良かった」
 耳元で囁いてから、ジェイ・ゼルはハルシャの肩に手を回した。
 身を寄せ合い、温もりを分かち合うと言い知れぬ喜びが湧き上がってくる。
「マオは、その絵本がお気に入りだね」
 ジェイ・ゼルが言葉を続ける。
「そうだね、ジェイ・ゼル。一番お気に入りだと思う」
 ハルシャは笑顔で告げていた。
「サーシャも好きだった本だ。マオはサーシャによく似ているのかもしれない」
「そうか」
 笑いを含んでジェイ・ゼルが呟く。
「マオは幸せだな、ハルシャにこうやって絵本を読んでもらって」
 何気なく呟かれた一言だった。
 ハルシャは顔を巡らせてジェイ・ゼルを見た。
 彼は微笑んだまま、言葉を続けた。
「膝の上で本を読んでもらえるなど、幸せな体験だ」
 思わずハルシャは問いかけてしまっていた。
「ジェイ・ゼルは、絵本を読んでもらったことはないのか?」
 真っ直ぐなハルシャの言葉に、ジェイ・ゼルは笑みを深めた。
「絵本の前に、学ぶことがたくさんあったからね」

 ジェイ・ゼルは。
 『愛玩人形』として、幼少から人の欲望にさらされてきた。
 膝の上で絵本を読む、というごく普通のことですら、彼にとっては幸福の象徴に思えるのだろう。
 さらりと呟かれた言葉が、しんとハルシャの胸を打った。

「マオは幸せな子だね」
 ジェイ・ゼルが呟く。
 優しい、吐息のような言葉だった。

 ぎゅっと、心臓を掴まれたような痛みがハルシャを襲った。
「絵本を読もうか、ジェイ・ゼル」
 寂しげな笑み向けて、ハルシャはついつい声をかけていた。
「せっかくだ。どんな絵本でも良い、ジェイ・ゼルの聞きたいものを読むから――」

 ハルシャの突然の申し出に、ジェイ・ゼルが驚きを顔に浮かべた。
 はたと、ハルシャは絵本など読んでもらっても嬉しくないのかもしれないと思い返す。
「い、いや。何でもない。ジェイ・ゼルは読みたい本があるだろうから――」
 言いかけたハルシャの頬に、ジェイ・ゼルの長い指先が触れた。
「それは嬉しい申し出だね、ハルシャ」
 眼差しを向けると、うっとりとするほど、柔らかな笑みをジェイ・ゼルが浮かべていた。
「私のために、絵本の読み聞かせをしてくれるのかい、ハルシャ」

 意外なことに、ジェイ・ゼルは嬉しいらしい。
 どぎまぎしながら、ハルシャは言葉を返した。

「も、もし、ジェイ・ゼルが嫌でなければ――」
「嬉しいよ」
 言いかけたハルシャの言葉を途中で切って、ジェイ・ゼルが呟いた。
「ハルシャに絵本を読んでもらえるなど、この上ない幸福だ」
 提案を馬鹿にせず、すんなりと受け入れてもらえたことが何だかとても嬉しかった。ほっと幸せの息が出る。
「それは良かった」
 ハルシャは立ち上がりながら問いかける。
「どの絵本がいい、ジェイ・ゼル。向こうにたくさんあるから、好きなものを選んでくれ」
「さっき、マオがせがんでいた絵本が良いかな。エプロンを欲しがる魔女というのが、とても斬新で、何度聞いても面白いね」
 そうなのだ。
 ハルシャはソファーに再び腰を下ろすと、前のテーブルに置いた絵本を手に取り、笑顔になった。
「すぐに読んであげられる」
 ジェイ・ゼルが笑みを深めた。
「そうだね。ぜひハルシャに絵本を読んでほしいな――膝の上でね」
 ハルシャは瞬きをした。
「膝の上?」
「そう、膝の上だよ。マオにしてあげていたように。そうするとよく声も聞こえるからね」
 ジェイ・ゼルを膝の上に乗せたことはなかったが、マオが家族に加わってから、ジェイ・ゼルはあまり自分がどうしたいかの希望を口に出さなかった。
 マオのことを最優先してくれていることが、ひしひしと伝わってくる。
 せっかくジェイ・ゼルがこうしたいと願いを口にしたのだ。
 叶えてあげたい気持ちが湧き上がってくる。
「解った、ジェイ・ゼル。膝の上だな」
 
 *

 半時間後。
 簡単に請け合った自分の言葉を、ハルシャは少し悔いはじめていた。

「『こんにちは、ウィルソン』 メアリーローズは、くまのウィルソンにあいさつをしました。『今日も……いい、お天気……ね』」

 懸命に読もうとするが、意識が集中できない。
「どうしたのかな、ハルシャ。言葉が止まっているよ」
 ゆっくりと、腰を揺すりながらジェイ・ゼルが耳元で呟く。
「絵本の続きを聞かせてほしいな」
 ハルシャは頬を朱に染めながら、絵本を両手でぐっと掴みなおし、読み始める。
「『すてきなエプロンをしているね、メアリーローズ』
 『ええ、ママが作ってくれたの』
 『よくにあっているよ』」
 
