※真の最終話と自分では考えている『星海を渡る翼』を、『ほしのくさり』の末尾に掲載させていただいております。
実はこれは、テーマとして「死」を扱っており、かつてサイトに載せることを大変ためらった作品です。
『ほしのくさり』の中で息づいている登場人物たちは、生きているがゆえに、人と同じようにまた、最期の時を迎えます。その最後の瞬間の物語を、内側から湧き出るままに綴ったのが、次のお話です。
しかし、何分重いテーマです。
ここまで出してしまうのはどうだろう。
夢のある終わり方でいいのではないか。
閲覧注意を呼び掛けていても、ついご覧になってショックを受け、不快になる読者さまがいらっしゃるかもしれない。
連載当初、とても悩みました。
悩みぬいた末に当時出したのが、期間限定で拍手御礼に出し、後は消去するというものでした。
完結までお付き合いいただいた読者さまだけに、ハルシャとジェイ・ゼルの行きつく先を見届けて頂き、そして、そっと消去しようと考えたのです。
しかし、『ほしのくさり』を深く読み込んで下さった読者さまから、ぜひ残しておいて欲しいというご意見を頂戴しました。
それは、「読めなくなるのが残念」だからではなく、数年後にこの物語に出逢った読者さまが、「真の最終話」であるこの話を読めないのは気の毒だ、とお考え下さったからです。
深く物語を大切に考えて下さっている方が、こんなにもたくさんいて下さることに、ただ、ただ、感謝が湧き上がりました。
ご意見から勇気を頂戴し、思い切ってサイトに残すことにいたしました。
その時のことを思い、個人サイトではありますが、ここまで『ほしのくさり』をお読み下さった読者さまなら、きっとご理解いただけると信じ、本編末に『星海を渡る翼』を掲載させてただきます。
それでも。
どうか、ご不快になる方は、最初に書いてあります通りに、閲覧回避をお願いいたします。
注意書きを読んで下さり、自衛して頂けると、読者さまを信頼いたしております。
重ねてお願いいたします。
※これは、「死」をテーマとして扱った『ほしのくさり』の真の最終話です。
受け付けない、無理だという方は、ご覧にならないでください。
お読みになって衝撃を受けられる可能性があります。
ご自衛ください。
閲覧回避をお願いいたします。
ですが。
ジェイ・ゼルとハルシャの想いの行きつく先を――
見届けて下さろうという、お心の広い方は、どうぞこの先にお進み下さい。
それでは、次より。
『ほしのくさり』の真の最終話。
The Final Episode ~さいごの物語~
『星海を渡る翼』です。
――ハルシャ。
呼び声に目を開くと、ジェイ・ゼルが佇んでいた。
「ジェイ・ゼル」
驚くほど掠れた声しか出ない。
彼は優しく微笑むと、優雅な動きでハルシャの元へと歩を進めた。
見ている前で、ベッドの端に腰を下ろし、上半身を捻るようにして自分を見る。
ふわりと、爽やかなジェイ・ゼルの香りがした。
言葉もなく視線を交わした後、静かに手を伸べて、ジェイ・ゼルがハルシャの髪を撫でた。
いつもの、慈しむような優しい手つきだった。
微笑みが深まる。
「あなたは、変わらない」
ハルシャは辛うじて声を空間に放った。
自然に笑みが浮かぶ。
「初めて出会ったときのままだ」
ジェイ・ゼルの手が、髪の流れをなぞるように、静かに滑る。
微笑みながら見つめるハルシャの目に、涙が浮かんだ。
「逢いたかった、ジェイ・ゼル」
呟きに目を細めると、身を折るようにしてハルシャに覆いかぶさり、ジェイ・ゼルが抱きしめてくれる。
弱々しく腕を動かし、ハルシャは彼の背に手を回した。
「ずっと、逢いたかった。あなたに――」
ジェイ・ゼルがこの世での生を終えたのは、もう三十年も前だった。
午後のひと時、まどろんでいるのかと思った彼は、永遠の眠りについていた。
ああ、よく寝ていたと、目を覚ましそうな安らかな顔で、彼は逝った。
別れの言葉すら、ハルシャに残さずに。
――迎えに来たよ。
抱き締めてくれるジェイ・ゼルが、耳元に優しく言葉を呟く。
――随分待たせてしまったね、ハルシャ。
小さくハルシャは首を振った。
「必ず、来てくれると信じていた」
痩せた腕で、ジェイ・ゼルを抱きしめる。
初めて逢った時と変わらぬ姿と声で、彼は自分を呼びに来てくれた。
「だから、何も心配していなかった」
ああ、やっと……彼ともう一度巡り合えたのだ。
彼のいない時を、教えてくれた子守唄を口ずさみながら、耐えてきた。
残されて生きる時を想いながら。
――いい子だ。
ジェイ・ゼルの言葉が耳元に滴る。
――寂しい思いをさせてしまったね。許しておくれ、ハルシャ。
ハルシャは首を振った。
「マオが居てくれたから、大丈夫だよ、ジェイ・ゼル。今は孫が三人もいるんだ。男の子二人と、女の子が一人。とても賑やかで――」
言葉が途切れる。
「ジェイ・ゼルのことを、私もマオもいつも孫たちに話している。
もう一人の、グランパのことを」
震える手で、きつくハルシャはジェイ・ゼルを抱きしめる。
「ジェイ・ゼルに見せてあげたかった……みな、いい子たちなんだ」
――知っているよ、ハルシャ。
優しい声でジェイ・ゼルが言う。
――ジークに、セヴェン、それにグラシェイラ。セヴェンが一番マオに似ているね。
驚きに見開いた目を、ジェイ・ゼルに向ける。
彼は腕を緩めて、静かに身を起こした。
――いつも、見ていたからね。君たちのことを。
愛しげに、ジェイ・ゼルが呟く。
――ようやく、君を迎えにくることができた。
「ジェイ・ゼル」
ベッドの上に腰を下ろした姿勢で、ジェイ・ゼルはハルシャの腕を取った。
――行こう。
「どこへ?」
――星々の海へ。
「宇宙船もないのに?」
ジェイ・ゼルは微笑みを深める。
――もう、私たちには必要ないのだよ、ハルシャ。心のままに、どこにでも行ける。星々の海を……翼を開いて翔けることが出来るのだよ。
すうっと、ハルシャは腕を引かれて身を起こした。
重い荷物のようだった体から、解き放たれる。
いつしか自分は、ジェイ・ゼルとラグレンを離れたころの姿に戻っていた。
青年の姿のままで、腕を取られジェイ・ゼルの前に佇む。
身が軽い。
ふっと見ると、そこには年老いた自分の体があった。
気付いたジェイ・ゼルが、頬を捕えて前を向かせる。
灰色の瞳が、自分を見つめていた。
静かな笑みが、ジェイ・ゼルの顔に浮かぶ。
――向こうでは、君の御両親が待っているよ。
ぱあっと、心が明るくなる。
表情に出ていたのだろう、ジェイ・ゼルが微笑みながら指を動かし、頬を撫でる。
懐かしい仕草に、ハルシャは胸が痛くなるほどだった。
――行こう、ハルシャ。
ジェイ・ゼルが、ハルシャの手を取り、指を絡める。
かつて初めての快楽に怯えるハルシャの手を取り、繋ぎ止めてくれたように。
ぎゅっと握り合うと、彼を見つめたままハルシャは歩き出した。
光が溢れていた。
ああ、そうか。
そこへ行くのか――
星々の海の、その彼方へ。
――もう、離れなくてもいいんだね、ジェイ・ゼル。
ハルシャはジェイ・ゼルに語りかけていた。
歩調を合わせながら、彼は静かに肯いた。
――そうだよ。君とこれから一緒に居られる。ずっと……
歩を止めずに、ジェイ・ゼルが視線をハルシャに落とす。
その瞳の色が鮮やかな緑になっていることに、気付く。
柔らかな笑みを浮かべると、ジェイ・ゼルが呟いた。
――永遠に、だよ。ハルシャ。
全ての恐怖が消えて、ハルシャはぎゅっとジェイ・ゼルの手を握りしめた。
――嬉しい、ジェイ・ゼル
ジェイ・ゼルが前を向く。
絡み合う鎖のように、手を繋いで寄り添い、ハルシャは光の方へと歩いていく。
傍らにはジェイ・ゼルがいてくれる。
もう。
二度と彼の手を離すことはないのだろう。
それが、何よりも嬉しかった。
――もう君を独りにはしない。寂しい想いは、二度とさせないよ。
手に力を込めて、ジェイ・ゼルが呟いた。
前を見つめたまま、言葉がこぼれ落ちる。
――愛している、ハルシャ。
言葉よりも確かな姿で語る緑の瞳を見上げて、ハルシャは言葉を返していた。
――私も愛している。ジェイ・ゼル。永遠に……あなたを。あなただけを。
さやさやと、風が吹き抜ける。
祖父を呼ぶ孫の声に、ハルシャはもう反応しなかった。
穏やかに微笑んだまま、彼は眠りについていた。
その手には、ジェイ・ゼルが残してくれた彼の半生を綴ったものがしっかりと握られていた。
たった一つ。
娘のマオに、自分が死んだら一緒に墓に埋葬してくれと願っていたものだった。
淡々と綴られた過酷な過去は、ハルシャへの無限の愛の言葉だった。
吹き抜ける風に、ジェイ・ゼルが愛した赤毛が揺れる。
幸せそうな笑みを浮かべるハルシャは、まどろんでいるようだった。
その魂が最愛の人と共に、翼を開いて宇宙へ旅立ったことを、その時はまだ誰も気付いてはいなかった。
『ほしのくさり』了