 ハルシャの肩越しに、ジェイ・ゼルが絵本に眼差しを注ぐ。
 汗ばむ背が、ジェイ・ゼルの胸に密着していた。
 ハルシャは膝の上で絵本を読んでいた。
 しかも、ジェイ・ゼルの膝の上で。
 
 絵本の読み聞かせを快諾したハルシャを、ジェイ・ゼルはそのまま腕に抱き上げて、手洗いに運んだ。
 何が起こるか解らないままに、ハルシャの後孔がジェイ・ゼルの手によって清められる。
 絵本を読むのではなかったのか、ジェイ・ゼル!
 という抗議の声は、重ねた唇で封じられた。
 たっぷりと愛撫を重ねてから

 そうだよ、ハルシャ。膝の上で絵本を読んでほしいな。

 とジェイ・ゼルが甘くとろけるような声で呟く。

 私の膝の上で、ね。
 
 その言葉の意味を、ハルシャは半時間後に思い知る。
 ジェイ・ゼルはそのままベッドへとハルシャを運んでいった。
 ハルシャが律儀に手に持っていた絵本を脇に置くと、ゆっくりと後孔をほぐし始めたのだった。
 馴染んだ動きに身がすぐに反応する。
 息が荒くなったところで、おもむろにジェイ・ゼルはハルシャを抱き起こすと、そのまま後ろから膝の上に乗せる。
 あっという間もなく、馴染んだ熱が身の内に深く入り込んできた。
 浅く息を繰り返すハルシャを後ろから抱き締めると

 さあ、絵本を読んでくれないか、ハルシャ。私の膝の上で、ね。
 と優しくジェイ・ゼルが呟いた。

 かくして――
 渡された『リトル・メアリーローズと北の魔女』を、ハルシャはジェイ・ゼルの膝の上で読むことになる。
 身の内に深く、ジェイ・ゼルを飲み込んだままでーー

 指で丁寧にとろかされた場所がうずく。
 もっと動いてほしいと懇願するように締め付けるが、ジェイ・ゼルは柔らかな動きしか返してくれない。
 その中で、ハルシャは懸命に絵本を読み続けた。
 時折、ジェイ・ゼルが中に埋めたものを、静かに揺する。それだけで意識が飛びそうになる。
 言葉がおろそかになると、ジェイ・ゼルは「読んでほしいな、ハルシャ」とねだるように呟く。
 そのたびに必死に意識を絵本に傾けて、ハルシャはなんとか絵本をめくり続けた。

「『北のまじょは、さびしかったのよ』メアリーローズはクマのウィルソンにいいました。『ほんとうは、エプロンがほしかったのではないのね。いっしょにおりょうりがつくりたかったのでしょう? わたしはそうおもうわ』」
 後ろからぎゅっとハルシャを抱きしめながら、ジェイ・ゼルが絵本の物語に耳を傾けている。
「『ねえ、ウィルソン。北のまじょといっしょに、パンケーキを作りましょう! みんなでやいたら、きっととてもおいしいパンケーキができるわ』」
 
 ふっとジェイ・ゼルが微笑む。
 その息が首筋に触れて、ハルシャはぞくっと身を震わせた。

「メアリーローズはいい子だね」
 ゆるゆると腰を動かしながら、ジェイ・ゼルが呟く。
「一人食べるよりも、誰かと一緒に食べる食事は美味しい。そう思わないか、ハルシャ」
「そう……だね……ジェイ・ゼル」
 内側にゆっくりと与えられる刺激に、意識が奪われる。
「止めてすまなかったね、ハルシャ。続きを読んでくれないか」
 深く埋められた熱いものが、内側を刺激する。
 あっと、小さく声がもれる。
「北の……まじょは……んっ」
「ハルシャ、そんな声を出すような表記はないよ」
 笑いを含んだ声で、ジェイ・ゼルが耳元に呟く。
「あ、すまない、ジェイ・ゼル」
 ぼんやりとハルシャは詫びを呟いた。
 だんだん、意識が朦朧としてくる。
「北のまじょは……さいしょは……んんっ、パンケーキなど……あっん、つくりたくないと、メアリーローズに……ああっ」
 次第に、ジェイ・ゼルの腰が深く揺れる。
 乗せられているハルシャは、絵本に視線が向けられないほど、追い詰められてきていた。
「ハルシャ。絵本の続きを聞かせてほしいな」
 言われて慌てて眼差しを戻す。

 原色で描かれた愛らしいエプロン姿のメアリーローズに、自分たちのこんな姿を見せてもいいのだろうかと、ふと、思う。
 緩慢に刺激を与えられながら、ハルシャはジェイ・ゼルの膝の上で、絵本を懸命に読み続けた。

「メアリーローズと……ああっ、クマのウィルソンは……んっ、フライパンにバターを……あっ、ひいて――あああっ!」
 ぐっとジェイ・ゼルが強く突き上げて、ハルシャは声を放ってしまった。
「ほら、ハルシャ。がんばって読んでおくれ。あと少しだよ。フライパンにバターを引いて、それからパンケーキを焼くのだろう?」
 その後も、ジェイ・ゼルの柔らかな動きを受け入れながら、ハルシャは絵本を読む。途中から、自分がどこを読んでいるのか解らなくなるほどだった。

「焼きたてほくほくのパンケーキを、メアリーローズは五枚、クマのウィルソンは十枚たべました。さて、みなさん……ううっ、北のまじょは何枚……あうっ、食べたとおもいますか……」

 ようやく絵本が終盤に入る。
 最後のページをめくりながら、ハルシャはうわごとのようにつぶやいた。

「なんと、二十枚です」

 ハルシャを抱きしめるジェイ・ゼルの腕にぎゅっと力が籠った。
 くすくすと、笑い声が耳朶に触れる。
「北の魔女は大食漢だね」
 首をひねると、優しい笑顔で自分を見つめるジェイ・ゼルの眼差しにであった。
「とても楽しかったよ。膝の上で絵本を読んでもらうことがこんなに嬉しいとは、知らなかったな」
 きらきらときらめく灰色の瞳が自分を映している。
「教えてくれてありがとう、ハルシャ。君のおかげだ」
 
 黙って眼差しを交わしていると、唇が静かに重なった。
 熱に解かされていく。
 いつの間にか、手から絵本が取り去られ、深く抱き合いながらジェイ・ゼルが望んでいた動きをハルシャに与えてくれる。

 長く、ゆっくりと与えられ続けた刺激が、快楽を溜め続けていたようだ。
 思わぬ激しさで、すぐに絶頂が訪れた。
 呻きは、合わせた唇の中に飲み込まれる。
 びくっびくっと身を震わせるハルシャを抱きしめたまま、ジェイ・ゼルはわずかに唇を話して呟いた。
「愛しているよ、ハルシャ」
 
 その夜、いつになく、長く優しくジェイ・ゼルはハルシャを愛し続けた。





「ねえ、ダッド。ご本をよんで」
「いいよ、マオ。好きな絵本を持っておいで」
 夕食の後、この日も娘の懇願に、ハルシャは笑顔で了承を告げる。
 大喜びでマオが持ってきたのは、やはり『リトル・メアリーローズと北の魔女』だった。
 手にした途端、ジェイ・ゼルの膝の上で読んだ時のことが脳裏にさまざまと蘇り、ハルシャは我知らず頬を赤く染めていた。
「どうしたの? ダッド。お顔が赤いよ」
 無邪気な娘の言葉に、ハルシャは懸命に
「な、なんでもないよ、マオ。少し暑いのかな」
 と誤魔化してしまった。
「だいじょうぶ?」
 心配げなマオへ、満面の笑みを向ける。
「大丈夫だよ、マオ」

 マオを膝に抱き上げて、絵本を開くと、やはりまた顔が赤くなる。
 だが、マオは絵本に釘付けでこちらの顔など見ていない。
 ほっとしながら、絵本を開く。
 と。
 ハルシャの横が揺れて、ジェイ・ゼルが静かに腰を下ろした。
「私も一緒に聞かせてもらおうかな」
「わあ、パパも! うれしい!」
 大はしゃぎのマオを膝に乗せたまま、ハルシャはジェイ・ゼルに視線を向けた。
 ジェイ・ゼルは、柔らかく微笑んでいた。
「ハルシャの読み聞かせは上手だからね。何度聞いても楽しいよ」

 固まるハルシャの膝の上で、マオが
「はやく、はやく」
 と跳ねながら要求している。
 覚悟を決めると、ハルシャは絵本の題名を口にした。

「『リトル・メアリーローズと北の魔女』――」

 これからも、この絵本を読むたびに、ジェイ・ゼルの膝の上でのことが脳裏をよぎりそうだ。
 内側の動揺を悟られないように、必死にハルシャは娘に絵本を読み続ける。
 二人を優しく包むように、見つめるジェイ・ゼルの視線を感じながら――

 
 その後。
 ハルシャはジェイ・ゼルのリクエストによって、何冊かの絵本を「お膝の上」で読むこととなってしまった。
 マオを膝の上に抱き上げて絵本を読むたびに、ハルシャはついつい顔を赤らめてしまう。
 そんなハルシャの様子を、いつも楽しげにジェイ・ゼルは見つめていた。
 






『お膝で絵本』 了




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